1-7 姫園ノエル
「いやー、ほんとにごめんね刀祢ちゃん」
そう言って、目の前でニッコリとほほ笑むのは桃色の少女だ。
その体や服には一筋の傷も、いや、ひとかけらの汚れすらついていない。
その異常さに思わず頬が引き攣るのを感じる。
「なんか、刀祢ちゃんの匂いがした気がしたから走って来たの。
そしたら刀祢ちゃんに会えたからさ、運命かなってつい舞い上がっちゃって、えへへ」
そういって、恥ずかしそうに頬を染め、小さく舌を出す少女は非常に可愛らしい。
庇護欲をそそるその表情は先ほどの様相とはかけ離れている。
その表情だけを見たら、多くの男子はこの少女を無垢で可愛らしい少女だと思うだろう。
だが、先ほどの光景が脳裏に焼きついている俺には異常にしか見えない。
しかも、
「これが俺の幼馴染とは・・・・・・」
◇◇◇
先ほどの少女を撃退した後、
「お兄様が思い出されていないようなので説明させて頂きますが、あの人は、姫園ノエル、不本意ながらお兄様の幼馴染です」
吹き飛んだ先、壁に体をめり込ませながらぴくぴくと痙攣する少女を横目に、月夜は嫌々そうに語り始めた。
曰く、姫園ノエルの自宅は神代宅の隣であり、幼少期より刀祢とノエルは行動を共にすることが多かった。
曰く、姫園ノエルは刀祢に恋心を抱いているようで、将来の夢は『刀祢ちゃんのお嫁さん』と言ってはばからず、事あるごとにベタベタまとわりついてくる。
曰く、その容姿と言動で周りの男子からの好感度は非常に高く、一部では『パーフェクトヒロイン』などと呼ばれているため、それに反比例して男子達から刀祢へのヘイトは凄まじいことになっている、などなど。
いや、俺、その記憶ないからね。
ヘイトだけ押し付けられるって、罰ゲームですか?
ヘイト管理はエロゲーマーの得意技の一つだけど、最初からマイナスってのはちと厳しすぎやしませんかね?
「ただ、一番厄介なのは、それらを一切の作為なしで行っていることです。
そして、そのせいで起きるトラブルに多くの人達を巻き込んでいるにも関わらず、周りは何故か彼女に悪感情を向けません。
それは被害者達も含めて。
これはいっそ、おかしな力が働いているんじゃないかと勘繰るほどです。
正直、お兄様の周りにいる雌ブ、こほん。
女性達の中で、一番やばい人だと私は思います。
出来ればあの女のことは忘れたままの方がいいと思いますが、それも難しいでしょうから、お兄様、くれぐれもお気をつけ下さい。」
最後にそう締めくくり、月夜は深いため息をついた。
◇
そして今に至る。
ニコニコと幸せそうな笑みを浮かべる桃色の少女は俺の右腕に自らの腕を絡めて歩いている。
むにゅりとした幸せな感覚が腕に伝わってくる。
うむ、結構なお手前です。
だが、それでも、少女の異常さを見た後ではどうしても体が強張るのを止められない。
「まったく、急に弾き飛ばして来るから何事かと思ったよ」
「あはは」
口から乾いた笑い声が漏れる。
急に飛び掛かられてこっちの方が驚愕したわ!!
そうは思うがそんなことは口には出さない。
SAHで見かけ無かった以上ノエルはモブの可能性の方が高いが、この世界がSAHに似ているだけの別の世界だという可能性も残っている。
下手なことを言って、バッドルートに突入したら目も当てられない。
それに、実は前世の俺が死んだ後にリメイク版が出て、ノエルがラスボスとして登場していました、なんてことも最悪あり得るからな。
だから、SAHとは別の事、先ほどの攻防において素直に疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「だけど、さっきの一撃。俺は木刀を使ったとはいえ、通常であれば大けがを負っておかしくない一撃だったと思うんだ。それなのに、なんでノエルは平気そうな顔で歩いてるんだ?」
そう、先ほどの一閃、俺はとっさのこともあり手加減が出来ていなかった。
桜華天元流を極め、数多の戦場を渡り歩いてきた俺の一撃だ。
例え木刀と言え、その一閃は大木すらも切り倒す。
それを受けてなお怪我一つない少女は頑丈を通り越して異常といった方がいいだろう。
「あ、それね。実は服の下に食パンを挟んでいたんだ。
これがクッションになってくれたおかげで無事だったの」
当のノエルはそんなことを言いながらエヘヘと笑っている。
いやいや、おかしい! 明らかに食パンで防げる威力じゃなかったし!?
