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三十九の章 クシナダの戸惑い、ウズメの力

 どこにあるのか、いつの時代なのかもわからないオオヤシマという存在。今まさに混迷は極みに達しようとしていた。 


 魔物と化してしまったヒノモトの将軍ナガスネと、タジカラ・スサノの睨み合いは続いていた。タジカラの奥方ウズメは、その後ろで不安そうに行方を見守っていた。

「私はウカシのような訳にはいかぬぞ、スサノ。私の剣の腕は、よく知っていよう?」

ナガスネは半分失われた顔を歪ませて言う。

「……」

 スサノはその言葉に苛立ちを覚えた。確かにナガスネの剣の腕は、スサノとほぼ互角であった。だが、今その事を引き合いに出されるのは、我慢がならない。すでにナガスネは、スサノの知っているナガスネではない。命を懸けて仕えようと思った名将ではないのだ。ナガスネは、その謀略的な思考が国王であるホアカリに好まれていなかったが、彼がヒノモトの事を第一に考えていたのは、紛れもない事実である。但し、ヒノモト至上主義の度が過ぎてヤマトの国を滅ぼそうとしていたのは誤りだった、とスサノは思っていたが。

「委細承知!」

 スサノは剣の炎をより大きくし、ナガスネに接近する。

「そのほむらで、私を焼くつもりか、スサノ? 恩知らずな奴よ」

「恩知らず? そのような事、魔物に言われたくはない!」

 スサノの反撃の言葉に、タジカラとウズメは顔を見合わせた。

「スサノめ、もはやわだかまりなし、か」

「そのようですね」

 ウズメはホッとして微笑んだ。彼女も、ヤマトの兵の死人しびとを浄化する時に心が痛んだ。しかし、そんな事に囚われていたら、まさしくヨモツの女王であるイザの思う壺なのだ。イザが死人を使っていくさを仕掛けるのは、まさしくそういった動揺を誘う心理作戦なのだから。

「ナガスネ様の御名おなをこれ以上、けがす事は許さぬ!」

 スサノは一気にナガスネに近づいた。

戯言ざれごとを!」

 ナガスネが剣を振るう。スサノはそれを受け、跳ね飛ばす。

「ぬう!」

 ナガスネの剣はしなり、反動でスサノにその剣先が襲いかかって来た。

「何!?」

 スサノは辛うじてそれをかわし、一旦ナガスネから距離をとった。

(あの剣、面妖な……。やはり、ヨモツのなせる業なのか?)

 彼の額に汗が伝った。

「まずいな」

 タジカラが呟く。ウズメが、

「お館様やかたさま?」

と疑問の眼差しを向ける。タジカラはスサノとナガスネを見たままで、

「スサノは頭で割り切ってはおろうが、心が割り切れておらぬ。踏み込みが甘く、ナガスネに剣が届いておらん」

「そんな……」

 夫タジカラと自分を争ったスサノの危機は、ウズメにとって非常に怖かった。


 その頃、ヨモツとオオヤシマを隔てていたヒラサカの跡に到着したアキツとクシナダは、ヨモツの兵が再び通り抜けないようにみそぎを行う準備をしていた。ほとんどの穢れは、アキツが祓っていたが、根深い物は再び戻り始めていたからだ。

「クシナダ、如何しましたか?」

 顔を引きつらせているクシナダを見て、アキツが声をかけた。

「その、やはり、心が落ち着きませぬ。しばしお待ちください」

「わかりました」

 アキツは微笑んで応じた。二人は、正式な祓いを行うため、平服を脱ぎ、薄い絹の巫女服に着替えていた。クシナダは、素肌が透けて見える衣装を着た時、アキツの肌のきめの細かさと美しさを目にし、自分が肌を晒すのが恥ずかしく思えたのだ。

(やはり、ワの王家の方々は私達とは違うのだろうか?)

