1-2 メイド襲来
ちゅんちゅん。ちゅんちゅん。ちゅ? ちゅちゅちゅちゅーーーーーん、ガクッ。
爽やかな朝、何処からか雀の断末魔のような鳴き声が聞こえてくる。
「ご主人様、朝ですよ。起きてください、ご主人様」
誰、だ・・・・・・?
ユサユサと体が揺さぶられる感覚。久方ぶりに誰かに起こされているという事実に意識がゆっくりと浮上してくる。
瞼が重い、もう少し寝ていたい。でも、起きなくちゃ。
まだ惰眠を要求してくる体を何とか宥め、ゆっくりと瞼を開ける。
ぼんやりとした意識の中、最初に俺の眼に入ったのは
銀・・・・・・?
そう、さらさらと絹糸のごとく風に揺れる銀。
窓から入る朝日を鮮やかに反射して光る、眩いばかりの銀髪が、そこにはあった。
その銀に引き上げられるようにゆっくりと意識が輪郭を帯びていく。
「おはようございますご主人様。あなたの愛する美少女メイド白銀白亜が朝の7時をお知らせします」
その一言に、目の前の存在に焦点が合っていく。
次いで目に入る、深い海の様なアクアブルーの瞳。
微笑を浮かべ、至近距離にあった顔を上げ、耳にかかる銀髪を掬い、恭しく礼をしてくるその女性、異国の服を着ている。
黒いドレスに白い前掛け。
糊のきいた生地は整然とした印象を与え、長く光沢あるスカートはその足元までをしっかりと隠している。
それはいわゆるメイド服だった。
俺はその眩いばかりの銀髪と、宝石のようなアクアブルーの瞳に女性に目を奪われる。
「なんて綺麗な・・・・・・」
思わず感嘆の吐息が漏れる。
その美しさに息を呑む。
あまりの現実感の無さに思考がフリーズする。
美少女メイドに起こされる。それはエロゲーマーにとって理想の朝の迎え方の一つだ。
それはもちろん俺とて例外ではない。
数々のエロゲをプレイしながら、何故自分には美人メイドが居ないのだろうかと、血涙と血尿を流した夜は数えきれない。
ドン・キホー●のコスプレコーナーを見て、このメイド服が似合う理想の女性はどんな女性かと夢想した日々は今でも胸の奥にある。
そして今、その理想を体現したかのような少女が目の前にいる。
それも銀髪メイド。非常にポイントが高い。
だが、はて、これは本当に現実だろうか。
自分は先ほどまでは戦場で死にかけていた。ならばここは天国か地獄のはずだ。
とそこで、俺は古い友人の言葉を思い出す。
「古来より、天国にはメイドの神様が居て、どんな願いでも叶えてくれる。それが、界隈の常識なんだぉ~」
そうか、もしかしたらこれが。
そう思い俺はメイド服の女性に問う。
「・・・・・・あなたがメイド神か?」
すると銀髪の少女は一瞬驚いた顔をするも、すぐに嬉しそうに微笑む。
その笑顔は本当に神か天使のようだ。
なるほど、確かに彼の言う通りだったようだ。
エデンはここにあったんだ。
俺は妄想の中でその友人に手を合わせ、拝む。
きっと彼は伝道師だったのだろう。
メイド神万歳!!メイド神万歳!!メイド神万歳!!
そう叫ぶ彼の声が聞こえた気がする。
そんな俺の様子を見ながら、
「ご主人様がそうおっしゃるのであれば、そうなのでしょうね。
僭越ながら今日からメイド神白亜と名乗ることに致します」
白亜と名乗った少女がふふふと穏やかに笑い、たおやかにその大きな胸元に手を添える。
そのあまりの神々しさに身を正したくなる。
思わずベッドの上で五体投地をしようとしたが、そこで白亜の声が続く。
「そして」
白亜は清楚な笑顔のまま、ふわりとスカートを翻す。そして、
トン
何故か俺をベッドに押し倒すと、その上に馬乗りになってきた。
「??」
何故彼女は俺の上に乗ったのだろう。それもとっても嬉しそうに。
再び横になる俺、またがるメイド神。交差する瞳。
「|私は、ご主人様の従順なしもべです《ご主人様は私のペットです》」
「え?」
瞬間、俺の手足に縄が巻き付き、四肢がベッドに縛り付けられる。
え、いつ縛られた?っていうか、身動きが取れない?これどうゆう状況ですか?
混乱する頭を必死に整理しようとするが、思考が追い付かない。
一方の白亜は、先ほどとは打って変わって妖艶にチロリと唇の端を舐めている。
ちょっとエロいな・・・・・・じゃなかった。
何故、マウントを取られた!?
