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二十七の章 オオヒルメの思い、ツクヨミの焦り

 アキツは、オオヒルメの心の揺れに気づき、アマノイワトの奥を見た。

「大叔母様!」

 オオヒルメの命が危うい。アキツは顔を引きつらせてオオヒルメの居場所へと向かう。

「ここを頼みます、ウズメ」

「は、はい」

 ウズメはアキツの慌てように驚いていた。

(やはり、ワの国の王家の方々は、私達にはわからぬ心の通い合いがあらせられるのか……)

 ウズメは退却して行くヤマトの国のウガヤ王の軍を見ながら思った。


「陛下、イワレヒコ様の馬がこちらに向かっております」

 伝令兵の報告に、ウガヤは蒼ざめた。

「イワレヒコだと!?」

 彼奴あやつはこの父を(しい)するために参ったのか? 兄であるヒノモトの王のホアカリを殺そうと考えているウガヤには、そのような発想しかない。

「イワレヒコ様はツクヨミに操られておいでです。どのようなお話も、ご承諾なさいますな」

 オモイが小声で提言した。

「無論じゃ」

 ウガヤは不愉快そうに言った。


「父上の軍か?」

 イワレヒコが呟いた。タジカラが頷き、

「そのようです。何やらこちらにお向かいのようですが……」

と訝しそうに言った。スサノが、

「もしや、我らをお討ちになるつもりでは?」

「まさか!」

 クシナダが驚く。するとナガスネが、

「あり得る。ウガヤ様に同行しているのはオモイ。彼奴(あやつ)は何を考えているのかわからぬ男よ。どのような企みを持っているのか」

「いろいろと思いを巡らせてみても何もならぬ。父上にお会いし、この戦、止めねばならぬのだ」

 イワレヒコは各自の推測を打ち消し、馬を進めた。タジカラとスサノは顔を見合わせてそれに続き、クシナダはナガスネに目配せしてそれに続いた。


 その頃、ホアカリは嫡男ウマシを引き連れ、城を出立していた。

「ウガヤよ、早まった事を為すでないぞ……」

 兄はその激しき気性の弟を心配していた。その弟が自分を殺そうとしているのも知らずに。

「オオヤシマはワの国の王家を戴いてこそ栄えるのだ。我らが頂きに立つ事はならぬのだ」

 ホアカリは自分に言い聞かせるように呟いた。

(父上はお心が脆弱過ぎる。やはりここは私が……)

 身の程を知らぬウマシは、ホアカリの心を理解する事はなかった。


 オモイはイワレヒコの一行にナガスネが同行している事に気づいた。

(そうか。なるほど。そういう事か……)

 彼はニヤリとした。

(つまりは、ウカシは始めからイザ様の捨て駒であったという事よ。私こそが、イザ様の(まこと)の使い。このオオヤシマを闇に染めるための先駆け)

 オモイは得意の絶頂であった。

「陛下、イワレヒコ様のそばにナガスネがおります。あの者こそ、此度(こたび)(いくさ)の元にございます」

 オモイは囁くようにウガヤに言った。ウガヤは前方を睨みつけ、

「そうであったな。ナガスネが怪しき事をせねば、我が兄ホアカリも戦を起こさなんだ。全てこれ、あの者に発するものである」

「はい」

 オモイは応じながら、

(さて。いよいよ、このオオヤシマが闇に埋もれる時が来たぞ)

と思い、低い声で笑った。


 オオヤシマの地下に広がる闇の国ヨモツでは、女王イザが兵を集結させていた。

「時は満ちたり。これより我らはヒラサカを越え、オオヤシマを統べるために進軍する。我らこそが、オオヤシマのあるじである事を示す時が来たのじゃ」

 イザはその真っ黒な目を見開き、兵達を鼓舞した。ヨモツ中に凄まじい熱気が巻き起こっていた。

「おおーっ!」

 兵達が雄叫びを上げる。皆、顔の半分が腐り落ちている。死人しびとである。

「まずはうぬらが行くが良い、シコメよ」

 イザは、歩兵軍団の指揮を執るシコメに命じた。

「はは!」

 シコメはその腐りかけた身体で跪き、答えた。


 オモイは、その視界にナガスネを捉えている。

(イザ様、今扉を開きますぞ)