俺はその笑みと食パンに戦慄を覚える。
自らの剣戟が食パンに防がれるという異常事態に思考がついて行けない。
食パンってそういうものだっけと混乱していると
「いえ、食パンで防げるのはあなたぐらいだと思います」
俺の左隣で月夜が呆れ顔をしてため息をついている。
「え、そんなことないよ、食パンは人の頭も粉砕できるし銃弾も防げるんだよ?」
右隣のノエルは「月夜ちゃんは冗談が上手だなぁ~」なんてコロコロ笑っている。
え?何それ怖い?この子の持つ食パンは超合金か何かですか?
っていうか、どなたかの頭を粉砕されたのですか?
と、そこでノエルがギュッと体を寄せて来る。
「ん~~、でも刀祢ちゃん心配してくれるんだ、優しい~~」
瞬間、俺の意識が現実、いや正確には右腕に引き戻される。
先ほどよりもさらに押し付けられるむにゅんという豊満な感触。
そのあまりの柔らかさに、先ほどの警戒も溶かされていく。
というかこれってまさか、ノーブ・・・・・・
ごくり
視線がノエルの制服の谷間へと吸い込まれる。
襟元からわずかに見える胸元には、布のようなものは無くて・・・・・・
「あ、あのノエルさん。つかぬことをお伺いさせて頂くのですが。
もしかしまして、もしかしますと、ノーブラなんじゃ」
俺が意を決してそう訊ねてみると、
「あ、分かっちゃった。刀祢ちゃんエッチだなー」
ノエルはコロコロと笑いながら襟元のシャツを指で広げる。
谷間、谷間が深いよ!!!!!
思わず心の中のミニ刀祢がプリンの海でクロールしていると、反対側の月夜から殺気を含んだ空気が流れて来て下腹部がシュンとなる。
「ところで姫園さん、お兄様の邪魔になっていますから、そろそろその腕を離してもらってもいいでしょうか」
月夜がハイライトの消えた瞳でノエルを睨んでいる。
「え、月夜ちゃん。刀祢ちゃん、全然嫌がってないよ。大丈夫。
それに、私は刀祢ちゃんのお嫁さんになるんだもん。
ちゃんと将来の旦那様を支えられるようにならないと」
そう言って、腕に込める力をさらに強めてくる。
おほぅ!?!?
