表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/69

五十八の章 ヤソマガツの悲しみ、オオマガツの焦り

 神剣アメノムラクモを中段に構え、武彦はオオマガツ、ヤソマガツの二体の魔物を見た。

異界人いかいびとよ、邪魔すると死ぬる事になるぞ」

 ヤソマガツが挑発紛いの事を言う。

たわけた事を申すな! うぬら如きが、このわれの相手になろうとは笑止。たちどころにほふってくれるわ!』

 アメノムラクモはいつになく好戦的だった。それだけ二体の魔物が強くなっているのであろう。

「神剣など恐るるに足らず! 我らはイザ様より力を頂きし者。粉微塵に打ち砕いてくれる!」

 いつもは冷静なオオマガツが怒鳴った。彼女もアメノムラクモとは因縁がある。最初に相見あいまみえた時、彼女はアメノムラクモに恐怖を感じたのだ。それが許せないのである。

『なかなかに勇ましい事よ。しかし、うぬらでは我に勝てぬ。それでも争うか?』

 アメノムラクモは更に挑発する。

御剣みつるぎさん、何言ってるんですかあ!? そんなに相手を怒らせたら、まずいですよお)

 武彦は内心ビクビクしていた。

「我らを愚弄しおって! 許さぬ!」

 気の短いヤソマガツが突進して来た。

「わわ!」

 武彦は慌ててアメノムラクモを構え直す。

『武彦よ、案ずるな。我の力とイワレヒコ本来の剣術、そしてツクヨミの言霊ことだまがついておる』

 武彦はアメノムラクモの言葉を聞き、深呼吸をして心を落ち着ける。

「はい、御剣さん!」

 アメノムラクモの言葉通り、ツクヨミは武彦にアキツ直伝の言霊を放ち、武彦を防護していた。

「ヤソ、不用意だぞ!」

 オオマガツがそれに気づいた。しかしヤソマガツは止まらない。

「光がそれほど尊いのか!? 闇はそこまでけがれておるのかァッ!? うぬらにあの方のお苦しみがわかるものか!」

 ヤソマガツの言葉が武彦の胸に突き刺さった。武彦はヤソマガツの心の底を覗いた気がした。

(何だ、この人? 心の中で泣いてる……)

『武彦、来るぞ!』

 ボンヤリしている武彦をアメノムラクモが叱咤する。

「はい!」

 武彦は襲いかかって来るヤソマガツを見た。

(御剣さん、この人を助ける事はできないのですか?)

 武彦は心の中でアメノムラクモに尋ねた。

(それは如何いかなる事だ、武彦?)

(この人、心の中で泣いています。本当は悪い人ではないんです。だから……)

 武彦はヤソマガツの雷撃をアメノムラクモで弾き返しながら伝える。

(お前の思いはわかった。ならば、彼奴あやつの闇の元を斬るしかない)

 アメノムラクモは武彦の言いたい事をわかってくれたようだ。

(闇の元?)

 武彦が苦戦しているように見えたツクヨミが声をかけて来た。

(どうなさいましたか、たけひこ様?)

 彼はその瞬間、武彦の考えを知った。

(わかりました、たけひこ様。それがよろしいかと存じます)

 ツクヨミも武彦に賛同した。

(では武彦、彼奴の闇の元を斬るぞ)

 アメノムラクモが輝きを増す。

(はい)