 オモイはニヤリとし、妙な言葉を唱え始めた。いや、それが言葉であったのかもわからない。

「む?」

 ウガヤは、オモイの馬が止まったのに気づき、オモイを見た。

如何いかがした、オモイ?」

 しかしオモイは答えない。彼が何かを喋っているのは、ウガヤの位置からもわかった。

「オモイ!」

 返答をしないオモイに苛立ち、ウガヤは馬を近づけた。その時である。

「ぬお!?」

 ウガヤにはオモイから何かが放たれたように見えた。いや、そう見えただけで、実際には何も放たれていない。オモイが放ったのは、ヨモツの世界で言う「かぎ」であった。

「陛下、もうしばしお待ちを」

 オモイは振り返って、意味ありげにそう言った。何の事かわからないウガヤは憤然とし、

「如何なる事か?」

と尋ねたが、オモイは笑っているだけで何も答えない。


『何!?』

 ツクヨミは前方から迫る妖気に気づいた。その妖気からはオモイの悪意が感じられた。

『オモイが何事か仕掛けたのか?』

 ツクヨミは言霊ことだまでそれを防ごうとしたが、妖気は言霊を弾き飛ばしてしまった。

『どうしたんですか、ツクヨミさん?』

 武彦がツクヨミの動揺に気づいて尋ねた。

『ヤマトの軍師であるオモイが、妖気を放ちました。防ごうとしましたが、弾かれました』

『え?』

 次の瞬間、オモイの放った「鍵」がナガスネを襲う。ナガスネはたちまち妖気に身を包まれてしまった。

「ぐおお!?」

 突然ナガスネが苦しみ出す。スサノとクシナダがそれを見て慌てた。

「ナガスネ様、如何なさいましたか?」

 二人は何が起こったのかわからず、苦しむナガスネに声をかける。

『そういう事か』

 ツクヨミはオモイの策に乗せられた事に気づき、歯軋りする。

「ふおおお!」

 ナガスネの悶絶は更に酷くなり、彼は馬から転げ落ちた。そして地面を転げ回った。

「ナガスネ様!」

 スサノとクシナダが馬を降り、ナガスネに駆け寄る。

「ぬう?」

 タジカラもナガスネの異変に驚愕し、馬を戻した。

「妖気か?」

 彼はナガスネの悶絶の原因に気づき、

「ウズメーッ!」

と奥方に救いを求めた。


 そのウズメは、ヨモツの黒火を押し留める事で手一杯になっていた。遠のいていた炎が押し返して来たのだ。

(如何なる事か? 先程よりほむらの勢いが増しておる……)

 確実に炎が大きくなって来ている。それは、ヨモツの接近を示していた。

「オオヒルメ様、アキツ様!」

 ウズメはアマノイワトの奥にいる二人の安否が気になった。


 ツクヨミは妖気をナガスネから追い出そうとしたが、言霊は弾かれてしまい、成す術がない。

「ナガスネ様!」

 クシナダも水で浄化しようとするが、水がナガスネに近づけない。いくら放っても、その直前で弾けてしまう。

「妖気が尋常ではありませぬ。このままでは……」

 クシナダの目に涙が浮かべてスサノを見る。

「泣くな、クシナダ! 考えるのだ!」

 そう言うスサノもすでに泣いていた。二人共、ナガスネを助けられない事を悟っているのだ。しかし、それを認めたくない。

「ぐおおおお!」

 ナガスネは地面をのた打ち回っている。あまりにも凄惨な光景に武彦は息を呑んだ。

『ツクヨミさん』

 それでも武彦は何とかできないかと思い、ツクヨミに声をかけた。ツクヨミは、

『何もできませぬ。私は無力です』

と悔しそうに答えた。

(何故だ? 何故言霊を弾く? まさか……)

