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八の章 アキツの怒り、ツクヨミの力

 どこにあるのかわからないオオヤシマ。そしてそこにあるヤマトの国とヒノモトの国。元は一つの国であったが、兄弟のいさかいから分裂し、互いに覇権を賭けて争うようになってしまった。

 オオヤシマの元の国であるワの国の女王であるべき立場のアキツは、ワの国門外不出の剣であるアメノムラクモを取り戻すため、ヒノモトの国を訪れていた。それはヤマトの国の言霊師ことだましであるツクヨミの秘術を完成させるために必要なもの。ツクヨミの秘術で、オオヤシマを救える異界の者を呼び寄せる手はずなのだ。


 ヒノモトの国の将軍であるナガスネは、自分の妹であるトミヤの夫ホアカリ王の脆弱さを憂えていた。(いくさ)にもし仮に負ける事があるとすれば、それはホアカリの求心力の弱さだと彼は考えていた。そのためにも、ワの国が混乱する中で掠め盗って来たアメノムラクモをアキツに易々と返す事はできない。アメノムラクモは王位の継承者が持つべきものだ。それをアキツに返すと言う事は、ホアカリ自らが、自分は王位継承者ではないと宣言するのと同じ事である。ナガスネは野心家ではあるが、自分で王位を強奪しようと思うほど傲慢ではない。あくまで妹の夫君であるホアカリを立て、その背後で全てを掌握するつもりだ。

「今はまだその支度の最中だ。アキツにアメノムラクモを返す事など断じてできぬ」

 ナガスネは強い決意を持っていた。ホアカリに対しては殺意を抱いた事はない。しかし、アキツを手にかける事をよしとしないと頭の中では思うのだが、片隅に最悪の場合も思い描いていた。すなわち、アキツは絶対に殺さないとは決めていないのである。


 そんなナガスネの思惑とは別に、ホアカリとトミヤの二人は、二人の居室でどうやってナガスネを説得するべきか思案中であった。

「兄は強く出れば強く返して参ります。なだめすかし、こちらの思いを伝え、最後は陛下のお力で従わせてくださいませ」

 トミヤはホアカリに強い調子で進言した。ホアカリは妃の迫力に少々戸惑っていたが、

「わかった。何とかナガスネを説き伏せよう。そうでなければ、私はアキツ様に顔が立たぬ」

「はい」

 そこへ近衛兵がやって来て跪いた。

「アキツ様、お着きにございます」

「うむ」

 ホアカリはトミヤに目配せし、アキツの待つ玉座の間に向かった。


 ヤマトの国では、イワレヒコが出立の準備に追われていた。ツクヨミがいつになっても戻らないからだ。

「ツクヨミめ、何を企む? いや、何を企んでいようと、今回の事は許し難き行い。成敗してくれる」

 イワレヒコは、許嫁である姉イスズとツクヨミの仲を疑っていた。何かあるとまでは思っていないが、イスズが自分に心を開かないのは、ツクヨミの讒言ざんげんがあり、彼が男としてイスズに接しているからだと決めつけていた。だからこそ、国元にいる時は、毎夜のようにイスズを求めた。それを(かたくな)に拒否するイスズも、イワレヒコにとって疑惑の対象だった。イワレヒコは、自分に問題があるとは全く考えていないのだ。

「大義は我にあり。言霊師が如何様いかような物の怪であろうとも、負けぬ」

 イワレヒコも、言霊師一族の力はよく知っている。ワの国が分裂する以前、他国の侵略を防げたのは、ツクヨミの力があったからこそなのだ。彼の父であるウガヤ王がツクヨミを自由にさせているのも、彼を信頼しているからではなく、恐れているからだ。しかしイワレヒコは嫉妬心から、ツクヨミを亡き者にする事しか考えていなかった。



 磐神(いわがみ)武彦(たけひこ)は、珍しく遅刻せず、同級生でクラスの委員長でもある都坂(みやこざか)亜希(あき)と登校途中だった。

「ねえ、委員長」

「何?」

 委員長と呼ばないで、と言えばすむ事なのだが、亜希は何故かそうしない。そしていつもその一言で不機嫌になる。その上、武彦は亜希が不機嫌になる原因を知らないので、いつまで経っても彼女の事を委員長と呼んでしまう。

