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目の前には魔王がいた  作者: 八雲紅葉
新世界は異世界
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~来客~

 ではとりあえず、今日は煮込んでいるソースが完成するまで寝れない。流石に料理人が火元を離れるなんて大それたことは出来ないし、しない。する奴は料理人ではない。

 それより、シリルにココのことをなんて説明すればよいのだろうか? まぁやましいこと何一つとしてないのだから、正直に離せば彼女は何も言わずに承諾してくれるだろうし。

 そもそもシリルに倍の金額。つまり金貨を66枚返さなくてはいけないのだが、それについても相談しなくてはならない。ヘソクリとしての金額ではないのだから。

 それでもどうやって戻るかなんだよなぁ。確か2週間以上はかかるって言ってたし、往復で一月。とてもじゃないけどそんな長い間は店を開けられない。どうしようか。


 俺は、移動のお守りを握り締めてシリルの城をイメージするが、何も変化がない。この世界を移動することは出来ないのだろうか? やはり移動とは世界の移動なのだろうか? だが、今は祈らないほうが良いだろう。またこっちで何日も行方不明になってみたら今度はココに怒られるというか心配させてしまう。


「とりあえず、ココはもう寝てていいぞ。今日は店じまいしてしまおう。客引きも何も明日からにして今日はオシマイ。また明日からやり直そう。俺とココの店をな」

 俺はココを抱きしめながらそう言う。

「はい。私と雅彦様のお店。新しく生まれ変わった店ですね。では先にシャワーを……」


 と、ココが言い終わる前にドアがゆっくりと開かれる。お客様だった。

「……め、メシを……」

 冒険者なのだろう。金属のパーツから音を出している鎧を着込んでいるし、腰には2本の剣を帯刀している。体もがっちりと筋肉が付いていることがわかるほど大きく、腕なんて俺の二倍ほどありそうだ。

 その冒険者は空腹の所為なのか、入り口で食料を求めてきて倒れる。


「ココ。レモネードの準備をよろしく。俺はアイツの世話をするから」

 男が苦手であろうココに男の世話をさせるのは良くないと思い、俺が世話をすることになった。

「おいアンタ。起きろ。メシは用意してやるから。ほら立った立った」

 男を無理矢理起こして、椅子に座らせる。そこにココがレモネードを持ってきた。男はレモネードの匂いを嗅いだのか元気になり、一気飲みをする。

 飲み干すと男はまたテーブルにうつぶせになる。もうさっさと料理を作るしかない。


 俺はすぐに厨房に戻って、香草のペーストを塗っていた肉を竈に入れて焼く。その間に前座となるような料理を作る。


 レシピをいちいち取り出している暇はないので、自前のレシピを運用する。

 まずは、海老の殻を剥き、背ワタを丁寧に取り除く。その下処理を終えた海老を沸騰している湯の中でボイル。身に火が通るまで茹でると、綺麗な赤色になる。

 その赤い身を塩を加えながらすり身にする。そのすり身を丸く形成してから卵の黄身、パン粉で衣をつけてから180℃くらいまで高めた油で揚げる。

 衣が狐色になる少し前に油から取り出し、余熱で衣が狐色になるので少しおいておく。

 その合間に卵と油、酢を混ぜ合わせるマヨネーズを作っておいていたので、そのマヨネーズに酢漬けにしてあるピクルスやゆで卵をみじん切りにしたものを混ぜる。

 出来上がったものを揚げた海老ボールにかけて提供する。『海老のすり身揚げ ~自家製タルタルソースを添えて~』の完成だ。


 それを男の前に出すとまた起き上がり、出された海老球を一口で食べる。一口では入りきらない用に握りこぶしよりも一回り小さい大きさに作ったのだが。

 また食べ終わると倒れてしまうと思い、俺は竈で焼いている肉を見る。すると、程よい状態に焼けていたので取り出して、食べやすい大きさに切り分ける。

 ソースなどは付けず、そのまま提供する。『牛肉の香草焼き』の完成だ。


 俺が料理をカウンターに置くとココはそれを男のテーブルへと運ぶ。すでに食べ終えていたのだろう。テーブルに突っ伏している。

 そろそろ満足してくれるように腹に溜まるようなものを作りたいのだが、どうしよう。パンを作っている時間はないし、麺を作っている時間もない。どうしようか? とりあえず、肉だけで1kgは越えているのだが。


「よし、食べた。主人。いくらだ?」

 メシを食べた男は満足したのか、力強く立ち上がり、懐から財布を出す。

 さて、どうしよう。金額なんて決めてないし、どうしよう。肉の方はココに聞けば良いが、オリジナルの方はどうしよう?