 ツクヨミは謎の答えに至った。もしそれが真実であれば、ナガスネから離れないとここにいる全員が死ぬ事になる。

「く!」

 しかし、ツクヨミより早く、「鍵」が反応した。

「ぶおおおお!」

 ナガスネの全身から漆黒の妖気が噴き出し、彼は絶命した。そしてその妖気はそばにいたクシナダとスサノに襲いかかった。二人は水と炎でそれを防ぎ、難を逃れた。続いて妖気はイワレヒコとタジカラに襲いかかった。

「は!」

 クシナダが水を使い、タジカラとイワレヒコを助けた。妖気はそれでもなお、二人を、いや、イワレヒコを襲った。

「うわ!」

 イワレヒコは妖気を食らってしまい、遥か後方まで飛ばされて倒れた。

「ああ!」

 武彦の魂はその衝撃でイワレヒコの身体から弾き飛ばされてしまった。

「たけひこ様!」

 ツクヨミはつい声に出して叫んでしまった。

「わあああ!」

 武彦の魂はそのままオオヤシマから消えた。

「ううううう!」

 イワレヒコは本来であれば武彦の魂が抜けてしまったのであるから、動かなくなるはずだった。

「何と!」

 ツクヨミは自分のかけた封印が解けてしまっている事に気づいた。

「ぐああああ!」

 イワレヒコは叫び、走り出した。彼はヤマトの軍に突っ込むと、兵を次々に剣で斬り殺し、ウガヤに向かった。

「イワレヒコ!」

 ウガヤは自分の息子の狂気に仰天し、馬を反転させて逃げ出した。

「ヤマトもこれで滅ぶ……」

 オモイはイワレヒコの殺戮を見て呟いた。

(何がどうなっておるのだ?)

 ツクヨミには全くわからなかった。


「大叔母様!」

 アキツがヒラサカに着くと、オオヒルメは汗でまみれた顔をアキツに向け、

「来てはならぬ! お前はイワトを出よ」

「え?」

 アキツにはオオヒルメの言葉の意味がわからない。

「行くのだ、アキツ!」

 オオヒルメがそう叫んだ瞬間、ヒラサカが吹き飛び、岩のいくつが彼女を直撃した。

「うう!」

 オオヒルメはその衝撃で跳ね飛ばされ、倒れた。彼女の身体からたくさんの血が流れ出した。

「大叔母様!」

 アキツが近づこうとすると、

「ならぬ……。行くのじゃ、アキツ……」

とオオヒルメが虫の息で言った。アキツはそれでも彼女に駆け寄った。

「え?」

 ヒラサカの向こうから、不気味な声が聞こえる。

「アキツ、もはや私は助からぬ……。ヒラサカの封も破られた……。ここももうしまいじゃ。逃げよ」

「そのような事、できませぬ!」

 アキツはオオヒルメを抱きかかえて歩き出す。

「ならぬ、アキツ……。このままでは、お前までヨモツの餌食となる。一人で行くのだ」

「大叔母様……」

 アキツは涙で濡れる目をオオヒルメに向けた。オオヒルメも涙を流し、

「行くのだ、アキツ」

「はい」

 オオヒルメの強い眼差しに諭され、アキツは断腸の思いで彼女をその場に残すと、走り出した。

「さあ、そう簡単にはここは通さぬぞ、ヨモツの魔物共。我が力、思い知るがいい!」

 オオヒルメは最後の力を振り絞って、身体を起こした。



 

「ああ!」

 武彦は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。

「ここ、僕の部屋か……」

 ホッとすると同時に、ツクヨミ達の事が心配になった。あの無敵と思っていたツクヨミが苦戦していたのだ。

(大丈夫なのかな?)

 自分ではどうする事もできない歯痒さに、武彦は両手を強く握りしめた。

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