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目の前には魔王がいた  作者: 八雲紅葉
新世界は異世界
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~出家~

 目が覚める。俺の横ではシリルが小さく寝息を立てている。

 いったい何時だろう? 月明かりではなく、太陽の光が部屋に入ってきている。

 シリルの寝相は可愛い。膝を折り曲げて、腰を丸めて右手の親指を咥えながら寝ている。若干涎の跡があるのは見なかったことにしておこう。

 もう一眠りしようか。まだ寝ていたい。右腕はまだ痺れていないので、このままの状態で寝よう。小さく丸まっているシリルを包み込むようにして俺は再び眠りに付く。



「起きろ。雅彦。もう昼だぞ」

 シリルの声でまた目が覚める。


 バスローブ姿ではなく、いつものドレス姿だ。今日も真紅のドレス。ほかの色はないのだろか?

「おはよう。気持ちよく寝れたか?」

 彼女はすでにベッドから出ていて俺のことを見下ろしている。

「それはもちろんぐっすり。今まで悩んでいたのがアホみたいだった」


 案ずるより産むがやすし。だったのだろう。だが、あんな言葉をかわすだけが初夜とは大々的ではないだろうか。だが、彼女の清々しい顔を見た後ではそんなことを言えたものではない。

 それにしても、もう昼か。結構寝すぎたのかもしれない。俺は今日、この城から出て行くのだから。

「シリル。この城から一番近い人間の街ってどれくらいの距離なんだ?」

「私達が使う交通手段なら1週間。人間達が使うものだったら2週間以上はかかると思う」

 かなり遠いことがわかった。シリル達が使うものはわからないが、人間達の交通手段。たぶん馬だろう。馬で2週間以上ということはかなりの距離ではないだろうか? 


 馬の速度が大体時速15kmと仮定しよう。そして強行軍で一日15時間移動できれば良い方なのではないか? 単純計算で15×15で225km。これが一日で移動できる距離だとしよう。この225kmというのは東京から新潟ぐらいの距離だ。えげつない。

 その1日225kmを14日も続けるのだ。そうすれば3150km。北海道を出発して沖縄にたどり着くという日本縦断できる距離。世界は広いものだ。


「遠いな」

「それはそうじゃ。遠くなかったらすぐにでも戦争が始まるぞ? まぁ私達が住んでいるところは大魔王様が住んでいるところと遠いから、わざわざこっちに来るような物好きはいないだろうさ」

 魔王の上には大魔王というものがいるのか。そうか。大魔王というのは種族ではなく、本当に強く魔物を束ねる者なのだろう。


「それもそうだな。それじゃあシリル。俺はここから出て行く。次はいつ帰ってくるかわからないが、それは許してくれ」

「わかった。本当は離れ離れになって欲しくないが、雅彦は雅彦でやりたいことがあるんだもんな。私は止めない。ちゃんと納得したから」

 と、言葉では言っているが、行動は真逆で腕を体に巻きつけて胸板に顔をうずめている。こうしてみると彼女は大きいんだなぁと実感する。断じて胸の大きさではない。身長がだ。

 俺自身180cmあり、かなり背が高いほうだと思っている。それで彼女は胸板に頭をうずめることが出来るのだから170cm近くあるのだろう。


「シリル。離れてくれよ。納得したんだろう?」

「納得したけど、離れたくない。ずっとそばにいたい」

 シリルは顔をうずめたまま喋る。なんと言っているのか聞きにくかったが、なんとか聞き取れた。

 男とすればこんな言葉は冥利に尽きるのだが、ここでは決心が鈍ってしまう。

「絶対浮気なんかするなよ。したらすぐにでも連れ戻すからな。絶対だからな」

「はいはい。わかりましたよ。浮気なんかしません。俺はシリルだけをそばにおきます」

「それは少し投げやりすぎないか? 本当にこの城から出さないぞ?」

 納得してくれたのか、彼女は距離を取った。もしかしたら俺の返事が投げやりすぎて、怒ってしまい距離を取ったのかもしれない。


「とりあえず、外に出よう。そして私が使う移動手段を使わせてやろう」

 シリルに案内されて外に出る。そういえば、この世界の外はどうなっているのだろうか? 部屋から見る景色は中庭だったので生命力が強い植物が沢山生えていたのだが。


 景色は散々だった。海は枯れ、地は裂けあらゆる生命体が絶滅したかにみえた……

 なんていう風に思えるほど地上は荒れ果てていた。救いは空には太陽がちゃんと昇っていること。

 それにしても同じ地上に住んでいる人間が気になる。こんな地で生きていけるのだろうか?

