1-6 ピンク暴走
家を出る際、
「ご主人様、こちらをお持ちください」
そう言って、白亜がとある物を差し出してきた。
それは一本の木刀。
「そちらは朧桜。とある桜の古樹から削り出した木刀にございます。
最近は、とろろ構わず魔力弾をぶっ放す魔法少女やら、曲がり角で人を轢き飛ばす脳内お花畑の輩やら、丑三つ時に呪いの木槌を振り回している輩やら、まあ何かと物騒ですので。
念のためでございます」
何やら具体的な誰かを指しているような発言に隣の月夜が頬を膨らませている。
その横で俺は受け取った木刀をギュッと握り込む。
不思議と手に馴染む。重さ、握り、どれも前世での愛刀を思い出させる。
だが、そんなことより俺にはどうしても気になることがあった、いや気になることが今、出来た。
「温かい・・・・・・」
そうそれは、受け取った木刀がほんのりと温かかったことだ。
まるで人肌、その温度は今の今まで何かで温められていたような―――。
そこで俺ははたと気付く。
白亜が、こっそりとスカートの端を少し吊り上げているのを。
まるで、
『その木刀はたった今、ここから出したんですよ』
と言わんばかりの様子だ。
思わずスカートの裾から見える白亜の生足を注視してしまう。
まさか――――
ごくり。
すらりとしながらも、白く美しい足首。
均整の取れたそれは俺の眼を離してくれない。
そこからさらにゆっくりとスカートが吊り上げれら、ふくらはぎの中ほどまで露わになっていく脚。
白亜が蠱惑的な笑みを浮かべる。
くそぅ、その魅惑に逆らえない!
だってそこには深淵が広がっているんだから!!
普段隠されている物が露わになる時の背徳感。
未知を追い求めるそれは、きっと人間の本能。
故に、メイドの足に魅力を感じる俺は、人間として正しい!!
だから白亜様、もっとお願いします!!
そんなことを思いながらさらなる展開を期待したその時、
「お兄様。急がないと入学式に遅れてしまいます」
月夜の声に、生足の世界に旅立っていた俺の意識が引き戻される。
クッ、見事なインターセプトだ、月夜(泣)。
「う、うむ」
そうだ、今は生足よりも入学式に間に合うことが優先だった。
うん優先だ、そう優先だ・・・・・・優先・・・・・・だよな??
いかんいかん、迷うな俺!
それになにより、兄としての威厳を失うわけにはいかないんだ!!
俺は血涙を流しながら視線を外す。
その頃には、白亜もスカートを下ろしてしまっていて、
くそう、本当はもっと見たかった!!
「それでは行ってらっしゃいませ、ご主人様、月夜様」
何事も無かったかのような白亜に見送られ、俺達は学校に歩を進めるのであった。
◇◇◇
「そういえば、お兄様。高等部では新しいご友人が出来るといいですね」
たわいのない会話。
通学路にて俺は学園の詳細や自分の立ち位置などを知るために、何より、可愛い義妹との楽しい時間を過ごすために、月夜との雑談に花を咲かせていた。
しばらく歩いた頃だろうか。
ドドドド
「それでこの前、学園で―――」
ドドドドドドド・・・・・・・・・・・
「なるほど、それはすごいな。そんなことが―――」
ドドドドドドドドドド・・・・・・・・・・・
俺と月夜が笑い合っていると、曲がり角の向こうから地響きが聞こえてきた。
最初こそ工事か何かの音と意識を向けていなかったが、その音は徐々に近づいてくる。
なんだ?
さしもの俺も警戒を始める。
そして、とある住宅街の十字路、その手前に差し掛かったところでついに土煙さえ見えてきた。
思わず十字路の手前で足を止め、警戒を高める。
何か嫌な予感がする。背筋がぞわぞわする。
それは突然戦場に放り込まれた時ような、ライフルで心臓を狙われれいる時のような、そんな感覚。
隣では月夜も足を止め、険しい顔で十字路を注視している。
俺と月夜の視線が交差点に集まる。
その瞬間、
バンッ!!!!
空気を裂く破裂音と共に、曲がり角から一人の少女が飛び出してきた。
それは桃色――――
ウェーブのかかった美しいピンクブロンドの髪をなびかせ、全身からピンク色のオーラを迸らせ、姿勢も低く地を滑っている。
突然の事態に茫然とする俺。
ズザザと足でブレーキをかけながら土埃と共に曲がり角から飛び込んできた彼女は、その顔を上げると、赤みがかかったピンク色の瞳で俺を捕らえてくる。
そして、
「みーふーへーはー、こふーーーー」
食パンを頬張ったまま荒い息を吐き出した。
ゾワリ!!!
俺の全身の産毛が総毛立つ。思わず竹刀袋に入れた朧桜に手が伸びる。
それは反射――――
幾多の戦場を駆けた本能が、こいつはヤバいと大声で叫んでいる。
一方の少女は瞳を血走らせながら、前傾姿勢を取り、
瞬間、
ドゴンッ!!!!
地面がひび割れるほどの踏み込みでもって一気に俺へと飛び掛かって来た!
