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はじまりのはなし。

作者: 辛のおと

*ワズノルドのはなし*

 グライアンドシティ――きれいに整備された見た目に反して奇怪な事件が起きる街。

 配属されるまでの俺の知識はその程度で、正直配属が決まった時は神を恨んだね。

 そして今現在、本気で神を恨んでいる。

 「他人のせいにしすぎるのはどうかとおもう。オパールもそういってる」

 感情の欠落した表情で、感情の欠落した声でそう言ってその少女は隣にいた虎の顎をくすぐる。

 気持ちよさそうに低く唸る虎に肩をびくりと跳ねさせ、俺は少し距離を取る。

 とはいってもここは俺の部屋、決して安くはないが高いわけでもない給料で借りているこの部屋はそんなに広さもないためこの虎が本気で俺を食おうとすれば一瞬で事が決まりそうな距離だ。

 後ずさった俺の手にふわふわしたものがこすり付けられる。

 「ひわっ!」

 びくりと手を払うようにどけようとして、支えになっていた腕を床から話したことにより体勢を崩し床に崩れる。

 「ひわっだって、ひわだよひわ。ひわって何よって話よね」

 少女の言葉に同意するように、すぐ近くで二匹の猫が鳴く。

 虎がオパール、黒い猫がオニキス、白い猫がダイヤモンド。

 そして、こちらをじとりと見つめている、俺のシャツ一枚だけを羽織った少女が、シンジュ。

 とある黒い噂のある金持ちの所有するマンションの一室。

 隣の部屋の住人に捜査のメスが入り、なだれ込むようにその部屋の主にも捜査のメスが入った。

 俺はその担当の一人に選ばれ、下っ端ながら現場に行った。

 結果がこれだ、意味が分からない。

 上司曰く少女の御許が分からない以上保護するしかなく、動物と離れたがらないため一緒に住まわせることのできる俺の部屋が選ばれたらしい。

 確かに俺の部屋はペットを飼うことが許されているマンションだ。そして俺は動物が好きだ。いつか飼いたいと思っていた。

 それでもごく普通のペットだ。ネコは許す。普通だ。

 だが虎と人間を【飼う】予定なんてなかった。

 「シンジュさん、あの、失礼ですけど女子社員の家の方がいいのでは」

 「じょししゃいん?」

 首をかしげ、ああと納得したような声を出す。

 ようやくわかってくれたかと最初の頃は恥ずかしながらこの「ああ」でほっとしたものだ。

 今は、肩を落とす次の言葉を容易に予想できるため喜ぶことはできない。

 「オパールのこと怖がる人達。オパールが嫌いって、匂いするしね」

 香水の、と付け加えられる。俺もこの部屋にお香でも炊いてやろうか。

 明日には女子社員が下着などの女性が必要とするものを持ってきてくれるらしい。

 だからと言ってシャツ一枚なのは俺の趣味なんかでは決してない。

 こいつが、シンジュとしか名乗らないこの少女が服を嫌う所為だ。

 「せめてなんか下にきてくれ……」

 「最初に会ったときに全部見られてるのに恥じる事?」

 貴方も面白い人ねと笑っていなければ呆れてもいないひょじょうと声で告げられて肩を落とす。

 何故だ、なぜこんなことになった。

 どうして大家さんに冷たい目で見られなければならない。

 どうして隣に住んでる綺麗なOLに汚いものを見るような目で見られなければならない。

 どうして目の前にいる少女はこんなにも動じていないのだ。

 「そうだ、お前、シンジュさん、あの男について何か」

 「私が知っているのはしばらく留守にするという事と、その間のオパールたちの世話を頼まれたことだけよ」

 これも何度目になるかわからない問いかけに返ってくる言葉は現場でも、警察署でも、そしてこの部屋でも聞いたそれ。

 名の知れた青年実業家、しかし実年齢も本名も不詳、表にも裏にも人脈を持ち、仕事を持ち、素顔を見せない男。

 今回捜査が許されただけでも珍しいことなのだと直属の上司が口にしていた。

 それほどまでに尻尾を掴ませない男は、やはりともに生活していた――シンジュ曰く飼育していた――相手にも何も教えていないらしい。

 隠しているのかもしれないが、こんな感情のひとかけらも見えない少女の嘘を見抜けるわけがない。

 俺にできることは、この少女と暮らすことをいい加減諦めることだ。

 「別に、私たちのことは拾ったペットくらいに思えばいいのよ。オパールもあなたを襲ったりしない」

 「そうですか、それだけでもうれしいですね」

 ため息交じりに答えれば変な人ねとシンジュはオパールの目を見つめる。

 オパールも見つめ返しているが意思の疎通ができているのかどうかなんてわかるはずがない。

 猫たちは俺のことなんてどうでもいいのか新しい住処を探検しているようだ。

