015 VS四手熊
あっさりと戦闘は終わります(え
四手熊。
体長4m、体高2m。
四本の腕を持つ化物熊。
俺が間違えて襲って以来、ひらすら対峙を避けていた魔物だ。
あの時は、普通の熊と勘違いして襲ってしまった。
そして、奴の逆襲の一撃が掠っただけで死にかけた。
懐かしき、忘れてしまいたい記憶だ。
まあ、そのおかげで、以降はもっと用心する癖がついたけど。
あれから俺も成長している筈だが、こいつに勝てる気がしない。
ただでさえ、こちらは満身創痍。疲労困憊。
オマケに左手の槍は壊れてしまっている。
さて、どうするか。
できれば、四手熊が森に還ってくれればいいんだけど。
その望みは薄そうだ。
有利な点といえば、こちらにはシロがいる。
いままでは数で押されていたけど、これからはこちらの方が数的優位に立てる。
…シロの攻撃が通じるかな?
四手熊の毛皮は厚い。
さらに毛皮の下の筋肉は堅く、生半可な攻撃は通じそうにない。
<なにしろ、森の悪夢と言われている魔物だ>
こいつの強さは、一般知識になるほどらしい。
せめて、弱点でもわかればいいんだけど、一般知識の範囲には無いようだ。
そもそも弱点なんてない可能性の方が高いけど。
正々堂々倒せる相手でもないし。
正直、逃げたい。
見逃してくれないかな?
そんな俺の思いは、あっさりと裏切られた。
四手熊が、こちらに向かって突進してきたのだ。
普通、でかい奴は動きが鈍いのが相場だと思うのだが、四手熊には当てはまらないようだった。
大角鹿より早い。どうあがいても俺が逃げ切れるとは思えない。
つまり、正面からやりあうしかないという訳である。
勿論、黙って見ているわけにはいかない。
俺は、壊れた槍を投げつける。
少しは牽制になるかと思ったのだが、四手熊はあっさりと手で弾いた。
こちらに迫る速度は変わらない。
前足と後足の他に、更に一対の腕を持つ熊、それが四手熊だった。
全力疾走しながら、自由に動かせる剛腕を振り回して獲物を叩き潰すことができる。
機動性と運動性を兼ね備えた上で、強力な一撃を放つ熊。
反則にもほどがある。
その一撃を、辛うじて右手の長剣で受ける。
四手熊の爪が、鋼に食い込む。
負けたのは鋼。
綺麗な音が響き、長剣は真っ二つに折れた。
勿論、俺も無事には済まない。
咄嗟に後ろに跳んでも、衝撃は襲ってきた。
辛うじて、バランスを保ち転倒は避けた。
10mぐらい吹き飛ばされたし、長剣を持っていた右手の骨は折れたけど。
シロが後方から襲いかかろうとしたが、脚をとめない四手熊に追いつけない。
鋭い爪を発動させて、左手を変形。
5本の指だけを伸ばして、タイミングをずらして四手熊の目を狙う。
だが、明らかに今までの変形より速度が増しているにもかかわらず、四手熊を捉えることはできない。
残像を残し消える四手熊。
咄嗟に地に伏せた頭上を、風が薙いだ。
四手熊の動きが一瞬止まる。その瞬間を狙って後方から戻した指で首を狙うが捕えられない。
生臭い息が掛かるほど、接近された。
赤く光る瞳。
血走っているというより、発光しているようにすら感じる。
その瞳が、ふっと白くなった。
四手熊の巨体が、体重を感じさせない速さで後ろに下がった。
そして、匂いを嗅ぐようなしぐさ。
しばらくして四手熊がこちらを睨む。
訝し気に。
その隙に、俺は右手を回復させた。
MPも残りはほとんどない。
次に怪我を追えば、治す余裕は無いだろう。
どうする?
自分に問いかけても答えは出ない。
この僅かの時間の攻防で、はっきりとわかった。
今の俺では、こいつには勝てない。
逃げようにも、こいつの方が早い。
気合いだけは負けないように、四手熊を睨み返す。
どうしも勝てないなら、腕の一本が目の一個でも潰してやる。
そうすれば、シロが逃げる程度の可能性は出来るだろう。
右手を前に突き出して、左手を後ろに。
右手に襲いかかってくれば、右手を犠牲に一撃を入れてやる。
その後の事は、もう知らない。
知ったこっちゃない。
さあ、来い。
だが、俺の覚悟はあっさりと裏切られた。
気配探知の反応が、赤から黄に変化した。
そして、下がる四手熊。
少し下がると、反応は黄から白に変わる。
俺に対して興味を無くした?
既に四手熊に襲いかかってくる雰囲気は無い。
そして道に倒れている魔物の死体を集めている。
ていうか、食っている?
俺は慌ててシロに、手を出すなと命令した。
何の理由かわからないが、四手熊は俺に対する敵意を急に無くしたらしい。
不可思議だが、検証する余裕はなかった。
俺はじりじりと後ろ向きに下がる。
そして、十分に距離を置いた後、全力で逃げだした。
勿論、シロにもついてくるように命じている。
逃げ出す俺たちの後方で、四手熊はこちらを向くことも無く平然と死体に喰らいついていた。
その姿は、以前、俺が間違えて襲撃した後の四手熊の姿に酷似している。
脅威に成らない相手には興味が無い。
まるで、そう語っているかのような悠然たる姿であった。
逃げ出した俺が足を止めたのは10km以上走った後だった。
俺の直ぐ後ろを走っていたシロも足を止める。
既に、四手熊の姿は見えない。
荒い息を吐きながら、道にへたりこんだ。
どうやら、無事に逃げることができたらしい。
それにしても、何故、四手熊が見逃してくれたのか判らなかった。
他の魔物たちとの違いは、俺よりLVが上の相手だったってことぐらいしかない。
助かったのだから文句は無いのだが。
それにしても、ここはどこだろうか?
<この先を進むと、辺境の街バラバスへ着く>
知識奪取で得た知識は役に立つなあ。
方向からすると、この体の持ち主を殺した連中が向かった方向とは逆のはずだ。
どれくらい街から離れているのかな?
<ここから約30km おおよそ一日の旅程>
ふむ、太陽の位置からすると、今は既に夕方に近い。
どこか、夜を過ごすのにいい場所を探しておかねばならない。
一晩休んでから、街へむけて出発だ。
こうして俺は、魔の森を脱出した。
左腕だけの怪物から、人間の体を手に入れた状態で。
相棒は森犬のシロ。
これから俺と一匹の旅が始まる。
俺をこんな状態に追い込んだローロルーラに再会するまで、どれくらいかかるかは判らない。
だが、俺は最初の一歩を踏み出した。
待っていろ、ローロルーラ(本体)。
俺は、必ずお前に会って、一発殴ってやる。
もうちょっとだけ続くのじゃ。
(意訳:これからが本編