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二十九の章 アキツの決意、ウマシの悪意

 オオヤシマは破滅へと動き出してしまったのだろうか?


 アキツ、ツクヨミ、ウズメの三人は、闇の国ヨモツの女王であるイザを前にして、動けなくなっていた。完全に蛇に睨まれた蛙のような状態である。但し、ここオオヤシマには、蛇も蛙も存在しないが。

(イザが、我が祖に連なりし者だというのか?)

 イザが、

「我はオオヒルメの大伯母」

と言ったので、アキツは酷く動揺していた。自分と同じ祖先を持つイザ。これをどう受け止めればいいのか? 彼女は混乱している。イザの妖気よりもその言葉の方がアキツにとって衝撃だった。

(イザが我らと同祖であるなら、私の如何いかなる術も通じぬ。やはり、我が命をして……)

 ツクヨミは、アキツの思い詰めた顔に気づいた。

「アキツ様、まだそこまでお考えになるは、早うございます。我らは敗れた訳ではありませぬ」

「しかしツクヨミ殿……」

 圧倒的な呪力と妖気を有するイザに対して、自分達はあまりに無力。アキツは絶望しかけていたのだ。

「そのようなアキツ様、私は好きではありませぬ」

 ツクヨミの言葉に、アキツはビクッとした。ウズメもアキツを見て、

「私もツクヨミ殿と同じです。まだ我らは死んだ訳ではありませぬぞ、アキツ様」

 ツクヨミ達の言葉が聞こえたのか、イザは只黒い目を細めてニヤリとした。

「ほう。まだ我らに(あらが)うか? どこまでも愚かな事よ。死ぬるだけぞ」

「お前に従いし時も、死ぬる事となるのであろう!?」

 アキツはツクヨミとウズメの言葉に力を得て、イザの嘲りに反論した。

「同じ死ぬるなら、抗う事を選ぶか? さてもおかしきはおのれらの思いよ」

 イザにはそこまでして逆らうアキツ達の心情が理解できないらしい。彼女は高笑いを始めた。

「我が出張でばる迄もなし。こやつ等で十分よ」

 イザはそう言い捨てると、背を向けてアマノイワトの奥へと消えてしまった。そこに残されたのは、数多くのヨモツの兵。シコメと呼ばれる半身が腐った魔物である。

「アキツ様!」

 ウズメがアキツを庇うように退く。ツクヨミもイワレヒコを抱え、シコメ達から離れた。

「イザ様に逆らう者は全て滅する。かかれ!」

 シコメの中の隊長らしき者が、兵に命じた。兵達はその姿からは想像ができないほど素早く動き、アキツ達に襲いかかった。

「させぬ!」

 ウズメが海神わたつみを召喚し、聖なる水で攻撃した。

「グギャギャーッ!」

 アキツに襲いかかったシコメの一体がその水を浴び、溶けてしまった。他のシコメはそれを見て警戒し、後退あとずさる。

「こやつ等、封じます」

 ウズメは更に海神を使い、シコメを取り囲むように巨大な水の壁を作り、行く手を阻んだ。

「おのれ!」

 シコメの隊長はその半分腐った目でウズメを睨んだ。

「今です、アキツ様!」

 ウズメはアキツを支えて駆け出す。ツクヨミは言霊でイワレヒコを浮遊させ、それに続いた。

「ウズメ殿、この術、長くは持ちませぬ。タジカラ様を!」

「承知しました」

 ウズメは続いて金色に輝く帆船であるあま鳥船とりふねを召喚し、タジカラに向かって飛ばした。

「おやかた様を!」

 ウズメは鳥船に伝言を頼んだ。


 タジカラ達は、イワレヒコが斬ったヤマトの兵の中に生きている者がいないか調べていた。斬られた箇所を見れば、絶命しているのは明白なくらい、その斬り口は大きく深かった。