「速い!!」
空気を切り裂く衝撃が響く。
一瞬で彼我の距離が縮まる。
飛び掛かって来た少女はあまりに異様。
さながら獲物にとびかかる飢えた狼がごとき。
「ひっ」
隣の月夜から短い悲鳴が漏れる。
そのあまりの素早さと、あふれ出る狂気に俺の脳裏にも死がかすめる。
後手に回ったことが悔やまれる。
だが、俺も鮮血の剣鬼と呼ばれた男。
一瞬で立て直し、戦場の意識に切り替える。
「間に合え!!」
朧桜を掴んだ手に力を入れる。
「桜華てんげ―――」
瞬間。
ドロリ―――
俺がこの世界に転生して3度目のあの感覚が訪れる。
周囲の色が失せ、月夜が制止する。
桃色の少女の動きも緩慢となり、空中で縫い留められたように静止する。
俺自身も泥の中にいる様に動きが取れなくなり、
【1】向かってくる少女を受け止め、よしよしと頭を撫でる
【2】木刀を構え少女を迎撃する
【3】アンチマテリアルフィールド(AMフィールド)を形成する
目の前に選択肢が提示された。
それを見た俺は技の発動を一旦は止め、ふーーと一先ずの息を吐く。
『一先ず助かった。だけど・・・・・・』
右上のカウントダウンは刻々と減り続けている。
俺は動揺を制し改めて選択肢を見やる。
『状況は変わらないままだ。
さて、このヤバい少女をどうするべきか。
少なくとも【1】に関しては危険だろう。
白亜の時のようにそのまま組み敷かれる可能性もある。
っていうかいろんな意味で食べられそう。
では【2】か。いやしかし、か弱い・・・・・・かどうかは分からないが、少女に対して剣を振るうというのも躊躇われるな。
まだ敵かどうかもわからない状況であればなおさらか。
であれば、まずは防御に徹するのがいいのか。
じゃあ【3】か?
正直、【3】のAMフィールドがどんなものかは分からないが、名前的には物理障壁だと思う、たぶん。
うん、もしそれでダメなら迎撃すればいいか。
よし、じゃあ今回の選択は【3】だ。』
その瞬間、緩慢だった時が動き出す。
空気の壁さえも破りながら飛び掛かる少女。
朧桜に手を添えたまま、それを真正面から見据え立つ俺。
そして、少女の手が俺に届きかけた瞬間。
ガキン!!
目の前で少女の手が止まった。そこにあったのは八角形の光る壁。
ギギギ、ガガガ!!
少女の手と光の壁が拮抗する。
目の前で展開された光景が理解しきれず俺は目を見張るが、横を見やるとプルプルと震えながら月夜がイクリプスを構えているのが見えた。
そうか、この結界は月夜により展開されたものか。
俺はそっと、朧桜にかけた手を緩める。
よかった、半信半疑だったが防げたみたいだな。
今回【3】を選んでは見たものの、正直ちゃんと防御できるか分からなかったので、本音を言えば心臓バクバクである。
ガガガガガ!!!
結界を削るような音が目の前から響く。
「こふーー、こふーーー、こふーーーー」
その向こうではピンク色の少女が荒い息をついている。
食パンと口の隙間から白い蒸気が漏れ、まるで暴走しているようだ。
口がカパァってなってるあんな感じ。
うん、間近で見ると超怖い。
正直関わりたくなことこの上ないが、状況に余裕が出来たことだし、その少女をざっと観察してみる。
ピンクブロンドの髪に桃色の瞳、現在はその瞳に狂気を映しているが全体的に非常に整っている。
SAHの中には登場していなかったが、格好は俺達の通う学園の学生服で、その制服はノリがきいておろしたての様だ。
また、俺に向ける手と反対側の手には、真新しい学園指定のバッグが携えられており、そこには何故か、俺に似たぬいぐるみがぶら下げられている。
総合すると、つまりまああれだ、彼女の格好は
「入学式に向かう新入生?」
だが、そこまで考えたところで、
バキン!!
目の前で不穏な音が響く。
え??
バキバキバキ!!!
思わず音がする方に視線をやると、結界に少女の指が突き刺さり、徐々に俺の方に侵食してきているではないか。
それが信じられず、これが使徒が見ていた光景かー、なんてちょっと現実逃避していると。
「暴走してる!? だめ、持たない!!」
隣の月夜から悲痛な声が上がる。
「こふーーー」
少女の口が歪み、狂気の中に歓喜の表情を浮かべる。
パリーン!!!
「っく」
直後、ひと際大きな破砕音を響かせ光の結界が粉砕され、俺は思わず数歩後退る。
同時、自らの失敗を自覚する。
いくら目の前で異常な現象が起こっていたとしても、考えをめぐらす前にまずは対処をするべきだった。
そう自らを叱咤するが既に遅い。
少女の手は既に眼と鼻の先まで迫っている。
「仕方ない!」
俺はやむを得ず朧桜を抜き放つ。そして、
「桜華天元流・瞬閃!!」
「ぐがっ!!??」
俺の手により振るわれた神速の横なぎが少女を捉える。
少女のわき腹にめり込んだ朧桜から、確かな手ごたえが帰って来る。
ドガガ、ザリザリ、ガシャーーン!!
しまった、とっさのことで手加減しきれなかった。
そう思った頃には、朧桜を受けた少女は盛大な土煙と破砕音をまき散らしながら弾き飛ばされていくところだった。




