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プロローグ

 

 この世界には、結界に囲まれた現実から遠く離れた世界が存在する。

 

 それは常に現実の世界のとなりにありながら、現実ではない世界。

 夢のような非現実な世界でありながら、どこよりも生と死の真実が近い世界。

 

 ――その名も幻想郷。


 人ならざるモノたちの楽園、忘れ去られた者たちの都。それがその世界を表現するただ一つの言葉であり、それ故に真実だった。

 

 そしてそんな世界に住む者たちは当然人間ではなかった。

 いや、人間もいたが、それ以上にそうでない化物に近い者――妖怪と呼ばれる者たちが多く住んでいた。

 故に幻想郷という世界は、人間にとっては果てしなく危険な世界であり、恐ろしい場所であった。

 

 しかし、そんな危険な世界にでも”嫌われ者”という者は存在する。

 

 そしてそんな嫌われたモノたちの住まう場所は、太陽から遠く離れた地の底の町――旧都と呼ばれる世界だった。


 ――曰く、そこは陰鬱な場所だと。

 ――曰く、そこは暗く襲おろしい場所なのだと。


 人々の認識の中に深く離れることなく、陰鬱に且つ、傲慢に根付いていた。


 しかしその認識は幻想郷の地上に住む者たちがその名を聞いた時の想像であり、実際に来てみると、そこに広がるのはとうろうで彩どられた賑やかな街並みが広がっている。

 

 そこにはやはり人の姿はない。

 だが、そこに棲む妖怪たちは明るく伸び伸びと自由気ままに楽しい生活を過ごしていた。

 

 そんな地底の丑の刻――人間が眠りに付き、、妖怪だけの世界になったはずの旧都は静まり返っていた。


 ここには朝や夜といった概念は存在しない。いや、正確にはあるのだが、自由奔放で自らの存在意義を重んじる妖怪たちに常識など通用するはずもない。

 酒を飲んで、騒いでは寝てを繰り返すうちにたまたま妖怪たちが眠りに落ちる時間が、人間でいう寝る時間と重なってしまったためであった。

 辺りのとうろうの光も消え、本物の暗闇が支配する中。一つの灯が旧都の大通りをゆらりゆらりと漂い始めた。

 

「……はぁ」


 その灯から聞こえてきたのはそんなため息だった。

 まだ春の遠い冬の夜の中。白い息を吐きながらそこにいたのは、まだ十歳前後の容姿の少女だった。


 こんな夜更けの時間。人間の少女であれば危険極まりないものだ。

 

 地上にある里が”人間の里”ならば、ここは”妖怪の里”と言ってもいいだろう。

 

 そんな中を一人で灯を持って歩き続ける。

 それは「自分はここにいます。食べてください」と行っているのと同義なのだ。

 

 しかし、そんな心配など微塵も必要なかった。

 

 とうろうの赤い光に照らされたその髪は、少し赤みが強くなっているものの、少し青みがかった桃色をしている。まだあどけなさが残っていながら、その落ち着いた様子から彼女が長い時間にわたって生き続けていることが伺える。

 何より彼女を決定づけることができるのは、その胸元にある赤い球体の中から覗く”もう一つの眼”。それは第三の目と呼ばれ、とある妖怪にしか持ち得ない特殊なものだった。

 

 妖怪――覚。


 人の心を読むが故に人に疎まれる。

 生まれながらに嫌われ者の種族。


 それはなんとも皮肉だろうか。

 

 だれよりも人を理解しながら、誰にも理解されない。

 これほど矛盾した存在など、妖怪の中でも”特異”と言えるだろう。


 そんな覚の妖怪の少女の名は――古明地さとり。


 しかし、そんなさとりにも、ここ最近友人と呼べる者ができた。

 

 今までは人に嫌われるのが分かっていたために自らの屋敷から出ようとしなかったさとりが、こんな夜更けに歩いている理由もその友人が原因であった。


「あの鬼は……」


 本日の夕暮れ頃。

 その友人たちに誘われて、少し上機嫌になりながらさとりは指定された酒場までやってきた。

 