 時折シンジュの元に戻っては何やらニャーニャー鳴いてまた出かけている。

 部屋からは出ないようにシンジュが言い聞かせているためか今のところ心配はいらなさそうだ。

 「お部屋、狭くなるのが嫌なの?」

 「嫌というか、年頃の女の子と同じ部屋にいるのが気まずいというか」

 「確かにダイヤモンドは立派なレディだけどオパールは男の子よ?」

 「シンジュさんのことなんですけどね!」

 だめだ、会話ができない。言葉がキャッチボールされない。投げた球ではなく違う球を返される。

 こんな事態になって、何度目かのため息。

 そんな俺にシンジュは大変なのねとだけ呟いた。



*シンジュのはなし*

 新しい同居人は警察らしい。

 オパールの顎を撫でてやりながらちらりと横目で観察する。

 頭を抱え、仕事を抱え、忙しそうだ。

 私に対してもよこしまなこともせず恥じらいを持てと口うるさい、善良に分類される人間。

 可愛そうに、もう少しずるがしこくなければ生きて行きにくいだろうにと思っていると何を考えているのかとオパールが問いかけるように唸る。

 それに対して私ではなく新しい同居人が反応する。肩をびくりと震わせ怯えているのかもしれない。

 私も最初は死ぬかもと思ったなあと考えながらオパールに何でもないという事を示すため頬ずりをする。

 言葉を使わないコミュニケーションに慣れ過ぎて言葉を使うコミュニケーションが苦手になってきた。

 それでも私は言葉が好き。

 そして、彼の抱える仕事に対する興味も、失っていない。

 「忙しそうですね」

 「まあな、一応俺の本職っつーか担当はこっちだからなあ」

 ため息とともに返される言葉。最初の頃よりこちらに慣れたのだろう突然かけられる声に驚くこともなくなった。

 彼の抱える仕事は密室事件。

 密室担当の警察官なんて、そんなものがいるのねえと感心したものだ。

 まあ、彼はごく一般的かつ善良な人間であるため本当に悪意ある人間の作った密室とは相性が良くないようだが。

 「それ、解きましょうか?」

 声をかければ怪訝そうな顔でこちらを見る。

 最初は顔を向けなかったがちゃんと言われたように服を着るようになってからはこちらを向く、というよりもともと目を合わせて会話をするタイプの人間らしい。

 「お前、得意なのか?ああいや、さすがに関係者以外に見せるわけには」

 「ペットが暇つぶしに何か独り言を言ってるだけですよ。私、誰かが作ったものを壊すの好きなんです」

 返せばさらに顔が変に歪む。

 何と思われてもかまわないと思っていると迷っていたようだがその調査書を見せてくれた。

 元々この世界に秘匿するという義務はない。彼がまじめで、善良だから己の仕事を他人に任せられないだけだ。

 さらりと見ていけばすぐに見つかる矛盾、四順。

 「たったの四通りの嘘とは、やる気が見られないですね」

 「本当にわかるのか」

 驚いた声に当たり前だと心のうちで漏らす言葉。

 オニキスが苦笑し、ダイヤモンドが笑う。

 オパールは人間のいざこざに興味はないらしく暇そうにあくびをしている。

 答えを告げるべきか、それとも道を示すだけがいいのか、少し迷いながら最初は小手調べとヒントを口にする。

 彼は悩み、考え、頭がショートしながらも答えにたどり着いたようだった。

 時間はかかっているが密室担当を任される程度に頭がいい証拠だろう。

 悪意を隠す善意をほどき切った彼はとても苦しそうに見えるが。

 「これが、真実なのか……?」

 「答え、ではありますね。大抵密室は隠すために作られるもの、隠す技はすごくても隠されているものは陳腐であるのは仕方のないことです」

 お腹空きましたねと漏らせばそんな気分にならないとため息をつかれる。

 食事がとれないのは困ると彼を見れば、仕方なさそうに立ち上がり台所へ向かうようだ。

 「そんなに苦しいものでしたか?」

 「まあ、人間の悪意は見慣れたと思っていたのにそれ以上を見せられるとなあ」

 どうやら彼は平和な場所に居たようだ。

 こんなもの、この町にはいくらでも転がっている。

 本当の秘密を隠すため、作られる嘘の密室としても、よく見るものだ。

 彼がミスをすることで自分が被りうる害、そして、彼の手伝いをすることで得られる報酬。

 「よければ、困ったときは手伝いますよ」

 私のためにもと提案すれば疲れたような笑みで助かると、零された。


 “彼”のもとでも楽しい謎を壊すことができたけれど、ここでも楽しいことになりそうだ。

 私はその効用に喉を鳴らす。

 私たちと、オパールたちの食事を用意して戻ってきた彼に猫みたいだなと笑われた。


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