一応魔法少女です
そのビルへは俺の家から歩いて行ける距離にあった。陽気な日中の中、散歩がてらビルへと向かう。
途中の銀行で、ほとんどの貯金を下ろした。値段は知らないが、派遣の男がいうに、なかなか高額だとの話だったので、とりあえず持っていけるだけの金を用意しようと思ったからだ。口座には結構な額が貯まっていた。
地図を片手に例のビルの前についた。どこからどう見ても普通のオフィスビルだった。ビルは五階建てで、魔法少女がレンタル出来る店は三階にあるらしい。
俺はビルの中へ入り、エレベーターのボタンを押した。ビルの中も特別変わったところはなく、いたって平凡だった。もう少し怪しいビルなのかと想像していたのだけれど。
エレベーターに乗り、三階へ。エレベーターの扉が開くと、そこも普通のフロアだった。長い廊下があり、そこに一つだけ扉があった。扉の前にいってみるが、看板や表札の類はなにもなかった。
本当にここがその店で合っているのだろうか、不安だったが、意を決しドアノブに手をかけた。
店内はどこかのホテルの受付のようになっていた。小奇麗で、高級そうなソファーや椅子、テーブルなどが置いてあり、壁には高そうな抽象画が飾られていた。そして中心には木製のカウンターがあり、そこに三人の女が立っていた。
そのうちの一人の女が俺に気づき、「いらっしゃいませ」といった。
俺はその女がいるカウンターへ近づく。すると、
「お待ちしておりました、雨宮様。どうぞこちらへ」といわれた。
俺は来ることも名前も伝えていないのにどうして、俺の名前を知っているのだろう? まさか本当に魔法なんてものが存在するとでもいうのか。
「魔法協会へようこそいらっしゃいました。本日はどういったご用件でしょうか?」
「魔法少女をレンタルできると聞いたもので」
「そうでしたか。どのようなご理由でレンタルをご希望なのですか?」
「友達が欲しいんだ。魔法でどうにかして欲しいと思ってね」
「承知しました。ではまず料金システムのお話からさせて頂きます。簡単に申し上げますと、能力の高い魔法少女ほど高額なお値段になっております」
「そういう話はいいよ。俺はありったけの貯金を下ろしてきたんだ。これで雇える魔法少女なら誰でもいい」
俺はそういって、カウンターに金の入った封筒を出した。
女が金を確認している。そして、言いづらそうな表情で俺を見る。
「申し訳ございません。こちらの金額でご用意できる魔法少女はおりません」
なんてことだ。アルバイトでためた貯金二年分だぞ? これでも足りないっていうのか。俺が思っていたよりも魔法少女を雇うには金が必要らしい。
俺は、そうかといってその場を去ろうとした。雇えないのだったらここにいても意味がない。そのとき、
「あ、少々お時間を頂けますか? もしかしたらこちらの金額でご用意できる魔法少女が見つかるかもしれません」
と、何か閃いたようにいわれた。
「あちらに座ってお待ち下さい」
そういうと、女は奥の部屋に入っていった。
さっきこの女は能力の高い魔法少女ほど金額も高くなるといった。つまり、これから紹介される魔法少女はよほど能力が低いのかもしれい。だが、俺の願いは友達を作ることだ。偉くなりたいとか、大金持ちになりたいとか、そんな大層な願いじゃない。例え能力が低くても、それぐらいの願いなら叶えてくれるだろう。
俺はいわれたままに近くのソファーに腰掛け、待つ事にした。ポケットからタバコを取り出して吸おうとしたが、灰皿らしきものは見当たらなかった。代わりに見つかったものは「禁煙」の二文字。
俺は嘆息も漏らし、大人しく待っていることにした。
待っている間、客と思われるような人間が何人かこの店――魔法協会とやらを尋ねてきていた。
中年太りしていて、高級そうなスーツや腕時計を身につけた男。男はカウンターで話をし、満足そうに帰っていった。
次に現れたのはいかにも冴えない顔をした男だった。その男はカウンターで少し話をし、無念の表情を残し去っていった。きっと、男の金じゃ足りなかったのだろう。ここでも勝利者と敗北者の差を見せつけられた気がした。
三十分ほど待っても呼ばれないので、俺はカウンターに行き、後どれくらいかかりそうなのか訊いた。答えは「まだ分かりません」とのこと。
俺は外でタバコを吸ってくるといい残し、ビルから外にでた。
外は夕暮れで赤く染まっており、木も、建物も、電柱も、道を行き交う人々も赤く染まっていた。
道をぶらぶらしていると、近くに公園があった。公園なら喫煙所があるかもしれない。
なかなか広い公園だった。真ん中には大きな噴水があり、黙々と水を垂れ流していた。端の方には遊具があり、小さい子供たちがはしゃいで遊んでいる。
小さな女の子が魔法少女ごっこをしていた。変身シーンをやってみたり魔法で敵役の男の子をやっつけていたりした。
やはり魔法少女っていうのはあんな感じで変身したり、魔法を唱えたりするのだろうか。
悲鳴にも似た子供たちの歓声が聞こえてくる。
自分の子供時代を思い出す。しかし、俺には他の子供たちと遊んだ記憶なんてなかった。昔から孤独だった。人との接し方が分からないまま二十歳という年齢を迎えてしまった。
俺は隅の方にあった小さな喫煙所に行き、タバコにオイルライターで火をつけた。オイルがもうあまりないのか、何回かフリントを擦らなければ火がつかなかった。家に帰ったらオイルをいれないとな、そう心の中で呟く。
二本目のタバコの火を設置型の灰皿で揉み消すと、俺は魔法協会があるビルへと戻った。時間は十分に潰した。そろそろ呼ばれていてもおかしくはないだろう。
魔法協会へと続く扉を開けると、先ほどの受付の女が戻ってきていた。俺の顔を見て、「お待ちしておりました」といった。
「雨宮様のご提示された金額でご用意できる魔法少女が見つかりました」
そういうと、女は奥の部屋へ向かって誰かを呼んだ。
呼ばれて部屋から出てきたのは少女だった。見た目から察するに、歳は十六から十八ぐらいだろうか。
「こちらがご用意させて頂きました魔法少女の、渚でございます。ただ、一点問題がございまして……」
女はそういいながら少女の方を見る。すると少女はうんざりした顔でこういった。
「魔法使えないけどいいですか?」
俺は魔法少女を雇おうとしたはずだ。それなのに出てきたのは魔法が使えない魔法少女? どういうことだ? 俺は馬鹿にされているのだろうか。
「この子は魔法がまだ使えないのですが、魔法少女の素質を持っている為、一応魔法少女です。いかがでしょうか? 魔法は使えませんが雑用など様々な事にご利用頂けます」
「ああ、この子でいいよ」
魔法少女という非現実的な存在に触れたせいか、感覚が麻痺していたのだと思う。それにどうせ俺の金ではまともな魔法少女が雇えないことを知っていたから、そうぶっきらぼうに答えた。
「ありがとうございます。ではこれからご契約についての詳しいご説明をさせて頂きたいと思います。まず、レンタルできる期間は明日からの三か月間になります。また、魔法少女を雇えるのは人生で一度きりです――」
俺は説明を適当に聞いた。こういう面倒な話は苦手だ。
こうして俺は、魔法が使えない魔法少女の渚に出会った。