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二十八の章 武彦の迷い、イザの嘲笑

 朝になっていた。

 磐神いわがみ武彦たけひこは、アキツやツクヨミ達の事が気にかかっていたが、自分の世界に戻ってしまった以上、どうする事もできない。彼らが召喚してくれなければ、武彦にはなす術はないのだ。

 そして、自分の世界に戻った事で、姉美鈴や幼馴染の都坂みやこざか亜希あきの事を思い出した。

(姉ちゃんに嘘吐いたままだ)

 その事が心に重くのしかかって来た。

「正直に話そう。おかしくなったと思われても、それが一番いい」

 武彦は決断し、部屋を出て階段を駆け下りた。

「おはよう」

 キッチンで母珠世と共に料理をしている美鈴に声をかける。

「おはよう。昨日うなされていたみたいだけど、大丈夫か、武彦?」

 心配そうな顔の美鈴が尋ねた。その顔がまたヤマトの国の姫であるイスズと重なり、武彦はギクッとしたが、

「だ、大丈夫だよ」

と答えてから、

「ちょっと話があるんだけど」

「何?」

 武彦は美鈴をキッチンから連れ出し、廊下に出た。

「何だよ、朝は忙しいんだから!」

 ムッとする美鈴に武彦は、

「今夜全部話すよ。取り敢えず、ゴメン」

「は?」

 いきなり謝られて呆然としてしまう美鈴。武彦はサッサとキッチンに戻ってしまう。

「何なんだ、あいつ?」

 美鈴はとうとう弟がおかしくなってしまったのか、と心配になった。



 その頃、武彦がいなくなってしまったオオヤシマは、荒れ狂うイワレヒコのせいでヤマトの兵が一人残らず斬り殺されてしまった。

「まさに鬼神が如き強さ……」

 スサノもタジカラも、イワレヒコの迫力の前になす術がない。クシナダが水でイワレヒコを縛ろうとしたが、イワレヒコは兵達の血を滴らせた剣で水を弾いてしまった。

「ふおおお!」

 その力にはどれ程の剣士も敵わないように思われた。

「そんな……」

 クシナダは唖然とした。

(妙な……。イワレヒコ様の封が解けたとしても、あのご様子は面妖だ)

 ツクヨミはイワレヒコの変貌を怪しんだ。そして、アマノイワトの奥を見ようと目を凝らした。

(もしや、ヨモツの女王であるイザが何か仕掛けたのか?)

 するとイワレヒコは、接近してくるヨモツの炎に突進し、

「うごおおおお!」

と雄叫びを上げ、炎を吸い込み始めた。

「何と!」

 これにはツクヨミ達全員が驚愕した。

(やはりイワレヒコ様は、イザに……)

 ツクヨミはこの危機を打開できるのはアキツしかいないと考え、アマノイワトに向かって飛翔した。


 他方、アキツとウズメは、勢いを増すヨモツの炎を押し留めるために、力を尽くしていた。

「アキツ様……」

 ウズメも限界に達していた。アキツも同様である。その時、炎の勢いが弱まって来た。

「何?」

 アキツとウズメは、顔を見合わせた。見る見るうちにヨモツの炎は小さくなって行く。

「これは?」

 二人共、何が起こったのかわからない。

 やがて炎は完全に消滅し、その向こうにイワレヒコが姿を現した。

「イワレヒコ様!」

 ウズメは一瞬歓喜の声を上げたが、イワレヒコから発している妖気に気づき、ギョッとした。

「アキツ様、イワレヒコ様が!」

 ウズメはイワレヒコの何も見ていないような目と、裂けたかのように大きく開かれた口を見て叫んだ。

「ヨモツに取り込まれたようですね」

 アキツの顔色が悪い。アキツはイワレヒコの心を探っていた。

(たけひこ様の魂が感じられぬ。あちらの世界に戻されてしまったのか? しかし、如何いかにして?)

「アキツ様」

 そこにツクヨミが突然姿を現した。ウズメはツクヨミの秘術を知ってはいたが、こうも完全に姿を消せるツクヨミにビクッとしてしまった。

「ツクヨミ殿、これは如何なる事ですか?」

 アキツが尋ねた。ツクヨミはイワレヒコを見たままで、

「ナガスネ様から噴き出した妖気がイワレヒコ様のお身体からたけひこ様の魂を追い出してしまいました」

「何と!」

 アキツは事の重大さに驚いた。ウズメは武彦の事は知らないので、何の事かわからず目をしばたたかせている。ツクヨミは歯軋りして、

「今、イワレヒコ様はイザが術中にあります」

 アキツは改めてイワレヒコを見た。そして、その後ろで嘲笑うイザの姿も見た。

「イザ!」

 アキツは怒りに震えた。拳を握りしめ、イワレヒコを睨みつける。

「ぐおおおおお!」

 イワレヒコが大声で叫び、アキツ達に向かって走り出した。ツクヨミが言霊ことだまを飛ばす。

「留まれ!」

 しかし、イワレヒコは止まらない。何事もなかったかのように走って来る。ツクヨミは唖然とした。

(やはり、イザの力か……)


