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四十七の章 タマヨリの気持ち、ウガヤの無念

 ワの国の時期女王であったアキツはアマノイワトの奥から迫る只ならぬ妖気に気づいた。

如何いかがなさいましたか、アキツ様?」

 ヤマトの国の嫡男であるイツセが、アキツの様子を見て尋ねた。

「何やら、ヨモツがうごめき出しました。クシナダと共にヒラサカを封じ直しましたが、これは……」

 アキツは、ヤマトの王ウガヤが行っている虐殺が、ヨモツを勢いづかせている事を感じていた。

(人の憎しみがヨモツを、闇を呼び込む。それを何としても終わらせねばならぬ)

 アキツは意を決してイツセを見た。

「私はアマノイワトに戻ります。イツセ殿はウガヤ殿を説き伏せてください」

「はい」

 イツセはアキツに同行したかったが、自分がついて行って役に立てるとは思えず、同意した。

「は!」

 アキツは馬を駆り、アマノイワトに戻って行った。

「我らも出立だ。ウガヤ王の愚行を止めるぞ」

「はっ!」

 イツセは兵達と共に、再びヤマトに向かって進軍を始めた。


 ヤマトの城の周辺の火は神剣アメノムラクモが呼び寄せた雨により完全に沈下し、ウガヤ軍が射かける火矢もすでに何の役にも立たないほど、辺りは濡れていた。

『武彦、もう良い。我を戻せ』

 アメノムラクモが武彦に言った。

「はい」

 武彦はホッとして神剣を鞘に納める。すると雨雲は急速に消えて行き、太陽が照りつけて来た。

「オモイもいるはず。彼奴あやつを倒せば、陛下は助かるはずです」

 ツクヨミが囁いた。武彦は頷き、

「行きましょう、ツクヨミさん」

「はい」

 二人は濡れた地面を水飛沫みずしぶきを上げて馬で進んだ。


 ウガヤは火が消えてしまった事で呆然としていた。まるで頭の中から何もかもなくなってしまったかのような呆けた顔になっていた。

「陛下、ここは退くしかありませぬ。ご決断を!」

 オモイはウガヤの前に跪いて進言した。しかしウガヤはオモイの言葉にハッと我に返ると、

「ならぬ! ツクヨミを討ち、イワレヒコを正気に戻すのだ! 退く事など許さぬ!」

と叫んだ。

(こやつ、狂ってしまったか?)

 オモイはそんなウガヤを見捨てる事にした。民の殺戮さつりくが中途半端になってしまった以上、女王イザの救援は望めない。このままでは、自分もイザに見捨てられてしまう。ウガヤと共倒れは御免被りたいのだ。オモイは、

「では、私はこれにて」

と立ち去ろうとした。

「許さぬと申したはず!」

 ウガヤが剣を抜き、オモイの背中に斬りつけた。

「愚かな……」

 オモイは逃げもせず、それを受けた。彼の背中はバッサリと斬られたが、血は出なかった。

「何と!」

 ウガヤはその時になってようやく、オモイが人ではないと気づいた。オモイはニヤリとして振り返り、

「使えぬお人よ」

と呟き、その次の瞬間、ウガヤの首を彼の剣を奪って跳ね飛ばしていた。首は離れたところにまるで石ころのようにドサッと落ち、転がった。周囲にいた兵達は何が起こっているのか全くわからなかった。ウガヤの首を失った胴体はズルズルッと地面に落ちた。馬は主を失い、一声嘶いななくと、走り去ってしまった。オモイはウガヤの血がべったりと付いた剣を地面に投げ捨て、兵を見渡した。

「陛下はご乱心あそばされた。これより先は私が指揮する。退くぞ」

 オモイは軍の先頭に立ち、歩き出した。兵達はそれに魅入られたように続く。

(さて、どうしたものか……)

 オモイは眉間に皺を寄せて思案を巡らせた。


 武彦とツクヨミが到着した時、ウガヤ軍はすでに撤退しており、そこにはウガヤの遺体が転がっているだけだった。

「陛下……」

 暴君ではあったが、自分をヤマトの国につかえさせてくれたウガヤのあまりにも無残な最期に、ツクヨミは言葉を失った。

「酷い……」

 武彦は震えた。彼は首無し死体など見た事がない。怖かったのだ。

『例え、愚かなる王であったとしても、哀れよ』

 アメノムラクモもウガヤの死をいたんだ。

「オモイめ。許さぬ」

 ツクヨミがそう呟くと、

『ツクヨミよ、それこそがヨモツの罠よ。敵を憎み、怒りを募らせては、闇を呼び込む』

 アメノムラクモの言葉にツクヨミはビクッとした。そして彼は跪き、

「その通りにございます。申し訳ありませぬ、御剣様みつるぎさま

と頭を下げた。

『ウガヤの亡骸なきがらを城に運び、丁重に弔え。死人しびとにさせぬためにな』

 アメノムラクモは言った。

「はい」

 ツクヨミはウガヤの首を探し出し、胴体の近くに置くと、それを一緒に言霊ことだまで浮き上がらせ、城に運んだ。

『武彦よ、お前はアマノイワトに行くのだ。アキツが待っている』

「は、はい!」

 幼馴染の都坂みやこざか亜希あきに瓜二つのアキツが待っていると言われ、武彦は心が弾む。

『お前の幼馴染とアキツは別人ぞ』

 彼の心を見透かすかのようにアメノムラクモが言う。武彦は赤くなって、

「わ、わかってますよ。アキツさんはツクヨミさんが好きなんですから」

『それも許されぬ事よ』

 アメノムラクモがそう言ったのを、武彦は聞いていなかった。


 ヒノモトの国の王ホアカリ達の一行は、ヤマトとの国境くにざかいまで来ていた。

「ウズメ、先程の話だが」

 ヤマトの将軍タジカラが奥方であるウズメに囁く。彼はヤマトで何があったのか、どうしても知りたいようだ。ウズメは溜息を吐き、

「陛下がオモイの策で、民をお手にかけられたのです」

「何?」

 タジカラは仰天した。ウズメはタジカラを見て、

「そののち、陛下はオモイに斬られ、お亡くなりになってしまいました」

「……」

 あまりの事に、タジカラは言葉を失った。

「我らは、遅過ぎたのかも知れませぬ」

 ウズメは悲しそうに呟いた。


 ウガヤの妃であるタマヨリと娘であるイスズは、ウガヤの変わり果てた姿に唖然としていた。

「私の力が至らず、申し訳ありませぬ」

 ツクヨミは二人の前で土下座をした。するとタマヨリが、

其方そなたのせいではない、ツクヨミ。これも天命。陛下のご寿命です」

 彼女はウガヤの横暴を憂えていたため、このような事になるのではと考えていたようだ。

「父上……」

 イスズはそれだけ言うと、ウガヤの遺体にすがり、泣き出した。

「陛下が死人にならぬよう、丁重にお弔いせよと、御剣様が仰せです。私の力全てを注ぎ、執り行わせていただきます」

 ツクヨミは顔を上げ、タマヨリを見た。タマヨリは涙を拭って、

「頼みますよ、ツクヨミ」

と言った。


「たけひこ様」

 武彦がアマノイワトに着くと、アキツが笑顔で出迎えてくれた。武彦はまた赤くなる。

『武彦』

 アメノムラクモが釘を刺す。武彦はアメノムラクモを見て、

「わかってますよ」

「何か?」

 アキツが不思議そうな顔で振り返る。

「あ、いえ、何でもありません。急ぎましょう、アキツさん」

 武彦はそう言うと、アキツを急き立てるようにしてイワトの中に入って行った。

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