 そんな事を考えてしまうクシナダであったが、アキツは、常日頃からそういった服装に慣れていたので、クシナダの肌を全く気にしてはいない。

「クシナダ、恥ずかしいのですか?」

 アキツが心を見透かすように尋ねる。クシナダはギクッとして、

「は、はい」

と正直に答えた。するとアキツはニコッとして、

「ここには私と貴女だけです。何も恥ずかしい事はありませぬ。ましてや、我らはこれからここに残る穢れを祓うのです。そのような心では、穢れは祓えませんよ」

「も、申し訳ありませぬ」

 自分の役目の重要さを思い知らされたクシナダは跪いて頭を下げた。アキツは微笑んだままで、

「詫びなくても良い。心から、邪念を追い出しなさい。さすれば、この禊はうまくいきましょう」

「はい、アキツ様」

 クシナダは目を閉じ、自分の心の整理整頓を始めた。


 アマノイワトを目指すウガヤ王の軍は、遂にその視界にイワトの入口を捉えた。

「イワレヒコ様と、ツクヨミがおります」

 先発していた偵察隊が報告する。

「おのれ、ツクヨミめ。未だイワレヒコをそのまやかしで縛っておるのか!?」

 目を血走らせ、ウガヤは憤激した。

「父上、私が先陣を賜りとう存じます」

 イツセが後ろから声をかけた。ウガヤは軍師オモイを見る。オモイは微かに頷いた。

「許す。見事、ツクヨミを討て。さすれば、イワレヒコはまやかしより抜け出せるはず」

 ウガヤはイツセがようやく迷いを打ち払ったと思ったのだ。

「はは!」

 イツセは頭を下げ、自分の部隊に戻った。

(ツクヨミと話がしたい。どちらが正しいのか、何としても確かめねば)

 イツセはこれを最後の機会と考えていた。ここで父上を止めねば。彼は死を覚悟している。

「イワレヒコ……」

 イツセはたった一人の弟を思い、胸が痛んだ。数多くいた弟達は、戦で次々に命を落とした。勇猛果敢で鳴らしたイワレヒコが、今生きている最後の弟。その弟を失いたくない。イツセは強く心に念じた。


「来たようですね」

 武彦がゆっくりと進むウガヤ軍を見て言った。ツクヨミは頷き、

「はい。私は姿を消し、オモイに近づきます。たけひこ様は、イワトに迫る兵を押し留めて下さい」

「はい。でも、大丈夫ですか、僕一人で?」

 武彦が不安そうに言うと、

『案ずるな、武彦。お前にはわれがついておる』

 神剣アメノムラクモが輝きを増しながら言った。武彦はその声にホッとし、

「そうですね」

と頷いた。

「では、参ります、たけひこ様」

「はい」

 ツクヨミは言霊で姿を消し、ウガヤ軍に向かう。武彦はアメノムラクモに手をかけた。


 スサノとナガスネの対決は、時折剣を交えるだけで、長期戦になって来ていた。スサノは体力は十分あったが、精神力が尽きかけていた。

「どうした、スサノ? この私が怖いのか?」

 ナガスネがニヤリとしてスサノを挑発する。スサノはムッとして、

「黙れ! そのような言葉で惑わされぬ!」

 怒りが増幅し、スサノは冷静さを失って来ていた。それが更に彼の精神を追い詰める。

「これでしまいだ!」

 意を決したスサノは炎の剣を振り上げ、ナガスネに突進した。

「愚かな……」

 ナガスネは黒い剣を中段に構え、スサノを待ち受ける。

「む?」

 ウズメはその時何かを感じた。八百万やおよろずの神を召喚する舞踏師の彼女ならではの勘だった。

「スサノ様、右を!」

 ウズメの声が辺りに響いた。

「うお!」

 スサノはその声に反応し、自分の右を見た。すると、真っ黒な何かが、今まさに飛びかかろうとしていた。

「おのれ!」

 スサノは馬を止め、その黒い襲撃者を炎の剣で一刀両断した。

「ぎゃあああ!」

 それは犬とも狼ともつかぬ姿のヨモツの魔物だった。魔物は業火に焼かれ、消滅した。

「ウズメ殿、かたじけない」

 スサノはチラッとウズメを見て礼を言った。

「いえ」

 ウズメは微笑んで応じた。

「汚い手を使う。やはりお前はナガスネ様ではない。魔物よ」

 スサノの怒りの眼差しに、ナガスネはニヤリとした。

「昔の思い人に助けられるとは、お前もつくづく情けない男よ」

「……」

 ナガスネの挑発にスサノは反応しなかった。対するウズメはムッとしていたが。

(今そのような事を言わずとも良いはず)

 タジカラは奥方が怒っているのに気づいたが、何も言わない。

「言いたい事はそれだけか、魔物?」

 スサノはようやく全てを振り切った。

(スサノ、大事ないようだな)

 タジカラにはそれがわかった。

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