「あ、あのさ、ワの国ってどこの国?」

 武彦はそんな亜希の機嫌が悪いのを察したのか、少々怯えながら尋ねた。亜希はその質問に唖然としたが、

「何よ、急に。日本史は選択しないんでしょ、武君は?」

「えっ? ワの国って日本なの?」

 真顔で返す武彦に亜希は項垂れかけた。そして溜息交じりに、

「そんな事も知らないの? 貴方、まさか、邪馬台国(やまたいこく)も知らない?」

 更に訳がわからなくなる武彦である。

山田国(やまだこく)? それ、どこ?」

 亜希は完全に呆れてしまい、

「話にならないわ」

と言い放つと、武彦を無視して歩き出した。

「ああ、待ってよ、委員長」

 武彦は無意識のうちに追い討ちをかけてしまう。

「知らない!」

 亜希はますます剥れて走り出した。陸上部のエーススプリンターである亜希が走り出すと、鈍足の武彦は追いつけない。

「お、置いて行かないでよ、委員長ゥ」

 完全に火に油を注いでいる事に気づいていない武彦だった。

「あっ!」

 その時、また謎の声が聞こえた。武彦は思わず立ち止まってしまう。

『私はワの国のアキツ。私の声が聞こえる方、どうぞ私達を助けてください。私達はオオヤシマにいます。どうか助けて』

 武彦はその女性の名前を知った。

「あきつ? あきつって苗字かな?」

 それすらもわからなかった。

(そうだ、こっちからも呼びかけてみよう)

 武彦は以前テレビで見た「テレパシー」の要領で、念じてみた。

『僕は磐神武彦です。あきつさん、僕はどうすればいいんですか? 教えてください』

 相手に届くかどうかわからなかったが、武彦は必死に念じた。



 アキツは玉座の間に通され、普段はホアカリが座っている椅子を勧められた。彼女は、

(ヒノモトの国の方が、礼儀を(わきま)えているのかしら?)

と思いながら、腰をかけた。

 その時、彼女の耳に異界の者の声が聞こえた。

『僕は磐神武彦です。あきつさん、僕はどうすればいいんですか? 教えてください』

 アキツはその名を聞いてあまりの偶然に震えた。

(何という巡り合わせなのかしら? 異界の方は、イワレヒコ殿と名が似ておられる)

 アキツはその偶然が何かを暗示していると感じた。まさにそれこそが因縁だったのだ。

(ならば、ツクヨミ殿にお話しして……)

 彼女はある策を思いついていた。

「国王陛下お越しにございます」

 案内(あない)役の兵が伝えた。アキツは居ずまいを正し、ホアカリを迎えた。

「アキツ様にはご機嫌麗しく。ご無沙汰致しており、誠に申し訳ありませぬ」

 ホアカリはトミヤと共に入室すると、アキツの前で跪き、深々と頭を下げた。

「ホアカリ殿、(かしこ)まった挨拶は抜きにしましょう。私は貴方にお願いがあって参りました」

「はい」

 ホアカリはトミヤと同時に顔を上げ、アキツを見た。

「こちらにワの国の王家の秘剣、アメノムラクモがあると聞いております。そのつるぎをお返し願いたいのです」

「承知致しました」

 ホアカリの間髪入れない返答に、アキツはキョトンとしてしまった。

(こうもあっさりと承諾されてしまうと、肩透かしをされたようですね)

 アキツは苦笑いをして、

「ありがとうございます。では、アメノムラクモをここへお持ちください」

「はは」

 ホアカリは兵に命じ、アメノムラクモを取りに行かせた。


 しかし、アメノムラクモはナガスネの館にあった。ナガスネはアキツの来訪に合わせて自分の館に戻り、アメノムラクモを持って自分専用の大きな椅子に腰掛け、待ち構えていた。

「申し上げます」

 ホアカリの命を受けた兵がナガスネの元に来て跪く。

「何事だ?」

 ナガスネはすまして尋ねた。兵は頭を下げて、

「アキツ様が、アメノムラクモをご所望でございます。陛下の命により、お預かりに参りました」

 ナガスネはニヤリとして立ち上がり、

「そうか。ならば、私が自分でお持ちする。お二人にはそう伝えよ」

「はは」

 兵はナガスネの言葉を微塵も疑わず、そのまま引き返した。

「アキツめ、やはりそうか。だが、この剣は返さぬ」

 ナガスネはアメノムラクモを帯剣し、館を出た。

「どうしてもと言うなら、斬り捨てるまで」

 ナガスネは目を血走らせ、ホアカリの城に向かった。


 ヤマトの国とヒノモトの国の国境(くにざかい)。ヒノモトの国の側には、ホアカリの嫡男であるウマシがいた。ホアカリに似て、気の弱そうな風貌であるが、伯父に当たるナガスネの流れも汲んでしまっているのか、疑い深く、腹黒い。小柄で鎧兜が重々しく見え、戦は苦手だが、人をいたぶるのは好きで、ヤマトの兵の捕虜を何人もその手で殺している。陰険な男なのだ。しかも、あろう事か、彼は密かにアキツに思いを寄せており、本日城にアキツが来訪する事を聞き知っていた。しかし、父王からは帰還命令はない。彼は悶々としていた。

