拒絶反応
今回は少々アレな表現があります
「…シオンなのか?」
僕は俯いたまま尋ねる。姿を見たくないという気持ちが強かった。もし姿を見たら精神が崩壊しかねない。
「俯いてるのによく分かったね」
「分かるさ…」
「今のレイには酷かもしれないけど、この街の3分の1はもう私の世界になってるわ」
「シオンの世界じゃない。地獄のような崩壊した世界だ…」
「酷い言いかたですね」
「酷くはないだろ。そのままの意味だ」
「エア・ジュレウスさんでしたっけ?どうでしたか?あの後」
エアが心肺停止になっていると分かっていながらも、僕は望みをかけてこの病院に運んでもらった。まあ結果的に運んで医師に診てもらった時には既にエアは死んでいたんだけど。でもなぜ今その話が?
「エアは死んだ」
「みたいですね」
「え?」
「さっき霊安室で確認しましたよ」
シオンは言った。言いがかりかもしれないが俯いている僕には分かる。今のシオンの表情が。彼女はきっと声は普通に無感情のように出していても表情は笑みを浮かべている。
「なんで笑ってる?」
「よく分かりますね。頭頂部に目でも付いてるんですか?」
「付いてねえよ…。笑ってる理由を知りたい」
「エアさんが最期に言った言葉。レイは本当にエアさんの言葉だと思ってるか知りたくて」
「何を聞いてるのかいまいち理解できないけど…。まあ、エアは自分よりも相手に利益が出る話を持ちかけることが好きだったから…」
シオンが暫く何も言わなかったので不思議に思った矢先、聞こえてきたのはシオンの笑い声だった。
「上手く騙せたみたい」
「は?」
「あれはね、私が言わせたの。事が停滞しそうだったから」
「じゃあ、エアを操って言わせた。そう言いたいのか?」
「生き人形とはまさにこのことね」
僕はその言葉に反応して顔を上げた。シオンは笑っていなかった。代わりにミオがいるレントゲン室の扉を見ていた。
「おい…」
「ミオはここに連れてこられたのよね?本当にバカよね。ここの医者」
「バカ?」
「彼女、左腕のレントゲン撮られてるんでしょ?」
「何で知ってるんだ?あの場にいなかっただろ」
「予想してたから。彼女がこうなること」
まさかミオに何かしたのか?そんな考えはミオに既に見透かされていたようだ。
「今レイが考えていること通りですよ。あの時、彼女に少し細工をさせて頂きました」
あの時というのはミオの首を絞めた時だろう。でもあの時、ミオの左腕に彼女は触れていない。細工が意味することが理解できない。
「あれ?理解できないですか?」
シオンは煽るように聞く。次第に冷や汗が出てきた。
「理解できないようなので教えてあげます。彼女の首を掴んだとき、私の血液を少し彼女の躰に流し込みました」
「流し込むって…。そんな―」
「そんなこと出来るわけない。そう言いたいんでしょうが、出来ますよ。ワクチンの接種と一緒です」
それなら傷口は目立たない。だが、あの時彼女の首から出血は見られなかった。少なくとも刺したところから少なかれ出血はあるはずだ。
「私の力であそこの傷口を埋めたんです」
また疑問を見透かされたかのように彼女は笑う。
「一応聞くけど、シオンの血液型は?」
「A,B,O,ABではないことだけは確かです」
4種じゃない。それはすなわち人の血液型ではないということ。だとしたらミオは人以外の血を流しこまれた。そういうことになる。
「ミオはどうなる…」
「自分の目で見てみたらどうですか?」
シオンは僕を急かすように促す。僕は扉を開ける。
「!」
僕は愕然とした。下肢では支えられなくなったのか、床に崩れ落ちた。
「合意のうえよ」
ブルネッタ女医は赤く染まった白衣を着て僕を見た。女医はうっすらと涙を浮かべていた。
「先生どうして!」
「こうすることが最善の策だったのよ」
僕はその言葉を受け入れるのに時間がかかった。それもそのはずだった。ミオの左ひじから下が無くなっていた。つまり、切断していたのだ。
「レイ…」
ミオの声がした。どうやら麻酔が切れて目を覚ましたようだ。そして、初めて彼女は僕を名前で呼んだ。