 そういえば、俺はこの世界にことについてほとんど知らないでいる。この地上には何があるのか。人間達はどのようにくらしているのだろうか。など


 が、俺がそんなことを考えようとするのをを遮るように現れる一体の生物。

「雅彦。街の近くまでこれで連れて行ってやるよ」

 彼女が指差すモノ。俺の二倍以上ある巨体の持ち主。ドラゴンだ。

 そのドラゴンは良くファンタジーモノで出てくるようなガチガチの鱗を持っているようではなく、見るだけで滑らかな体をしているように見える。

 実際に触ってみても人間の肌のような感触。だが、その感触は鱗にそって触れているから。逆から触れると紙で手を切ったような痛みと共に右手の人差し指から血が出る。


「こらこら。そういう風に触るんじゃない。ほら指だって傷ついたじゃないか。治してやるよ」

 ドラゴンが喋った。声の音は女性の声と同じみたいだ。大きな口を開けて食べられるんじゃないかと身構えてしまった。

「そんなにびびるんじゃないよ。私の唾液で君の傷を治すだけだから。ほら。ひたしてみて」

 彼女の言うとおりに口の中にある唾液に指を突っ込む。すると、血は止まり傷口は元通りになる。

「治っただろ? 私達ドラゴンの体液は色々と効果があるんだ。私はミランダ。よろしくな」

「ありがとうミランダ。俺は横山雅彦。よろしく」

 握手は出来ないだろうからどうしようか。とりあえずミランダの顔を軽く撫でた。


「雅彦はドラゴンの扱い方を知っているのかい? 初対面のドラゴンに対する挨拶はさっきやったとおり顔を撫でるんだ。シリル。あなたも行くのか? って聞くまでも無かったな」

 シリルはすでにミランダの背中に乗っている。 一応馬につける荷鞍のようなものの上に乗っていた。シリルは俺に早く来い、と言わんばかりの目付きで俺を睨んでいる。

 長い間待たせていたようなのか、俺は急いでミランダの背中に乗った。乗り心地は良く、寝転がることが出来るほどのスペースがある。

「よし。乗ったな。落とされたくなかったらしっかり捕まっておけよ」

 そして、ミランダは地上から飛び立った。


 ミランダの移動速度は速く、まるで車で移動しているようだ。いやそれ以上に速い。

 そのスピードを俺達は生身で受けている。本当に落とされてしまいそうだ。

「雅彦。こうしていればそんなに空気の抵抗を受けないから真似してみろ」

 シリルは手綱代わりのロープを掴みながらうつぶせになっている。俺もそれを真似てみる。確かに空気抵抗は減った。過ごしやすい。


 移動中、この世界のことを二人からいろいろと聞いた。


 まず、魔物たちが住んでいるところと、人間達が住んでいるところは同じ陸ではないらしい。どのようになっているかはこの後のお楽しみらしい。どうなっているのか気になるものだ。

 そして、世界観だが、どうも二つの派閥が常に争っているわけではないみたいだ。大々的に戦争。とまでは行かないが、そういう戦いがあったのは約3000年も前の話で今は勝手な行動をするもの同士が勝手に争っているというだけらしい。

 だから人間界から来る勇者と名乗るものは少なく、そういう一団は直接大魔王様に謁見して協議をするらしい。なんとも面白い舞台だと思う。大魔王と勇者が同じテーブルを囲んであれやこれやと言葉の戦争をかわしているのだ。微笑ましいだろう。

 戦争はないが、冒険者というものはいて、そいつらは命を賭けて魔界に行き、財宝を手に入れる旅をしているらしい。シリルの城にも何回か来ているらしい。毎回返り討ちにして人間界に帰らしているようだ。俺と会った時は殺すと言っていたのに。


 人間界や魔界にはダンジョンというものが生成されることがある。これは魔物、人間達の霊が溜まりやすい場所に出来ることが多いらしい。そのダンジョンには財宝が眠っていたりすることがあるので、それも冒険者達が必死に探すみたいだ。

 そのダンジョンに沸いた亡霊や魔物は大魔王とは無関係で、中にいる魔物が出てこないように人間達の政府が結界を張っているらしい。見る機会があったら見てみるとしよう。


 それくらいの説明で今日はオシマイ。日が暮れてもう4時間くらい経つだろう。ミランダは3日間不眠不休で飛べるというが俺達が寝ているときに落とされては困るので、睡眠をとった。野宿は生まれて初めての経験で寒かった。シリルも初めてらしく、俺達はミランダに寄りかかって初夜と同じようにくっついて寝た。

 

