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三十八の章 ウズメの嘆き、スサノの怒り

 タジカラとスサノは、死人(しびと)の群れに追いついていた。

「陛下だけは、何としても……」

 スサノのその呟きの中に、

「愚かな王子の命はどうでもよい」

という思いが込められている事をタジカラは知らない。スサノはホアカリ王の嫡男であるウマシを見限っているのだ。

「お館様(やかたさま)!」

 先行していたタジカラの奥方ウズメが二人に近づく。彼女は海神わたつみの聖なる水の力でいかずちの魔物であるヤソマガツに負わされた火傷を治癒していた。タジカラは奥方の美しい顔を見てホッとした。死人達はホアカリを追うのをやめ、彼等を先に始末する事にしたようだ。

「スサノ、我が行く手阻むは許さぬぞ」

 顔が半分しかないナガスネが言い、前に進み出た。その後ろに自分の首を脇に抱えたウカシがいる。どちらももはや、生きていないばかりか、死んでもいない魔物である。

「ナガスネ様……」

 スサノは右手を握りしめた。タジカラが、

「スサノ、落ち着くのだ。この者共はもはやお前の知る者ではない」

と声をかけると、

「わかっておる!」

 スサノは苛ついて怒鳴った。それを心配そうにウズメが見守る。

「我が兵よ、こやつらを討て。イザ様の邪魔をする者は、全て敵だ」

 ナガスネのその言葉に、スサノは意を決した。

「タジカラ、うぬの言う通りよ。こやつらは魔物。もはや、あの方ではない」

「スサノ」

 タジカラはスサノが心の中で泣いているのを感じていた。

(もし私が同じ目に()うたなら、スサノのようにできるか?)

 スサノはナガスネを睨みつけて、

「せめて、この剣の炎にて天へとお送りするが、我らの務め」

「うむ」

 タジカラも嘲笑うナガスネを睨みつけて頷く。

「ウズメ、兵共は任せたぞ」

「はい」

 ウズメは海神(わたつみ)を召喚し、その聖なる水で兵達を攻撃した。

「ぐおおおお!」

 聖水を浴び、のたうち回りながらも浄化されて行く兵を見て、ウズメは泣いた。

「すまぬ、皆、すまぬ」

 兵達は共にヤマトの国を守って来た者達である。ウズメは我が身を切られるような痛みを感じていた。

「スサノよ、我らはあのような水ではやられぬぞ。皆をイザ様の臣下にするまで、我らは倒れぬ」

 ウカシがゲラゲラと笑いながら言い放つ。

「黙れ、裏切り者が! 今送り火で天へと上がらせてやる!」

 スサノは(つるぎ)を抜き、紅蓮の炎を吹き出させた。それは彼の怒りの強さと悲しみの深さを示しているようであった。

「ならば、我らも」

 ナガスネは腰に下げている剣を抜いた。その剣は、闇のように黒い剣である。

「ぬ?」

 スサノとタジカラは、その異様な雰囲気の剣に眉をひそめた。

「我が剣は、イザ様のお力が宿りし剣。うぬら凡庸なる輩には太刀打ちできぬ業物(わざもの)よ」

 ナガスネは嬉しそうに剣を眺め、次いでタジカラとスサノを睨みつけた。

「覚悟致せ!」

 タジカラは思わずスサノを見た。スサノもタジカラを見ている。二人共、ナガスネが出した剣を見た事がないのだ。当然である。黒き剣は死人の剣である。二人が知ろうはずがない。

「お館様!」

 兵達を浄化したウズメが戻り、ナガスネに海神で攻撃を仕掛けた。

「効かぬ!」

 海神の聖水はナガスネにかかる事なく消滅した。

「何と!?」

 ウズメは息を呑んだ。

「我らはイザ様のお力を頂いているのだ。そのような児戯にも等しい術で、我らを倒せると思うたか?」

 ナガスネがウズメを見た。ウズメはそのナガスネの異様な風体と、その目の恐ろしさにたじろいだ。

「消えよ!」

 ナガスネが黒い剣を振るうと、海神はその剣の放つ妖気で溶けるように消えてしまった。

「……」

 ウズメはあまりの出来事に動く事ができない。八百万の神が消されるなど、彼女にとって考えられる事ではないのだ。

「おのれ!」

 タジカラは奥方の危機を救うべく、剣を振り上げてナガスネに向かった。

「させぬよ!」

 ウカシの首が飛翔し、タジカラに襲いかかる。

「うおっ!」

 タジカラはその首を剣で払おうとするが、ウカシの首はまるで鳥のように動き回り、タジカラを翻弄した。

「まずはうぬからだ、ウズメ。一度、目交(まぐお)うてみたかったがな」

 ナガスネが嫌らしい笑みを浮かべ、ウズメに近づく。ウズメは恐ろしさからか、ナガスネのおぞましい言葉に身が竦んだのか、動けない。ナガスネの言葉を聞きつけたタジカラはウカシの首を脇差しで叩き落とし、

