六十六の章 イサの怒り、アメノムラクモの決意
オオヤシマが更に混乱しようとしていた。
ヨモツの女王イザはその妖気を放出して一度は倒れたのであるが、何故か神々しいまでの光を身に纏い、甦ったのだ。しかも「我はオオヤシマ一の術者イサ」と名乗った。
「お下がりくだされ」
ツクヨミは皆に叫ぶ。彼は武彦とイスズを庇いながらイサから更に離れた。アキツもクシナダとウズメに守られながら、アマノイワトから出た。
「はああ!」
イサの身体から出る光がその強さを増し、アマノイワトを照らす。彼女はゆっくりと歩き出した。
「長き年月、我は穢れの中に落とされ、光を奪われた。今こそその怨み、全て晴らそうぞ」
イサは目を吊り上げ、イワトの外へと繰り出す。
「あの光は……?」
アキツはイサの放つ光に懐かしさを感じていた。
「まさか?」
ツクヨミもそれに気づいている。その時、彼の手にあった神剣アメノムラクモが武彦の手に戻った。
『あれは歴代女王の力よ。皆、退くのだ!』
アメノムラクモが叫ぶ。
「え?」
武彦はキョトンとしてしまった。
「たけひこ様!」
ボンヤリしている武彦をイスズが引き、イワトから遠ざかる。
「如何なる事ですか、御剣様?」
ツクヨミが尋ねた。するとアメノムラクモは、
『彼奴をよう見よ』
ツクヨミは言われるがままにイサを凝視した。
「うぬら悪しき者共の力、全て我の物になれり」
イサがニヤリとする。彼女の髪が風を受けたように舞う。イサはゆっくりと背を向けた。
「何と!」
すると先代女王オオヒルメと先々代女王スセリ、更にその前の女王であるサクヤの顔がイサの後頭部にあった。皆目と口を封じの糸で縛られている。
「我の力がどれ程のものか、これでわかろう?」
イサは正面を向き、ツクヨミを睨んだ。
「く……」
ツクヨミには返す言葉が思いつかない。
(イザの力だけであれほど苦しき戦であったというのに……)
もはや勝てる可能性は消えたと彼は思った。
「何という事を!」
アキツは激怒していた。スセリとサクヤは天に帰ったのだ。それなのに身体の一部がイサに取り込まれている。アキツにとって、イサのなした事は許しがたい事だった。そして何より、敬愛していたオオヒルメの首までも封じ、自分の力にしているのが我慢ならない。
「貴女という方は!」
アキツが怒鳴った。しかしイサは彼女を嘲笑うように見て、
「悔しいかえ?」
と言ってから、カッと両目を見開き、
「我はうぬらより遥かに悔しかった! ヨモツに攻められ、まさに滅ぼうとしているこのオオヤシマを救うために命を懸けてヒラサカを封じたというに、闇に落とされたのだ!」
イサのその言葉は、怒りに震えるアキツさえも沈黙させるに十分だった。
(私のご先祖様は、やはり悪しき者であるのか?)
彼女は身じろいだ。身体が震えてしまう。
「どれ程辛かったか、うぬらにわかるか? いや、決してわかりはせぬ。我の怒り、我の怨み、誰にもわからぬ!」
イサの身体が更に輝きを増す。
「滅びよ、オオヤシマ!」
彼女が叫ぶと、いくつもの光の玉が身体から放たれ、ツクヨミ達を襲う。そればかりでなく、光の玉はオオヤシマ中に飛んだ。
「くっ!」
ツクヨミや武彦達はそれをかわしたり剣で叩き落としたりした。
「城が!」
ウズメが空の彼方に飛んで行く光の玉を見て叫ぶ。
「お館様!」
クシナダも叫ぶ。
その頃、ヤマトの城の門前で待機していたタジカラとスサノは、イワトの方角から光の玉が飛んで来るのに気づいた。
「何物だ、あれは?」
タジカラが剣を抜く。スサノも炎の剣を抜き、
「面妖な! イザの仕業か!?」
そこへ伝令兵が駆けつけた。
「申し上げます! ヤマト、ヒノモト区別なく、光の玉が降り注いでおります!」
「何!?」
タジカラとスサノは馬に飛び乗ると、接近して来る光の玉に向かった。
オオヤシマはあちこちで地獄絵図となっていた。イサの放った光の玉が島中に降り、街や村を破壊した。その光に触れると人は溶け、家は燃えてしまった。
アキツは悲しそうな顔でイサを見る。イサはニヤリとし、
「憤懣やる方なしか、アキツ?」
アキツはゆっくりと跪き、更に頭を下げる。ツクヨミも武彦も、そしてウズメとクシナダも驚いた。
「どうか、お怒りをお鎮めくださいませ。お願い致します」
アキツは泣いていた。
「アキツさん……」
武彦がその涙に思わずもらい泣きしそうになる。
「うぬが頭を下げる程度で冷める程、我の怒りと怨みは浅くはない」
イサはアキツを睨む。するとアキツは、
「この命と引き換えにお鎮まりください。どうかお願い致します」
と地面に頭を擦り付けた。そのアキツの言葉にツクヨミが驚愕した。
「アキツ様、そのような事……」
なりませぬ、と言いたいツクヨミだったが、ではどうすればよいのだ、と別の自分が言う。
「そうか、うぬの命と引き換えか……」
イサは楽しそうに笑う。アキツは希望があるかと顔を上げた。
「ならぬ。我の怒りは、このオオヤシマが滅びるまで冷めぬ!」
イサはまた怒りの形相になり、叫んだ。
「はああ!」
彼女は更に光の玉を放つ。
「アキツ様!」
ツクヨミが言霊で剣を作り、アキツを守る。
「どうすればいいんですか、御剣さん?」
武彦は考えあぐね、アメノムラクモに尋ねた。
『よもやイサがあれ程までの力を蓄えておろうとは、我にも見抜けなんだ』
いつも強気な発言が多いアメノムラクモとは思えぬ後ろ向きな言葉に、武彦はショックを受けた。
一方光の玉の襲撃をなんとか凌いだタジカラとスサノは、第二弾が迫っているのを知った。
「おのれ、イザめ! オオヤシマを滅ぼすつもりか!?」
タジカラが叫んだ。スサノは、
「そのような事、させぬ!」
と炎を最大にし、向かって来る光の玉に突進する。
ヤマトの城内では、イツセが戦支度をしていた。
「イツセ、無理です。其方の傷は……」
母タマヨリが止めようとするが、イツセは兜の緒を締め、
「ここでこうしていても、只死ぬるを待つのみであれば、戦に出向くのが嫡男の務めにございます、母上」
と笑顔で言うと、城を出た。
「イツセ……」
タマヨリは涙を流し、古の神々に祈った。
『武彦』
不意にアメノムラクモが言った。
「何ですか、御剣さん?」
武彦はイサの光の玉を叩き落としながら尋ねる。
『我は今より我の力全てを解き放つ。お前は我を振るい、イサを倒すのだ』
「え?」
アメノムラクモの言い方に不安を感じた武彦は、
「どういう意味ですか?」
『何も訊くな! 只我を振るえば良いのだ!』
反問は許さぬ。アメノムラクモの覚悟を感じた武彦は、
「わかりました」
とだけ答えた。