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二十四の章 ウガヤの決断、武彦の動揺

 オオヤシマの大きな揺れ。それは確実に闇の国ヨモツを引き寄せていた。


 ヤマトの国では、国王ウガヤが軍師オモイとウガヤの書室で軍議を開いていた。オモイは前回の軍議で何者かの気配を感じたような気がし、今回は扉に仕掛けをし、誰かがこっそり入って来られないようにした。オモイはツクヨミが姿を消して入って来たのに気づいた訳ではないが、何かを感じ取ったのだ。そしてまた、嫡男であるイツセは軍議があるという知らせすら受けていない。オモイはイツセを危険と判断したのだ。無論その事はウガヤには伏せてある。ウガヤ自身も、イツセに失望しているので、彼がいない事を不思議とも思わない。

「イワレヒコ様はツクヨミに操られております。手立てを講じませぬと、取り返しのつかぬ事になるやも知れませぬ」

 オモイはウガヤに進言した。ウガヤはイワレヒコとイツセに(ないがし)ろにされたという思い込みから、オモイだけを頼りにしていたため、

「私が自ら出陣する。そして、イワレヒコを操るツクヨミを討つ」

と宣言した。オモイは跪いて、

「ツクヨミはアマノイワトに潜んでおります。アマノイワトを攻め、ツクヨミを討ち取る事が何よりも先でございます」

「そうだな」

 オモイはウガヤを操ってはいない。ウガヤ自身がオモイに全幅の信頼を寄せているため、今や彼はオモイの意のままに動く愚者と成り果てていた。

(愚かな王だ。やり易い)

 オモイは頭を下げてニヤリとした。


 イワレヒコ達は馬に鞭を入れ、夜の闇の中を疾走していた。

「間に合うか?」

 スサノが呟く。

「間に合わせる! そうでなければ、オオヤシマは滅びる」

 イワレヒコが怒鳴った。それはツクヨミの叫びでもあった。彼の言霊ことだまがスサノとタジカラに届き、二人を圧倒した。

(このまま、ヨモツの思い通りにさせてなるものか!)

 ツクヨミはアキツの祈りと願いを感じ取っている。命に代えても、ヨモツの思惑通りにはさせないつもりである。

「見えて来たぞ、スサノ。あれはナガスネの軍の松明(たいまつ)の明かりだ」

 タジカラが言った。前方に、ユラユラと揺れる小さな火が数多く見える。

「おお、間に合ったか」

 その時、スサノは奥方クシナダの無事を感じた。

「クシナダがウカシに罠を仕掛けたようだ。足止めをしたらしいぞ」

「そうか。さすが、クシナダ殿だ」

 タジカラが感心して言った。

「先に行くぞ」

 イワレヒコが不意に言った。タジカラとスサノは、

「え?」

と彼を見た。イワレヒコは馬ごと宙を舞い、まるで羽が生えたかの如くそのまま飛翔した。

『つ、ツクヨミさん?』

 これには武彦も慌てた。タジカラとスサノは口を開けたままでそれを見上げている。

『大丈夫なんですか? 怖いんですけど』

 武彦は目が回りそうになり、手綱をしっかり握りしめた。

『ご心配召されますな。何も大事ありませぬ』

 ツクヨミの言葉に武彦はホッとした。

『最初からこうすれば良かったですね』

 武彦は思ったままを口にしたのだが、

『申し訳ありませぬ。この術、そう長くはちませぬので』

 武彦は軽はずみな事を言ってしまったと後悔した。

『そうなんですか』

 ツクヨミの言葉通りやがて馬はゆっくりと地上に戻り、また普通に走り出した。しかし、相当距離を稼げたようで、ナガスネ軍はもう目の前に見えていた。

「よーし」

 武彦は周りに誰もいないので安心して声を出した。

「もう少しですね、ツクヨミさん」

「はい、武彦様」

 ツクヨミはそう答えたが、ナガスネ討伐を命じられて城を出たウカシの軍の気配も感じていた。

「我らと然程さほど変わらぬ時で、ウカシの軍がナガスネ様に追いつきます。激しいいくさになるやも知れませぬ」

「ええ?」

 武彦はギクッとした。

(戦……? どうしよう?)

 ここまで来て、急に恐怖心が芽生える武彦であった。


 その頃、ヤマトの城を目指していたタジカラの奥方であるウズメは、周囲に召喚していた八百万(やおよろず)の神々の言葉を聞いた。

「陛下御自らご出陣? 如何(いか)なる事か?」

 そしてウズメはウガヤの目指す先を知り、驚愕した。

「何と! アマノイワトを攻むる? 何という事を!」

 彼女は進行方向を変え、アマノイワトへの近道に入った。丈の高い草の生い茂る薮の中である。

(何としても、陛下より先にアマノイワトへ!)