 イワレヒコの暴走に色を失って逃走したヤマトのウガヤ王は、そのイワレヒコがアキツ達のいるアマノイワトに向かったのを知り、ホッとして馬を止めた。

「イワレヒコめ、血迷うたか」

 ウガヤは隣にいるオモイを見た。

「そのようで。ツクヨミの術で、お心が壊されたのやも知れませぬな」

 オモイは頭を下げて答え、ニヤリとした。

(そして今、ヤマトには兵はおらぬ。時が来たようだな)

 そんなオモイの企みに全く気づく様子もないウガヤは、

「退くぞ、オモイ。このままでは、我らも危うい」

「はは」

 ウガヤは馬をヤマトに向けて走らせた。


 ヒノモトの王ホアカリは、嫡男ウマシと共にアマノヤス川を越え、ヤマトの領内に入っていた。

「久方ぶりに、この地に足を踏み入れたな」

 ホアカリは周囲を見渡し、感慨に耽った。その穏やかさがホアカリの良さだが、それも時と場合によるものだ。

「父上、そのような事、後になさいませ。今はウガヤ叔父とお会いになるのが先にございます」

 ウマシは苛立って言った。彼はどこまでも愚鈍な父親が疎ましいのだ。ウマシ自身、自分が家臣から同じように疎まれているのに気づかない愚鈍さがある。

「そうであったな」

 ホアカリはそんなウマシの暴言にも怒らず、只苦笑いをして馬を進めた。

(ウガヤよ、オオヒルメ様とアキツ様はオオヤシマの宝。決して悪しき事を考えてはならぬぞ)

 心配する温厚な兄の心は、激情的な弟に届いていない。


 ツクヨミ達はジリジリと間合いを詰めて来るイワレヒコと対峙していた。

八百万やおよろずの神でも、イワレヒコ様はお止めできませぬ」

 召喚術をやり尽くしたウズメも焦っていた。アキツが、

「この場は私が!」

と言うと、オオヤシマ中に響くような柏手かしわでを四回打った。ツクヨミとウズメは、その荘厳な響きに驚愕した。アキツの身体が同時に輝き始め、辺りを照らし出して行く。

「悪しき心、はらいたまえ!」

 アキツが叫ぶ。その声がイワレヒコに届いた瞬間、イワレヒコが苦しみ出した。

「ぐううおおおお!」

 彼は膝を折り、剣を投げ出し、頭を抱えた。

「清めたまえ!」

 アキツはもう一度柏手を四回打った。更に彼女の輝きが増し、その輝きがイワレヒコを照らし出す。

「ふぐわあああ!」

 イワレヒコは遂に地面に倒れ、のた打ち回った。

(何と……。やはり、オオヤシマ一と謳われたアキツ様だ)

 ツクヨミは彼女の力にすっかり魅了されていた。ウズメも同様である。

(私の神降ろしの術など、アキツ様に比べれば、児戯にも等しい……)

 そして、彼女はイワレヒコの異変に気づき、

「何事ぞ!?」

と眉をひそめた。次の瞬間、イワレヒコの身体からボウッと黒い妖気が飛び出し、アキツの体から出る清らかな気で浄化された。

「うおおお……」

 イワレヒコはそのまま動かなくなった。

「これでイワレヒコ殿は大事ないはずです」

 アキツはフウと息を吐いて言った。ツクヨミはイワレヒコに駆け寄り、

「お眠りください」

と言霊を飛ばした。言霊がイワレヒコに浸み込んだ。確かにイワレヒコは元に戻ったようだ。

「む?」

 アキツ、ウズメ、ツクヨミの三人は、一斉にアマノイワトの奥を見た。先程とは比べ物にならぬ程の禍々しい何かが近づいて来るのを感じたのだ。

「さすがアキツじゃ。じゃが、まだこれからよ」

 そう言ってイワトの奥から現れたのは、たくさんの兵を従えたヨモツの女王イザであった。ウズメはその姿を見ただけで震えが止まらなくなった。唇が震え、言葉が喉の奥で凍りついたようになる。ツクヨミも声が出ない。それほどイザの妖気とその存在感は強烈であった。

「あああ!」

 アキツが絶叫した。ツクヨミはイザが右手に持っている黒い塊に気づき、ギョッとした。

「まさか!?」

 それはオオヒルメの首であった。イザはオオヒルメを殺してしまったのだ。

「大叔母様!」

 アキツは涙を流しながらもイザを睨み、

「おのれ、イザ! よくも大叔母様を!」

 イザは熱くなるアキツをせせら笑って、

「このわれに歯向かう者は、何人なにびとであろうと殺す」

「ううう!」

 アキツはまた柏手を打った。しかし、イザは動じない。彼女はただ黒い目を見開き、

「そのような児戯にも等しいまじないが、我に通じると思うのか、アキツ?」

 イザの言葉にアキツは何も言い返せない。彼女は、イザに自分の柏手が全く届いていない事がわかったのだ。

「わかっておるようだな。さもありなん」

 イザはニヤリとした。その笑みにアキツはギクッとした。ウズメは身体を強張らせた。

「我は、オオヒルメが大伯母であるのだからな」

 ツクヨミはイザの言葉の恐ろしさに思わず身震いしてしまった。

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