 朝を迎えて、軽い食事を済ませたらまた移動する。

 今日は種族の話。人間族以外にも人間界には色々な種族がいて、大まかに分けて、エルフ族。獣人族などがいる。人間族、エルフ族、獣人族が人間界の8割を占めているらしい。

 エルフ族は魔法を使うことに長けていて、手先が器用らしい。

 獣人族はすばしっこく、人間とは比べられないほどの身体能力を持っている。

 そして、残りの2割の中に、魔界から来る魔物がいるらしい。詳細はわからないみたいだ。


 そうこう話しているうちに地上に大きさ裂け目が見える。いや、本当に世紀末やん。これ。

 だが、何もない魔界の土地とは裏腹に、人間界の土地は草木が生い茂っている。

「これが魔界と人間界の狭間だ。この狭間に落ちたモノは誰一人として帰ってこない」

 確かに底が見えない。落ちたら帰ってくるなんて無理だろう。

「そしてこの先が人間界。通称『夢と希望が満ちている地獄』。私が命名したんだがどうだろうか?」

 ミランダの声は弾んでいるんだが、俺はなんとも言えなくなった。シリルも同じなのだろう。言いたいんだけど言えない雰囲気につつまれている。

「なんだ。二人もダメか。飛龍族のみんなにも言ったんだけど、それと同じような沈黙だよ。ちなみに魔界は『死と混沌が蔓延る最果て』だ」

 わかった。ミランダは地球でいう厨二病患者なのだ。かわいそうに難病にかかってしまって。

「はいはい。どうせ微妙ですよ。ほら街が見えてきたよ。ここら辺でおろすからね」


 街の入り口付近で俺は大地に二本足で立った。

「雅彦。たまに顔を見せに来いよ。絶対だからな。それとこれは少ないだろうけど私のヘソクリだ。使ってくれ」

 シリルはジャラジャラと音が鳴る麻袋を両手で俺に手渡してくる。この世界で使われる通貨なのだろう。

「いや、受け取れない」なんて、今の雰囲気では言えずに俺は受け取ってしまう。

「じゃあ俺はこれを倍にして返してやる」

 これぐらい言えば男としてなかなかのものを見せ付けられたんじゃないだろうか。

「約束だぞ」

 と、言ってシリルは目を瞑って何かを待つ態度を取る。これはアレか。キスをねだっているのか? いや、純情すぎる彼女のことだそんなことはない。ありえない。

 俺はシリルの額にキスをする。ここなら文句はあまり言えないだろう。

「ま、雅彦。それじゃあさらばだ」

 彼女は逃げるようにミランダの背中に乗ってしまった。なにかまずかったか?

「額にキスは『次会った時は覚悟しとけよ?』って意味だ。魔王にすごいことを宣告したもんだ」

 どうせミランダの厨二病だろう。と高を括っているとシリルが「覚悟している。ちゃんと帰って来いよ」と大声で叫ぶ。これはどうしたものか。帰ったらスケベなことが待っているのか?

 俺が何か言葉を返す前にミランダは空を飛び帰ってしまった。どうしようか。


 とりあえず、先のことを心配していても仕方がない。街の中に入ろう。

 空から見えたが、石造りの城壁が囲っている。城門も。

 城門には2人の兵士がいて、入り口を守っている。本当にファンタジーっぽい。

 特に身なりが怪しいというわけではなかったので、顔パス状態で通れた。人間っぽい顔をしていれば大丈夫なのだろうか? 服装はスーツだし。大きなバッグを持っているし。まぁ何事も無かったなら良いだろう。


 さて、これからどうしたものか。ぶらぶらと街を練り歩く。確かに夢と希望が満ちているような気がする。地獄ではないが。

 店から出てくる様々な声。ガヤガヤとしている。活気があるとはこのことなのだろう。

 歩いていると、何もないと思うだが、なにか目に付いた細い路地。ひとまず入ってみるとしよう。

 すると、路地は日の光を受けられていなく、陰気くさい。だが活気ある雰囲気に飲まれた人がここで休みたくなるような場所。

 道は狭く人一人歩くのが精一杯だ。


 すると目の前の交差点で右から何かが出てきた。その何かと俺はぶつかる。小さな悲鳴を上げられる。声からして女性だ。

「すみません。大丈夫ですか?」

 相手は荷物を持っていたのか、荷物は転がっていた。全部野菜とか果実だった。

 俺は急いでそれを拾って彼女が持っている紙袋にしまった。だが、ドブに1個だけ林檎が落ちてしまった。

「ごめんなさい。弁償しますのでどうか許してください」

 急いでシリルからもらったヘソクリを使うことにした。こんなところで使ってしまうのかと思いながら麻袋に入っている硬貨を一枚取り出して、彼女の手のひらに置く。

「そんなこんなにいりませんよ。たった林檎1個くらいたいしたことないですし」

「いえ。そんなこと言わずに。林檎1個だろうが弁償したいのです」

「そうじゃなくて、これ1枚で林檎100個ぐらい買えるんですよ。そんなに大げさにしなくても良いんですよ」


 は? 林檎100個だと? ただ適当に袋の中に入っていた硬貨を渡したのだが。

 もう一度袋の中を見てみよう。するとなんということでしょう。中に入っていたのは金貨だ。もちろん彼女に渡したものも当然、金貨。

 袋の中には30枚ぐらいもその金貨が入っている。これの2倍って。俺、いつになったらあの城に帰られるかな?

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