 ウズメは舌を噛まないように気をつけながら、馬を急がせた。


 ウガヤはイツセに何も言わず、オモイと共に出陣した。国王直轄軍の大半で編成した大部隊だ。総勢三万。そんな大軍がアマノイワトに押し寄せれば、イワトは一瞬で攻め滅ぼされてしまう。

「ツクヨミばかりではない。オオヒルメもアキツも同罪。皆滅ぼす」

 ウガヤはもはや正気を失っているようだった。オモイはそんなウガヤを見て、

(ヤマトは滅ぶ。イザ様のお心のままに)


 イツセは部屋に籠っていたが、何やら胸騒ぎがして廊下に出た。

「何が起こっているのか?」

 彼は不審に思い、そのまま駆け出して城の外に行った。

「何?」

 彼は(うまや)に馬が一頭もいない事に気づき、馬番に尋ねた。

「馬がおらぬようだが、イワレヒコの他に誰か出立したか?」

「国王陛下御自らご出立でございます」

 馬番は跪いて答えた。

「何と!」

 イツセは仰天した。彼は嫌な予感がして、

「オモイはどうした?」

「オモイ殿も同行しております」

 オモイが同行している事を知り、イツセは呆然とした。

(如何なる事か? この私に何も仰らず、オモイをお連れになるとは……)

「私の馬を引け。出立する」

 イツセがそう命じると、馬番は、

「イツセ様には、お留守居役をとの仰せにございます」

と頭を下げた。

「何ィ!?」

 さすがに温厚なイツセも、あまりにも自分が蚊帳の外に置かれている事を知り、激怒した。

「オモイめ、父上をどうするつもりか?」

 イツセは歯ぎしりし、城に戻った。


 アキツは巨大な悪意がアマノイワトに近づいているのを感じ、外に出た。

「まさか……」

 彼女はウガヤの出陣を感じた。もはやウガヤから発するのは悪意のみである。アキツは彼のその思慮の浅さに落胆した。元々ウガヤは短絡的で直情的な人間であったが、ここ数日でそれは更に酷くなっていた。アキツが落胆するのも無理はないのだ。

「ウガヤ殿が自らここに向かっているのか?」

 そして同時にオモイの存在も感じた。アキツはウガヤよりオモイの方が気になっている。

「あの者、何を企む? 只の異国人ではない……」

 アキツの額に汗が滲んだ。その一方で、こちらに急いでいるウズメの気配も感じた。

「ウズメか? 何としても、先にこちらに……」

 アキツはウズメの到着を祈った。


 ナガスネ軍もイワレヒコの接近を察知していた。彼らの部隊は、広い平原を進んでいた。周りには民の家はなく、ウカシの軍を迎え討つには良い場所である。

「イワレヒコ様が?」

 ナガスネはクシナダの水の報告を受けて尋ねた。クシナダは頷き、

「はい。刹那の差ではありますが、イワレヒコ様の方がお早いお着きでございます」

「そうか」

 ナガスネは後方から迫るウカシ軍の明かりを見やった。

「ウカシめ」

 彼はウカシだけは何としても自分の手で仕留めようと決意した。


 ウカシも、ナガスネ軍に迫るイワレヒコを感じていた。

(おのれ、イワレヒコめ。貴様らの思い通りにはさせぬぞ)

 彼はオモイがアマノイワト攻めに出陣した事を知らない。

(オモイめ、おめおめとイワレヒコを出してしまいおって。やはり彼奴(あやつ)は俺とは組まぬつもりか?)

 ウカシはオモイとの共闘を見限った。しかし、オモイは最初から共闘など考えていなかったのだ。


 ヤマトの王女であるイスズとその母タマヨリは、イスズの部屋で身体を寄せ合っていた。二人は確実にウガヤの悪意に影響されていた。

「母上、オオヤシマは如何なる道を進むのでしょう?」

 イスズは涙に濡れる目をタマヨリに向けた。タマヨリはイスズの頭を撫でながら、

「わかりませぬ。我らには如何様(いかよう)にもできぬ事なのです」

 タマヨリも目を潤ませている。

(たけひこ様、オオヤシマをお救いください)

 イスズは心の中で祈った。涙が彼女の頬を伝う。

(そして、私は貴方様のお子を産みとう存じます)

 彼女は武彦の無事を願った。


『何!?』

 ツクヨミの反応を武彦が感じ、

『どうしたんですか、ツクヨミさん?』

『ウガヤ王がアマノイワトに向かっています。イワトを攻むるおつもりのようです』

 その言葉に武彦は仰天した。

『ええっ!?』

 アマノイワトには、幼馴染みである都坂(みやこざか)亜希(あき)に生き写しのアキツがいる。武彦は動揺した。ツクヨミも武彦の動揺を感じ取り、

『ウカシの軍を討ち、すぐにイワトに向かわねばなりませぬ』

『はい』

 武彦は、前方に見えて来ているウカシ軍の松明の明かりを睨んだ。


 そしてこの戦いがオオヤシマに大きなうねりを作り出す事を、武彦だけでなくツクヨミすら気づいていなかった。ヨモツの女王イザの深謀遠慮が動き出そうとしていたのである。

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