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目の前には魔王がいた  作者: 八雲紅葉
新世界は異世界
6/38

~所有~

 酒場は開店した。だが、いっこうとして客がやってくる気配はない。


 どういうことなのだろうか。この酒場はちゃんと客が来るような口ぶりだったが。

 とりあえず、待ってみよう。そんなすぐには来ないのだろう。

 そのあともずっと待っていたが、酒場の中は重苦しい雰囲気とゆっくり煮込まれているフォンからでてくる良い匂いが充満する。


「ココ。この店は本当に盛況していたのか?」

 とうとう痺れを切らした俺はそう言う。もう開店してから2時間も経っている。もうそろそろでスープは完成する。完成したスープは濾して煮込んだ野菜は裏ごし。肉は濾したスープと再び煮る。


「えっと、それは、、、」

 彼女は何かを隠しているようだ。だが、彼女はフロアで俺は厨房。それでいて俺はスネ肉を焼いているんで目が離せない。

 表面だけ焼いた肉をフォンの中に入れ、肉を焼いたフライパンで皮を剥いたトマトを潰したものを煮立たせる。

「どうしたんだ? 言いたくないのか?」


 彼女が黙っていると、その静寂は急に壊される。ドアが乱暴に開かれたのだ。

「おいおいおいおい~。いつからここを自由に使って良いって言ったんだ? お前が自由になれるとでも思ってるのか!」

 中に入ってきたのは、ガラの悪そうな男が4人。どこか組のものなのだろうか?

「おい。あんたら。ここは酒場だ。飲まないならよそに行ってくれ。邪魔だ」


「なんだ。貴様? ここは酒場でもなんでもない。俺達の組の土地だ。何をしたってかまわねぇだろ。それとも何だ? 自分の土地を自由に使っちゃいけねぇ法律とかでもあんのか? あぁ」

 良く喋る奴は4人の中でも立場が上なのだろう。ほかの奴らは農民ルックの格好なのだが、こいつだけは俺と服装がかぶっている。黒いジャケットに白いシャツ。唯一の違いとして、黒いシルクハットに赤い蝶ネクタイ。 ちなみに俺は青いネクタイだ。


「お前らの土地だと? それは間違いだろ? なんてったってここは、、、」

「やめてください。雅彦さん。私はこの人達の組に借金をしているんです」

 俺が何かを言う前にココが遮ってくる。ココに借金。そんな風には見えなかったが。

「そういうこった。なんだちょうど良いところに旨そうなものがあんじゃねぇか。どれ。食わせてみろ」

 俺と服装がかぶってる奴が煮込んでいるフォンを飲もうと厨房に入ろうとする。


「貴様に食わせるものは何もない。そして厨房に入ってくるんじゃない。糞野郎が」

 手に持っていたお玉をそいつに向かって思い切り投げる。ソイツはそのお玉をよけることが出来ずに顔にヒット。そんなに距離をとってはいないが、避けきれない距離ではないと思う。

「お、お前。この俺に何をする。お、俺の顔に傷が」

 ないない。と俺は心の中でつぶやいた。たかだかお玉をぶつけられたぐらいで出来るのはせいぜい痣ぐらいだろう。

 男はお玉をぶつけられたところを痛そうに押さえている。


「それで、ココ。借金はいくらあるんだ? 教えてみろ」

「はっは。別にそれを聞いたって返せるわけがねぇ。いいか。コイツの借金は金貨16枚だ。そう簡単に払える額じゃねぇんだ」

 金貨16枚。俺はシリルから借りた金貨袋を取り出して、一枚ずつそいつの前に出していった。16枚を出し終えると、袋の中には林檎1700個分しか買えない金額しか残らなかった。

 金貨がこんなにあるのを見たことは少ないのだろう。男は驚いて声も出ない様子だ。


「これが欲しかったんだろ? ほら出ていきな」

「そ、そうだ。金貨16枚あればこの土地はこの女のものになる。それじゃあ俺たちは帰るとするわ」

 目の前に出されている金貨をかき集めて酒場から出て行った。出て行ったのを見送った後、ココが近寄ってきた。


「……私に金貨16枚なんてすぐに払えません。だから、その、」

「とりあえず話を聞かせてくれ。色々とココのことを聞きたい」


 それからココは自分のことを話してくれた。

 この場所は本当に父親が経営していた酒場。そこの看板娘としてココは働いていた。だが、経営はどんどんと苦しくなっていき父は借金を抱えるようになる。そして一攫千金を得るために父親は5年前に家を出た。

 5年分はココ一人で生きていける分の金はあったのだが、そろそろその金が尽きるというので、この店を使って一人で酒場を開こうとしていたときに俺が現れたという。


「そういうことだったのか。とりあえず、これからはちゃんと営業が出来るようになった。それで十分だろ」

「営業は出来ますけど、そんな簡単に金貨16枚なんて払えません」


 まぁ確かに金貨16枚なんて払えるわけないだろうなぁ。なんせ金貨1枚で林檎100個。地球換算だと、林檎1個が大体150円。それが100個で15000円だ。つまり240000円になるというんだ。24万円。俺のバイト代でも3ヶ月分。

 ……え? 安くない? 24万円だよ?


