1-4 妹は義妹ですか?
「本当に申し訳ありませんでした、お兄様」
神代家のリビング、その一角。
そこには艶やかな黒髪を振り、深々と頭を下げる少女、神代月夜が居た。
先ほどの騒動の後、
「ご主人様の部屋のお片付けはメイドの仕事。
ですからご主人様と月夜様は先に朝食を済ませて登校の準備を整えておいてくださいませ」
そう言って白亜は俺と月夜をリビングへ促した。
その際、
「ふふ、部屋を直すついでに、監視カメラと盗聴器も設置しておきましょうか。
それに、ご主人様のコレクションも全部メイド物に変えて、と。
そうだ、夜這い用のバックドアを取り付けるのもありですね。
これはメイドとして腕がなりますよ」
なんて声が聞こえた気がしたが、それどころではない。
先ほど気付いた事実に俺の思考回路はショート寸前になっていた。
いや、白亜が用意するメイドコレクションは見てみたい気はするけどさ。
でもメイド物ばかりだと月夜におしおきされそうだな―――――。
いや違う、そうじゃなかった。まずはこの異常事態を把握する必要がある。
そう、異常事態。
それを認識したのは、破壊された自室、そこから出る際だった。
そこにあった姿見の鏡。
それを見た瞬間、俺は我が目を疑った。
なんとそこには年若い青年が映っていたのだ。
元々の俺の年齢は初老。
顔には皴が寄り、頭部もほとんどが白髪になっていた。
だが、そんな自分が、鏡の中に映った自分が、どう見ても10代半ばの少年になっていたのだ。
肌は10代特有の張りに満ち、白髪だった頭部は黒々としている。
四肢の筋肉は以前よりも一回り少ない様だが、それでもしっかりと引き締まった体をしている。
そんな姿を見て、俺はすぐにその原因に思い当たった。
『これはラノベでよく見る転生ものやん』と。
そう言えば、最期の瞬間、自身を転生させるという声を聴いた気もするし。
であるならば、ここは異世界あるいはゲームの世界というやつだろう。
先ほどの選択肢や、奇妙な技を使う月夜や白亜もそれであれば納得だ。
それに、俺自身の精神や発言も若い肉体に引っ張られている気がするし。
まあ、発言が若くなる程度は良いんだが。
だが、その上で、自らが転生したポジションがどうなっているのか、それが目下俺を悩ませていた。
うーーむ、まずはそのあたりの確認が必要かな。
俺はそこまで考え、ふと目の前の少女に視線を戻す。
「いや、大丈夫。それより頭を上げて欲しい、妹にそんな謝られると兄としても困るしな」
「お兄様、ありがとうございます」
おずおずと月夜が顔を上げる。
その顔には兄への感謝と信頼がある。
うむ、気まずい、実に気まずい。
その表情に俺の胸がチクリと痛む。
自分は現在、神代刀祢に成り代わっている状態なのだ。
元々の刀祢がどんな状態になっているのかも分からないのに、このように全幅の信頼を寄せてもらってよいのだろうか。
心に罪悪感が募る。
だが、現状神代刀祢の体から抜け出す手段は思い浮かばない。
転生ものであれば、心の中で神代刀祢と語り合ったり、実は事故で既に神代刀祢が亡くなっていたりというパターンも多いが、そのようなこともない様だし。
まあ、まずは普通の兄妹として振舞うべきだよな。
そう方針を決め、俺は覚悟を決める。
所謂ロールプレイである。
エロゲのロールプレイならこの鮮血の剣鬼に任せておきなさい。
お嬢様の専属執事から難聴系主人公まで何でもござれだ!!
俺が今まで何人のヒロインを落としてきたと思っていやがる。
え、さっき白亜にやられていたって?
