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四十二の章 ホアカリの心、イザの企み

 ヤマトの国の軍師オモイ。その正体は闇の国ヨモツの女王イザの配下。そして彼の役目はこの世の全てをイザの物とする事。ツクヨミはイザの野望を知り、戦慄した。

「私にとって何よりの邪魔者がお前だ、ツクヨミ」

 オモイは凄まじい形相でツクヨミを睨む。その目はまさにツクヨミを射殺いころさんばかりだ。

「かつて、オオヤシマで王家にも崇められ、全ての民の尊敬の対象でもあった言霊師(ことだまし)。それは私にとっては、一番の敵」

「……」

 ツクヨミはオモイを睨み返すが、何も言わない。

(この者、如何(いか)なる考えなのか? 言霊師に私怨があるようにも感じられる)

 彼はオモイの真意を探ろうとしていた。

「今ここで、お前を(あや)める。イザ様の御心のままに」

 オモイが両の手を合わせ、何かを唱え始めた。ツクヨミにはその言葉がわからない。

(オモイの発する言葉、奴の国の言葉なのか? 正体が掴めぬ……。何をするつもりか?)

「アーッ!」

 それは叫びなのか言葉なのかわからなかった。しかし、オモイの口からその()が発せられた瞬間、ツクヨミの足下の小石が、まるで生を得たかのように動き出し、彼に襲いかかって来た。

「何と!?」

 ツクヨミは素早く飛び退き、飛翔した。

「逃さぬぞ、ツクヨミ!」

 オモイの呪文のような言葉は続く。小石は次々に寄せ集まり、巨大な岩のような大きさにまで膨れ上がり、やがて人の形となった。

「ぬっ?」

 ツクヨミはその岩が人の形になり、右手に巨大な斧のようなものを振りかざすのを見た。

「物の怪か?」

 岩の魔物は、ズシンと地面を揺らして歩き出し、ツクヨミを追いかける。

(あれは岩の塊。よって魂はなし。それゆえ、言霊は通じぬという事か?)

 ツクヨミの背を汗が伝う。

「やはり、オモイは侮り難し。如何様にすれば良いのか……」

 ツクヨミは岩の魔物が振り回す斧もどきをかわしながら飛んだ。


 武彦達は馬に乗り、イツセの部隊と共にウガヤ王の陣に向かい始めていた。

「何だ、あれ?」

 武彦が別の方角に見えるゆっくりと動く巨大な岩の魔物に気づいた。それほどオモイの操る魔物は目立つ大きさだった。

「面妖な……。あのような者を操るは、オモイか?」

 イツセが歯ぎしりした。アキツも魔物に目を向けて、

「あれは命なきものです。オモイは一体何者でしょう? 只の異国人とは思えませぬ」

と呟いた。

『武彦』

 神剣アメノムラクモが語りかける。武彦はアメノムラクモを見た。

「はい」

『ツクヨミが危うい。ウガヤ王はアキツ様とイツセ殿にお願いし、お前はクシナダと共にツクヨミを助けに行くのだ』

 武彦は思わずクシナダを見た。クシナダは武彦に命を助けられた事を恩に感じているので、

「参りましょう、たけひこ様」

とすぐさま同意した。イツセは心細そうだったが、

「ツクヨミを失うは、我らにとって一大事。急がれよ、たけひこ様」

「はい」

 武彦はアキツを見た。アキツがツクヨミに惹かれている事はわかっている。幼馴染みの都坂(みやこざか)亜希(あき)に瓜二つのアキツが、他の男に心惹かれているのは何とも複雑な思いの武彦だが、ツクヨミの危機を救わなくてはならないのは間違いない。

