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初めてのデートです

 結局、それ以来俺は碌に挨拶もできなくなっていた。

 そんな俺を見かねて、渚はこういった。


「やはり最初から会話を目指すのは難しかったようですね。まずは挨拶することだけに集中しましょう。会話は挨拶がちゃんとできるようになってからです」



 それからはとにかく挨拶だけに全集中力を使うことにした。会話をしようとは考えない。顔見知りを見たら挨拶。これを徹底した。

 その結果、一週間後には挨拶ぐらいなら震えずに声を出せるようになっていたし、あまり緊張せずに声をかけられるようになってきていた。


 もう顔見知りの三人ぐらいならば、顔を合わせたときに挨拶ができる。それは自信に繋がっていった。まともに挨拶ができる自分。今までよりも確実に一歩前進していた。


 そんなある日、俺は大学の構内でいきなり声をかけられた。


「もしかして……雨宮くん?」


 俺はいきなり声をかけられて少し挙動不審になってしまったが、どうにか声のした方へ目を向ける。するとそこには見知らぬ女の子が立っていた。


 黒くて胸の下まで長さのあるロングヘアーに控えめのメイク、少し大人びた雰囲気、背は俺より少し低いぐらいで、女の子にしては高い方だと思う。細身で凛としていて、堂々としている。


 俺にこんな知り合いなどいただろうか。考えようとしたが、俺には女の知り合いなどいない。考えるまでもなかった。


「やっぱり、雨宮くんでしょ? ほら、覚えてる? 中学のとき同じクラスだった美鈴だよ」


 記憶の奥底まで潜り、必死に思い出す。そういわれれば、美鈴という名前に覚えがある。俺の記憶が間違いでなければ、俺が中学のとき、密かに想いを寄せていた美鈴だ。



 初めて美鈴と出会ったのは俺が中学二年の頃だったと思う。クラス替えで同じクラスになった。成績は常に学年上位で、運動神経もよく、体育祭でも大活躍していた。それに性格もみんなから好かれる性格で、その上容姿もいい。まさに完璧な人間だ。そんな美鈴はクラスで浮いていた俺にも分け隔てなく接してくれていた。それは、当人からすれば当たり前のことだったのかもしれないが、俺にとってはあまりに嬉しいことだった。


 中学のとき、まともに話したことがあるのは美鈴ぐらいだ。そんな美鈴に俺が惹かれないわけがない。結局、中学卒業のときまでずっと好きだった。高校が別々だったので、それ以来会ったことはなく、秘めた想いをいうこともなかった。俺が初めて人に好意を持った人物だと思う。それぐらい魅力的だった。


「もしかして美鈴?」


 俺は本当はすぐに思い出したのだが、それを悟られぬようわざとらしくいった。


「覚えててくれたんだ。嬉しいな。まさか、同じ大学だったなんてね」


 美鈴は本当に嬉しそうにそういった。社交辞令のようには感じなかった。


「俺も嬉しいよ。俺を美鈴が覚えててくれたなんて」


 本心からの言葉だった。


「忘れるわけないじゃない。あ、本当はもっとゆっくり話してたいんだけど、私次の講義があるの。だから連絡先教えてくれない?」


 と俺を急かすようにいった。

 俺は慌てて携帯を取り出す。今まで携帯の連絡先に交換なんてほとんどしてこなかった俺がもたついていると、美鈴は「早く早く」といった。

 連絡先の交換が無事終わると、次の講義が始まる教室へと足早に去っていく。


 俺はあまりに突然の出来後に頭が処理落ちしてしまい、しばらくその場を動けなかった。



 家に帰ってからもずうっとぼんやりしていた。まさか美鈴と再会し、連絡先まで交換するなんて。まるで夢を見ている気分だった。


「渚、俺の頬を抓ってくれ」


 渚は思い切り俺の頬を抓りあげた。ちゃんと痛みがある。夢ではない。これは現実だ。


「雨宮さん、よかったじゃないですか。もしかしたら美鈴さんとこのまま友達になれるかもしれませんよ」


「ああ、そうかもしれないな。でも俺はこれからどうすればいいのか全く分からない。連絡先を交換したってことは、向こうから連絡が来るのか?」


「その可能性は高いでしょうね。美鈴さんから訊いてきたんですから。ちなみに美鈴さんとはどういうご関係なんですか?」


「中学の同級生だ。あんたに嘘をついてもしょうがないから、正直にいうが、俺は美鈴のことが好きだった」


「その好きだった人と大学で再会だなんて、すごいですね。今でも好きなんですか?」


「それは分からない。でも、昔のまま好意を持ってるのは確かだと思う」


 そんな話をしているとき、俺の携帯が鳴った。携帯が鳴るなんてめったにない。美鈴からの連絡の可能性が高かった。携帯を開くと、案の定、美鈴からのメールだった。内容を簡単にいうと、今度食事でもしながら話をしたいというものだった。俺は喜びの衝撃で呼吸が一瞬止まってしまった。渚が俺の携帯を覗き込む。


