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二十五の章 ウズメの決心、ツクヨミの閃き

 二十一世紀の日本の高校生である磐神いわがみ武彦たけひこの魂を降ろされたヤマトの国の王子イワレヒコは、ヒノモトの国の将軍ナガスネの部隊に合流した。

「間に合って何よりであった」

 あまりに雰囲気の違うイワレヒコに、ナガスネは戸惑っていた。

(あの非道さが微塵も感じられぬ。如何いかなる事か?)

「話は後だ、ナガスネ。まずはウカシを蹴散らすぞ」

 イワレヒコは今にも矢継ぎ早に問いかけを始めそうな顔つきのナガスネの機先を制した。

「はは」

 ついこうべを垂れる自分に驚くナガスネである。イワレヒコは神々しさすら漂わせていたのだ。ナガスネがそう感じたのは、ツクヨミの言霊ことだまのせいではあったが。

『ツクヨミさん、どうしよう?』

 目の前に迫るウカシ軍を見て、武彦は怖くなっていた。身体が震え出しそうなのだ。

『ご案じ召されますな。我が言霊がお導き致します故』

 ツクヨミの言霊がイワレヒコを包む。

『ああ!』

 武彦は、自分がとても強くなったような気がした。現代で言う「自己暗示」であろう。

「ナガスネ、ついて参れ!」

 イワレヒコは馬に鞭を入れ、ウカシ軍に突進する。ウカシ軍は水使いのクシナダが仕掛けた罠で幾人かの兵を失ったが、その大半はまだ健在である。あまりにも無謀な戦いなのだ。

「怯むな! 我が軍は敵の数十倍ぞ! 叩き伏せよ!」

 ウカシは相変わらず陣の最後方から命令している。どこまでも姑息で卑怯な男である。

「ウカシめ、おのれは大事ないところで! 許さぬ!」

 スサノが剣を振り上げて炎を巻き上げ、凄まじい勢いでウカシのいる場所へと馬を駆った。その気迫に近くにいたウカシの兵は後退あとずさってしまった。

「お館様やかたさま、危のうございます!」

 クシナダが慌てて水の陣を張り、夫スサノを追った。

「私も遅れは取らぬ!」

 タジカラも大声で叫び、イワレヒコを追う。

「うおおお!」

 イワレヒコの強さは神懸っていた。イワレヒコ本来の強さに加え、ツクヨミの言霊が補助しているため、まさに天下無双の勢いである。その上、ヒノモト軍の兵達は、全員ヨモツの水を飲まされているので、ウカシの命令がないと、只の木偶でくぼう同然なのだ。

「おのれえ!」

 ウカシは迫り来るスサノから逃げるため、馬に跨ると一目散に戦場から離れた。

「逃さぬ!」

 そのウカシの行動に更に怒りを増幅させたスサノが鬼神の如き形相で追いかける。

「お館様!」

 クシナダの水の陣は、スサノの放つ気のせいでついて行けなくなっていた。

『む?』

 ツクヨミは逃げるウカシから奇妙な気を感じていた。

『どうしたんですか、ツクヨミさん?』

 それに気づいた武彦が話しかける。

『ウカシの気が妙です。ヨモツの気とは違う……。これは?』

 ツクヨミは更に探ろうとしたが、できなかった。スサノがウカシに追いつき、その首をねたのだ。

「ウカシを討ち取ったぞ!」

 スサノが大声で叫んだ。その瞬間だった。

「何!?」

 首を失って馬から転げ落ちたウカシの胴体から黒い炎が噴き出したのだ。それはまるで漆黒の蛇のようにうねうねと広がり、スサノに迫った。

「お館様!」

 クシナダが水の壁ででスサノを防御し、黒い炎から守った。

「今のは?」

 スサノは馬を反転させ、ウカシの胴体から離れた。

「何事か!?」

 ナガスネも馬を止め、ウカシの異変に目を見張った。

「むむ?」

 タジカラも眉をひそめ、ウカシを見ている。

「皆退くのだ! それはヨモツの罠。その黒火くろびに触れれば、死人しびとになるぞ!」

 イワレヒコが叫んだ。

(ウカシはヨモツの黒火を運ばされておったのか……。何とむごい事を!)

 ツクヨミはあまりにも非情なヨモツの戦略に怒りを感じた。

 スサノとクシナダはナガスネを守るように黒火から離れた。タジカラもイワレヒコに付き従い、遠巻きに火を見ている。

「兵達を救う事はできぬのか?」

 黒火に取り込まれるヒノモトの兵を見て、ナガスネが呟く。

「兵共はウカシがヨモツの水を飲ませておる。如何様にもならぬ」

 イワレヒコが歯軋りして言った。歯軋りは武彦の心の現れだ。

(何にもできないなんて……)

「あの火、ウズメさまでしたら、消せますものを……」

 クシナダが悔しそうに言った。自分の水では消せないのがもどかしいのだ。タジカラも頷き、

「まさに……。ウズメがおれば……」

 ウズメなら神降ろしで黒火を浄化できる。しかしそのような事を思ってみても仕方のない事である。


 そのウズメはヤマトのウガヤ王の軍とオオヤシマの北の外れの洞窟アマノイワトへの競争をしていた。

(何としても、オオヒルメ様とアキツ様だけはお守りせねば!)

