014 イージーモードの意味
急にどうしたんだと思うと同時に、回答が思い浮かんだ。
<例外はあるが、基本的に魔物は人族を嫌う>
知識奪取で得た一般知識のお蔭のようだ。
なるほど、この世界では魔物と人族って敵対関係なのが常識なのか。
ステータスウインドウを確認してみると、
『個人名称:ユンデ 種族名称:人族(人間)<融合中>
レベル 30 HP314/314 MP68/68
状態:正常(融合)
融合身体の状態:正常(HP200/200)
[固有能力]
疑似感覚、疑似生命、簡易鑑定、剛力、固着、動物固着、死者融合
残スキルポイント:4
[受動スキル]
自動回復(小)、頑強、鷹の目、変形、気配探知、
[能動スキル]
身体強化、擬装、回復、回復(他)、鋭い爪、平たい爪、穴掘り
[付随スキル]
記憶奪取、知識奪取、技能解放』
今まで正体不明扱いだった種族が、人族として表示されていた。
死者融合によって、人族の体を手に入れたせいだろう。
つまり、今までの俺は人族として認識されていなかったため、敵対者として魔物に認識されていなかったという訳だ。
道理でローロルーラが魔の森スタートを、イージーモードだと言う訳だった。
周囲からの殺意にさらされて、初めてその意味が分かった。
ヤバい。
焦燥感が襲ってくる。
恐怖のオマケつきだが、ここでパニックになるわけにはいかない。
落ち着くんだ、俺。
さて、どうする。
体の違和感は減少している。しかし、慣れていないこの体で戦えるのだろうか。
有利な点としては、魔の森の外縁部に近い場所なので、比較的低いLVの魔物しかいないことだろうか。
でも、数が多い。俺の味方はシロだけだ。
数量的には圧倒的に不利である。
背中をむけて逃げ出したくなるが、それが悪手であることくらいは判る。
武器は、少し離れたところに落としていた槍が数本ある。
それに、俺が融合した男の左腰には剣が差してあった。
とりあえず右手で剣を抜いてみる。
刃の長さは80cmぐらいの両刃の長剣。
ずっしりと重い。両手で使うのが本当なのだろうか。
剣とか振り回した経験ないんだけど。
次に、離れている場所にある槍を左手を伸ばして拾った。
こっちの方が使う分には慣れている。
まあ、左腕だけで使ってたから、体がつくとどう使えばいいのか判らないけど。
それよりも、変形が使えるか不安だったんだけど、問題無く使えるようだ。
他のスキルがどう作用するかは、まだ不明。
左腕だけなのか、それとも融合した体にも適用されるのか。
検証をしている時間は無い。
シロが足元で唸っている。
腕だけの時なら、シロに固着して逃げ出すこともできたんだろうけど、さすがに今の体でシロに騎乗するのは無理だ。
いざとなったら、シロだけでも逃がそう。
きっと、問題無く逃げ切れるだろう。
逃げてくれるかどうかが問題だけどね。
道に魔物が姿が現れてきた。
横から回り込む気配も探知している。
視界に入った魔物は、
『肉食兎 LV5』10匹
『森犬 LV10』 8匹
『森狼 LV15』 5匹
よし、あまり強い相手じゃない。
後続も、まだまだいるから安心はできないけど。
俺は魔物たちを見たまま、後ろ向きにゆっくりと森から離れる方向に移動する。
このまま見逃してくれれば助かるけど、気配探知の反応は赤のままだ。
LVが低い相手とはいえ、数の力は脅威。
魔の森にいた時は、複数の魔物を同時に相手にすることは殆ど無かった。
種族が人族になった途端に、この状況だ。
ローロルーラもイージーモードだと断言したわけである。
最初から人族扱いだと、間違いなく森に出現した瞬間死んでいたね。
こちらが下がる速度より、魔物たちが迫る速度の方が僅かに早い。
徐々に、俺達と魔物の間の距離が短くなっていく。
そして対峙してから、数分後。遂に均衡が破れる。
魔物たちが、一斉に襲いかかってきたのだ。
瞬発力が高いのはLVの低い肉食兎だ。
懐かしい相手でもある。
身体強化を発動させると、左腕だけでは無く体全体が強化された。
重さを感じていた右腕の長剣も、軽々と扱えるようになった。
変形させた左腕で、肉食兎の後方にいる森狼を槍で狙う。
肉食兎は、右手の長剣で切り裂こうとして、刃筋を立てることができずに殴りつけただけになった。
剣というより鉄の棒で殴ったのと変わらないが、肉食兎はそのまま倒れて動かなくなる。
まあ、倒せたからOK。
刃物を刃物として扱うには、俺には経験が足りない。
もしかしたら、乗っ取った肉体の経験でうまくいくかな、とも思っていたんだけど。
そんなことは無かったぜ!