「やったじゃないですか。きっとこれはデートのお誘いですよ。もしかしたら、友達はできなくても彼女はできちゃうかもしれませんね」


 と渚はいたずらっぽくいった。まるで自分のことのように喜んでくれているようだった。


 だが、大きな問題が一つあった。それは俺が今まで女の子と二人で遊びに

いったことがないということだ。女の子に限らず、男とも遊んだことなどない。

 そんな俺が美鈴と二人で出かけて上手くいくとは到底考えられない。ついこの前まで挨拶すらできなかったのだ。だから、俺はあるアイディアを思いついた。


「渚、俺とデートしてくれないか?」


 渚は俺の言葉を聞くと、最初は「なにをいってるんですか?」という表情だったのだが、要点を察したのかすぐにこういってきた。


「わかりました。つまり、私とデートの練習がしたいってことですね?」


「その通りだ」


「あの、その練習相手に私を選ぶのはあまり得策とは思えません」


「なぜだ?」


「私は今まで男性とお付き合いはおろか、デートすらしたことがないんす。中学を卒業してからすぐに魔法協会に入ったので、そんな機会はありませんでした。私と模擬デートをしたってなんの意味もないと思いますよ。普通の女性の気持ちなんて到底理解できないですし、感覚もずれている可能性が高いです」


「それでもいい。俺だって今までデートなんてしたことがない。だから少しでもデートっていうものに慣れておきたいんだ。今のままじゃ、美鈴とまともに会話できるとは思えない。頼む、協力してくれ」


 俺の話を聞くと渚は溜め息混じりに言葉を発した。


「仕方ありませんね。雇用契約に『彼女作り』は含まれていないんですが、今回は特別です。でも、さっきもいった通り、私のことはあまり期待しないでくださいね」


「それから」と渚は話を続けた。


「デートの練習の前にそのぼさぼさの髪と、着古したコートをどうにかした方がいいと思います」



 まずは渚にいわれた通り、髪を切るために美容室を訪れた。髪型は適当に、「清潔感のあるように切ってください」と美容師に頼んだ。

 髪を切り終えてから、渚と二人で街へ服を買いにいった。俺は自分にどんな服が似合うのか分からなかったから、コーディネートは渚に任せた。

 結局、洒落たダッフルコートとチノパンを買うことにした。


「見違えましたよ、雨宮さん。人は髪型と服装でこうも印象が変わるもんなんですね。どこからどう見ても好青年です。自信を持っていいと思いますよ」


 渚のいう通り、今までの自分とは思えなかった。陰気でぼさぼさだった髪はすっきりし、服装も清潔感が溢れている。気のせいか、おかげで表情も前より明るくなったように感じた。


 買い物も終わり、明日への準備が済んだところで、俺は渚を居酒屋に誘った。デートの前夜祭みたいなものだ。てっきり渚には断られるかと思ったが、すんなりオーケーしてくれた。

「今日一日、私は雨宮さんの彼女ですからね。いう通りにしますよ」と。


 渚の見た目は完全に未成年なので、大手のチェーン店は避け、俺がいつもよくいく、個人で経営している店を選んだ。案の定、店の店員は渚の年齢には触れずに、「可愛い彼女さんですね」といってくれた。


「雨宮さん、私お酒ってほとんど飲んだことなくて、飲んでみたいんですけど、おすすめとかありますか? できれば甘くて飲みやすいものがいいです」


「そうだな。じゃあテキーラ・サンライズっていうカクテルなんてどうだ?オレンジジュースとザクロのシロップが入ってて飲みやすいと思う」


「おいしそうですね。じゃあそれでお願いします」


 俺はビールと唐揚げ、焼き鳥を、渚は先ほどのカクテルと甘いデザートをそれぞれ注文した。

 料理より、先にビールと渚が注文したカクテルが運ばれてきた。俺たちは早速乾杯をして酒を飲んだ。


「どうだ? 飲みやすいか?」


「はい、甘くておいしいです。お酒のセンスはあるんですね」


「いつも一人ぼっちで酒を飲んでるからな」


「今日は二人ぼっちですよ」


 渚は普段あまり笑顔を見せないが、このときは少し微笑んで嬉しそうにいった。



 居酒屋で飲んで二人とも酔っ払った後、俺は渚の手を握りながら歩いた。酔ってなければこんなこと恥ずかしくてできないが、酒の力は偉大だ。アルコールは二人の羞恥心を和らげてくれた。渚は手を握られても上機嫌なままで、「これもデートの練習の一環ですか?」と笑っていた。それから渚はこういった。


「雨宮さんは変な人です。私をまるで魔法少女としてではなく、普通の女の子みたいに接してくれます。あなたみたいな人は初めてですよ」


「俺も魔法が使えない魔法少女は初めてだ」と茶化すようにいった。


「前言撤回です。雨宮さんは意地悪な人です」


「冗談だよ。魔法が使えなくても、こうやって俺に協力してくれる。それだけで十分だ」


 それを聞いた渚は、まったくもうと拗ねたように呟いた。

 そうして俺たちは手を繋いだまま家に帰った。



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