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CHAIR 〜人生演劇〜  作者: 御影 倫
2/6

噂1

-2002年6月中学校3年校舎にて-


「進路希望を配ります。」


「みなさん、今年は受験だから明確な進路をしっかりと考えて行きましょう。6月27日に三者面談を行う予定だからそれまでに提出してください。」

機械的に用紙を前から後ろにまわしながら、

生徒達は自分の将来について考えたふりをする。

中にはもう将来が決まっていると言わんばかりに

サラサラとその場で空欄を埋めていく生徒もいるが

ほとんどの生徒がすぐさま慣れた手つきで折りたたみ、机の中に収納した。

ざわざわという言葉の波が、

やがて大きな音の波となって教室に海を作りだした。

教師が1番前の席の生徒に質問を受けているがその声は後ろまで聞こえない。

人工の音の波をかき分けて、廊下側の一番後ろの生徒が担任教師にわざと聞こえるように切り出した。


「受験とかだりぃ~~!」


「ぶっちゃけどこでもよくね?」


一部の生 徒がワクワクしながら不良生徒と担任教師を交互に見ている。

その他の生徒は触らぬ神に祟りなしと言った感じだ。


ぶちゃけ瀬川は怒ると怖い。


かなり怖い。


鬼のように怖い。


茶髪に腰パンのいかにも不良ですと言わんばかりの格好で反抗的な態度をとる男子生徒は先ほどよりも大きな声で今度は確実に聞こえるように言った。


「せんせ~!親がこれない家は三者面談、誰におねがいすればいいんすかぁ~?タイマんっすか??」



「俺は親いねぇけどその場合は二者面談でいいんじゃねーか?親が進路決める訳じゃねーからな。」


そう言ってこの学校一番の問題児が登場した。



「げっ!植木っ!」



先程までデカイ態度をとっていた不良生徒が小さくなる。





「植木、お前には父親がいるじゃないか・・・いないなんて言うもんじゃない。」


事情を知っているのか、担任の瀬川は反抗的な態度をとる植木に対しあまり感情的になっていない様子だ。


「またサボりか。登校すればいいわけではないんだぞ。今進路希望を配ったところだ。しっかり提出しなさい。」


植木は「はいはい」と手をぶらぶらさせて諦めたようにだんまりを決め込んだ。


「それでは学級委員!全員がちゃんと提出するように26日の夕礼までに集めて持ってきてください。以上!」


「起立!」


「礼!」


「さ、よ、う、な、ら~」


だんまりを決め込んだ植木は立ちがりもせず。腕を組んだままピクリとも動かず窓の外を眺めていた。

瀬川は植木の方をじっと見つめ、教室を後にした。

(植木と何かあったのだろうか・・・)

学級委員の鏡理音は頭の中で推理をはじめるのだった。

2年の時も植木と同じクラスだった為、

なにかと問題を起こしている事に興味を示していた。


(それはさておき、やっぱり学級委員なんてなるんじゃなかった。せめて2年だけで辞めておけば・・・集めるの面倒くさい・・・)


理音はクラスメイトが廊下に出る前にいつもの調子で教団に立ち、

黒板に提出期限を書き込んだ。

「みなさん先生がおっしゃったように期日を守って提出してください。私か吉田くんまで用紙をもってきてください。」

吉田はすでに書き込んだクラスメイトの用紙をそそくさと集め、

紙をペラペラめくりながらこっそり他人の進路を盗み見して、

ニヤニヤしながら理音に近付いてきた。

「かがみん、見ろよ。川口のやつ歌手になりたいんだってよ。音楽の時間にあいつの歌声きいたけど音痴だよな!」

「やめなよ。人の夢のこととか他 人がどうこう言うことじゃないよ。」(確かに音痴だ・・・)

理音は心とは正反対の当たり前の返しをしてから、ニヤニヤ観賞を続ける吉田の手からクラスメイトの「夢」が書かれた用紙を取り上げた。

(やっぱり気になるよね・・・他人の進路・・・)

「今日出せる人はもういませんか?」

少し張った声で聞いてからトントンと用紙を整えてから

職員室に向かうために廊下に出た。

ガラっと教室のドアを閉めようとした瞬間、

自分の身長よりも15センチ高い男の子が閉まりきるドアの隙間から手を出し、

無理やりドアを開いた状態へと巻き戻した。


(-植木だ-)


「これも持ってけよ。」


そう言ってくしゃくしゃに なった紙を私の胸元に放り投げて廊下に出てから、

かばんを背負った反対側の手で勢いよくドアを閉めて

さっそうと歩いて帰っていった。

植木が見えなくなったのを確認してから廊下の物陰に隠れてくしゃくしゃになった紙を開いて確認する。


進路 高校にはいかないで働く


理由 弟と一緒に家を出る


ボールペンで書いてしまう豪快さが植木らしい。

(植木、弟いたんだ・・・)

理由の欄の下部が黒く塗りつぶされていた。 


「ん?書いて辞めた?」


紙を裏返しにして見た。


あいつ%$&○×じゃない$&○だ


「??」


窓に張り付けて解読しようと必死になる。

(ここを植木に見られたりしたら・・・)

