片刃剣の魔装姫
急に現れたローザに、背後で蹲っていた二人は驚きの顔を向けている。
「ちょ、ローザ!? 貴方、手を出さないって--」
「………手は出してない。 貴方達が負けたから、私が出て来ただけ」
「貴方じゃ、殺しちゃう可能性あるでしょ!?」
「………貴方達が、それを言う?」
「「くっ………」」
ローザは二人の言葉を涼しい顔でかわし、此方を向く。
「………ハジメ。 決闘、しよ」
「なんか、一段と血の気が多い奴が出て来たなぁ…」
「………それは、肯定? それとも、否定?」
「肯定でどうぞ」
「「貴方死ぬよ!?」」
ネロウとフーザが慌てて止めようとする程、この魔装姫は強いというのが、体感で解る。恐らく、今までで一番強い相手になるだろう。
「後、決闘はもうちょっと待ってくれないか? あと数分で良いから」
「………何故?」
「あの二人相手でかなり疲れてるんだ」
「………なるほど。 フェアな条件の方が、良いものね」
うん。やっぱり、言えば解ってくれる。…と言うか、普通に意思疎通できる時は出来るな。ふむふむ…これも脳内にメモっとこ。
「で、やっぱりローザが魔装姫の中で一番強いのか?」
「………ん。 その所為で、皆私を戦わせてくれなかった」
「貴方が戦うと、死体の山が出来ちゃうからでしょ…」
「と言う事は、魔装の毒をより多く持ってるって感じか?」
「何処で毒とか知ったのかは気になるけど、そうなるね」
ふむ。ローザが一番毒に冒されている、と…。じゃあ、試しに…。
「なぁローザ。 お前って欲しいものが有ったらどうやって手に入れる?」
「………力尽く」
「じゃあ、やりたい事が合って止められる時は?」
「………魔装姫の皆以外だったら、殺す」
「ふむふむ…。 質問に答えてくれてありがとう」
確かに、ローザは思考が単純だ。と言うよりかは、本能的な思考と言うべきか。コップに水を入れて、それを空にするためにコップを粉砕する…みたいな。
「………ハジメ、って、不思議」
「あ、それは思うかも」
「なんか、話をしてても殺そうという気は起きないんだよね…。 寧ろ落ち着くというか…」
「ん? と言う事は、普段から魔装姫意外と話さないのか?」
「殺したくなっちゃうからね~…」
なるほどな…。魔装の毒って結構厄介なんだな。
でも、裏を返せば歯止め役がいればなんとかなるのか…。しかし、魔装姫同士だと意味が無い…。うぬぬ…。
「………ハジメ。 そろそろ、決闘」
「あ、そうだな」
「「ご冥福をお祈りいたします」」
「死ぬ事前提!?」
「じゃ、私達観戦してますね」
なんかすでに事後処理をされた気がするが、ローザと距離を取って、互いに片刃剣を構える。
「………嘘だろ?」
ローザの構え方を見て、唖然とする。身の丈程の片刃剣を右手一本で握って、左手は脱力したかのようにダランと下がっている。剣を前に出す構え方だ。
対する俺は剣を後ろに引き、左手は柄に添える。まぁ、前と同じ構え方だ。
「………全力で来て。 私を、楽しませて」
「一応、出せる全力は出すよ」
「………そう。 行くよ…!」
それと同時に飛び出してくるローザ。速い。今までの魔装姫が亀に思えるほどの速さだ。しかも、俺が今まで相手した事が無いような速さ。
突き出される剣を斜めに斬り上げた剣で弾く。間髪入れずに、斜め上からの斬り下ろし。それを後ろに飛んで避ける。
「やっべ…。 一撃の速さと重さが異常なまでに凄い…」
「………ハジメ、凄い。 私と、戦える。 もっと、もっと私と遊ぼう」
「まだスピード上がるのかよ…!」
今までの動きがウォーミングアップ位にしか見えないほどの速さで斬りかかってくる。
縦横無尽に走る刃を一つ一つ正確に弾く。偶に弾き損ねて腕を刃が掠めて行ったりと、紙一重の攻防を繰り返している。
「………え、い…!」
「うぉ!?」
ローザが両手持ちで思い切り薙ぎ払ってきた一撃を受け止めると、勢いで後方に吹っ飛ばされる。その後方は、湖だ。
「冷たっ!?」
「………油断、大敵!」
「おわっ!?」
両手持ちで、勢い良く兜割を繰り出してくるローザ。あんなの当たったら真っ二つになるな。割と冗談抜きで。
「くっそ!」
「………甘いっ」
反撃に振るった剣は、ローザが振り回す剣に弾かれて、隙を生む。不味いな…。
「はぁっ!」
「………くっ」
全力の攻撃の打ち合いを繰り広げる。攻撃こそが、最大の防御だ。攻撃されたら、攻撃で迎撃すれば良い。防御なんてしてたら、相手に攻め込む隙を作るだけだ。
「凄い…」
「あのローザと打ち合ってる…」
外野から賞賛の声が上がる。それだけ、ローザが強いという事だろう。
互いに傷だらけで疲労が溜まる。一旦距離を取って、お互いに睨み合いに入る。俺の後ろは湖。ローザの後ろは森。この位置にいるからこそ、それが見えた。
「ローザっ!」
ローザの後ろに、剣を振り上げている騎士がいた。恐らく、木々に隠れていたのだろう。意識すれば、他の騎士がいる事も確認できる。