いやいや、あれはまだロールプレイが始まる前、ノーカンだノーカン。
次こそは逆に白亜を縛り上げて、ぎゃふんもとい、あふぅんと言わせてやるぜ。
っと、そんなことより、と改めて月夜を見やる。
やはり、その容姿は可愛らしい。
先ほどの鬼気迫る様子が消えれば、本当に深窓の令嬢の様だ。
先ほど家の壁を破壊した人物とはとても思えない。
むしろキラキラと魔法のステッキを振っている方がよほど似合うと思う。
「はぅ、お兄様、そのように熱い視線で見つめられると困ります」
俺にじっと見つめられたせいからだろうか。
そのほんのりと上気した頬に手を当て、困った様子の月夜。
すみません、キャラの立ち絵はじっくりと見る方なんです。
モジモジと前髪を耳にかかった髪をいじり出す月夜。
うむ、このまま「お兄様大好き」って言って欲しい!!
っと、しまった。エロゲーマーの癖でつい、空想の世界に耽ってしまった。
いかんいかん、いま必要なのは情報だ。
この世界を攻略するためにここがどこで、自分んの立ち位置はどういったものか、そしてこれから何をすべきなのか。
それが最優先事項だ。
さて、ではなんと質問したものか
それら必要な情報を引き出すべく、俺は自らの灰色の頭脳をフル回転させる。
世界観と自分のバックグラウンド、登場キャラとシステム、それに敵キャラや地形なんかも必要か?
と、そこで先ほどと同じく、周囲の色合いが薄れ、世界の時間が緩やかになるのを感じる。
もしかして―――――
そして俺の予想通り、目の前に選択肢が出現する。
うん、今のタイミングで出るならば、きっとそれは、情報を集めるのに役に立つ選択肢のはずだ。
【1】いつも月夜には感謝しているよ、ありがとう
【2】実はさっきのごたごたで記憶があいまいで、色々教えて欲しいんだけど
【3】ところで月夜ちゃんは義妹ですか?
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・なんだと!?!?!?!
選択肢を理解するのに数瞬、何度も反芻し、しかしそれが幻でないことを理解し戦慄する。
そんな馬鹿な、あり得ない!?!
『 【1】と【2】は分かる。
実際俺も、月夜の機嫌を取ってから現状を尋ねるつもりでいた。
だが【3】がありだと!?
いや、ダメだ、自分は月夜の兄として振舞うと決めたばかりではないか??
しかし、それでも【3】はエロゲーなら最初にはっきりさせておきたい項目だ。
なにせ、それによって自分の立ち位置は大きく変わる!!
そう義妹と実妹の間には越えられない壁があるのだから!!
だが、本当にいいのか。もし【3】を選んだ場合、軽蔑の視線で見られる可能性もある。
そうなったら、この家で生活するのも厳しくなるかもしれない。
いや、何を弱気になっているんだ俺は!
それでも歴戦のエロゲーマーか!?
進め、俺!気合いを見せろ!!
それに考えてもみろ。【3】を選んだ場合、暗に自分が記憶喪失だと示すことにもなるのではないか?
そうだ、先ほどの衝撃で記憶が飛んだことにすれば、【2】を選ぶのも【3】を選ぶのも変わらないじゃないか。
そう考えれば【3】が最も効率的な選択だ』
『答えは【3】!!!!!!!!!』
俺はエンターキーを強く叩きつけるような気分で、【3】を選択する。
途端世界の色が戻る。
そして、俺は月夜の両肩に手を置き、真剣な声音で問いかける。
「ところで月夜ちゃんは―――――――義妹ですか?」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
無音の時間。空気が凍り付く。
そこは絶対零度の世界。
そのあまりの冷たさに鳥肌が立つ。
ヤバい、やってしまった!!??
混乱する思考。
いや、最初から迷走はしていたが。
でも、エロゲーマーならあの選択肢は間違いでは無いはずだ。
いや、そもそも神代刀祢はエロゲーマーではない!?
そんなことは関係ない。
あれは魂の叫び、そう魂の咆哮だった。
故に、だから、自分を貫いた俺は、自分自身を誇って生きたい!!!