不良の進路希望を見るなんていう自殺行為を自覚していない訳ではないのだが

植木がそんなひどいことをするような人間ではないことを理音は知っていた。

むしろ優しい人間であると理解していた。

植木は中学1年の春に親の都合で隣町から転入してきた。その頃はまだ髪も黒く服装も今のようにだらしなくもなかったのだが

1年の夏休み明けから上級生と喧嘩になり、返りうちにしたり、

教師と言い争いになり、学校のものを破壊するなど

学校ドラマに出て来る不良のようなおきまりの非行を繰り返していた。

たまたま植木の引っ越し先が自宅近くだったこともあり、近所のおばちゃんの噂話や母から聞いて原因は大体知っていた。


-親の離婚-


それだけであればどこにでもあるのかもしれない。

だが植木の家は少し複雑だった。

植木の家は貧乏で子供を育てるにも養育費の支払で、

家系が火の車になるほどだった。

父の父、祖父が借金に借金を重ね、

お金が借りられなくなったらついに闇金に手を出し、

多額の借金を抱えたまま病気になりそのまま亡くなってしまい、借金が1人息子の植木の父に背負わされることになった。

祖母は植木の父が幼いころになくなり、父親に育てられたということもあったため親子の縁を切るわけでもなく父を助けたいという思いで連帯保証人にもなっていたのだ。

植木の祖父は温厚な性格でギャンブルもしない真面目な人間であったという。

大型のショッピングモールを建設する関係で、隣町から多くの人が引っ越してきたので植木の祖父を知っている人間も少なくなかった。

多額の借金を背負っていたということに疑問を覚える人も少なくなかったようだが、人はどう変わるかわからないという一言で片づけられた。

闇金の取り立てに精神を病んでしまった植木の母は子供2人をおいて出て行ってしまい、植木の父は自分のせいで妻を苦しめてしまったと後悔していたという。

祖父がおかしくなったのは植木の弟が生まれた後すぐだった。

妻が出て行ってしまってから、住んでいた家を売り、母の実家に泣きついて幼い子供2人を預けて出ていった。元々大学の先輩だった妻の兄にも泣きついてお金を借りているようだ。

植木はそんな父親を許せないと思っているのだろうか。

植木の母親は今どこにいるのだろうか。

会っていないのだろうか。

大人達は好き勝手に若干14歳の少年の未来について語り合う。


余計なお世話だ。そう思っているに違いない。




学校の上を覆っていた雲の隙間から太陽が顔を出した瞬間、

裏返しにした文字が難解パズルでも解いたかのようにパッと映し出された。


「あ、い、つ、は、本、当、の、俺、の、お、や、じ、じ、ゃ、な、い、」

「偽、物、だ」


(偽物?ニセモノ?にせもの?・・・)

(本当のお父さんじゃないってこと?違う人間ってこと?ドッペルゲンガー?・・・)


正直頭がおかしくなったと言われても疑う者はいないかもしれない。

植木は辛いことが多すぎて精神的に弱っているのだろうか。

職員室前につくと、担任の瀬川と隣のクラスの担任の勝俣が話し込んでいた。


「植木くん日に日に荒れて行きますね。うちの生徒も怖がっているんですよ。どうにかなりませんか。」

「すみません。悪いやつではないんです。」


瀬川は他の教師とは違って植木の事を養護する発言しかしない。

だから他の教師は嫌いだが先生のことは嫌いじゃない。

瀬川はこの街の出身でこの中学が母校であるという。

50代のベテラン教師で、生徒の事を良く見ており、とても信頼できる先生だ。

先生は植木の事をよく知っているのだろうか・・・

2人が言い争いをしている姿を何度か見た事があるが、

教師が生徒を叱るというより、親が子供を心配する様なそんな表情だった。


「ほら、植木の家は隣町では有名ですから。いろいろね。心配しているんですよ。」


「はい。ご両親の問題ですから、子供には関係ありませんよ。」


「そうは言ってもね、育った環境がやっぱり影響しますから。」


「植木は大丈夫です!」


「まぁ、瀬川先生がそうおっしゃるならそうなんでしょうね。しっかり見張っててくださいね。それじゃぁ、お疲れさまでした。」


小柄で姿勢の悪い勝俣が首をたれながらだらしなく去っていった。



(見張るだなんて教師の言葉ではない!)


小声だったが、聴き取る事が出来た。

先生が冷静になるのを見計らって呼びかける。


「先生!すぐに出してくれた生徒の進路希望用紙です。」


「おぅ。すらすら書ける生徒もいるんだな。植木もしっかり出してくれるといいんだが・・・」


「植木君ならさっき提出してくれましたよ。」


「お!?本当か?」


瀬川の笑顔を初めて見た。

手のかかる生徒ほど可愛いというが、それ以上のものを感じる。


「これです。」


「あいつ、紙をくしゃくしゃにするなって・・・・・なんじゃこりゃ?」


「・・・」


「この黒い部分ですか?」


「あ、あぁ。何て書いてあるんだ?」


「あ、えっと・・・」

(ここで答えたら見たのバレちゃう)


「わからないですね。」


「裏返しにしたらわかるか?」


(あ、やっぱりやりますか)


「それじゃあ、私はこれで帰ります。」


「あぁ。ありがとう。」


「あと、それから、進路は直接先生に生徒が出しに行った方がいいと思います。」


「あ、あ?そうだよな。すまんすまん。」


(ちょっと抜けているんだよな)


「吉田くんがこっそり見てました。」


(私も見てました)


「なるべく呼びかけるようにはしますが、よろしくお願いします。」


「おぅ。悪いな。」


そう言って教室の方に歩きだしたのだが、

瀬川があの文章を読んで何か思い当たる節があるのか

気になって、文字を確、認、で、き、た、の、か、確、認、す、る、た、め、に、振り返ってみた。

すると先程までの笑顔が急に曇り出し、まるで恐れていた事がおこったかのような表情になっていた。



一体植木の周りで何が起こっているのだろう-






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