四十三の章 ホアカリの懸念、ウガヤの野心
武彦達は、ツクヨミとオモイの戦いの場へと急いでいた。巨大な魔物が斧を振るう姿が見える。武彦は動揺していた。武彦にはその魔物が、昔テレビで観ていた戦隊ヒーローものに最後に出て来る怪獣に見えた。
(あんな怪獣みたいな奴、倒せるのか?)
するとその心を見透かすかのように神剣アメノムラクモが言う。
『案ずるな、武彦。我に斬れぬものはこの世になし』
その言葉に安心を感じる武彦である。
「はい、御剣さん」
するとアメノムラクモは、
『その言いよう、やめよ。何やらこそばゆい』
「はい」
アメノムラクモが自分の感情を語ったのに武彦は苦笑した。
『クシナダよ、あの魔物は土塊。其方の水の技で倒してくれ』
アメノムラクモはクシナダに告げた。
「はは!」
クシナダは周囲からたくさんの水を呼び寄せ、臨戦態勢に入る。武彦はその凛々しい横顔につい見入ってしまう。
(改めてみると、クシナダさんて奇麗な人だよなあ)
この緊急時に不謹慎な武彦である。そしてまた中学時代の同級生の女子の事を思い出した。
オモイはツクヨミを追い込みながらも、武彦達の接近を察知していた。
「おのれ、邪魔はさせぬ!」
オモイはまた呪文を唱えて別の魔物を作り出し、武彦達に向かわせた。
「何と!」
ツクヨミはオモイの呪力の高さに目を見開いた。
(こやつ、やはり人にあらず……。何者なのだ?)
言霊が効かない相手に、ツクヨミは無力だった。そんなツクヨミの動揺を見抜いたかのように磐の魔物が斧もどきを振り降ろす。
「くっ!」
魔物の斧もどきを避け、自分の身を守るので精一杯なのが、ツクヨミはもどかしかった。
(たけひこ様!)
それでも彼は何よりも武彦の身を案じた。武彦に何かあれば、オオヤシマは潰えてしまうかも知れないからだ。
「わわ!」
武彦はもう一体現れた魔物に仰天していた。
「はあッ!」
クシナダの操る水が魔物を次々に貫く。痛みなど感じない魔物は全く動きを止めず、ゆっくりと一歩一歩武彦達に近づいて来る。
『クシナダ、足を折れ! 彼奴を倒せば、勝機はある!』
アメノムラクモの指示でクシナダは水を動かす。魔物も足を攻撃されるのに気づいたのか、腕を下げ、防御する姿勢を取った。
『今だ、武彦! 我を抜け! 彼奴の腕を斬るのだ!』
「はい!」
武彦は剣を振りかざし、馬を走らせる。
『飛ぶのだ、武彦!』
「ええっ?」
戸惑う武彦だったが、やるしかないと思い、馬から飛んだ。すると不思議な事に、彼はまるで鳥のように空を舞った。自分が体験している事が信じられない。
「たけひこ様!」
クシナダが驚いて彼を見上げる。
『斬れ、武彦! 敵はまだおるのだ!』
アメノムラクモが叫んだ。
「はい!」
武彦は急降下し、魔物の腕を斬り落とした。ズシーンと大きな音と土煙を伴って、魔物の腕は地面に落ち、砕け散って元の小石に戻る。
「行けーッ!」
次に武彦は魔物の頭を斬った。魔物は頭から真っ二つになり、がらがらと崩れ落ちた。
『ツクヨミを助けるぞ、武彦!』
アメノムラクモが告げる。
「はい!」
武彦はそのまま飛翔し、ツクヨミの元に向かった。クシナダはあまりの展開に唖然としていたが、
「たけひこ様!」
と慌てて馬を走らせた。
「ぬ?」
オモイは、武彦達に放った魔物が倒されたのを知り、ギョッとした。
「あのイワレヒコ、一体……?」
彼はイワレヒコがイワレヒコでなくなっているのを知っているが、その正体までは掴んでいない。
(もしや、異界の者か?)
