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五十四の章 美鈴の気持ち、イスズの心

 神剣アメノムラクモに言われて、アキツの寝所を離れた武彦はアマノイワトの入口で外を見ていた。するとそこへツクヨミがやって来た。

「たけひこ様、ご迷惑をおかけ致しました」

 ツクヨミは深々と頭を下げて詫びた。何の事かわからない武彦はキョトンとして、

「え、別に僕は……」

 ツクヨミは頭を上げて、

「イザは動かぬようです。ですが、ここは危うきところです。アキツ様と共にヤマトの城までお引きください」

「ヤマトの城まで?」

 武彦が答えあぐねていると、神剣アメノムラクモが、

『アマノイワトの封はイザには通じぬという事。ここにいるのは危ういのだ』

「でも、ここで守らないと、まずいんでしょ?」

 事情がわからない武彦が言うと、

『ここに留まると、アキツがイザに操られる。そういう事であろう、ツクヨミ?』

 アメノムラクモの指摘に、ツクヨミは顔を赤らめて、

「はい。御剣みつるぎ様の仰せの通りです」

「そうなんですか」

 武彦は相変わらずチンプンカンプンだ。

「それに、たけひこ様もそろそろ時が参りましょう?」

 ツクヨミが言った。武彦はアッと思い、

「そうか、ここで僕が僕の世界に戻ったら、ホントにまずいですよね」

「そうです」

 ツクヨミは微笑んだ。そこへアキツが現れた。

「あ、アキツさん」

 武彦が声をかけると、アキツは俯いたまま、

「ご迷惑をおかけしました」

と言った。同じ事を言われた、と武彦はツクヨミをチラッと見た。すると何故かツクヨミがギクッとして、

「たけひこ様、こちらへ」

と武彦を隅に連れて行き、

「私は、アキツ様とは、その、あのですね……」

『言うな、ツクヨミ。われが心得ておる。大事ない』

 アメノムラクモが遮る。ツクヨミはホッとしたように、

「はい、御剣様」

とだけ言った。心配そうな顔でアキツが近づいて来た。

『アキツよ、これからヤマトの城に向かう。ここは危うい。良いな?』

 アメノムラクモが言った。アキツは俯いたままで、

「はい。仰せのままに」

(さっきから、アキツさんとツクヨミさん、全然目を合わせていないんだけど、喧嘩でもしたのかな?)

 事情を知らない武彦は呑気な事を思っていた。


 ヤマトの城の謁見の間では、ヨモツに対するための軍議が開かれていた。

「ヨモツには、癒しの力が効くようだ。癒しの力を持つ者を国中から集い、部隊を編成したい」

 タジカラが提案した。すると脇でそれを聞いていたイスズが、

「私も同行したいのですが、タジカラ?」

 タジカラはギョッとしてイスズを見た。イスズはタジカラを見て、

「私の力が役に立つのであれば、一緒に参りたいのです。いけませぬか?」

 タジカラは困った顔をして奥方のウズメを見た。ウズメは頷いて、

「イスズ様、ありがたきお話ですが、それはお受けできませぬ。イワレヒコ様も、癒しのお力がおありです。ですから、イスズ様はこちらにお留まりくださいませ」

「そうですか……」

 イスズは寂しそうに応じた。

(ようやく、たけひこ様のお役に立てると思うたのに)

 ウズメはイスズの気持ちがわかり、胸が痛んだ。するとスサノが、

「ヒノモトにも癒しの力を持つ者がおります。只今、クシナダと共にこちらに向かっております」

 ウズメが八百万やおよろずの神でクシナダに知らせたのだ。そして同時に、ホアカリの妃であるトミヤ達もヤマトに連れて来る事になった。皆が同じところにいた方が戦いやすいという戦略的配慮だ。

「民にはそれぞれ、アマノイワトから離るるよう知らせを出し申した。国の行く末を決めるいくさに民を巻き込む事はできませぬ故」

 スサノが言った。かつてウガヤ王が座していた椅子に座ったヒノモトの王ホアカリが頷く。そして彼は、

「皆に聞いて欲しい事がある」

 一同はホアカリを見た。

「この戦が終わり、安寧の世になりし時、私は王位をアキツ様にお返ししたいと思う」

 スサノが仰天した。いや、彼だけではなく、タジカラもウズメも、そしてタマヨリとイスズも。

「やはり、国が乱れ、ヨモツがうごめく元を作りしは私とウガヤ。オオヤシマを治むるは、ワの王家のお血筋の方。それが一番正しき道と思う」

 ホアカリの言葉に一同は深く頷き、感動していた。


 武彦達は馬でヤマトの城を目指していた。

「あ」

 武彦が呟いた。

『武彦、いま少し待て!』

 武彦の異変に気づいたアメノムラクモが叫んだが、それは無理な事だった。武彦の魂は彼の住む世界へと戻ってしまった。

「たけひこ様!」

 馬から転がり落ちそうになったイワレヒコの身体をツクヨミが言霊ことだまで支えた。

『融通の利かぬ身体よ』

 アメノムラクモが呟いた。

 


