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六十三の章 イザの切り札、武彦の混乱

 闇の国ヨモツの女王イザがいきなりアマノイワトに現れ、武彦達は混乱していた。

「そのような事……。ヒラサカの封がこうもあっさりと……」

 アキツは顔色を変えて驚いていた。

「アキツ様!」

 ウズメとクシナダが彼女を庇うように前に出る。ツクヨミはイザに近づき、

「それほどに聞かれたくない事なのか?」

 イザはその怒りに燃えた目をツクヨミに向けると、

「うぬらは滅すると申したはず!」

と叫び、いきなり漆黒の剣を両手に出すと、一足飛びにツクヨミに斬りつける。その剣からは、おぞましいまでの禍々しき妖気が漂っていた。

「く!」

 ツクヨミは素早くこれをかわしたが、イザは更にツクヨミに仕掛けると見せかけて方向転換をし、ウズメとクシナダに迫った。

「うぬらからだ!」

 イザは剣を振り上げ、ウズメとクシナダを同時に袈裟斬りにした。

「きゃああ!」

 ウズメとクシナダは咄嗟とっさに身をひるがえし、辛うじて深手は避けられたが、漆黒の剣で斬られたところが黒く膿み始めた。

「ぐうう……」

 ウズメは右肩、クシナダは左肩を斬られており、その場に片膝を着いてしまった。二人の斬られた箇所から黒い膿が溢れ出て来る。

「数刻でうぬらは我のしもべよ」

 イザが狡猾な笑みを浮かべてウズメとクシナダを見た。

「……」

 ウズメとクシナダの顔色が悪い。アキツはそれを見て取り、

「祓いたまえ、清めたまえ!」

と柏手を四回打った。しかし、ウズメとクシナダの身体に変化はない。

「無駄よ。うぬ如きの力で清められるほど、その膿は脆くはない」

 イザが嘲笑する。アキツはギクッとしてイザを見た。

『武彦』

 神剣アメノムラクモが武彦に囁く。

「はい、御剣みつるぎさん」

 武彦はイザを見たままで返事をした。

『お前とイスズの癒しの力で、ウズメとクシナダの傷を治すのだ』

「わかりました」

 武彦はイスズと目配せし合い、ウズメ達に近づこうとした。

「そうはさせぬ!」

 イザが黒い剣を振るい、武彦へと飛ぶ。

『武彦、我を使え!』

 アメノムラクモが叫んだ。

「はい!」

 武彦はアメノムラクモを構えた。

「そのような剣で我を討てると思うたか!?」

 イザの踏み込みは早く、武彦は慌てて後ろへ飛んだ。

「たけひこ様!」

 アキツとイスズ、そしてツクヨミが叫んだ。

「イスズさんは、ウズメさんとクシナダさんを!」

 武彦は下がりながら叫ぶ。イスズはそれに頷き、ウズメとクシナダに近づいた。

「おのれ!」

 イザが右手の剣をイスズに投げつけた。

「ああ!」

 武彦はそれを見て慌てた。

「ぬう!」

 しかし、ツクヨミが言霊で剣を出し、イザの剣を叩き落とした。

「祓いたまえ、清めたまえ!」

 ツクヨミの言霊が剣を粉微塵に砕いた。ツクヨミの清めの力はすでにアキツのそれを凌駕しているのだ。

「おのれ!」

 イザが武彦を睨み、

「全ては、うぬをほふらば終わる! 我はオオヤシマを統べるのだ!」

と剣を両手で持ち、上段に構えた。

「アキツ様、私が膿を抑えますので、お清めを」

 イスズがウズメとクシナダに手をかざして言った。

「わかりました」

 アキツは頷き、イスズの癒しを待つ。

「は!」

 イスズの身体が輝き出し、膨れ上がっていたウズメとクシナダの膿の増殖を停止させた。

「今でございます、アキツ様!」

 イスズが叫ぶ。

「祓いたまえ、清めたまえ!」

 アキツの柏手がイワトの中を揺らすほどに響き、ウズメとクシナダの膿がシューシューと音を立てて消えて行った。