 彼女は馬が潰れても良いと思いながら、イワトを目指していた。


 ヒノモトの王子であるウマシは、ウカシが死に、軍が壊滅し始めた事も知らず、自分の側近達を伴い、勝ちいくさに参加すべく、ゆっくりと進軍していた。彼がいるのは軍の最後方だ。

「先にウカシの軍に戦わせ、一番の手柄はこちらで頂く」

 どこまでも卑屈な男である。

「ウマシ様、ウカシ殿の軍勢が、敗走しております」

 老参謀が告げた。ウマシはまさに仰天した。彼にとって思ってもみない展開である。

「何と! 如何なる事か?」

 老参謀は首を横に振り、

「わかりませぬ。敵軍は、イワレヒコ様、そしてタジカラ殿としかわかっておりませぬ」

 ウマシは自分の実力を把握していない男であるが、イワレヒコとタジカラが揃っているのを聞いては、負け戦になると考えた。臆病が鎧を着ているような性格のウマシは即刻撤退を決意した。

「引き揚げじゃ! 城に戻るぞ」

 ウマシは慌てて撤退を始める。最後方であるから、逃げるのは誰よりも早い。実に情けない武将である。

「あのようなお子が跡目では、ヒノモトは滅ぶぞ」

 あまりにも不甲斐ないウカシの姿を見て、参謀役の老兵はそう呟いた。


 その老参謀があらかじめ放っていた伝令兵がヒノモトの城に到着していた。

「ウカシ様、討ち死ににございます」

 謁見の間でその報告を聞き、ホアカリ王はある意味ホッとして妃トミヤを見た。トミヤも兄のナガスネが無事なのを知ってホッとしていた。彼女はホアカリを見て、

「陛下、もはやこれ以上の戦は意味がございませぬ。すぐにでも出立し、ウガヤ様とお会いなさいませ」

「そうだな」

 ホアカリは決意し、出立の準備に取りかかる事にした。

「これでようやくオオヤシマに安寧あんねいが訪れまする……」

 トミヤは涙ぐんで呟いた。


 また、ウカシ軍の動きを探っていたウガヤ軍の斥候せっこうも、アマノイワトに進軍中のウガヤに報告をしていた。

「ウカシが討ち死にとな?」

 ウガヤは軍師オモイを見た。オモイは頷き、

「ヒノモトは滅びの道を歩み始めたようです。ツクヨミを討ち取りし後は、ヒノモトを滅ぼしましょう」

「うむ」

 ウガヤもニヤリとして応じる。

(ウカシめ、しくじりおったな。やはり、ツキはこの私にある)

 オモイはウガヤに見えぬようにニッと笑った。彼はツクヨミがイワトにいない事に気づいている。それなのにウガヤに進軍をやめさせない。彼の本当の目的は、アマノイワトそのものだったのだ。

「アマノイワトの前に、ウズメ殿がおります」

 先発の兵が告げた。ウガヤはキッとして、

「ウズメめ、一体どこにおったのか?」

と前方を睨み据えた。


「間に合って良うございました」

 ウズメは息を弾ませたまま跪いてアキツに言った。馬はイワトの前で倒れてしまっている。アキツは微笑んで、

「ありがとう、ウズメ。貴女にとってウガヤ殿は主君。これは謀反むほんであると言うのに」

「いえ、私のつかえしは、オオヒルメ様、そしてアキツ様にございます。ウガヤ様は、私の仕える方ではありませぬ」

 ウズメの言葉にアキツは感激して涙を流した。ウズメは本来は神そのものに仕えると言われている舞踏師の家系である。彼女にとっての主君とは、常にワの国の王族なのだ。

「先程、我が夫タジカラに使いを送りました。もうすぐ千万の味方よりも頼りになる方々が参りましょう」

 ウズメはニッコリとして告げる。アキツは微笑み返して、

「ええ」

 アキツはツクヨミからの言霊で、イワレヒコとタジカラ、そしてスサノとクシナダが一緒なのを知らされていた。彼女自身気づいていなかったが、アキツは確実にツクヨミを男として慕い始めていた。

「ツクヨミ殿」

 ウズメはアキツがそう呟いたのを聞いたが、聞こえないふりをした。


 イワレヒコ達は、ヨモツの黒火が大きくなって行くのを見ていた。

「このまま収まらぬとなれば、オオヤシマは如何なる事になるのか?」

 タジカラは眉間に皺を寄せて黒火を見上げて呟く。

(タジカラ様の仰る通りだ。この黒火を抑えぬうちは、アマノイワトに向かう事もできぬ)

 さすがのツクヨミにも、この黒火は手の施しようがなかった。ヨモツのものには、言霊は通じないのである。

「む?」

 そこへウズメの放った八百万(やおよろず)の神が到着した。タジカラがそれを感じ、

「ウズメがアマノイワトにおります。どうやら、陛下がイワト攻めをされるご様子です」

 イワレヒコはその言葉に反応して、

「それは承知。しかし、この火を始末せぬ限り、ここから離るる事はできぬ」

 クシナダも水を使ってみるが、やはり黒火は消せなかった。逆に炎の勢いを増す形になってしまう。

「この火、水では消せぬ。如何致す、タジカラ?」

 スサノが尋ねた。タジカラはそれには答えず、イワレヒコを見る。ナガスネもイワレヒコを見ている。武彦は一同の期待が自分に集まっているのを感じた。

『ツクヨミさん、言霊で火を消せないんですか?』

 武彦が尋ねた。ツクヨミは、

『できませぬ。この世ならざりしものは、言霊では如何様にもなりませぬ故』

『そうですか。どこかに飛ばせればいいのになあ』

 武彦の何気ないその一言が、ツクヨミに閃きを与えた。

『そうですね。それは良い考えでございます、たけひこ様』

『そうなんですか?』

 武彦はツクヨミの応答に面食らってしまった。

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