魔法少女レンタルします
初めて魔法少女がレンタルできるという話を聞いたとき、頭の中の記憶から引っ張りだされたものは、小学生の時に見た魔法少女のアニメだった。
俺には姉がいて、姉はいつも日曜の朝になると魔法少女のアニメをテレビで見ながら歓声を上げており、俺も興味本位で横からテレビを覗きんでいた。
テレビの中の魔法少女は悪者が現れると、必ず変身して魔法を使い、戦っていた。派手な魔法で倒されていく悪者たち。魔法少女はいつも正義の為に戦い、人々を助けていた。
その時は魔法少女よりも戦隊ものやヒーローが好きだった。小学生の男は大抵、魔法少女のアニメよりこちらに興味を惹かれるだろう。変身し、ピンチになると巨大なロボットに乗って戦う正義の味方。巨大ロボットが怪物を倒すシーンは当時、いつ見ても刺激的だった。いつでも正義の為に戦い、人々を守るという点では、戦隊ものも、魔法少女も同じだったんじゃないかと思う。
そして、この二つにはもう一つの共通点がある。それは両方とも、架空の存在だということだ。
でも、俺は後に知ることになる。魔法少女は実在するということに。
ただし、俺の知る魔法少女は正義の為でも、人々を守る為にも存在する訳ではなかった。
*
俺はアルバイトを二つ掛け持ちしている。大学二年なのだからアルバイトではなく、勉強をするべきだという事は分かっていたが、将来の為に貯金をしておきたかった。
今の世の中は酷く不安定だ。人生がどう転ぶかは分からない。成功するやつと失敗するやつ。勝利者と敗北者は必ず存在する。俺はもし敗北者になってもどうにかなるよう、金を貯めることにした。金さえあれば、人並みの人生に返り咲きする可能性を見出すことができる。
一つ目のアルバイトは深夜のコンビニだ。特にこれを選んだことにに大きな理由はない。ただ、昼間より時給はいいから深夜を選んだ。深夜のコンビニには様々な人が訪れる。
サラリーマン風の人、スウェットにサンダルでくるカップル、酒とつまみを買っていく中年の男、ひたすら雑誌を立ち読みし続け、何も買わずに帰っていく人など。
昼間とは客層に大きな違いがあるだろうと思う。
深夜は昼間と違い、あまり客は多くない。当然、仕事はレジ打ちよりも商品の棚卸しが多くなっていく。
ある日、俺がいつものように、商品の棚卸しをやっていると、アルバイトの先輩が話しかけてきた。
「なあ、お前なんか悩んでいる顔してるぞ。なにかあったのか?」
そんな風に俺の顔は見えているんだろうか。よく、無表情だとか、無愛想だとか、何を考えているのか分からない、といったことはいわれてきたが、「悩みがありそう」といわれたのは初めてだった。
俺は、「特に何もありませんよ」と答えた。
それでも先輩は納得していない様子で、こういった。
「もし、だれにもいえないような悩みがあるならいい話がある。この街には魔法少女をレンタルできる店があるんだ。そして悩みなんて魔法ですぐに解決出来る」
「魔法少女?」俺は聞き間違いではないかの確認の意味を込めて、そう訊き返した。
この先輩はアニメが大好きで、いつもその話を俺に聞かせる。ついに現実と創作の違いが分からなくなるまでになってしまったのだろうか。気持ちが分からなくはない。俺だって現実逃避をいつだってしたいと思っているし、現実から逃げて架空の世界にいけたらと思うこともある。
「そう、魔法少女だ。ただし魔法少女を雇うにはそれなりの金がいるらしい。お前、アルバイト掛け持ちしてて、結構貯金あるんだろ? だったらいってみるといい」
先輩はそういうと、地図を描いたメモを渡してくれた。ここにあるビルにその店が入っているのだという。俺は当然信じられなかった。魔法少女と魔法。どちらも非現実的だ。架空のものとしか思えない。そんなことよりも先輩の頭の方が心配だ。他人に魔法少女がいるなんて真顔で語る彼に同情してしまう。
しかし、俺に悩みがあるということを先輩は見抜いていた。あの時は、悩みなんてないといったが、実際にはある。誰にもいえない深刻な悩みが。
でもそれは、誰かに相談してどうなるものではないと思う。俺自身の問題だからだ。
俺は昔から上手く人に馴染めない性格をしていた。今でもそうだ。クラスでは必ず浮いていた。別にいじめられていたとか、そういったことではない。まるで存在しないかのように扱われていたのだ。
人はみんな、自然と人と接する方法を身に着けていく。母親や父親、兄弟、親戚、近所の子供たち。そのような人々と接していくうちに、人とどう接すればいいのか、どう関わればいいのか、そういったことを学んでいく。
ただ、どういうわけかそれを学ぶことが出来なかった。理由は分からない。生まれつきそういう普通の人間には備わって然るべき機能が存在しなかったのかもしれない。
その結果、俺はいつも一人だった。クラスに打ち解けられず、一人ぼっち。なにかを話す相手なんて一人もいなかった。
授業で二人組みを作れと教師にいわれたときは、いつでも最後まで余った。そして余った者同士で組む。お互いバツの悪そうな顔をしながら。修学旅行のグループ行動では置いて行かれた。俺がいると居心地の悪い空気になるのだろう。
それでも俺は人が嫌いではなかった。むしろ憧れていた。友達同士で仲良く話したり、一緒に食事をしたり、遊びにいったり。俺もいつかはそんなことがしたいと思っていた。
大人になれば変わると思っていた。自然に変わっていき、俺もみんなと同じようになれるのだと。
でも、大人と子供に明確な境界線なんて存在してなかった。俺はいつしか二十歳になり大人と呼ばれる年齢になった。それなのに、なにも変わらずにいた。大人も子供も変わらないのだ。二十歳という年齢は社会的に大人になるという一つの目安であって、急に大人になる訳じゃない。徐々に成長し大人になっていく。
――果たして俺はいつか大人になれる日が来るのだろうか。
深夜のアルバイトを終えて家に帰ってきた俺は、もし魔法少女が本当に存在したら俺の悩みんて魔法で解決できるんじゃないか、なんて事を妄想しながら眠った。
*
あの魔法少女の話を聞いてから数日、今日は派遣のアルバイトだった。そこでもコンビニの先輩と同じようなことを中年の男にいわれた。
その中年の男とは今日初めて会った。派遣の仕事は基本的に毎回違う現場に派遣される。今日は倉庫内でのピッキング作業が主な仕事だった。そして休憩時間にたまたま隣同士で食事をする機会があったのだ。食事をしながら男はいった。「あんた、なにか悩みがあるだろ? そう顔に書いてあるぜ」と。
その後、「俺にも悩みがあってな」と続いた。
そんな話をしている時に魔法少女の話になったのだ。
内容はコンビニの先輩と同じだった。ただ違う点として、この男は実際にそのビルを訪れたらしい。
しかし、男の手持ちの金では足らず、断られたそうだ。そして男も地図を描いて渡してくれた。「もし金があるならいってみろ」といわれた。
世間では魔法少女が流行っているのだろうか? それにしてもこうも続けて同じ話を、接点のない二人から聞かされると、少し信じてしまいそうになる。
結局、俺は次の休みの日にそのビルへと向かうことにした。
その日は気持ちのいい秋晴れの日だった。空はだんだんと高くなってきており、空気も澄んできている。もうすぐで冬がやってくるのだと感じさせられた。