「ココ。肉の方の値段はどうなってる?」

 ココを手招きして値段のことを聞いてみる。

「あの料理だとアレで銀貨5枚くらいです。最初に出した料理は初めて見るものなのでわかりませんが」


 アレで4000円か。普通なのかな? とりあえず、今はココに従おう。材料の単価がどれだけかかるかわからない今、どうなるのかわからない。エビの値段も聞いておこう。

「ココ。エビ6尾でどれくらいの値段だ?」

「銀貨2枚です」

 2400円か。そこから色々と人件費やらを付け加えて銀貨3枚くらいでいいだろう。


「銀貨8枚だ」

「あいよ。8枚だな」

 男は麻袋から銀色のコインをジャラジャラと取り出して数えている。数えていると、動きが止まる。どうしたのだろうか? 男の顔色も青ざめている。

「8枚だよな? 8枚。少し聞きたいのだが。もし、もしの話なのだが、1枚ほど足りない場合はどうなるんだ?」

「そうだな。1枚ほどならそうだな。自分の大切なものを預かっててやるから、後日1枚を払いに来る。そういう感じだが参考になったか?」

「そ、そうか。わかった。それじゃあこれを預かっていてくれ」

 男は7枚の銀貨と首にかけていたネックレスを差し出してくる。


「そのロケットの中身はなるべく見ないでいて欲しい。ちゃんと明日、銀貨1枚持ってくるから。頼む」

 男は頭を下げる。

 俺としては、ちゃんとした収入が欲しいわけで、払いに来るのであれば、彼の言うとおりにする。

「わかった。期限は明日だな。それより名前を教えてくれないか?」

「すまぬ。俺はナルシスという。職業というか冒険者をしている」

「それじゃあナルシス。明日に銀貨1枚。きちんと払ってもらうとして、宿は取っているのか?」

 ここで金を使い果たしてしまったナルシスは宿屋で使う金なんてないだろう。大丈夫なのだろうか?


「あぁ。一応あと10日間は宿を取ってあるから平気だ。わざわざ済まぬ。それにもし宿を取れていなかったとしても、野宿するから平気だ」

「それが心配だというんだ。野宿をして死なれたら後味が悪すぎる。もし宿屋に泊まれないなら、ここの一階を貸そうと思っていたんだ」

 ということなので、ナルシスがこの酒場に寝泊りすることはなくなった。俺とココの愛の巣となったわけだ。

「ありがとう、気持ちだけいただく。では俺はここで失礼する」

 ナルシスはそう言って店から出て行った。残された俺達は後片付けを始める。


「あの、本当にナルシスさんはお金を返しに来てくださるのですか?」

「あぁ。もちろんだ。ココは信用できないか?」

 彼女はエプロンのすそを握って言う。ココの言い分もわかる。初対面の男に銀貨1枚を貸すというのだ。

「一応だが、アイツの大切というものを預かっているんだ。それがこのネックレス。ロケットの中はアイツとの約束で見ないことになっている。だから俺は見ないし、明日はちゃんとウチに来るだろうと思っている。ツケと一緒だ。相手を信用出来ると思ったから信用しただけ。それでもしこなかったら俺の人を見る目が無かったというだけだ」

 それにロケットは小さな傷がいくつもあり、チェーンにも傷が付いている。それでも新調しないということはそれほどの思いが籠められているに違いない。


「そうですか。雅彦様が信じるなら私も信じます」

「そうだ。ナルシスのことより、その様付けはやめてくれないか? 様付けされることは何もしてないんだが」

 どうも、様を付けて呼ばれると、背中が粟立つような感覚になるのだ。ただ慣れていないだけということもあるだろうが、俺がそういうのに慣れるような立場ではない。

「でも、雅彦様は雅彦様だから」

「……あぁ。わかった。とりあえず様付けでいいよ」

 彼女の子犬の目に近い、うるうるとした目を見下ろすと、どうも俺が引くしかないと思ってしまう。もしかしてココはこれを狙っているのだろうか?