「なんかルビとセリフが一致してないんですけど!?」
俺は叫ぶ。
対して、白亜はゾクゾクと身を震わせ、そっと俺の顔に手を添えて来る。
その滑らかな指が、俺の頬をそっと撫でる。
そして、そのまま前傾姿勢になると、その端正な顔を俺の顔へと寄せてきた。
「気のせい、で、す、よ。ふふふ。」
近い、近い。ちょ、まってまってーー。
これ、俺が顔を上げたらキスできる距離だよ。ファーストキスだよ!?
わたくし、ファーストキスはもっとロマンチックな状況でって決めていますの。
夜景が見える観覧車の上をご所望ですの。
こんな急になんて、ぽっ。
俺が頬を赤くしながら葛藤と混乱を繰り返していると、白亜はさらに細くしなやかな指で俺の首筋や鎖骨をなぞっていく。
そして最後に胸部全体に円を描くように、その指先をゆっくりと動かし始めた。
「あふん」
思わず声が漏れる。
これは「の」の字だ。そのまま、メイドラブと書いてください!
はっ、違った、意識が冥土に飛び立っていた!?
やりおる、こやつ!!
俺がその指使いに見悶えていると、白亜はさらには自身の顔を俺の耳に寄せチロリと舐める。そして、
「ごしゅじんさーまぁ」
と熱い吐息を吹きかけて来る。
ゾクゾクゾク
背筋に電気が走る。
その指使いと舌使いはねっとりといたぶるようで、こそばゆいような気持ちいいような何とも言えない刺激を与えて来る。
さらには、俺がその刺激に体を揺らす度に、白亜もぴくぴくと体を小刻みに震わして喘ぎ声をもらしているではないか。うん、とてもエロい。
「んぅっ、あはぁ」
「っく」
思わず喉から声が漏れる。なんとか意志の力を振り絞って白亜を睨む。
だが、それを見てか、白亜はさらに恍惚とした表情になる。
「あぁ、いいですよご主人様ぁ。感じているご主人様も可愛いです。あ、その反抗的な瞳も素敵です。ふふふ。
そもそもご主人様が綺麗なんておっしゃるから襲いたくなってしまったんです。
全部ご主人様のせいなんですよぉ。
まったくしょうがないご主人様なんですからぁ」
上気した頬と隠しもせず、白亜は俺を見下ろして来る。
怒涛の展開。
抵抗をしようにも、ベッドがぎしぎしと揺れるだけで、目の前の少女を一向に俺の上からどかすことが出来ない。
知らない場所で知らない少女に起こされたと思ったら、そのまま押し倒されるなんてどこのエロゲですか!?
「ご主人様にはお仕置きが必要ですね、私がどれほど興奮し、いえ、嬉しかったのか教えて差し上げなければ。そうですね、そうです、そうしましょう。」
そう言って、ゆっくりと体を起こすと白亜はさらに妖艶に瞳を輝かせる。
これ、目が完全にいっちゃってるよ。
ご馳走を前にした時のライオンだってもう少し穏やかな目をしているんじゃねーかな!?
「っっつ」
その妖艶に輝くアクアブルーの瞳を見て、興奮とも恐怖ともつかない感覚がゾクリと背中を這う。
心臓が早鐘を打つ。緊張が全身を襲う。これはヤバい。
己の危機を幾度も救ってきたカンが、頭の中でけたたましい警鐘を鳴らしている。
このままではメス堕ちまっしぐらだ!!!!
俺はその危機感知に従い、本気で身を捻り、白亜の下から抜け出そうとする。
今までとて、このように敵に組み敷かれた経験は幾度もある。
まずは全力で拘束を引きちぎって、あとは合気の要領で、敵の重心をずらしにかかる!!
そう決意し、全身に四肢に力を込める。
だが、
「なん、だと・・・・・・」
抜け出すどころか、拘束すら全く破ることが出来なかった。
この縄、鋼鉄か何かでも編み込んであるのか!?
