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三十七の章 珠世の祈り、イツセの焦り

 武彦は母のあまりにも意外な発言に驚いていた。

「ひいお祖父ちゃんて……?」

 思わず素っ頓狂な声で訊いてしまう。珠世はフフフと楽しそうに笑い、

「母さんのお祖父ちゃんは、人間の未知なる力に興味があって、あんたが今話したような異界の事を研究していたの」

 武彦にはその話は初耳だった。珠世は不思議そうな顔で自分を見つめる武彦に微笑み、

「だから、親戚中から変わり者呼ばわりされていて、私の父、要するにあんたのお祖父ちゃんは、凄く嫌っていたわ」

「ふーん」

 どうやら、自分もその仲間だと判定されたようだ。武彦はガッカリした。母は姉とは違う反応をしてくれたと思ったのだ。

「でもね、母さんはそんなお祖父ちゃんが大好きだったのよ。とっても面白いお祖父ちゃんだったから」

 母がまた更に意外な展開を話し出した。

「そ、そうなんだ……」

 話が違う方向に動き始めたぞ。武彦にはもう展開が読めなくなっていた。

「あんたのお父さんと出会えたのも、そのお祖父ちゃんのおかげなの。だから、あんたの話を聞いた時、お祖父ちゃんと父さんがあんたを導いてくれたのかなって、思ってしまったわ」