剣を持ったまま、走る。ローザは勘違いしたようで、剣を突き出す。勿論、避けれる様なスピードでは無い。その対応に、「ローザ! 違--」と、二人の魔装姫が叫ぶが、遅い。
「ぐ、あ…。 くっ、おぉ…!」
「え…?」
身体にローザの剣を受けながらも、なんとかローザを横に突き飛ばす。そうする事によって、ローザが受ける筈だった剣は、俺が受ける。
「が、ぁ…」
「え…? え…?」
戸惑っているローザに駆け寄り、「お兄さん!」 「ハジメさん!」と、声をかけてくれるネロウとフーザ。
あぁ、声が聞こえるのは聞こえるが、遠いな。それに、なんか、体中が熱い。斬られたら、痛さじゃなくて、暑さを感じる描写が良くあったけれど、あれって本当だったんだな。………あ、もう駄目だ。意識が…。でも、その前に、ローザに言っとかないとな。言えば、解ってくれると言う事はもう確信している。
騎士の数は多い。恐らく、ネロウとフーザでも相手にするのは難しい数だ。だが、ローザがもし、ラーズから『あの事』を聞いていれば…。それを、思い付けば、魔装姫に被害は無く撤退できる。
だから、俺が言う事は--
「は、ハジメ…」
「ロー、ザ。 お前の、力、で、あいつ等を、ぶっ飛ばして、やれ…」
* * *
ハジメが倒れた。私の剣と、私の背後にいた騎士の剣を受けて。
ネロウ達は、直ぐに駆け寄ってきて来れた。フーザは、気合いでハジメを引っ張って後ろに下がる。ハジメの命は危うい。今すぐ手当てしないと死んでしまう。
そこで、ふと気付く。…何故、私は殺そうとしていた対象が死ぬのが嫌なの?酷い矛盾。
ネロウとフーザの言う通り、ハジメと話をしていると、本能的な思考から僅かにだが解放された。それが、惜しいのだろうか。
「は、ハジメ…」
思わず、その名を口から零す。その名前に反応するかのように、ハジメが口を開いた。
「ロー、ザ。 お前の、力、で、あいつ等を、ぶっ飛ばして、やれ…」
「っ!」
それっきりハジメは黙ってしまった。きっと、意識を失ったのだろう。彼の片刃剣をは直ぐそこに転がっている。自分の魔装は手に持っている。
速く、こいつ等を処理しないと、ハジメが死ぬ。ここは、私が受け持って殲滅すべきだ。
彼の剣を拾う。右に一本、左に一本の計二本。…片手で振れるんだから、きっと、両手でも振れるはず。
「………ネロウ、フーザ。 ハジメを、助けて。 ハジメを倒すのは、私、だから」
「でも、この数じゃ…!」
ネロウの言う通り、今目の前にはざっと20人くらいの騎士がいる。その中に、騎士長クラスの奴もいる。
「ハジメは、男の子。 きっと、どちらか一人じゃ運べない。 直ぐに、こいつら殺して、戻るから」
「………解った。 必ず戻ってきてね」
そう言うフーザに、言葉を帰す。
「………当たり前。 ハジメを倒すのは、私だから」
その返答を聞いたフーザとネロウは、血まみれのハジメを抱え、私達の家に向かって早足に去って行く。それを追おうとする騎士の進路を阻むように立つ。
「………貴方達、よくも、私の大切な、対等に戦ってくれたハジメを、傷つけた、な」
その声は、自分のモノとは思えないほど冷え切っていた。声を聞くだけで、数人の騎士は動きを止める。
だが、その中で一人、騎士長クラスが進み出てくる。
「ふん。 威勢が良い事だな。 だが、そんな大きなもの、二つも扱えないだろう?」
「…それは、見てのお楽しみ」
「は、そうか。 じゃあ、殺してやる」
リーファがハジメと交戦した日にラーズに聞いた話を思い出す。それは、ハジメの二本の剣を操る剣技の話しだ。
息を吐かせぬ、両手から繰り出される疾風迅雷の剣舞。それを、頭の中で思い浮かべようとするが、やはり魔装の毒が邪魔して巧く想像できない。なら、私は私のやり方で、こいつ等を殺す。
「…覚悟、して」
その言葉と共に、一方的な虐殺が始まった。
「はぁ…、はぁ…」
剣を二本使うというのは、思ったよりも体力の使うことだった。重い剣と身体を引きずり、なんとか家まで帰ってくる。
扉を開ける。すると、そこにはラーズ、リーファ、ネロウ、フーザが待っていてくれた。
「大丈夫!?」
「そんな。 ローザが此処まで疲弊するなんて…」
「お疲れ様、ローザ」
「ハジメさんは一命を取り留めましたよ」
「………良か、た」
その場に、膝から崩れ落ちる。自分の魔装と、彼の剣を取り落としてしまう。
しかし、そんなこと気にする余裕も無いほど、私の中は安堵で満ちていた。身体を張って助けれくれた人を、死なせなくて良かった…。
最終的に思った事がこれだった。やはり私は、本能的思考から解放してくれるこの人の事を、かなり気に入ってしまったようだ。
………皆も、気にいってくれると良いなぁ、と思いつつも、そのまま意識を失った。
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