1-12 保健室
目が覚めたら本日二度目の知らない天井でした。
俺は知らない天上を見ながら目覚める習慣でもあるのだろうか。
ほとんどの物が白で統一された清潔感溢れる空間。
まあ、端的に言えば保健室のベッドの上に俺はいた。
「そうか、俺、気絶してたのか」
右を見る。左を見る。
銀髪のメイドなーし。黒髪の妹なーし。危険なーし。
僅かな寂しさと、大きな安堵。
いや、学校にまで来て俺のことをベッドに縛り付けたり、魔力弾をぶっ放すようなことはないだろうけどさ。
ん?違うよ。フリじゃないよ?ほんとだよ。
襲って欲しいなんてちっとも思ってないんだからね!
とまあ、それはそれとして、俺は最後の記憶、〈白光〉との激突を思い出す。
鮮烈に残る剣閃、今もなお腕に残る鈍いしびれ。
その感触を逃さないようにと、右手を握り込む。
あれが神気、あれが〈白光〉の本気。
今思い出しても背筋が震える。
それは恐怖ではなく興奮。
どうすればあれに打ち勝てるのか、どうすればあの高みに届くのか。
心が、魂が、今すぐ動けと、俺はまだまだ強くなれるのだと、歓喜の声を上げている。
次は勝つ!!
そう、心に刻み込んでいると、ふと俺の隣のカーテンの向こうから
「刀祢ちゃん、むにゃむにゃ」
という、どこか聞き覚えがある声が聞こえた気がした。
いや、きっと幻聴だ。俺は疲れているんだ。
「えへへ、ダメだよ~待ってよ~」
くそ、耳を塞いで聞かなかったことにしたい。
だが、このまま放置するのも地雷原でスキップながら花火玉をもってBBQをしているぐらい危険な気がする。
「くるぅ~。きっとくるぅ~。きっとくるぅ~~♪」
いや、狂ってるのはお前だわ!!
思わずそのツッコミを入れそうになるが、ぐっと我慢する。
数瞬の逡巡――――
はぁ~とため息をついた後、俺は諦めて、隣のカーテンをずらし、そっと中を覗いた。
うん、予想通り、そこではピンク色の爆弾が俺のぬいぐるみを抱いてくねくねしていた。
いや、ぬいぐるみまでは予想外ではあったが。
「ほ~ら捕まえたぁ。これからはずっと一緒だよぉ~」
ノエルがそう言って、俺のぬいぐるみをギュッと抱き寄せている。
夢の中の俺よ、そんな簡単に捕まるな。
その先はバッドエンドだ。
ヒロインが監禁してきて、そのまま画面が暗くなって、『その後、刀祢を見た者は誰も居なかった』ってなるあれだぞ。
俺の悲惨な想像を感じ取ったのか、俺のぬいぐるみが悲しみの表情でこちらを見ている。
すまん、俺の代わりに犠牲になってくれ―――
「それじゃあ、刀祢ちゃん、気持ちいいことしようかぁ」
―――そう思っていた時期が俺にもありました。
俺がそのまま眺めていると、なんとノエルは寝ぼけながら胸元をはだけさせ、俺のぬいぐるみを胸元に抱え込んだではないか。
ぬいぐるみの顔がノエルの豊かな御山達の間に沈み込む。
ぽにょん。
「!?!?」
な、な、な、なんということでしょう!?!?
匠の技により俺のぬいぐるみがあっという間に収納されてしまいました!
匠の拘りが見えますね~。
きっと刀祢ぬいぐるみも喜んでいることでしょう。
それを見て、思わず左手が伸びる。
Right hand『やめろ、行くな、その山には火薬が大量に詰まっているんだ』
俺の右手が左手を押さえつける。
Left hand『やめろ、離せ、俺は、俺は俺のぬいぐるみを救いに行くんだ!!』
Right『ばっきゃろー、左手が行くなら俺が行く!!俺が、俺が犠牲になってやる~!!』
Left『右手~~~~!!!』
はっ、いや違う、それはアカンやつだった。
おのれノエルめ、小癪な罠を仕掛けおって!
煩悩退散、煩悩退散、南無阿弥陀仏、色即是空、ドレミファソラシド!!
そうして俺が己の煩悩と熱いバトルを繰り広げていると、
ガラガラガラ
唐突に保健室のドアが開け放たれる音が響いた。
思わずビクンと跳び上がってしまう。
けしからんことはしていません、していませんとも。
こら左手、勝手に桃色の方に伸びていくんじゃありません、めっ。
俺はそれを誤魔化すために、瞬歩もかくやと言う速度でドアの方を向く。
そして予想外の来訪者に目を見開く。
「神代刀祢よ、寝覚めたかのぉ??」
はたしてそこにはアホ毛ちゃんが立っていたのだった。
◇
開口一番俺の名前を呼びかけてくるアホ毛ちゃん。
はて、俺はアホ毛ちゃんに名乗っただろうか?
そんなことを疑問に思っていると、アホ毛ちゃんはそのまま俺のベッドの方に駆け寄って来て
ツルッ、コテン
「あっ」
ベッドの直前で躓くと、そのまま俺の下腹部にヘッドバッドをかまして来やがった。
「ぐべはっ」
俺の口から潰れたカエルのような声が漏れる。
アホ毛ちゃんの額が俺のボール達を圧し潰す。
悶絶――――
あまりの痛みに意識が飛びかける。
金の鐘、響き渡りて、俺果てる、空の向こうへ、去る子種たち~~
はっ、一瞬あの世が見えて、辞世の句を詠んでしまった!?