「はい。わかりました。雅彦様」

 彼女はそう言って、酒場の片づけを始めた。俺も厨房に戻り皿を洗ったり、フォンの様子を見たりする。フォンはだいぶ良い感じに仕上がってきたので、火を止めてまた明日煮込むことにする。

 各自やることは終わったので、2階にある居住スペースに向かう。


 そこで俺達は遅めの夕食として、軽い煮込みだがビーフシチュー。白身魚のトマトソース煮、バゲットを食す。

 最初からビーフシチューを作るのは初めてだったが、レシピのおかげで何とか完成したという感じの味わいだった。

 市販のデミグラ缶では味わうことが出来ないコクがあって美味しい。そしたたまねぎのおかげで甘い感じに仕上がっている。

「あ、この味です。でももう少し深みがあったような気がします。あっ。で、でも思い出補正とかそういうのかもしれません」

 ココは微妙に満足していないご様子。感想を述べた後にひどいことを言ってしまったと思ったのだろう。俺をフォローしてくれた。

 まぁまだ煮込みも足りていないわけだし、まだまだ精進が必要なのはわかっている。まだまだこれからだ。


 魚の方は良い出来だ。ちゃんと魚の中までトマトの味が染み渡っているので美味しい。癖のない魚に濃厚のトマトソースを絡めて食べるのだから味がばらばらになったりはしていない。

「こんなの食べたことありません! 美味しいです」

 この料理は満足してくれたのか、ココの食べるスピードは速い。手首から肘くらいの大きさの魚を使ったのだが、俺が食べきる前におかわりを所望してくる。仕方なく俺の魚の半身をあげる。

 残ったトマトソースを食べやすい大きさに切ったバゲットを乗せて食す。これもまた美味しい。


 食事を終えた俺は食器洗い。ココはシャワーを浴びている。

 それにしても今日は色々なことがあった。

 初めて人間の街に行き、仕事を探して、そしたら借金を抱えているココを救って、店を持つことになって、初めての客がお金が足りないという。

 だが、楽しかった。そして明日からはちゃんと客引きをしたほうが良いだろう。出ないと、今日みたいに客が一人だけということになる。

 ココがシャワーを浴び終わったのか、寝巻き姿なのだろう。無地で薄い水色の服にチェンジしていた。


「雅彦様。後は私がやっておきますのでシャワーを浴びてきてください」

「あい。わかりました」と、返事をしてシャワーを浴び、今日の汚れを落としていく。

 シャワーを浴び終え、寝室に向かう。そういや、彼女のベッドだけしかないのだろうか? 流石に同じベッドというわけにはいかないだろう。なんせ、彼女は男に対して恐怖心を抱いているのだ。俺が手首を握っただけでも怯えたのだから。

「雅彦様。お待ちしておりました」

 ココはベッドの上に座っていた。なにか仰々しい。え? 何するの? 俺は彼女の行動に動揺する。


「あ、あぁ。それじゃあ寝ようか。ってベッドひとつしかないもんな。俺は床で寝るからココはそこで寝ていいよ」

 流石に女の子に床で寝ろとは言えない。床で寝たってそんなに変わるんじゃないだろう。寝られれば一緒だ。

「いえ、雅彦様さえ良ければ私と一緒に寝ていただけませんでしょうか?」

「そんな、良いよ。二人も入ったらどっちかが落ちゃうじゃんよ」

「私が雅彦様の上で寝れば大丈夫です」

 それは卑猥な意味ではないのだろう。うん。でも、俺が下にいるってことは彼女の体重をじかに感じるわけだ。彼女のことを重いとかそういう風に思っているわけじゃない。ただ、そういう風に寝るんだったら俺はこのまま床で寝ていたい。


「いやいや。それじゃあ無理があるよ。とりあえず、今日は俺が床。ココはベッドという形で寝ようね。うん。おやすみ」

 彼女が何か言いたいのはわかる。だが、もうこれ以上言わせないように会話を終わらせる。

 ココはもぞもぞと動いてちゃんと布団の中にもぐったのだろう。すぐに衣擦れの音はなくなる。

 それでは俺も寝るとしよう。明日からは体力勝負の厨房篭りだ。少しでも体力を回復させておこう。

 今日起きたことでも体力を奪われているんだ。その疲れが体の中から抜けていき、抜けた分を補うように体力が入っていく。

 そして俺の視界は遮断され意識を手放した

 

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