だが、俺の現実逃避をよそに、リビングはシーンと静まり返っている。
あまりの沈黙に耐えられず、俺の眼は回遊魚のごとく泳ぎまくる。
月夜の表情は伏せた前髪で見えない。
なんてことだ、これでは月夜の兄としては失格だ。
いやだが、あの選択に後悔はない、後悔はないが、リカバリーは決める!!
そうして俺は、もう一度口を開いた。
「ところで月夜ちゃんは―――――――」
そう今度こそ起死回生の神の手を!!
「義妹ですか????」
ぶふーーーーーーーー!!
同じセリフが口から洩れた。
心の中のミニ刀祢が血反吐を吐いて倒れている。
その周囲には血で義妹の文字。
どうも、混乱して頭が義妹のことしか聞けなくなってしまったようだ。
まったく、これだからエロゲーマーはしょうがねー。
混乱する俺。固まった月夜。
それが何秒続いただろうか。
「ふ、ふふふふ」
顔を伏せた月夜がプルプルと震え出す。
だんだんとその笑い声は大きくなって、しまいには涙を流しながら大笑いしている。
「あ、あははは、は、はぁはぁ、まったくお兄様は本当に冗談がお好きですね、はぁ、ふふ」
お、何かツボに入ったらしい。
俺はその笑顔に思わず安堵する。
良かった冗談だと受け取ってくれたらしい。
このまま、
「お兄様のケダモノ、大っ嫌い!!」
なんて言われたら、それだけでご飯3杯は、いや違う、ご飯5杯、でもなくて、心に深い傷を負うところだった。
危ない危ない。
だが、何とか情報は引き出さなければならない。
俺は最初の方針に変更して月夜に問いかける。
「悪い、場を和ませようと思ってな」
そう言って頭を掻きながら月夜に向かいなおす。
そして真剣な表情を作ると、
「ただ、さっきのバタバタで最近の記憶が混乱しるのは本当でな、だからいくつか聞きたいことがあるんだ」
そう告げる。ちょっと、強引すぎただろうか。
いやでも、今は他にいい言い訳が思いつかないし。
けれど、それを聞いて一転、今度は月夜の方が慌て出した。
俺の額に手を伸ばし、心配そうな表情を向けて来る。
急につめられた距離にドキリとさせられる。
「え、大丈夫ですかお兄様。頭打ちましたか?
何処か痛いですか?
どうしましょう、記憶が混乱しているなんて。
救急車?それとも今すぐ病院に――――」
俺はその手を優しく掴み、動揺する月夜をなんとかなだめる。
「いや、大丈夫。頭痛もないし、きっとすぐに良くなる。
だけど、記憶が不明瞭なのは気持ちが悪くてな。
出来ればいろいろと説明してもらえると助かる」
「すみませんお兄様、そうとは知らず。
私があんなことをしてしまったから」
先ほどとは変わって、悲しそうに俯いている月夜は小さな子犬の様だ。
妹にこんな顔をさせるのは兄としては失格だろう。
俺は月夜の頭の上に手を乗せ、優しく撫でる。
「本当に大丈夫だから、な」
瞬間、月夜はへにゃりを顔を緩め、落ち着きを取り戻す。
実際、俺からすれば記憶の混濁などない手前、月夜を悲しませるのは非常に気が引ける。
けれど、この世界の情報は必須だ。
攻略をするにせよ、しないにせよ、最低限の世界観とシステムの把握は必要だ。
故に、俺は努めて明るく月夜に声をかける。
その気遣いが効いたのか、月夜にも若干余裕が戻ってくる。
そして、月夜が落ち着いたのを見計らって改めて問いかける。
「それで、申し訳ないが色々説明してもらってもいいか」
「はい、分かりましたお兄様」
そうして、対面に座った月夜は、刀祢の事、家族の事、様々なことを話し始めるのだった。




