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012 さらば、魔の森

 

 翌日、俺は森を出ることを決意していた。

 この先の成長のためには、この森にいるわけにはいかないからだ。

 幸いながら、荷物は多くない。

 精々、俺が作った槍を数本持っていく程度だ。

 丘の塒は、入り口を解放して放置することにした。

 きっと、麓の森犬たちが塒として使ってくれるだろう。

 俺はシロの背中に乗る。

 目的地は、人間のいる場所。

 大角鹿の縄張りを抜けたところに河が見えるので、河に沿って下って行けばそのうち魔の森を抜けることができるはずだ。

 俺は人間に会いたい。できれば、最低の人間がいいんだけど。



 昨日のローロルーラ(分体)との白い部屋での会談の後、魔の森に戻った俺が確認した融合の固有能力の説明はこうだった。


『融合:融合可能対象が融合可能状態にある場合、融合することができます』


 これだけだと、意味が分からない。だが、ブレイクスルーポイントに設定された能力だけあって、詳しい説明が付随していた。


『融合可能対象:あなたに馴染の深い生物が対象となります』

『融合可能状態:あなたと同一部位が欠けている状態です』


 ここまで云われれば判る。

 つまり、このスキルは俺が人間の体を乗っ取るためのスキルなのだ。

 俺と同一部位が欠けている状態とは、左腕だけの怪物である俺にとっては明白だ。

 つまり、左手がない状態の人間に取りついて体を乗っ取ることができる。

 そのための能力なのである。


 ぶっちゃけヤバい能力だ。

 人倫に基づけば忌避されるべき能力である。

 

 他人の身体を奪うなんて、許されるべきことだろうか。

 などという感情はあまり浮かんでこなかった。


 この能力を使わない限りは、俺にはこの先の成長が無いのだ。

 それは、ローロルーラを殴るという目的の達成を諦めるのと同じである。

 

 とはいっても、俺は温厚と事なかれ主義を極めた日本人だ。

 個人の記憶は無いけど。


 そんな平和主義者の心理的障壁を越えさせるもの、それは解放された関連スキルにあった。

 

『[融合付属スキル] スキルポイントを消費することで発動します。

 死者融合(消費スキルポイント:1)

 記憶奪取(消費スキルポイント:1)

 知識奪取(消費スキルポイント:1)

 技能解放(消費スキルポイント:1)』


 各スキルの説明はこうだ。


『死者融合:死亡状態の融合可能対象と融合できます』

『記憶奪取:融合対象者の記憶の一部を取得できます』

『知識奪取:融合対象者の知識の一部を取得できます』

『技能解放:融合対象者のスキルの一部を取得できます。ただし融合状態でのみ発動可能』


 つまり、俺が融合できるのは、左手の無い死体だけということになる。

 死体相手なら、遠慮することもないだろう。

 ローロルーラの話だと、魔王とかが存在する世界のようだ。

 きっと、死体には困らない。

 物騒な話だけど。

 乱れた世の中じゃ、盗賊とか山賊とか、むしろ殺した方がいい相手とかもいるに違いない。

 そういう相手なら、遠慮なくしとめることができそうだ。

 うーむ、この森で過ごしていたせいか、殺す殺さないといった物騒な考えも平気になっている。

 そういや、最初の白い空間でローロルーラに逢った時、精神がどうのとかいってたっけ。

 その影響もあるのだろうか。

 

 何はともあれ、この森にいては人間と遭遇する可能性は少ないのだ。

 

 大角鹿の縄張りであった丘の麓を通り抜ける。

 予定だと、その先の地域で良さそうな狩場を探すつもりだったんだけど。

 今は、ただ通り抜けるだけだ。

 周囲の警戒は忘れない。

 気配探知は常に意識している。

 普段は、魔物ホイホイになるシロだが、俺が固着した状態だと、周囲の魔物の反応は大人しくなる。

 普段の俺への反応と同じだ。

 固着した状態なので、同一生物扱いにされているのかもしれない。

 今は、狩をしたいわけじゃないから非常に助かる。

 

 ちなみにシロの走る速度は速い。そして持久力も凄い。何時間でも走り続けることができる。

 俺も瞬間的な速度なら負けないけど、中・長距離を移動するとなるとシロの足元にも及ばない。

 こちらに敵対反応を示している相手を避けてしまえば、追いつかれることはなかった。

 

 ちらちらと見かける魔物を簡易鑑定してみると、明らかに前の場所にいた魔物よりLVが高い奴が多い。

 この前あった方のローロルーラが言っていったイージーモードってのは、魔の森の中でも比較的安全な場所だったっていう事かな?