「だ・か・ら、いつも言っていますが、お兄様にそんな予定はありません。
さっさとお兄様から離れてください!」
その様子を見かねたのか、今度は月夜も俺の左腕を自らの方に寄せようと引っ張ってくる。
「こら、つく・・・」
俺は月夜に注意しようと口を開きかける。けれど、
ぺちゃん。
今度は左腕に伝わってくる感触に閉口する。
それは未だ発展途上の小山。
だが、小さくともしっかりとした張りで主張する小山の感触は素晴らしく。
とそこで、今度はノエルが俺の右腕を引きよせ、大きな山の間に俺の腕を挟めてくる。
左右に揺れる体、山々に押しつぶされていく思考。
だが、そんな俺をしり目に二人の言い争い(ノエルの方は争っている気は無い様だが)はヒートアップしていく。
「これが嫁、小姑問題ってやつだね。でも大丈夫、月夜ちゃん。
私、山よりも広い心で受け止めるよ」
「山じゃなくて海です。いえ、違いました。私が言いたいのはそう言うことではなくてですね―――」
むにゅん、ぺちゃり、むにゅう、ぺちゃり。
左右に振られ、その度に伝わって来る大小の感触。
むにゅん、ぺちゃり、むにゅう、ぺちゃり。
頭の中で富士山と高尾山が喧嘩をしている。
いや、山で合っているよ~それもノエルのは富士山だよ~
なんて感想が思い浮かぶも、俺自身はやされるがままである。
歴戦のエロゲーマーである俺でさえも両方の腕から伝わる感触に思考回路はショート寸前なのだ。
何を言っても月夜の話を聞かないノエル。
対して月夜のまなじりが徐々につり上がっていく。
ノエルはそんな月夜の様子を見て、しばらくうーんと唸っていたが、やがてふと得心がいったように頷く。
そして、
「あ、そうか、月夜ちゃんは刀祢ちゃんを私にとられると思って寂しいんだ」
俺を挟んで、月夜の顔を覗き込んで告げる。
瞬間、かっと月夜の頬が赤くなる。
「ななな、なにを言っているのですか。お兄様を寝取られて寂しがるだなんて、そんな。
第一お兄様は私のものですしーー、これからもずっと私と一緒なんです。
そうです、お兄様は私のなんです。
あ、あ、あんまり変なことを言ってるとdethりますよ!?!?」
動揺し、口調が怪しくなっていく月夜。それを肯定ととらえ、微笑むノエル。そして、
「まったくもぅしょうがないなぁ月夜ちゃんは。それならいいよ私」
「やっと分かってくれましたか。それではお兄様の腕を」
「月夜ちゃんと一緒なら私いいよ。少し恥ずかしいけど、私と、月夜ちゃんと、刀祢ちゃんで、する?」
ノエルが上目遣いに告げる。
呆然とする月夜。
一拍遅れてボンッと顔から湯気を出すと、早口で言い募る。
「な、な、な、何を言ってるんですか貴方は!?」
「なにって、するんでしょ? 大丈夫、三人一緒ならきっと幸せな気持ちになれるよ」
「は、は、さんに、三人一緒なんて、あぅ、そんな、そんな破廉恥な」
月夜は既に目をグルグルさせている。
ノエルは頬を赤らめて恥ずかしがっている。
「それじゃあ時間もないしさっそく」
「あわわわわ、こんなところで!?」
月夜の叫び声が住宅街に響く。遠くを歩いている親子連れが
「ママ~、あのお姉ちゃんたち変だよ?」
「まぁ、見ちゃいけません」
なんて会話しながら早足で遠ざかっていくが、二人の耳には届いていない様だ。
唯一それに気付いていた俺も
「平和だな~」
と呟きながらのんびりと空を眺めている。
あ、あの雲おっぱいに見えてきた。
既に俺の中では富士山と高尾山が肩を組み仲直りをしているのだ。
みんなで仲良くする、なんてすばらしい。
その思いだけが頭を占めている。
そして、ついにノエルが頬を染めながら月夜に向き直り、
えへへと笑いかけ、告げる。
「それじゃ、私は右腕で、月夜ちゃんは左腕ね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙。
「え?」
「だから、腕を組みたいんでしょ? ほら、月夜ちゃんは左側ね」
数秒して、ノエルの言いたかったことを察し月夜が大きくため息をつく。
「そうです、そうでしたね。貴方はそう言う人でしたね」
放心している俺をしり目に月夜は切り替えた様で、
「あーもう分かりました。それではお兄様失礼します!」
そうして俺の腕にしがみ付くと、そのまま耳に口を寄せて来る。
そして、
「でも、お兄様が望むのでしたら、ブラジャーを外すぐらいはして差し上げますよ」
少し艶を孕んだ声でそっと囁くと、腕に込める力を強くしてきた。
思わず月夜の方を見ると、既に月夜は前を見つめている。
けれど俺から見える横顔は耳まで真っ赤だ。
その様子と先ほどのセリフに俺は思考をかき乱されながら、右側には富士山、左側には高尾山を感じて学園までの道を歩くのだった。