俺が脱出を失敗したことを悟ったのか、白亜は可愛らしく告げる。
「あ、無駄ですよ、ご主人様。メイドからは逃げられないんです。これ常識です、テストに出ますよ」
「どこの!?」
「え、共通一次の?」
「初耳?!?!」
思わずツッコミを入れてしまう。
だが、そんなツッコミでもこの場は切り抜けられない。
もはやこの後の展開など推して知るべしだろう。
「さて、それでは、ご主人様にはこの専属メイド、白銀白亜がいかにご主人様を大切に思っているか身をもって知っていただきます。
これが分からせってやつですかね。あぁ、白亜は柄にもなくゾクゾクしてきましたぁ」
白亜は馬乗りになったまま俺の寝巻のボタンを次々と外していく。
涼しくなった胸元。
目の前には白亜の恍惚とした笑み。
その色香に思わずごくりと喉が鳴る。
チェリーハートが、もう逆らわなくてもいいんじゃない、youいっちゃいなよーと言ってくる。そして、
あ、もうダメかも。
そう観念しそうになったその時、
ヌルリ――――――
急に白亜の動きがゆっくりになった。
「なん・・・だ・・・・・・?」
じらしているだけか? 動揺する俺を見て楽しんでいるのか?
なんて高度な技を!
と、そこで違和感に気付いた。
いや、違う!? これは世界すべてがスローになっている!?!?
驚愕が胸を満たす。
白亜だけではない、周りの空気がねっとりと粘性を持ち、俺自身も体が上手く動かせない。視界全体がうっすらとセピア色になり、
そして――――――
目の前に唐突に文字が浮かび上がった。
【1】抵抗して白亜から逃れる
【2】抵抗を止めて、まずは様子を見守る
【3】「い、痛くしないでね」 と言って頬を赤らめながら視線を逸らす
「なんだこれは?」
突然の出来事に当然の疑問が浮かぶ。
それはまるで、エロゲでよく見る選択肢の様だった。
古来エロゲでは重要な場面になると選択肢が出現する。
その選択肢を適切に答えることでヒロインの好感度は上がり、選択によってはハーレムエンドにさえ持ち込める。
だが一方で、不正解を選び続ければヒロインの好感度は下がり、主人公は独り身のままバッドエンドとなる。
いや、それだけならまだいい。
場合によっては魔獣の群れの中で食い殺されたり、殺人犯にバラバラにされたり、ヒロインに鉈で惨殺されたりする場合だってある。
俺がその選択肢に戸惑っていると、視界の端、選択肢の右上に表示された数字が徐々に少なくなっていくのが見えた。
10、9、8・・・
あ、やばい。熟練のエロゲーマーである俺は即座に理解する。
あの数字は選択を選ぶまでの制限時間だ。
そして、それを過ぎればまずいことになる。
直感がそう告げ、即座に意識を切り替える。
どの選択を選ぶのがベストなのか?と。
『無難なところであれば【1】か【2】か。
だが、【1】は出来なかった。
選択肢が出た以上、脱出のチャンスが巡ってくるのかもしれないが、下手をすると相手を刺激するだけに終わる。
逆上したヒロインは何をするか分からない。であればリスクが高いか。
では【3】は? 痛くされないのであれば【3】でお願いするのもやぶさかでは・・・・・・。あ、いや違う。敵かもしれない相手に【3】はダメだろ、うん。
では【2】だ。
本来であれば【1】だが、情報が不足しているのも事実。
情報収集も含めて【2】を選び、会話をしながらチャンスを伺う。
もしその中で、万が一、本当に万が一だがムフフな展開になってしまうなら――――――。
うん、それはしょうがない。それは不可抗力だ!!』
頭の中で無数の考えが巡り回る。
その思考速度は、先日エロゲをインストールしたスパコンにも勝っただろう。
そして、俺は決めた。
心の中で【2】を選択する。
瞬間、世界が色を取り戻す。白亜が動き出し、周りの空気も通常のものに戻っていく。
俺はそれを確認した後、選択通り抵抗を止め、情報を引き出すべく口を開きかける。
よし、ここからが反撃開始だ。俺のターン!!
がしかし、罠カード発動!!
白亜の伏せカード『メイドの胸元』オープン!!
なんと、白亜は自らのメイド服のボタンを外し胸元を緩めた!!!
「!?!?!?」
混乱。正にその一言が頭を占める。
白亜がその胸元に右手を差し込んだのだ。
思わず目線がその豊かな胸元に引き寄せられる。
反撃の意志などどこかに吹き飛ぶ。
唐突な行動意味が分からず、口を半開きのままフリーズしてしまう。
だが、
ジャラリ!!
瞬間、その胸元から不穏な音が響く。
とたん大きくなる頭の中のアラーム。
白亜の右手がゆっくりと胸元から引き抜かれる。
そして俺は、白亜の手に握られている物を見て思わず眼を見開く。
果たしてそれは、予想だにしない、いやちょっと期待、ゲフンゲフンッ。
うん、予想だにしていないものだったのだ。いや、ほんとだよ。
そう、その手には鈍色に光る鋼鉄の首輪が握られていたのだった。




