泣き虫さんです
美鈴と連絡先を交換してから俺たちは一日に数通、メールのやりとりをしていた。内容は他愛もない話で、どんな講義をとっているか、テストの勉強はしているか、単位はちゃんと取得できているかなどだった。
俺は密かに、美鈴とのメールを毎日の楽しみにしていた。今まで、こんな風に人とメールなんてしたことがなかったからだ。
そんな日々が続いた後、ついに美鈴と会う日がやってきた。駅前の時計の前に十一時に待ち合わせだったのだが、俺ははやる気持ちを抑えきれずに、三十分前には到着していた。タバコを吸いながら、一分間に五回は時計を見ていたと思う。
これから美鈴に会えると思うと、緊張して吸うタバコの本数が増えていく。足元には、無数の吸い殻が薬莢のように転がっていた。
俺と渚が一緒にいるところを美鈴に見られてはまずいと思い、渚を俺から数メートル離れたところにあるベンチに座らせた。
目を数十回時計に向けたときだろうか、約束の十一時になった。美鈴はまだ現れなかった。もしかしたら電車やバスが遅れているのかもしれない。なに、焦ることはないさ。俺はタバコに火をつけ、心を落ち着かせた。
それからは時計を見る頻度はさらに多くなっていった。気づけばもう約束の時間から三十分たっている。まさか、と嫌な予感がした矢先、遠くから走ってくる美鈴の姿が見えた。
「待たせてごめんね。家に忘れ物しちゃって。一応メールしたんだけど」
俺は焦る気持ちでいっぱいで携帯にメールが届いていることに気がつかなかった。
「三十分ぐらいどうってことないさ。早速飯食いにいこう」
「うん、お店は近場のファミリーレストランでいいかな?」
「俺はどこでも大丈夫だよ」
美鈴に連れられ、駅前にあるレストランに入った。席は駅が見渡せる窓際の席だった。渚は俺たちから距離をとりながら同じレストランに入り、俺と美鈴の近くの席に一人で座り、ココアを注文していた。
「とりあえず、なにか食べよっか。私お腹ぺこぺこで」
「そうだな。俺はグラタンにするよ」
「決めるの早いね。もう少し迷わせてね」
美鈴はメニューを隅から隅までじっくり見て、どれを注文するか迷っていた。あまり早くにメニューを決めるのはよくなかったかもしれない。こういうときは女の子に合わせるべきだっただろう。
美鈴もようやく決めたらしく、「私も決まったから店員さん呼ぼう」といってきた。店員に声をかけ、美鈴はパスタとコーヒーを、俺はグラタンとアイスコーヒーを頼んだ。
「雨宮くんは中学を卒業してからどうしてたの?」
「普通に地元の公立校に入学したよ」
「高校生活はどうだった?」
「美鈴は俺がどんな性格なのか知ってるだろ? 中学のときと変わらずクラスで浮いてたよ。友達も相変わらずできなかった」
「そっか……ごめんね。嫌なこと訊いちゃったかな?」
「別に事実だから嫌でもなんでもないさ」
「美鈴は高校生活どうだったんだ?」
「私は生徒会に入って生徒会長やってたかな」
「美鈴らしいよ。中学の時から面倒見はよかったし、リーダーシップもあったもんな」
「そんなことないよ。私なんて普通だよ」
「そうか」
そんな話をしていると料理と飲み物が運ばれてきた。料理を食べているとき、話はあまり弾まなかった。もし、俺が真っ当な人間で、友達がいて、健全な高校生活や大学生活を謳歌していたなら、話は盛り上がったのかもしれない。
料理を食べ終わった後も、お互い口数は少なかった。時折、美鈴は窓の外を眺め、つまらなそうにしていた。なんとか挽回しようとしたが、デートの経験がない俺には無理ってもんだ。段々と沈黙の時間が増えていき、
「そろそろ帰ろっか」と美鈴が口を開いた。
俺は、ああと返事をして店を出た。
美鈴と別れる際、「今日は楽しかったよ。またご飯たべようね」と社交辞令をいわれた。もう次はないと表情を見ればすぐに分かった。
「それじゃあさようなら」
「ああ、さようなら」
今日の一部始終を見ていた渚が近づいてきた。
「私たちも帰りましょう」
家までの道のり、俺は始終無言だった。今日のデートは失敗であることは
火を見るより明らかだ。
*
あのデートの日から美鈴はあまりメールを返してくれなくなり、自然と美鈴とのメールは終わった。
俺の心は後悔でいっぱいだった。こんなはずじゃなかった。どうしてこうなってしまったのだろう。デートに向けてやれるべきことは全てやった。それなのにこの結果だ。俺は自分という人間が心底嫌になった。
十分嘆いたところで、俺はある日、寝る前に酒を飲んだ。今までにないくらい体に染みた。酒でしか自分を慰める方法を知らなかった。
渚はそんな俺を見つめながら、
「泣いてるんですか?」と訊いてきた。
どうやら俺は泣いているらしかった。自分の頬に手を当てると涙が指先を濡らした。俺は渚に涙を見られないように顔を逸らした。
「泣き虫さんですね」そういって渚は微笑んでから、
「雨宮さんの涙、半分私がもらってあげますよ」といった。
そして渚はまるで自分のことのように一緒に泣いてくれた。
渚は俺のために泣いてくれた。それが嬉しくて堪らなかった。