「皆死んでおるな。何という事か……」

 スサノが呟いた。クシナダが、

「ウズメ殿が鳥船をこちらに飛ばされたようです」

「ウズメが?」

 タジカラはクシナダの声に反応し、アマノイワトの方角を見た。すると金色に輝く帆船がこちらに飛行して来るのが見えた。帆船はやがて地上に近づいて来て、着陸した。

「おお!」

 タジカラは鳥船が降下したところに駆け寄った。スサノとクシナダは顔を見合わせてから、タジカラを追った。

「イザが現れただと!?」

 タジカラの叫びに、スサノとクシナダはギョッとした。

「どうやら、イザはアマノイワトの中に戻り、兵だけが残ったらしい。しかし……」

 タジカラも、ヨモツの女王の力は昔話で聞いている程度であるので、具体的にはわからない。しかし、ウズメが相当焦っているのはわかった。

「アキツ様はご無事。しかし、オオヒルメ様はイザに……」

 タジカラはグッと言葉を飲み込んだ。目に涙が光る。オオヒルメはタジカラやスサノにとって母にも等しい存在だったのだ。

「まさか!」

 スサノもタジカラの言葉に驚く。クシナダも同様だ。

「おのれ、ヨモツめ! 必ずこの私が成敗してくれる!」

 タジカラは闘気をみなぎらせ、馬に跨った。

「行くぞ、スサノ、クシナダ!」

「おう」

「はい」

 三人は馬を駆り、アキツの元へと急いだ。


「ククク……」

 イザは右手に持ったオオヒルメの首を見た。その目は糸のようなもので塞がれ、口も紐で結わえられている。オオヒルメの首は何かの呪術を施されているようだ。

「この首ある限り、われは負けぬ」

 彼女はそう呟き、ヒラサカのそばに倒れている首を失ったオオヒルメの胴体を踏みつけ、ヨモツへと帰って行った。


 その頃、ヤマトの城に帰還したウガヤは玉座の間に嫡男イツセを呼んだ。

「父上、これは一体如何なる事です!?」

 自分だけが蚊帳の外に置かれていたイツセは父王に食ってかかった。ウガヤはイツセをわずらわしそうに見て、

「イワレヒコがツクヨミのせいでおかしくなってしもうた。私ももう少しでイワレヒコにあやめらるるところであった」

「何と!」

 イツセはウガヤの言葉に仰天した。そしてウガヤのそばに跪いている軍師オモイを見た。

「それは真か、オモイ?」

 イツセは怒気をはらんだ声で尋ねた。

「はい。イワレヒコ様はツクヨミの術で操られております。危うき事にございます」

 オモイは頭を下げて言い、ニヤリとした。

「そのような事が……」

 イツセはオモイの言葉が信じられない。

(イザ様がおいでだ。もはやこの国も終わりよ)

 オモイはイザがオオヤシマとヨモツを隔てるヒラサカを越えて来た事を感じていた。


 ヒノモトの王ホアカリとその嫡男ウマシは、ヤマトの国の中ほどまで進んでいた。街道のそばにある民の家はまだ寝静まっている。彼らはオオヤシマに異変が起こっている事を知らない。

「おお」

 東の空が明るくなって来ていた。夜明けである。

「これでもう少し早く進めるな」

 ホアカリはにこやかな顔で言った。ウマシは、

「そうでございますな」

と答えたが、

(何と呑気な。ウガヤ叔父を追放し、オオヤシマを統べるべきお方が、このような事では困る)

 ウマシには父に取って代わりたい野心があったが、まだその時ではないと思っていた。謙虚なのではない。彼の狡猾さがそうさせているだけだ。

(だが、もうすぐだ。ウガヤ叔父を退け、イツセを追い落とせば、私が只一人の王位継承者となる)

 彼はオオヤシマの混迷を全く感じていなかった。あまりにも愚かである。


 タジカラ達はアキツ達と合流していた。

「アキツ様、その、何と申し上げれば良いのか……」

 タジカラもスサノもクシナダも、オオヒルメの死を悲しんでいた。彼らはアキツの前に跪いていた。

「ありがとう。でも今は悲しんでいる時ではありませぬ。戦う時です」

 アキツはそう言ってツクヨミを見た。タジカラが、道すがらスサノとクシナダにツクヨミの事を説明していたので、二人は何故ツクヨミがそこにいるのかは理解していた。

「ヨモツの兵はウズメ殿が止めてくださいました。しかし、時が経てば、その結界も破れます」

 ツクヨミが言った。その時、日の光が一同を照らした。

「おお」

 皆がその眩い光に目を向けた。周囲が次第に光に包まれて行く。

「この天の光がある限り、ヨモツには負けませぬ。大叔母様の思い、私が必ず成し遂げます」

 アキツは朝日に輝く顔をツクヨミ達に向けて力強く語った。

「それには皆の力が要ります。私を助けてください」

「はい」

 ツクヨミ、タジカラ、スサノ、ウズメ、クシナダが、揃ってアキツに跪いた。

(そしてたけひこ様をもう一度オオヤシマにお呼びする)

 アキツは天を見上げた。明るくなり始めた空にまだいくつか星が輝いている。

「たけひこ様、今一度お力をお貸しください」

 アキツはそう呟き、目を閉じて念じた。



 オオヤシマの救世主的存在である磐神いわがみ武彦たけひこは授業中だった。奇しくも、今教壇に立っているのは、武彦が、オオヒルメに似ていると思った英語の尼照あまてる富美子ふみこ先生だ。

(あ!)

 彼はアキツの声を聞いた。

(良かった。アキツさん、無事だった)

 ホッとした。武彦にとって、彼女の存在はすでに幼馴染の都坂みやこざか亜希あきと同列なのだ。

(呼んでる、アキツさんが……。行かなくちゃ)

 武彦はまた眠りに落ちた。

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