「林檎って1個でほかのものはどれくらい買えるんだ?」

 まず、林檎の価値を探ろう。いくらなんでも24万円とかおかしい。

「そうですね。林檎1個だと、人参が20本ぐらいですね。」


 人参が1本40円だと仮定しよう。俺が住んでいるところではそれが相場なのだ。40×20で800円。つまり、林檎1個で800円。高すぎる。いくらなんでもぼったくりだろう。

 で、それで再計算すると1280000円。 128万。これは高い。さすがに1年じゃ完済できない金額だ。

 確か、彼女は今日、林檎は10個ほど買っていたが、アレだけで8千円。えげつない。


「そうなのか。林檎は高いな」

 さっきまでごたごたしていたので火と止めていた寸胴鍋を火にかける。

「そうですね。市場に出回る数が少ないので仕方ないと思いますが。それで借金のことなんですけど、私はお金を持っていません。さっき助けてくださらなかったら、あのまま私は奴隷になっていました」

「そうだったのか。それでなんだけどさ、ここらへんの人って毎月にどれくらいの収入があるの?」


 一煮立ちさせたトマトを丁寧に裏ごししたらフォンの中に入れて、塩コショウで味を調えてあとは4時間以上煮る。これで完成だ。

「収入ですか? この店の全盛期で純利益が金貨1枚ぐらいでした。でもこれからだと、銀貨が50枚行けば良いほうかと思います」

「えっと、まず通貨は銀貨と金貨のほかに何がある?」


 シリルはここら辺を教えてくれなかったから、俺は知らない。てか、もはやヘソクリとは思えない額だよなぁ。金貨33枚って。264万円だよ。車買えるやん。


「後は銅貨です。銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚。という感じです」

 ココはわかりやすく教えてくれた。本当に良い娘だよ。あと少しで奴隷送りにされるところだったけど。

「雅彦さん。借金の返済についてなんですけど、一生をかけてもちゃんと払いきりますので。どんな命令でも聞きますのでお願いします」


 ココは頭を下げてお願いしてくる。ふむ。つまり俺はココの命運を握っているということなのか?

「どんなことでも? それは本当か? 俺が命じればどんなことをしても良いのか?」

「はい。今の私は雅彦さん。いえ。雅彦様の所有物です。どんなことでもしますので」

「そうかそうか。じゃあ俺が今ここで着ているものを全部脱げと言ったら脱ぐのか?」

「はい。では今から脱ぎますので」

 そう言ってココはまずエプロンから脱ぎだす。

「待て待て。許してくれ。そんなことは命じないから。脱がないでいいから」


 俺もそんなことは望んでいなかったし、ココがそんなことをするとは思っていないとふんでいたので、脱ぎだすココの手を掴んで制止する。

「少し冗談が過ぎたよ。流石にそんなことを命令するようなことはしないよ。それにココはこれから自由にすごして良い。借金のことは後からで良いんだ。だから今は楽になりなさい。今まで疲れただろう」


 俺に手をつかまれたとき、シリルとは別の驚き方をしたココ。驚いたというか、恐怖感だろう。今までさっきみたいに何回も借金の取立てがあったのだろう。その度に奴隷商に売り飛ばすなどといわれ続けてきたのだと思う。

「良いんですか? かなりの時間がかかってしまいますよ? すぐには払いきれませんよ? それでも良いんですか?」

「あぁ。大丈夫だ。月に銀貨50枚だったら2年丸々働いたら返せるじゃないか。それに純利益全額払わなくても良いんだ。俺も仕事が無くてな。2年で仕事がなくなったらそれ以降どうやって働いて良いのかわからない。だからゆっくりで良い」


 後ろから諭すように彼女を安心させる。ちゃんと安心できたかどうかはわからないが、ココの声に湿り気が帯びている。

「ありがとうございます。ありがとうございます」と、彼女は泣きながら感謝してくれている。彼女が泣き止むまで俺は彼女を放さなかった。

 泣き止み、落ち着きを取り戻した彼女は俺の方を向いた。

「これからはしっかりと働かせていただきます。どうぞよろしくおねがいします」

 俺としては彼女の店で働こうと思っていたのだが、ここは俺の店になってしまった。そして俺の所有物にこの店とココ本人が増えた。

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