「ミオ、やっぱ僕が―」
「落ち着いてよ。もう私は大丈夫。大きな代償と引き換えに、今こうしていられるんだから…」
ミオは既に平常心に戻っていた。彼女も現実を受け入れていた。だから左腕がなくなってもこうしていられる。だが僕はさっきまでもミオまではいかないとしても、それに近いくらいの精神崩壊を起こしていた。だが、僕はすぐに冷静になれた。
「取り乱して悪かった」
「私こそ、迷惑かけたよね…」
そんな短い会話をして僕はレントゲン室を出た。そこにはシオンの姿はなかった。代わりに一枚の紙が落ちていた。裏面を見ると一文が書いてあった。
『もう手遅れ』
この「手遅れ」は何を意味するんだ?ミオのことか?それとも街のことか?少なくとも無視はできない文章だということは分かった。僕は彼女の病室に行き、紙を何度も読み返した。そうしているうちにミオが病室へと戻ってきた。
「傷口が無くなったら義手を付けるって」
僕を安堵させるためだろう。ミオは笑顔を浮かべてそう言った。医療が進化して癌を手術せずに完全に消滅できる方法が確立された時代だが、残念ながら完全に壊死してしまった箇所を正常な状態に戻すということは実現できていない。しかし義手や義足といったものはかなり進化し、今では普通の手足と区別がつかないほどにまでなっている。
「ミオは大丈夫なのか?普段の生活に支障とか出たとしても」
「ん?私は大丈夫だよ。シュレンを監視し続けることできるし」
あぁ…。そういえばそうだった。ミオは僕のことを監視するためにガールフレンドになってるんだった。
「でも…」
ミオが急に勿体ぶるような一言を呟いた。テンプレとしては僕が促してミオが言葉をつづけるというものだが、その必要はなかった。
「もう、監視する必要はないのかも」
「え?」
「紅眼は危険ってことをシオンと会ってから改めて思ったの。でもレイは何もしない。むしろ元の街に戻したいって思ってくれてる」
「だから僕は紅眼じゃないって。でも僕は別に…」
「それは嘘。シオンとの会話を見てて確信した」
ミオはベットの近くに置いてあったペットボトルの蓋を開けラッパ飲みした。
「違うよ。僕はシオンの暴走を止めて更生させたいだけ。ただそれだけなんだよ…」
ミオはペットボトルに入っていた水を全て飲み干した。
「それと元の街に戻したいって何の違いが?」
「復興のことを言ってるなら、自分の力だけじゃ無理だ。でもシオンを更生させることは一人でもできる。その違いだよ」
「じゃあ、私の力はいらないってことね」
「そう言ってるんじゃねえって」
僕は誤解を与えたと思ったので意図について説明したが、ミオは誤解してはなかった。むしろ、
「違うの。シュレンといなくていいってこと。ほら、今の関係は偽りなんだし」
「それは僕も分かってるさ」
それでも、僕はミオとの関係を途絶えさせたくなかった。シオンの暴走を止めるまで、僕はミオと結託していたかった。
「ふ~ん。そんなに私といたいんだ。もしかして私のこと…」
「そんなんじゃねえから!」
僕がそう言うとミオは吹き出し笑いをして、その笑いに僕もつられた。ミオは普段のミオになっていた。裏ミオが見れないけどそれはそれでいいか。
「シオンの暴走が止まるまでこの関係を保ち続けたい。いいかな?」
ミオは少し考える素振りを見せたが、それも数秒だけ。ミオはすぐに首を縦に振った。
まず初めに謝罪から。前回のあとがきで「5月上旬に投稿」と言っていたにも関わらず、いつの間にか6月となっていました。本当に申し訳ございません…。別サイトに投稿している小説をメインで書き進めていたのが遅れた理由です。偏りすぎました。反省しています…。
あとがきと言ってもなにを書けばいいのか本当に分からないです。ミオの左腕が切断という、グレーゾーンな描写が含まれました。でもすぐ義手が付くと思うので許してください。
次回は…、と言っても断言しない方がいいですね。遅れたら本当に申し訳ないので…。でもそう遠くならないうちに次回10話は投稿しようと思っています。よろしくお願いします