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天使という名のハンター  作者: 河野 る宇
◆天使の拾いもの-序章-
12/23

一話*まるめた背中

 アメリカ合衆国、テキサス州──合衆国本土南部にあり、西にニューメキシコ州、北はオクラホマ州、東にルイジアナ州、南はメキシコと国境を接している。

 州西部のグアダルーペ山脈国立公園があり、北西部にはラノ・エスタカドと呼ばれる平原が広がっている。

 南東部にある都市、ヒューストンは日本人にも馴染みのある名前だろう。因みに千葉市はヒューストンと姉妹都市提携を結んでいる。

 ベリルと別れてから三年後、クリア・セシエルはハンターの仕事を終えてロサンゼルスに向かうためジープを走らせていた。

 ロサンゼルスのあるカリフォルニア州まではまだ遠く、まずは西に向かい海岸沿いの道路を目指しているところだ。

 セシエルは開けた窓から入ってくる風に、肩までのシルヴァブロンドをなびかせてラジオから流れてくる音楽に鼻歌をのせていた。

 四十歳になるセシエルは年齢よりも若く見え、整った容姿から不本意ながら未だに「流浪の天使」と呼ばれている。

 加えて、大きな赤茶色の瞳が魅力的で可愛く見えるのか、依頼者の八割は女性だ。相変わらず女の涙には弱く、ベリルの忠告を肝に銘じるようにはしている。



 ──目の前にふと、小さな人影が見えて目を眇める。

 延々と続く道路の端を子供がトボトボと歩いている。走る速度を緩めて周囲を見回しても、親らしき人間はいない。

 州の外れは荒野が続き、建物などもほぼ見えない。

「坊主、何してる」

 このまま放っておくのも後味が悪いと窓を開けて声を掛けた。

「お父さんとお母さんを待ってるの」

 大きなドラムバッグを引きずるように力なく歩いていた少年は、声のほうに振り向き視線をあげて答えた。

 それにセシエルは驚いて車を止める。

「いつからだ」

「わかんない」

 よく見れば、随分と薄汚れた身なりをしている。この道は車の通りも少なく、下手したら何日も一台も通らないことがあるほど閑散としている。

 それを考えると、この少年は数日ものあいだ一人でいたのかもしれない。

「──っ!? な、なに?」

 少年は、車から降りて歩み寄る男に少しの警戒を見せたが、かがんで視線を合わせたことで安心したのか逃げ出すことはなかった。

「坊主、名前は。俺はクリア・セシエル」

「……ライカ・パーシェル」

 一人で不安だったのか、突然の助け船に切ない瞳をあげて、たどたどしく発する。

「いくつだ」

 それにライカと名乗った少年は両手を眺め、指を広げて見せた。

「じゅう」

「そうか。十歳か」

 心なしか、やつれているように見える。もしや、食べ物もろくに食べてないんじゃないだろうな。

「見ていいか?」

 バッグを指差し、無言で頷いたライカからバッグを受け取る。

 少年と同じように薄汚れたバッグのファスナーを開けると、中身は着替えが二・三枚あるだけで水すら入っていない。

「お父さんとお母さんは、なんて言っていた?」

「お仕事を探してくるから、ここで待っててって」

 肌の色と顔立ちからしてラテン系だろうか。ここがテキサス州ということからも、セシエルはなんとなく察しが付いた。

「乗りたいか?」

「……うん」

 口を開けて大きなジープを見上げていた少年は素直に答える。

「乗っていいぞ」

 それに助手席の扉を開けて中に促すが、ライカは両親の言いつけに乗るのを躊躇った。

「よし。それじゃあ、お父さんとお母さんを俺が探してやるよ。まずは何か食べような」

「うん!」

 希望が見えた少年は、目を輝かせてジープに乗り込んだ──なんだって十歳の子供があんな場所にいたのか疑問だが、ひとまずレストランに車を向かわせる。

 ──それから、それらしい看板を見つけて駐車場に車を駐め素直に車から降りるライカに手を差し出すと、少年はギュッとセシエルの手を握り返した。

 薄汚れたドアを開き、掃除の行き届いていないテーブルに向かい合って腰を掛ける。

 すると不機嫌なウエイトレスが場末のレストランらしく、客をよく見ることもなく乱暴に水を差し出した。水が出てくるだけマシだと思うことにする。

少年は、よほど喉が渇いていたのだろう。置かれた水を勢いよく飲み干した。まだ足りないようなので自分の水も渡すと、それも一気に流し込んだ。

 落ち着いたところで口を開く。

「食べたいものはあるか?」

 答えないライカから視線を外し、セシエルはウエイトレスと目を合わせた。

「何か、スープを持って来てくれ」

 鬱陶しそうに近づいた女性は一転、男の顔を見て目を輝かせ、それに気がついたセシエルは、うんざりとしながらも注文する。

「はい、かしこまりました」

 随分な態度の変化だなあおいと呆れつつ、ウエイトレスの背中を一瞥した。

 四十歳になったとはいえ、セシエルの顔立ちは未だ魅力的だ。今さら、否定する気もないが変に人気があるのも困りものである。

「ゆっくり飲め。初めは口に含んで、よく噛むんだ。いいな」

 少年は目の前に運ばれてきたスープに今にも飛びかかりそうな勢いだったが、それをセシエルが制止するように手を置いてフタをした。

「解ったな?」

「……わかった」

 相手が理解したのを確認すると、静かに手を外す──途端に、かぶりつこうとした皿をセシエルはするりと奪い取る。

 呆然としているライカに、やや目を吊り上げて左手の人差し指をゆっくり振った。

「聞いてなかったのか? 胃けいれんを起こしたくなかったら、言うことを聞くんだ。折角、食べた物をすぐに吐き出すことになるぞ」

 お預けを食らった少年は目を潤ませつつ頷き、差し出されたスープにゆっくりとスプーンを沈ませた。

 また取り上げられてはかなわないと、がっつくのを必死に抑えて手を震わせる。言われた通りにひと口目はしっかりと噛みしめた。

「次は、ゆっくりとすすって飲むんだ。あと三回、それを繰り返せ。そしたら普通に食べていい」

 何日も何も入れてない胃に、突然食べ物を放り込むと胃は驚いて入ったものを受け付けない。

 子供にそれを言ったところで理解することは難しい。言うことをきかせるには、目の前で奪ってやるのが一番、効果的だ。

 何日くらい食べていないかは解らないがその可能性が高い以上、慎重に食べさせなくてはならない。

「父親の名は?」

 満腹になり、すっかり落ち着いたところでセシエルは少年に切り出した。

「リカルド」

「母親は?」

「マリア」

 聞いて、セシエルは携帯を取り出し誰かに電話をかけ始めた。

「レンか? ちょっと頼まれてくれないか」

<どうした? 尋ね人かい?>

「ああ、ちょっと探して欲しい人がいてね」

 そのやりとりを、ライカはジッと見つめた。レンとは、ハンターたちがよく使う情報屋の一人だ。

「何か解ったら連絡してくれ」

 他にも少年から聞いた内容をレンに伝えて携帯を仕舞う。

「お前の親、探してもらうからな。見つかるまで俺といろ」

 ライカは笑顔で頷いた。

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