 ヤソマガツは、武彦が受けるばかりで反撃しないので、

「舐めるなあ!」

と雷撃をいっぺんに放って来た。

「く!」

 武彦はそれを何とか防ぎながら後退した。

「何とも凄まじき戦いだ……」

「ああ……」

 タジカラとスサノは、武彦とヤソマガツの戦いを驚嘆して見ていた。

『ぬ?』

「どうしたんですか、御剣さん?」

 武彦が尋ねた。

『こやつ、闇の元がない。如何なる事か?』

 するとツクヨミが、

「たけひこ様、そやつの後ろに出ている紐のようなものが闇の元です!」

と叫んだ。

『なるほど、そういうからくりか』

 アメノムラクモは合点がいったようだ。

「先程から何を申しておるか!?」

 ヤソマガツがまた雷撃を放つ。

『武彦、踏み込め!』

 アメノムラクモが叫ぶ。

「はい!」

 武彦は身を捩じらせて雷撃を掻い潜り、ヤソマガツの背中から伸びている黒い紐のようなのに近づいた。イワレヒコの身体能力は武彦には想像もつかないほどである。

「ヤソ、退け! そやつら、我らのからくりに気づいたぞ!」

 後ろで見ていたオオマガツが叫ぶ。

「ぬう!」

 ヤソマガツは一瞬早く武彦を飛び越えて下がった。

「ああ、逃げられた!」

 武彦は立ち止まった。


 アマノイワトの奥のヒラサカの更に向こうにある闇の国ヨモツ。その最深部の玉座の間で、女王イザは椅子に座り、武彦達の戦いを二体の魔物を通じて見ていた。

「やはり、からくりに気づきおったか。しかし、それはほんの小手調べよ。気づかれてもどうという事はなし」

 イザはニヤリとした。


「たけひこ様、加勢致します」

 ツクヨミが進み出る。タジカラとスサノは顔を見合わせた。

「どうする、スサノ?」

 タジカラはスサノの答えがわかっていながら尋ねる。

「我らは足手まといぞ。近づかぬ方が良い」

 スサノは炎の剣を鞘に戻した。タジカラも剣を戻して頷き、

「そのようだな」

と呟いた。

「ここは退くぞ、ヤソ」

 形勢不利と判断したオオマガツが言った。ヤソマガツは悔しそうに、

「ああ」

と応じたが、

『退く事は許さぬ』

 イザの声が二体の耳に届いた。

「イザ様?」

 オオマガツは唖然とした。ヤソマガツはニヤリとした。

「ありがとうございます、イザ様。このまま退くなど、我にはできませぬ!」

「ヤソ?」

 オオマガツはイザの命令であれば否応なく従うが、ヤソマガツの行動は納得がいかない。

『オオヤシマの者を一人も討ち取らずに退く事は許さぬぞ、オオマガツ、ヤソマガツ』

 イザの声が更に言った。

「はは!」

 オオマガツとヤソマガツはそれに応じた。

『せめてツクヨミを討て。それまで退く事はさせぬ』

 イザの口調は強かった。オオマガツとヤソマガツは覚悟を決めたようだった。

「我らが仇敵ツクヨミ、うぬだけは必ず仕留める!」

 オオマガツが飛び出す。ヤソマガツも慌ててそれを追った。

「ツクヨミさん!」

 武彦はツクヨミの方へと駆け出した。

「心配ご無用です、たけひこ様。私は負けませぬ」

 ツクヨミは武彦に微笑んで言った。

『武彦、今ぞ! あの黒き紐を斬るのだ!』

 アメノムラクモが叫んだ。オオマガツとヤソマガツはツクヨミに突進する事に集中するあまり、武彦に背後を取られた。

「うお!」

 オオマガツが先に気づき、向き直った。

「ええい!」

 武彦はまだこちらを向いていないヤソマガツの紐を斬った。

「うおお!」

 ヤソマガツが途端に苦しみ始めた。紐はヨモツからの闇の力を伝えるものだったのだ。

「おのれ!」

 激昂したオオマガツが武彦に黒い炎を放つ。

「うわ!」

 武彦はそれを左右にかわしながら後退する。

『ツクヨミ、ヤソマガツを光で包むのだ。倒すのではなく、助けよ』

 アメノムラクモの難しい注文にツクヨミは一瞬戸惑ったが、

「わかりました」

と応じ、言霊を放った。言霊は光となり、苦しみ悶えるヤソマガツを包んだ。

「くあああ!」

 ヤソマガツは更に苦しんだ。

「うぬら、ヤソに何をしたァッ!?」

 オオマガツが怒り狂い、武彦とツクヨミに黒い炎を次々に飛ばした。

『武彦、オオマガツの紐を斬れ』

 アメノムラクモが冷静に指示する。

「はい!」

 武彦は炎の攻撃をかわしながら、オオマガツの背後に回ろうとするが、彼女もヤソマガツの事を見ていたので、武彦に背後を取らせまいと動いた。

「くう!」

 しかし、彼女は次の瞬間、紐を斬られていた。ツクヨミが言霊で剣を造り、斬ったのだ。

「ぐあああ!」

 オオマガツも苦しみ始めた。ツクヨミはオオマガツも言霊の光で包んだ。


 イザは、オオマガツとヤソマガツが共に倒された事を知っていた。

「オオマガツ、ヤソマガツ、大儀であった。彼奴あやつらの力、これで全て計れた。礼を言うぞ」

 イザにとって、自分の分身である彼女達ですら、捨て駒であったのだろうか?

「いよいよ時は来たな」

 イザはその漆黒の目を細め、低い声で笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