オモイは潮時と感じた。彼もまたその昔オオヤシマを救ったという異界人の話を知っているのだ。その力は想像を絶していたと。
(異界の者の力が読めぬうちは、退くしかあるまい)
オモイは魔物をそのまま放置し、馬を駆って自分は逃げ出した。
「オモイ!」
それに気づいたツクヨミが彼を追おうとするが、魔物が立ち塞がる。
「ぬう!」
魔物の攻撃をかわし、ツクヨミは歯軋りした。
「ツクヨミさーん!」
武彦の声が聞こえた。
「たけひこ様?」
ツクヨミも、武彦が飛翔しているのを見て驚いてしまった。
「やあ!」
かけ声と共に、ツクヨミに気を取られている魔物を一刀両断し、武彦は着地した。ドーンと地響きをさせて、魔物は倒れ、バンと四散し、小石に戻った。
「ツクヨミさん、大丈夫ですか?」
武彦がツクヨミに駆け寄る。ツクヨミは微笑んで、
「私は大事ありませぬ、たけひこ様。それより、オモイが逃げました」
するとアメノムラクモが、
『オモイとウガヤ王を会わせてはならぬ。急ぐのだ、武彦、ツクヨミ!』
「はい」
そこへクシナダが追いついた。
「クシナダ様はイツセ様を追ってください。私達はオモイを追います」
ツクヨミはそう言うと、武彦と共に空へと舞い上がり、飛び去った。
「はあ」
クシナダは超人的な二人の力を目の当たりにし、自分の未熟さを思い知った。
「私など、まだまだだな」
彼女は苦笑いし、馬を走らせた。
そのウガヤ王は、進軍を再開していた。
「イツセがアキツに寝返り、オモイがツクヨミを追い詰めている今、勝機である。アマノイワトを攻め、ヤマトの国こそがオオヤシマの正統なる後継である事を民に示すのだ」
ウガヤの檄に兵は高揚し、軍は力を増したように見えた。それすらヨモツの女王イザの策略なのかも知れない。
そしてまた、ヒノモトの国ではスサノが軍を再編成し、謁見の間で軍議が開かれていた。
「しかし、イザの力はあのオオヒルメ様を上回ると聞く。大事ないのか、スサノ?」
元々戦を好まないホアカリは不安だった。隣に座るトミヤも同様であったが、彼女は兄ナガスネの死を知り、抜け殻のようになっていた。
「ご安心召されませ、陛下。我らには、異界のたけひこ様と神剣アメノムラクモ様がいらっしゃいまする。必ずや、ヨモツに打ち勝てましょう」
スサノは跪いて答えた。
「そうか」
ホアカリはそれでも心配そうだった。
「はて、ウマシ様はどちらに?」
スサノはホアカリの嫡男ウマシの姿がない事に気づいた。
「先程までそこにおったはずだが……」
ホアカリも知らなかった。それを聞いていたタジカラとウズメは顔を見合わせた。
「あの愚か者、何やら良からぬ事を企んでおる様子であった。ウズメ、探してくれ」
タジカラが小声で言う。ウズメは黙って頷き、謁見の間を退室した。
イツセはアキツと共に父ウガヤの元に向かっていたが、斥候の知らせに驚いていた。
「父上がこちらに向かっている?」
「はい。軍を進め、アマノイワトを攻め落とすと兵に命じておいででした」
斥候は跪いて報告した。
「イツセ殿、如何致します?」
アキツが尋ねる。イツセは思案顔で、
「このまま父上のところに行けば、私は勿論の事、アキツ様まで囚われましょう。如何したものか……」
彼は途方に暮れた。
「アキツ様、イツセ様!」
そこにクシナダの馬が追いついた。
「クシナダ、ツクヨミ殿は?」
アキツが不安そうに尋ねる。クシナダは微笑んで、
「たけひこ様が御剣様と共に魔物を打ち倒してくださいました」
「そうですか」
アキツの顔は愛しい人の無事を喜ぶ顔だ。スサノとの事を思い出しながら、クシナダはアキツの恋の成就を祈った。
「いた!」
先行していた武彦が走って逃げるオモイを視認した。
「待て!」
彼はオモイの前にふわりと着地した。
「ぐ……」
オモイは思わぬ人物の登場に面食らっていた。
(イワレヒコが? ツクヨミよりも速く? しかも、こやつ、今空から降りて来た……)
オモイの額に汗が流れ落ちた。
「貴方とウガヤさんを会わせる訳にはいかないんです!」
武彦はアメノムラクモを中段に構えて言った。