 なんせ、こっちだと大角鹿を平気で獲物扱いしている魔物がごろごろしているし。

 LVが見えない新しい相手も多い。

 

 こちらに関心をむけてくる相手が少ないのが幸いだ。


 おそろしや。

 俺が思っていた魔の森の三大魔物ってのは何だったのか。

 もっと、ヤバそうなのが大量にいるじゃないか。

 とにかく、関心を引かない様に慎重に素早く移動しないと駄目だ。

 頑張れ、シロ。


 いや、俺も気配探査で頑張っているけど。

 

 そして、塒を出発して3時間後、俺達は河に遭遇したのだった。

 川幅は広い。

 そして、向こう岸もこちらと同じような森になっている。

 どうやら、河を渡っても魔の森は続くようだ。

 河を渡れば、森を脱出という訳にはいかないらしい。

 そうなると、進路は河の上流か下流になるわけだが…


「常識的に考えると…、やっぱり下流側にいくべきだよな」

「わん」


 シロも同意したので、河を下る事にする。

 異世界といえど、基本的な地形は俺のいた世界と変わらないと思う。

 森を出るなら、河の流れにそって下る方向に行く方が可能性が高いはずだ。

 

 周囲の気配探知と簡易鑑定を絶え間なく行いながら移動する。

 一時間程走ると、周囲の魔物のLVが低くなっていることが判った。

 進路はこれで正しいようだ。

 そのまま夕方になるまで河を下る。

 森が途切れる様子は無い。

 

 日が落ちる前に、良さそうな穴を見つけたので、俺の平たい爪と穴掘りで素早く拡張して臨時の塒を作成した。

 丘に作っていた塒と比べると狭いが、一晩過ごすだけなら十分だ。

 穴に潜んでいた兎(肉食にあらず)が、シロの晩御飯になったし。

 周囲の魔物のLVも大分低くなっている。

 とりあえず休んで、明日こそ森を脱出したいものだ。。


 しかし、シロがいてよかったな。俺だけだとここまで移動するのに、どれだけ日数が必要になったことやら。

 きっと、5日以上必要だったろう。

 感謝の気持ちをこめて、シロの頭を撫でる。

 こらこら、じゃれつくんじゃない。

 遊ぶことに体力をつかったら明日が大変だ。


 まだまだ、遊びたい盛りなのだろうか。

 体の方は、成犬並みになったのになあ。


 可愛いからいいけど。


 

 翌日、朝一番で出発する。

 目指すは河の下流。

 もちろん、河には近づきすぎない。ワニみたいなのがいたらヤバい。

 気配探知の反応で何かいそうなんだよな。

 水中に潜られていると、簡易鑑定できないからLVとか判らない。

 半日ほど進むと周囲の魔物のLVは、さらに低くなった。

 もう、俺の簡易鑑定でLVが判らない魔物はいない。

 魔の森の外縁部に近づいているのだろう。

 この辺りだと、一番LVが高いのは大角鹿だ。

 結構数がいる上に、行動範囲が広いのかな。

 さんざん狩った相手だけど、LV自体はまだ大角鹿の方が高い。

 基本的に奇襲と罠を組み合わせて倒していたから、正面からやり合うと不利だと思う。 いや、シロもいるし案外いけるか?

 今の状況では、手出しする必要もないけどな。


 そんなこんなで、2日が過ぎた。

 魔の森って尽きることが無いのかと不安に思っていたけど、ようやく周囲の木の密度がまばらになってきた。

 既に森というより、林程度の木の密度である。

 周囲の魔物のLVも更に低くなっている。

 俺より高いLVの魔物がいないほどだ。

 

 もう少しで森を抜けることができるだろう。


 シロの速度で走り続けて突破に3日かかるとは…。

 俺だけだと、絶対に無理だったな。

 この森は俺の予想以上に深かったようだ。

 俺達がいた場所が、森のどのあたりか判らないから正確な広さなんてわからないけど。

 

 それから暫く進むと、高台の上に背の高い木があったので天辺まで登ってみる。

 変形を使って、腕を伸ばして枝を掴んでいけばあっという間に天辺につく。

 こういう動きもこの3か月で慣れた。

 むしろ、人間の身体を持っていた時の感覚っていうのが判らなくなっている。

 最初の頃気にしていた人間の時の記憶も、だんだん興味が薄れているし。

 本当の意味で、左腕だけの怪物になりつつあるのかもしれない。

 この自覚は恐怖でもあるし、その一方で当然の様な気もしている。

 

 ま、人間の体を手に入れることができたら、また変わってくるだろう。

 思考は環境に左右されるっていうし。


 木の上に登った俺が見たものは、森の終わりだった。

 3km程先で、森が終り平原が広がっている。。

 平原の中に茶色の線が見える。

 あれは、道だろうか?


 獣道なのか、粗末な街道なのかは判らないけど。


 ん?

 

 道らしき茶色の線を目でたどると、何かが道を歩いていることに気付いた。

 鷹の目を使って見ると、それは人のような姿をしていることがわかった。

 それも、複数人いる。


 さすがに距離があるため、細かな所までは判らない。

 距離でいうと、5kmほど離れているだろうか。


 俺は木から降りた。

 慌てたので、途中で枝をつかみ損ねて落ちた。

 落ちた先はシロの上。

 いや、そうなるように体をひねったんだけどね。


「シロ、行け!」

「うぉん」


 シロは、ちょっと驚いていたようだけど、俺の言葉に反応して駆け出した。

 第一異界人発見なのである。

 この機会を逃すわけにはいくまい。

 

 シロの全力疾走は、更に早い。

 俺達はあっという間に森を飛び出した。

 3か月を過ごした場所だが、今の俺には未練など無い。

 新しい世界へ旅立つのだ。

 

 さらば魔の森。

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