「国境にお越しの際は、私が城にいた時。城にいらした時は、国境とは。父上は私をアキツ様に引き合わせたくないという事なのか?」

 恋に狂う者は大抵の場合、被害妄想に陥るものだ。ウマシの場合は、それが顕著だった。

「私がアキツ様を娶れば、ヒノモトが正統な王位継承国となる。それが何故父上にはおわかりにならんのだ?」

 アキツの心など全く考えにない独りよがりなところは、まさしくナガスネに似ていた。それでいてウマシは伯父が大嫌いであった。


 ナガスネは玉座の間に到着し、アキツに拝謁していた。

「アキツ様にはご機嫌麗しく」

 ナガスネは上辺ばかりの敬意を見せる。

「ナガスネ殿、(いくさ)は止められませぬか?」

 アキツはナガスネを咎めるような口調で尋ねた。ナガスネは作り笑いをして顔を上げ、

「それはヤマトのイワレヒコ殿にお話し頂きとう存じます。あの方が、どれ程の数のヒノモトの兵をあやめたか、アキツ様はご存じですか?」

「知りませぬ」

 アキツは毅然とした顔で返した。ホアカリはオロオロするばかりで、自分の臣下の暴言を叱責する事もできない。トミヤは悲しそうな顔で、兄と夫を見比べていた。

「ナガスネ殿、それよりもアメノムラクモはお持ちですか?」

 アキツはナガスネがアメノムラクモを帯刀している事を知っていながら、敢えて尋ねた。王位にある者のみが帯剣を許される秘剣であるにも関わらず、それを知りながら意図的に帯剣して姿を見せたナガスネの挑発行為に、アキツは怒りを覚えていた。

(この男、どこまで不遜を貫くつもりなのか)

 アキツは喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。

「ここにございます」

 ナガスネは全く動ずる事なく、得意満面でアメノムラクモを抜き、アキツに見せた。ホアカリは息を呑み、

「ナガスネ、何という事を! すぐに剣を戻すのだ。無礼であるぞ」

 ナガスネはニッと笑って、

「失礼致しました」

とは言ったが、納剣しようとしない。

「……」

 トミヤも唖然としていた。アキツは怒りを抑え切れなくなったのか、

「ナガスネ! 無礼の数々、許し難し! ワの国の王家を、そしてその秘剣アメノムラクモを何と心得ておるのか!? 天罰を加える!」

と叫んで立ち上がった。あれほど美しかったアキツの顔が、今は凄まじい形相になっている。さすがのナガスネも、オオヤシマでも一二いちにの呪術者であるアキツが怒りをあらわにしたので、驚愕していた。

「お、お許し下さい、アキツ様! この者の無礼、何とぞ私に免じて……」

 慌てたホアカリが間に入り、額ずいた。トミヤもすぐに夫の隣で平伏した。ナガスネは驚きのあまり、何もできず、固まってしまったかのように動かない。

「剣は(あるじ)の元へ」

 アキツがそう言うと、ナガスネの手からアメノムラクモが離れ、宙を舞ってアキツの前にコトリと落ちた。

「ひーっ!」

 ナガスネはその現象をアキツの呪術と思い、腰を抜かしてしまった。歯の根も合わぬほどに顎が震えている。

「確かにお返し頂きました。ホアカリ殿、これにて失礼致します」

 アキツはアメノムラクモを拾い上げ、ナガスネが震えながら差し出した鞘を受け取ると、玉座の間を出て行ってしまった。

「……」

 ホアカリとトミヤも(ほう)けたように座り込んでいた。


 アキツは笑いを堪えながら、ホアカリの城を出た。そして、しばらく進んだ森の中で木の陰に潜んでいたツクヨミと落ち合った。

「恐るべき術ですね、ツクヨミ殿。ナガスネの驚いた顔と言ったら……」

 アキツはとうとう堪え切れずに笑い出した。ツクヨミは頭を下げて、

「言霊師は自分にも言霊を飛ばせます故。誰にも見えぬと唱えれば、私は姿を消せるのです」

 アキツの術ではなかったのだ。ツクヨミが言霊で自分の姿を消し、城に侵入して、ナガスネから剣を取り上げたのだ。これがツクヨミの策であった。

「貴方が良い方で良かった。これほどの術を使われれば、オオヤシマは……」

 アキツはそう言いかけて、ツクヨミが悲しそうな顔をしたのに気づいた。

「申し訳ありませぬ。貴方のお気持ちも考えずに、一人で喜んでしまって……」

 アキツに謝られて、ツクヨミは恐縮した。

「いえ、滅相もない事です。確かに我が力は恐るべきものです。自分でも怖い事がございます」

「ありがとう、ツクヨミ殿」

 アキツ様が笑うのが自分の一番の幸せ。ツクヨミはそう思った。

(この方のためにも、何としても秘術を為さねばならぬ)

 ツクヨミは決意を新たにした。

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