 母珠世は涙ぐんでいた。滅多な事では泣かない母も、亡き父の事を話す時だけは涙脆くなるのはいつもの事だが、今回は悲しそうではない母の涙が武彦には不思議でならない。

「何か、嬉しくなった。あんたがひいお祖父ちゃんと父さんに繋がっているのがわかって」

 珠世は零れ落ちる涙を拭いながら言った。

「そう言えば、父さんて、先生だったんだよね?」

 武彦は僅かに残る父の面影を記憶の彼方からたぐり寄せながら、母を見た。

「そう。歴史の先生だった。でも、どちらかって言うと、妖怪の話や、昔話に熱中する変わり者先生だったの。だから、うるさい父兄からは疎まれていたわ」

 母はまた楽しそうに微笑んだ。父兄に疎まれる事など、全く気にしていなかったようだ。

「これはきっと巡り会わせよ、武彦。その人達の力になってあげなさい。きっと、ひいお祖父ちゃんと父さんが助けてくれるから」

 そう言って、珠世は武彦の手を握りしめた。

「う、うん」

 意外な話の進行に、武彦は戸惑いながらも喜んでいた。

「良かった。姉ちゃんに怒鳴られたから、母さんにも怒られると思ってたんだ」

 珠世はその言葉に苦笑いした。

「美鈴は現実主義者だからね。信じてくれないよ、自分の目で見ない限り」

 母の言葉に、武彦は納得した。

「そうだね。デジカメで撮って来られるといいんだけどね」

 武彦はふと思いついた事を言ってみた。

「そのオオヤシマって言うところに行く時に、あんたが身に着けていれば、持って行けるかもよ」

 母は突拍子もない事を言い出す。

「そ、そうかな?」

 でも試してみる価値はある。武彦は早速実行に移す事にした。

「やってみるよ」

「そうそう。その方がいい」

 母はあくまで前向きだ。武彦はふと思った。

「母さんは、僕がそんな所に行くのが心配じゃないの?」

 武彦の大真面目な顔に、珠世はニッコリして、

「心配じゃないと言えば嘘になるけどね。でも、あんたはそのアキツさんを助けたいんでしょ?」

 アキツを助けたい。それを指摘されて、武彦は顔が熱くなる。

「うん。それだけじゃないよ。タマヨリさんも、イスズさんも、他人とは思えないんだ」

「そうね」

 母はクスッと笑った。そして、

「大丈夫。必ずあんたは無事に戻るわ。ひいお祖父ちゃんと、父さんがついてる。それに、ツクヨミさんは凄く強いんでしょ?」

「うん」

 武彦は、母の言葉で迷いを吹き飛ばした。

「仲間を信じなさい。そして、自分を信じなさい。きっと願いは叶うわよ」

 珠世は更に強く武彦の手を握りしめた。

「ありがとう、母さん」

 武彦は涙ぐんでしまった。

「何泣いてるの、武彦? 悲しい事じゃないでしょ?」

 そう言いながらも、珠世も目を潤ませている。

「母さんこそ……」

 武彦はそう言いながら涙を拭った。その時、アキツの声が聞こえた。

『たけひこ様』

 緊迫した声だった。武彦はスッと立ち上がった。

「じゃあ、行くよ、母さん」

 珠世は涙を堪えて微笑み、息子を見上げた。

「ええ。気をつけてね」

「うん」

 武彦は自分の部屋に戻り、小遣いを溜めて買ったデジカメを机の抽斗ひきだしの奥から引っ張り出して身に着けた。

「よし」

 彼はベッドに仰向けになり、目を閉じた。

「アキツさん……」

 そして武彦は眠りについた。


「武彦」

 珠世は口ではあんな事を言ってしまったのを後悔している。本当は心配で堪らない。止めたかった。行かせたくはなかった。しかし、それを言えなかった。

「あの子のあんな真剣な顔、初めて見たわ、貴方」

 珠世は自分の部屋に行き、亡き夫の笑顔の写真に語りかけていた。

「武彦を守ってね、貴方」

 珠世は手を合わせ、夫に祈った。また彼女の頬を涙がつたった。



 次に武彦が目を開けると、そこはアマノイワトの広間だった。武彦を囲んで、アキツ、ツクヨミ、クシナダがいた。

「おお、たけひこ様、お戻りなさいませ」

 ツクヨミが嬉しそうに声をかけた。アキツがその隣で微笑んでいる。

「皆さん、ご無事で」

 そして、タジカラとスサノがいない事に気づく。

「タジカラさんとスサノさんは?」

「二人は、ホアカリ殿を守るために、死人(しびと)の集団を追っています」

 アキツが答える。

「そちらも気がかりですが、こちらも……」

 ツクヨミの顔が曇る。武彦はツクヨミの顔色が気にかかり、尋ねた。

「どうしたんですか?」

「ウガヤ王が、イツセ様と共にこちらに向かっておられます」

 ウガヤ王。ヤマトの国の王にして、イスズ姫の父であり、今その身体を借りているイワレヒコの父でもある。そしてイツセはその二人の兄だ。

「イツセ様はともかく、ウガヤ様はあの異国の者に操られておいでのご様子。如何にしたものか……」

 クシナダが悔しそうに呟く。異国の者とは、ヤマトの国の軍師であるオモイの事である。

「オモイもイザに通じていると思われます。何としても、ウガヤ様からオモイを引き離さねばなりませぬ」

 ツクヨミが力強く言った。それにアキツとクシナダが頷く。

「敵はオモイ一人。そう考えれば、いくらかは気持ちが落ち着きましょう」

 アキツが言った。今度はツクヨミとクシナダ、そして武彦がそれに頷く。

「行きましょう」

 武彦が声をかけ、立ち上がった。ツクヨミがそれに応じる。

「アキツ様とクシナダ様は、ヒラサカを」

「はい」

 二人の美女はツクヨミの言葉に大きく頷く。

「参りましょう、たけひこ様」

「はい」

 武彦はツクヨミを伴い、イワトの外へと向かった。

「私達も参りましょう、クシナダ」

「はい、アキツ様」

 アキツとクシナダも、イワトの奥にある闇の国ヨモツとの境界ヒラサカに向かう。


 その頃、ウガヤはイツセの軍と合流し、ゆっくりとアマノイワトを目指していた。

(本当にこのままで良いのか? 父上がオモイに(たぶら)かされているのは間違いないのだが)

 嫡男でありながら、力のある弟イワレヒコに遅れを取っていたイツセは、ウガヤに対する危機感が強い。

(イワレヒコが変わったおかげで、ようやく私は父に向き合う事ができるようになった。今、それを躊躇ってしまうのは何故だ?)

 イツセは、ウガヤ以上にオモイの事が気になっていた。異国の者だというのも、偽りかも知れぬ。彼はそんな風に考え始めていた。

(父をオモイが操っているのであれば、私が何を言っても通じぬ。如何にするべきなのか?)

 イツセは迷っていた。自分の話を聞いてくれない父に、その父が全幅の信頼を寄せている軍師の事を説いてもどうにもならないと思えたからだ。

「どうした、イツセ?」

 黙り込んでいるイツセを不信に思い、ウガヤが声をかける。

「いえ」

 イツセは短く応じた。ウガヤは訝しそうな顔をしたが、それ以上は何も言わず、前を見た。

「アマノイワトはもうすぐぞ」

 イツセはチラッとウガヤの後ろに着いているオモイを見た。彼は無表情で、何を考えているのかわからない。

(この者、何をするつもりなのだ?)

 イツセの不安は増すばかりだった。

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