そして変形させた腕は、槍を掴んだまま後方の森狼を貫いた。
変形の速度と距離が増えているような気がする。
今なら、10mくらいまでは届きそうだ。
さっきのメッセージで変形がどうのとかあったような気がしたけど、その効果がこれなのだろう。
俺にとっては悪いことでは無い。
シロは俺の足元に襲いかかってきた森犬を迎え討っていた。
同じ種といえど、シロの方がLVが高い上にスキルまで持っている。
首筋に噛みつくと、体をひねって横に投げ飛ばしていた。
それだけで、襲ってきた森犬の首が千切れかけている。
俺達の最初の迎撃は上手く行った。
これで、びびってくれて逃げてくれればありがたいんだけど。
そんな気配は全くない。
まだまだ魔物は残っているのだ。
これからが本番である。
それから、俺は身体強化を掛け続けながら、剣と槍を振い続けた。
何度か、うっかり剣で左手を斬ったけど。
いや、俺の左腕《本体》は不規則に動きすぎるのだ。
うっかり、剣を振る軌道の中に入り込むし、その時に限って刃筋を立てて剣を振れてたりする。
マーフィー先生は、この世界でも活躍しているらしい。
シロも大暴れしている。
白い毛皮は既に返り血で真っ赤になっていた。
魔物達は、シロより俺を優先的に狙ってくる。
革鎧を身に着けている俺の方が防御が堅いので、都合がよかった。
回復も使えるしね。MPも俺の方が多いのだ。
盾役には向いているだろう。
複数の敵からの攻撃を躱しきるのは不可能なので、俺は何度も傷を負っていた。
自然回復では間に合わないので、回復を使って傷を治しながら戦う。
俺は、躱し、剣を振り、槍を振り回し、牙を受け、爪を受け、傷を治し、身体強化をし、ひたすら戦い続ける。
戦っている内に、だんだんと体の使い方がわかってきた。
今では、刃筋を立てることを失敗することは無い。
うっかりと、自分の左腕を斬る事も無い。
そうなるまでに、1時間は戦い続けただろうか。
戦いなら森から離れて行ったので、いつの間にか魔の森は見えなくなっていた。
これまでに倒した魔物の数は判らない。
俺達が下がってきた道の上には、無数の魔物の死体が転がっている。
LVが低い相手ばかりとはいえ、自分でも感心するほどの戦果だ。
途切れることなく襲いかかってきた魔物の数も減り、俺のMPも底をついてきた。
回復を使ってHPを全快にしても、疲労は別問題らしい。
体全体が棒になったようにだるい。
傷は治っても、防具の損傷は治らない。
今の俺の体を覆っているのは、すでにボロボロの革鎧だけだ。
そして、左手の槍が酷使のために折れると同時に魔物たちの襲撃は途切れた。
魔物がいなくなった訳では無い。
俺達の目の前には一匹の魔物が残っていた。
『四手熊 LV48』
それは、俺が魔の森で対峙を避け続けた魔物だった。