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魔法少女は大変です

 家に着き、俺は早速夕飯の準備に取り掛かろうとしたのだが、「私が作りますよ」と渚がいい出した。意外だった。そんな気遣いをしてくるなんて。だが、俺は断った。


「俺は別に家政婦を雇いたかった訳じゃない。ただ友達が欲しいだけだ。だからあんたは座って待っててくれ」


 それを聞き、そうですかといって、また部屋の隅に座り始めた。


「暇だったらテレビでも見たらどうだ? もっとくつろいでくれていいんだぞ。後三か月も一緒に生活するんだから、お互い気遣いばかりだと疲れるだろう?」


「お気遣いは嬉しいですが結構です。私にお気遣いは無用ですよ」


 そうか、と俺は頷いた。やはり冷めている。


 二人前の野菜炒めと、炊飯器で炊いた白米をテーブルの上に置いた。渚は部屋の隅から俺の正面に移動してきた。俺はいただきますといって、食べ始める。それに続き、渚も小さな声で「いただきます」といって食べた。


「うまいか?」


「普通です」


「そうか、ならよかった」


 後はお互い無言で食べた。人に料理を振る舞うのは初めてだった。自分が作ったものを誰かが食べてくれる。存外悪いものじゃないなと思う。もしかしたら、料理人の適性でもあるのかもしれない。


 夕飯の後片付けをし、シャワーを浴びようと思った。だが、ここは普通先に女の子に勧めるべきじゃないか。それがマナーというやつだろ。


「おい、あんた先にシャワー浴びてくれよ」


「結構です。私はあなたが寝た後に入りますので」


 それは困る。俺はもともと睡眠が浅く、いつも寝ている時は常に夢を見ているような人間なのだ。寝てからシャワーを浴びられたのでは絶対に目が覚めてしまう。


「悪いが、それだと俺は目を覚ましてしまうんだ」


「そうですか。仕方ありませんね。では、あなたの後に入ります」


「そうしてくれるとありがたい」


 俺はシャワーを浴びながらこれからのことを考えたどうすれば友達が出来るのか。魔法が使えない渚にどう協力してもらうのか。そしてこれからの三か月。雇用期間は限られている。ということは時間が限られているのだ。俺はこの三か月の間にどうにかして友達を作らなければならない。そうでないと、一生友達なんて出来ないだろうそう考えると焦る気持ちが芽生え始めていた。時間がもったいない。まずはアルバイトを辞めよう。アルバイトをしている時間を友達作りの時間に当てる。シャワーを浴び終わったら早速店長に電話して、辞める旨を伝えなければと思った。


 シャワーを浴び終えた俺は冷蔵庫にしまってあるビールを取り出す。それを一口飲む。ビールの炭酸が喉を刺激する。ビールの苦味が口の中いっぱいに広がった。夜寝る前に酒を飲むことは友達のいない俺にとって数少ない楽しみの一つになっていた。酒を飲みながらテレビのバラエティー番組を見るのだ。別にバラエティー番組が好きな訳ではない。むしろくだらなくて嫌いだった。芸人が面白いことをやって笑うというよりは、そのくだらないということを笑った。しかし、そのくだらなさがいい。

 まるで自分の人生みたいだなと思う。


 そして渚に次に浴びるよう促した。渚は不本意そうな顔をしながらもそれに従ってくれた。


 渚がシャワーを浴びている間、俺はテレビを見ていた。芸人たちが面白い動作をし、面白いことを話し、面白い企画を行っている。最高にくだらなくて笑えてくる。


 それからアルバイト先の店長に電話をした。辞めさせて欲しいと。店長は俺の急な話に驚いていた。当然だろう。電話がかかってきたと思ったらいきなり辞めたいといわれたのだ。


 俺はもう出勤するつもりはなかったが、店長に後一度だけでも出勤してくれないかと頼まれた。人手不足なのだろう。こちらの勝手な都合で急に辞めるのだ。それぐらいは了承する。その返事に店長は安堵したようだった。


 丁度電話を終えた頃、渚が浴室から出てきた。石鹸とシャンプーの甘い、いい匂いが部屋中を満たす。渚は「ありがとうございました」と礼を述べた。


 まだ濡れている渚の髪を見て綺麗だなと内心思う。渚は俺の視線を察したのか、髪をタオルで一生懸命拭いていた。そしていつもの部屋の隅に座りだした。


「なあ、そんな隅にいないでもっとこっちにくればいいじゃないか。別になにもしたりしないさ。少し話がしたいだけなんだ」


「なにもしないのは当たり前です。魔法少女に危害を加えることは禁止されていますから。話っていうのはなんの話がしたいんですか?」


「もちろん魔法少女の話に決まってる。訊いてみたいことがあるんだ」


「そうですか。それぐらいの話ならば、まあ、いいでしょう」


 そういうと、部屋の隅からテーブルまで移動してきた。


「それで、どんなことを訊きたいんですか?」


「そうだな、まずは……魔法少女はみんな魔法協会に所属しているのか?」


「はい、そうです。必ず所属しています」


「フリーランスの、つまり自営業の魔法少女はいないのか?」


「いませんね」


「なぜいい切れるんだ?」


「魔法少女は魔法協会に所属していないと魔法が使えないんです。入る前も使えませんし、抜けても使えません」


「じゃあ、例えばあんたが仮に魔法が使えるようになっても、魔法協会を抜けたらまた使えなくなるのか?」


「ええ、その通りです」


「なぜなんだ?」


「詳しくは私も知りません。魔法協会がなにかしらの魔法を使っているのかもしれませんね。憶測ですが」


「そうなのか。あんたも早く魔法が使えるようになるといいな」


 俺の言葉が癪に触ったらしく、話はもういいですか? といって、また部屋の隅に行ってしまった。やはり魔法少女なのに魔法が使えないっていうのはよほどのコンプレックスなのかもしれない。


 ビールを三缶ほど空にしたときには、丁度いい眠気がやってきていた。そろそろ眠ろうと、渚に声をかける。


「俺はそろそろ寝る。あんたは俺のベッドを使ってくれ」


「いえ、私のことは気にしないでください。床で十分です」


「さすがに、そういう訳にもいかないだろ。女の子を床に寝させるなんて」


「大丈夫ですから。床で眠れるだけマシです」


 そういって頑なに譲らない。仕方がないので、俺は夏用のタオルケットとクッションを取り出し、渚に向けて投げた。それを驚いたようにキャッチする渚。


「いいんですか?」と遠慮がちに訊ねてくる。


「当たり前だろ。ベッドで寝ないならせめてそれを使え」


 俺がそういうと、小さく頭を下げて「ありがとうございます」と呟いた。


 電気を消して、ベッドに横になる。やはりまだ渚の存在が気になる。そのうち慣れるものなのだろうか。

 しばらくしても、渚から寝息は聞こえてこない。もしかして俺が寝るのを待っているのかもしれない。気を使い過ぎだ。

 魔法少女っていうのは本当に大変な仕事なんだな、と思いながら俺は眠りについた。

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