「ありがとうございます、アキツ様、イスズ様」

 ウズメとクシナダは跪いて頭を下げた。

「気にしなくて良い、ウズメ、クシナダ。今はそれよりイザです」

 イスズはそう言うと武彦をイワトの端に追い詰めているイザを睨んだ。

「たけひこ様!」

 援護に向かったツクヨミをイザはもう一振り出した漆黒の剣で迎撃した。

「何と!」

 イザは武彦を追い詰めながら、ツクヨミの剣も確実に受け止めている。その剣さばきにツクヨミも武彦も圧倒されている。

「何という強さ……」

 アキツは呆然とした。ウズメとクシナダも言葉が出ない。

「オオヤシマ一と言われたイワレヒコ様を押しながら、そのイワレヒコ様すら寄せ付けなかったツクヨミを相手にして一歩も退かぬとは……」

 イスズは驚愕していた。

「ぬん!」

 イザはツクヨミを剣で弾き飛ばし、武彦に向き直った。

「異界の者よ、聞くがよい。その昔このオオヤシマは異界人いかいびとが呼び込まれた事により、乱れた。その時、世の乱れを収め、オオヤシマを救ったのは、このわれよ!」

「……」

 武彦はイザに力でも心でも圧倒されそうだった。

「ところが、悪しき心を持った者共が我を陥れ、我はヨモツに落とされた。その怨み、うぬにわかるか!?」

『武彦、イザの言葉に惑わされるでない! 心を落ち着かせよ!』

 アメノムラクモが武彦を叱咤激励するが、武彦はイザの言葉に呑まれ始めていた。

「たけひこ様!」

 ツクヨミが走る。

(イザめ、たけひこ様を取り込むつもりか?)

 ツクヨミはイザの企みに焦りを募らせた。

「たけひこ様!」

 アキツとイスズも駆け出した。ウズメとクシナダも目配せし、立ち上がり、走り出す。

「その悪しき心を持った者共の末裔がオオヒルメ、そしてアキツよ! さあ、異界人よ、我と彼奴あやつらのいずれが間違っておるのか、申してみよ!」

 イザは剣で武彦を押しながら叫ぶ。武彦は混乱していた。

『武彦、イザに耳を貸すでない! 心を強く持つのだ!』

 アメノムラクモの声は、武彦に届いていなかった。

(どっちが悪いの? どっちが間違っているの?)

 武彦の頭は嵐のように乱れていた。

「邪魔するでない!」

 イザは剣を幾本も出し、宙を舞わせた。

「何!?」

 ツクヨミ達は仰天した。漆黒の剣は、まるで剣士の手にあるが如き動きで、ツクヨミ達に襲い掛かる。

「くっ!」

 ツクヨミは言霊の剣でそれを受けた。イスズは癒しの力で剣を溶かす。ウズメとクシナダは水の剣を出し、対抗していた。

「祓いたまえ、清めたまえ!」

 アキツは最後尾から強力な柏手を放つ。剣はそれによって全て消えた。

「たけひこ様!」

 ツクヨミを先頭に、五人が同時に叫んだ。

 しかし、武彦には彼女らの声は届かなかった。

『武彦!』

 アメノムラクモは武彦の手から滑り落ちた。武彦が放してしまったのだ。

「そうか。うぬは我が正しいと……。そうか」

 イザはニヤリとして武彦を抱きしめた。

「たけひこ様ーッ!」

 イスズは涙を流して絶叫した。

「……」

 ツクヨミは唖然とした。武彦、すなわちイワレヒコの身体が、イザに吸い込まれて行くのだ。

「そんな……」

 アキツはガックリと膝を着いてしまった。イワレヒコの巨体が、それより小柄なイザに完全に溶け込んでしまった。ウズメとクシナダは倒れそうになったアキツを支えた。

「さて、どうするか、アキツ? 異界人は我の味方ぞ?」

 イザが鋭い目でアキツを見てニヤリとした。アキツにはもはや何も言い返す気力がなかった。

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