「は!」

 武彦は目を覚ました。そこは自分の部屋だった。朝になっていた。

「戻ったのか……」

 手にしていたデジタルカメラに気づき、画像を確認した。そこにはタマヨリとイスズとツクヨミの画像がしっかり残っている。

「写ってる。凄いや、これ!」

 武彦は大喜びで部屋を飛び出し、朝食の支度をしている母珠世の元へ行った。

「おはよう、母さん」

 彼の姿を見ると、珠世はホッとした顔で涙ぐみ、

「おはよう、武彦。良かった、無事に戻ってくれて」

「うん。それとさ、見て、母さん」

 彼はイスズとタマヨリとツクヨミが一緒に写っている画像を珠世に見せた。

「……」

 珠世は唖然とした。そこには自分にそっくりな女性と娘の美鈴にそっくりな女性が写っていたからだ。

「ね、本当でしょ、母さん」

 武彦は声を弾ませて嬉しそうに尋ねる。珠世も微笑んで武彦を見ると、

「ええ、そうね。本当によく似ているわね、この二人」

 二人が感動して話していると、

「武、朝から騒がしいぞ!」

と美鈴が眠そうな顔で現れた。彼女は昨夜遅かったのだ。武彦は今日が土曜なのを思い出した。

「ほらほら、姉ちゃん、僕の言ってた事、嘘じゃないんだよ。見て!」

 武彦はデジカメを美鈴に渡した。怒鳴られないように機先を制したのだ。

「何、これ?」

 美鈴は鬱陶しそうにそれを受け取ったが、そこに写っている人の顔を見てギョッとした。

「え、母さんと私がどうしてこんな格好してるの……?」

 美鈴は武彦の話を全く信じていなかったから、珠世より衝撃を受けていた。


 しばらくして、美鈴はようやく事情を飲み込めた。

「信じられないけど、これが現実なのか……」

 彼女はもう一度画像に見入った。そして、武彦を見る。

「武」

 姉の呼びかけにギクッとしてしまう武彦。悲しい条件反射だ。殴られると思ってしまうのである。

「ごめんな、酷い事を言って。姉ちゃんを許してくれるか?」

 美鈴はバツが悪そうな顔で武彦を見た。武彦は微笑んで、

「許すも許さないもないよ、姉ちゃん。疑われて当然さ。でも、わかってもらえて嬉しいよ」

「ありがとう、武彦!」

 美鈴は泣きながら弟に抱きついた。だが、その力は強過ぎた。

「姉ちゃん、痛いよ!」

 痛いと同時に、何やら柔らかいものが顔に当たる。美鈴の胸だった。武彦は思わず赤面した。でも美鈴はそんな事には気づかず、

「うるさい!」

 美鈴は弟を信じてあげられなかった自分を恥じたのだ。でも、それをあっさり許してくれた武彦の言葉で救われた思いがした。

「でも、また行かなくちゃ」

「え?」

 武彦の言葉に母と姉がビクッとして彼を見る。武彦は真顔で二人を見て、

「まだ終わっていないんだよ。一番強い奴が、まだいるんだ。そいつをやっつけない限り、オオヤシマは救われないんだ」

 珠世と美鈴は顔を見合わせた。

「武彦……」

「武……」

 母と姉は何か言いたそうだったが、武彦の穏やかな顔を見て言葉を呑み込んだ。武彦は照れ臭そうに笑って、

「亜希ちゃんにそっくりなアキツさんが待ってるんだ。そろそろ行くね」

 彼はキッチンを出て行きながら、

「今度はアキツさんの画像も取って来て、亜希ちゃんに見せようかな」

と言った。

「武!」

 美鈴が駆け寄って来て、後ろからギュッと武彦を抱きしめる。

「姉ちゃん……?」

 武彦は姉の行動に驚いて首を動かそうとしたが、美鈴の力が強過ぎて動かせない。そしてまた、背中に姉の胸の膨らみを感じ、ドキッとしてしまう。武彦は、イスズに抱きつかれてから、姉に対する感情がおかしくなっていた。

「必ず帰って来いよ。でないと、姉ちゃん……」

 美鈴は泣いていた。武彦は美鈴の腕に自分の手を置いて、

「大丈夫だよ。絶対に帰って来るよ。だから、心配しないで、姉ちゃん」

「うん」

 もう一度美鈴はギュッと武彦を抱きしめた。

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