「ナガスネーッ!」

と馬を駆った。スサノもナガスネの口から出たそのあまりにも下劣な言葉に仰天した。

「ナガスネ様……」

 今度こそ、完全に断ち切れると思った。もうあれは同じ方ではないのだと。

「今の言葉、断じて許せぬーっ!」

 タジカラはナガスネの後方から斬りかかった。しかしナガスネはまるでそれを予期していたかのようにかわし、その反動を利用して、黒い剣をタジカラに振り下ろす。

「お館様!」

 ウズメの絶叫が響いた。

「くっ!」

 もう少しでタジカラは首を()ねられていたところだったが、スサノの炎の剣がナガスネの腕を斬り飛ばしていた。

「ぬう!」

 もはや痛みも感じないナガスネは只悔しそうにスサノを睨む。その上、斬り落とされた腕は、剣を持ったままナガスネに戻り、くっついてしまった。

「何と!」

 タジカラとスサノ、そしてウズメが思わず叫んだ。

「タジカラーッ!」

 そこへウカシの首が突進して来た。

「ぬおおお!」

 鬱陶しいとばかりに、タジカラはウカシの首を剣で両断し、スサノがそれを炎で焼き払った。

「うごあーっ!」

 ウカシの首は業火に焼かれ、消失した。

「後は貴様だけだ」

 タジカラとスサノがナガスネを睨んだ。ナガスネはまだ余裕があるのか、ニヤリとした。


 一方、ヤマトの国の連合軍が接近しているアマノイワトでは、武彦とツクヨミがそれを迎え撃つべく、イワトの入口で待っていた。

「オモイさえ討てば、(いくさ)は収まります。さすれば、後はイザのみ」

 ツクヨミが前を見据えたままで言った。武彦は、

「はい」

と大きく頷く。

(もうすぐ終わる。もうすぐ終わるんだ)

 武彦は高鳴る胸の鼓動を確かめるように手をかざした。

「あれ?」

 その時武彦はある事を思い出した。

「如何なさいましたか、たけひこ様?」

 ツクヨミが尋ねた。武彦は、

「ああ、えーとですね。僕の世界から、物が持ち込めるかなと思って、確かめてみたんです」

「左様ですか」

 ツクヨミは興味深そうに武彦を見ている。

「そしたら、本当に、ほら」

 武彦は懐からデジタルカメラを取り出した。

「おお。これは如何なる物にございますか?」

 ツクヨミは恐る恐るデジカメに顔を近づける。武彦はデジカメをツクヨミに見せながら、

「これは、写真が撮れるんです」

「しゃしん?」

 ツクヨミにはそれからわからない。武彦は苦笑いして、

「つまりですね」

とツクヨミにカメラを向け、シャッターを押した。

「おお!」

 ストロボが焚かれたままだったので、ツクヨミはその光に仰天した。

「ほら、ツクヨミさん、見てください」

 武彦はツクヨミに撮れた画像を見せた。

「こ、これは?」

 言霊師ことだましであるツクヨミでさえ、その箱は驚愕の存在である。彼はまさしく目を白黒させていた。

「わ、私がこの中に? これは如何なる……」

「いえ、そうではなくてですね……」

 武彦は拙い説明を繰り返し、ようやくツクヨミにデジカメの仕組みを理解してもらった。

「たけひこ様の世界は、こちらより遥かに進んでいるようですね」

「さあ、それはどうかなあ」

 武彦にしてみれば、ツクヨミがもし武彦の世界でその気になれば、どんな軍事大国も滅ぼせるのではないかと思えるので、自分達の世界の方が進んでいるのかどうかはわからなかった。

「たけひこ様」

 ツクヨミがウガヤ軍に気づき、前を見た。武彦の目にもその軍勢が確認できた。今までのどの軍より、兵の数が多い。そう思った。

(大丈夫かな?)

 武彦は急に不安になった。

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