「ツクヨミ殿をお救いください、たけひこ様」

 アキツは目を潤ませて武彦に懇願するように言った。アキツの顔が亜希と重なる。

「はい、アキツさん」

 複雑な感情を胸に秘めたまま、武彦はクシナダと共に馬を駆り、ツクヨミの下へと向かった。


 ヒノモトの国王ホアカリとその一行はアマノヤス川を越えて森に入り、城までもう一息のところまで来ていた。

「父上」

 ホアカリの嫡男ウマシが馬を並べて小声でホアカリに話しかける。

「何じゃ?」

 ホアカリは鬱陶しそうに応じる。

「父上は、タジカラをお信じになるのですか?」

「何を言いたいのだ、ウマシ?」

 尚もヤマトの国の将軍であるタジカラとその奥方ウズメを信じられないウマシに、ホアカリは呆れていた。

「叔父上の策ではありませぬか? このまま城まで連れて行くは、危うき事ですぞ」

 ウマシは、タジカラとウズメを信用できないというより、父ホアカリの弟であるヤマトの国の王ウガヤを信じられないのだ。

「ウマシよ、其方(そなた)はあまりにも人を疑い過ぎるぞ。スサノと共に戦ってくれたタジカラとウズメをそこまで信じぬは、其方の度量の狭さよ」

「……」

 ウマシは全く自分の意見を聞き入れてくれない父にムッとし、馬を離れさせた。

(父上は、あまりにお人が好過ぎるのだ)

 ウマシはウマシなりに国を思ってはいるのだ。しかし彼の考えはあまりに自己中心的で狭苦しかった。


 そしてそのウマシの疑いの対象であるウガヤは、アキツとイツセが同行しているのを斥候(せっこう)に知らされ、激怒していた。

「イツセめ、アキツの色香に迷うたか」

 ウガヤは昔からイツセを疎んでいた。イツセがアキツに慕われて悦に入っていると誤解し、

「身の程をわきまえよ!」

と怒鳴りつけた事がある。そのため、イツセが憧れの人であるアキツに篭絡ろうらくされたと思ったのだ。ウガヤは斥候を睨み、

「オモイは如何したのだ? まだわからぬのか?」

「オモイ様はツクヨミと戦っております」

 斥候の意外な報告にウガヤは目を見開いた。

「ツクヨミと? それはまた如何なる事か?」

 ウガヤにはその経緯が理解できなかった。

「軍師様は秘術を使われ、ツクヨミを追いつめておるようです」

 ツクヨミが追い詰められているという斥候の言葉にウガヤはニヤリとした。

「そうか。オモイはいくさを考えるは得意であれど、戦そのものは不得手であると思うていたが、それは間違いであったか」

 しかし、ウガヤの喜びも然程さほど時を待たずして、ガラガラと崩れるのである。


 ヒノモトの城の自分の部屋でひたすら愛する夫ホアカリの帰りを待っていたトミヤは、ホアカリがアマノヤス川を越えたという知らせを受け、喜んでいた。

「陛下、よくぞご無事で」

 まだ顔を合わせてもいないのに、トミヤは涙ぐんでいた。しかし彼女は知らないのだ。実の兄ナガスネの死を。そのあまりにむごい最期を。

「後は戦が(はよ)う終わる事です」

 トミヤは涙を拭いながら、侍女達に言った。


 そして他方ヤマトの国の城では、王女イスズと王妃タマヨリが玉座の間で深刻な顔で語り合っていた。

(あに)様は父上をおいさめすると申されました。ですが、父上が兄様のお言葉をお聞きになるとは思えませぬ」

 イスズ姫は涙を浮かべて母に訴えた。タマヨリはイスズを抱きしめて、

「イワレヒコの身体におられるたけひこ様を信じましょう、イスズ。異界の方が、必ずやこのオオヤシマを正しき道へと(いざな)ってくださるはずです」

「はい、母上」

 イスズ姫はタマヨリの顔を見て頷いた。そして頬を染め、

「あの方なら、オオヤシマをお救いくださると信じております」

と応じた。

「そして……」

 そして、あの方の御子みこを生みたい。イスズは心の底からそれを望んでいた。もし武彦が聞いたら、卒倒してしまうだろう。


 ヨモツ。

 オオヤシマの地下深く、そしてアマノイワトの奥深くに存在する闇の国。

 その最深部にある女王イザの玉座。彼女はその漆黒の瞳で闇の彼方を睨んでいた。

「オモイ……。其方の心、見せてもらったぞ。これからもわれのために励めよ」

 彼女はそう呟くと立ち上がった。

「もう一息じゃ。あとはウガヤよ」

 イザの顔が狡猾さを増す。彼女はウガヤに何をさせようとしているのか?


 オオヤシマが更に揺れようとしていた。

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