 そこまではよかった。しかしそのあとが少々問題だった。


 酒場まで出向くとそこにいたのは旧都の中でも名の通った妖怪――星熊勇義達がいたのだ。

 

 ――星熊勇義は鬼だ。


 かつて人間にとって最も恐れられていた妖怪の山で四天王と呼ばれ、その力は及ぶものなしと言われたほどの怪力の持ち主。しかしそれと同時に恐ろしく酒豪でもあったのだ。

 常に勇義が持っているひょうたん――そこには常に酒が入っており、そのひょうたんの酒を常に飲み続けるという素晴らしい飲みっぷりを披露しているのだ。


 さとりは、そんな勇義から酒を飲むと言われて気がつくべきだった。

 その交友会と銘打った飲み会が開始されて、さとりが解放されたのが今というわけだった。


「友人関係と言うのも……意外と疲れますね……」


 疲れた表情をしていたさとりだったが、それでもその顔には笑みが浮かぶ。


 ああ、きっとこれは嬉しいのだ。

 

 今まで友達と呼べる者がさとりにはいなかった。

 だからこれだけ大変でも、この疲れが心地よいと感じてしまうのは、この関係が嬉しいことにほかならなかった。

 

「――ん?」


 しかし、自らの屋敷まで帰る道の途中。

 ふいにさとりの顔から笑みが消える。


「だれ……?」


 さとりは何かに気付き、手に持っていたとうろうを辺りにかざして周りの様子をうかがう。


 ――聞こえてたのだ。さとりには、何かの声が……。


 いや、違うか。

 正確には声が”見えた”のだ。

 彼女のもつ第三の目には確かにそれが映った。

 

 しかし、そこには誰もいない。

 この広い通りを端から端まで見渡しても、そこには誰もいない。何もなかった。


(……ぐすっ)

「……ッ!」


 気のせいだと思い、再び帰路に着こうとしたさとりの第三の目が再び……しかし今度はしっかりとその声を見ることに成功した。


(……泣いている?)


 さとりが見たその感情は悲しみだった。

 そして、その声の邦楽に向かってとうろうをかざしながら歩いていく。

 すると、そこには一人の少女がいた。


 その少女は背中に六枚の半透明の羽をまとっていた。

 彼女を色で表すのなら、淡い桜色といったほうがいいだろうか。暖かな春に咲く美しい花を模したような衣服を纏い、暗い中でも美しい金髪とわかる長くしなやかな髪は、今は地面に無造作に垂れ下がり、彼女が膝に顔をうずめて泣いているのが分かってしまった。


「どうしたの……?」

『え!?』


 さとりが目の前で泣いている少女に声をかけると、少女は驚いたかのようにまぶたの端に涙をためた瞳でさとりの顔を覗き込んできた。

 それからその少女はあたりを見渡す。それはまるで誰かを探しているかのようだった。

 だが、そこにはその少女以外に誰もいなかった。だからさとりのかけた声が自分にかけられたものだと理解したのか、その視線をさとりに焦点を合わせる。

 少女の反応に満足したのか。さとりは再び声をかける。


「はじめまして……で、いいのかしら?」

『はい、はじめまして……です。はい!』


 そういうと、その少女は俯き恥ずかしがっていた。

 するとさとりは優しく笑いながら問いかける。


「あなたの、名前は?」

『私の名前は……リリーホワイト。春告精のリリーホワイトです!』

 

 その言葉を聞くと、さとりは少女――リリーホワイトの手を引く。


「私の家に来る?」


 さとりがそう聞くと、リリーホワイトは俯き、しばらく考えてから首を縦に振る。

 二人は暗い闇の中。とうろうのわずかな光だけを頼りに再び歩き出す。

 

 

 

 

 ――それは、晩冬の夜。春などまだ遠い寒い夜の出来事だった。





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