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五十六の章 ツクヨミの覚悟、武彦の決心

 オオヤシマの長い夜が明けた。

 結局闇の国ヨモツの女王イザは夜襲をかけて来る事もなく、タジカラとスサノの不寝番は徒労に終わった。

「まさか、それが狙いではあるまいな?」

 眠い目をこすりながら、スサノが迎えに来た奥方のクシナダに言う。クシナダは苦笑いをして、

「そのような事、考えられませぬ。おたわむれはお止めください、おやかた様」

「そうか」

 スサノは大欠伸おおあくびをしてから、昇る朝日に目を細め、

「ならば、しばし休むぞ」

「はい」

 クシナダは夫について、タジカラ達が用意してくれた部屋に向かった。


「襲って来なかったか」

 自分の部屋で白い寝間着一枚のタジカラが呟く。隣で寝ていたウズメが薄い紅色の寝間着の襟を合わせながら起き上がり、

「そのようです。イザは何を企んでおるのか、わからなくなりました」

「それはそうだ。彼奴あやつはヨモツの女王。我らの思いも及ばぬ事を考えておるのだ。企みがわからぬは、致し方のない事よ」

 タジカラはウズメを抱き寄せて言った。ウズメはギクッとして顔を赤らめ、

「おやかた様、もうすでに二度、ご寵愛をいただきました故、これ以上は……」

 するとタジカラは不満そうにウズメから離れ、

「そうか」

と言うと、立ち上がった。ふと見ると、タジカラの男が猛っているのがわかる。ウズメは申し訳ないと思いながらもホッとした。身体が大きいタジカラと比較的小柄なウズメでは、体力が違い過ぎるのだ。愛されているのは嬉しいのですが、これでは身がちませぬ。彼女はそう言いたかったが、それではタジカラを傷つけると思い、言い出せない。

「すまぬな、ウズメ。私は無骨者故、作法を知らぬ」

 何故か顔を赤らめてタジカラは部屋を出て行った。かわやに行くふりをして猛った男を鎮めるつもりなのであろう。ウズメは呆気に取られたが、

(私が、お館様のご寵愛を疎ましく思ったとお感じなのかしら?)

 そんな不器用なタジカラを愛おしいと思うウズメである。

(戦が終わりましたら、貴方とのお子が欲しゅうございます、お館様)

 ウズメはそう思って微笑んだ。


 武彦は、身体を借りているイワレヒコの実の姉で許婚いいなずけのイスズからようやく解放され、ホッとして部屋を出た。もう少し夜が明けるのが遅ければ、彼は気を失っていたかも知れない。イスズは抱きついて来たりはしなかったが、いつの間にか武彦のすぐそばまで身体を寄せて来ていたからだ。そんな事を思いながら廊下を歩いていると、アキツがツクヨミの部屋から出て来るのを見てしまった。

(わ、まずい!)

 武彦は慌てて柱の陰に隠れた。幸いアキツは彼に気づいた様子はなく、そのまま廊下の向こうへ歩いて行った。

(アキツさんとツクヨミさん、何してたんだろう?)

 武彦は顔を赤らめた。

『不躾であるぞ、武彦』

 神剣アメノムラクモがたしなめた。武彦はハッとして、

「す、すみません、御剣みつるぎさん」

 それに被さるようにツクヨミの言葉が届く。

『私とアキツ様はそのような間柄ではありませぬ、たけひこ様』

 ツクヨミが言霊師ことだましであるのを忘れていたと思う武彦である。

「たけひこ様」

 ツクヨミが部屋から出て来た。武彦は慌てて、

「ごめんなさい、ツクヨミさん。失礼な事を考えてしまって……」

 するとツクヨミは微かに火照った顔で苦笑いして、

「いえ。自分の部屋に女の方をお通ししただけで、疑われても仕方がないのです。ですが、アキツ様と私はそのような間柄ではございませぬ」

「わかりました」

 武彦は戸惑いながら言った。アメノムラクモが、

『武彦は、アキツが自分の幼馴染に似ておるので、嫉妬しておるのだ』

「なるほど」

 ツクヨミが微笑んで武彦を見たので、

「あ、いや、その……」

と彼は口籠もってしまった。

(でも、確かにそうなのかも知れない。僕は、亜希ちゃんとアキツさんを重ねて見ている……)

 そう思いながら、それもまたアメノムラクモとツクヨミには筒抜けなのだと思い出し、武彦は赤面した。


 オオヤシマの地下深く存在する闇の国ヨモツ。その最深部の玉座の間にいる女王イザは、すぐにでも地上へと現れるかと思われていたが、まだ動いていなかった。

「オオマガツ、ヤソマガツ」

 彼女は自分の分身である二体の魔物を呼んだ。

「はは」

 黒き炎を身にまとうオオマガツ。そして、いかずちを身に纏うヤソマガツ。

「アキツ達はヤマトの城まで退いた。まずはうぬらが先鞭をつけよ」

「ははっ!」

 二人の魔物は嵐のように飛び去った。彼女達からは、ツクヨミと戦った時と同様に黒くて長い紐のようなものが続いていた。

「この手がどこまで通じるかだが……」

 イザはニヤリとして、只黒い目を細めた。


 武彦達は朝食をすませて兵の詰め所に行き、イザの軍を迎え撃つ準備を始めていた。

(何だか、変わった食事だったなあ)

 武彦は何度かオオヤシマに来ているが、食事を摂ったのは初めてだったのだ。

「あの朝餉あさげはタマヨリ様とイスズ様の癒しの力が秘められしものです。これ以上なきものでした」

 ツクヨミが教えてくれた。武彦は甲冑を身に着けながら、

「ああ、そうなんですか。だから、凄く元気になった気がしたのか」

「そうです。そしてたけひこ様、貴方の魂を宿らせておりますイワレヒコ様も、癒しの力をお持ちです」

 ツクヨミが更に教えてくれる。

「ああ、そうでしたね。凄いなあ、イスズさん達」

 改めてイスズの力に感心した。そして武彦は、ヤマトの国の元軍師のオモイに追いつめられた時、一糸纏わぬ姿のイスズの意識が助けに来てくれた事を思い出し、赤面した。

「そうです。王家の方々は、皆、とうときお力をお持ちなのです」

 ツクヨミは何故か悲しそうに言う。武彦がそれに気づき、

「どうしたんですか、ツクヨミさん? 具合でもわるいんですか?」

「いえ、大事ありませぬ」

 ツクヨミはそれだけ言うと、サッと走り去ってしまった。

『武彦』

 不意にアメノムラクモが言う。

「何ですか?」

 武彦はツクヨミを目で追っていたが、アメノムラクモを見た。

『ツクヨミはこのオオヤシマのために、そしてアキツのために死ぬるつもりよ。お前が何としても彼奴あやつを守れ』

 その言葉に武彦はギョッとしたが、

「はい、御剣さん」

と答えた。

(ツクヨミさんには何度も助けられたんだ。今度は僕が助ける番だ)


 タジカラとスサノは新しく作った鎧兜に身を包み、大軍を率いて城の前に布陣した。

「イザが出張でばれば、我らなど役に立たぬだろうがな」

 珍しく弱気な発言のタジカラに、スサノが眉を吊り上げる。

「どうした、タジカラ? お前らしからぬ言葉ぞ」

 タジカラはスサノを見て、

「さもあろう。イザは魔物ぞ。如何いかに我らが腕に覚えがあろうとも、それは人を相手の時。イザの分け身の魔物にも、我らは歯が立たなかったのだぞ」

「そうだな」

 スサノは遥か彼方にあるアマノイワトを見やった。

「むしろ、我らよりもウズメ殿や、クシナダ達の方がたけひこ様達の助けになるな」

 スサノは脇に差した炎の剣に左手をかけて言う。

「ああ。悔しいがな」

 タジカラはフッと笑ってスサノを見た。スサノもフッと笑った。その時だった。

「覚悟はできたか、愚かなる者共!」

 いきなり地中から、オオマガツとヤソマガツが飛び出して来た。

「うわああ!」

 兵達は大混乱に陥った。

「来たか、魔物め!」

 スサノは炎の剣を振り上げ、業火を出す。

「おのれ!」

 タジカラも剣を抜き放ち、魔物達を睨んだ。


 遂に、オオヤシマの命運を懸けた最終決戦が始まろうとしていた。

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