流石〈白光〉!
アホ毛モードだというのに、あの一瞬で俺を殺しに来るとは、恐ろしいやつだ。
「ぐぅ、つぅ」
何とか意識を引き戻した俺は、震える手でアホ毛ちゃんを起き上がらせる。
「あ、あの、学園長、先生、ぐっ、まずは、そこを、どいて、頂けませんかね」
「こ、これはすまなかったのじゃ」
アホ毛ちゃんが気まずそうに顔を上げる。
本当にこのアホ毛ちゃんは戦闘以外はポンコツだな。
だが仕方ない、これがアホ毛ちゃんクオリティ。
この男にしか分からない地獄の苦しみは、推しが目の前にいるということで相殺するとしよう。
「それで、学園長先生は何御用でこちらの方に」
何とか立ち直った俺は、アホ毛ちゃんのわきの下を持ち上げ、ベッドの横の椅子に座らせる。
「ああ、そうじゃった。そうじゃった。実はな、お前たちのクラス分けの結果を持ってきたのじゃ」
「クラス分けの結果?あ、そうだ、俺途中で気絶したから」
そうだ、クラス分け。そう聞いて、己の失敗を自覚する。
俺が気絶したあの時、クラス分け自体は終盤だったとはいえ、まだ周囲にはそれなりの数の生徒が残っていた。
であれば、俺のクラスは良くてB、最悪Dと言うこともあり得る。
SAHにおいては最初のクラス分けはかなり重要だ。
なにせ解放されるフィールドが変わる。
もしDクラスであれば、序盤の育成に支障が・・・・・・
そこまで考えたところで、
「ほれ、お主の所属クラスじゃ」
アホ毛ちゃんが一枚の紙を差し出す。そこには、
『神代刀祢:配属クラス Sクラス』
そう書かれていた。
Sクラス?そう、Sクラスだ。
入学式の際、Sクラスは特殊な条件を満たさなければ入れないクラスと言っていた。
だが、SAHの舞台である第一学園ではSクラスはない。
そのため聞き流していたのだが――――
「――何か条件を満たしたのか?」
俺が考え込んでいると、
「ほれ、もっと喜ばんか。Sクラスじゃぞ。一番上じゃぞ」
アホ毛ちゃんが薄い胸をはって自慢げに主張してくる。
まるで自分のおかげだと言っているようなその態度に疑問を覚える。
「えっと、俺が退場した時にはまだ結構な生徒が残っていたと思うのですが、何か条件を満たしたってことですか?」
するとアホ毛ちゃんはさらに得意げな表情になる。
「それについては儂が認めたからじゃな」
「アホg、いえ、学園長先生が認めたからですか?」
「アホ?まあ、いいじゃろう。クラスのことじゃったな。
Sクラスに入るには条件がいる、それが儂に認められること。
つまり、何を隠そう、儂こそがSクラスを選抜するための試験官じゃったのじゃ!!」
びっくりしたじゃろ?
そう言ってどや顔しているアホ毛ちゃん尊い。
思わず両手を合わせる。
俺がアホ毛ちゃんを拝んでいると、さらに得意げな顔になり、椅子の上で反り返る。
あ、バランスを崩しそうになってアワアワしている、可愛い。
「うむ、苦しゅうないぞ。では、そんなSクラスについて簡単に説明するのじゃ。
まず座学に関しては他クラスと大差ないのじゃ」
「ふむふむ」
「だが、実技においては違う。まず、Sクラスでは早期に実践訓練が開始されるのじゃ」
「ふむふむふむ」
「さらには様々な特権も与えられるのじゃ」
「なるほど、具体的には?」
「一般書はもちろん学園の図書館にある一部禁書まで閲覧可能となる。
また、学園生には制限がかかる都市外への単独遠征も可能じゃ」
「それはいいですね」
もし今の時点で荒野への進出が可能ならば、あの方法が使えるかもしれない。
「まだあるぞ!!」
俺が自己強化のための算段を考えていていると、アホ毛ちゃんがさらに続ける。
ここまででも破格の条件だが、さらに先があるだと!?
俺が期待に胸を躍らせていると――――
「何と、Sクラス生徒は闇討ち、辻斬りをされ放題なのじゃ。
寧ろSクラス生徒へのみ、他クラスからの闇討ち、辻斬りを推奨しておる!!
本当は他クラスでも推奨したいところなんじゃが、教職員から反対にあっての。
じゃが、何とかSクラス生徒のみ押し通したのじゃ。
どうじゃ、そそるじゃろ?興奮するじゃろ??」
アホ毛ちゃんは下腹部に手を当て、頬を上気させながら何か宣っている。
その様子はちょっとエロい、エロいが・・・・・・。
「常在戦場。Sクラス生徒は常に襲われる可能性がある。
トイレだろうと更衣室だろうと食事中だろうと、おのずと神経が研ぎ澄まされる。
強くなるには最高の環境じゃと思うじゃろ、そうじゃろ!?」
今日一番のウキウキした笑顔を見せるアホ毛ちゃん。
それを前にしても、先ほどの発言に俺は思わず押し黙る。
「・・・・・・」
「ちなみに、もし他クラスの生徒がSクラス生徒を打ち負かした場合、打ち負かした者と打ち負かされたSクラス生徒はクラス替えになるのじゃ」
とってもいい笑顔、いい笑顔だがそうじゃない!!
俺は戦いは好きだ、自らが強くなることにも否やはない。
けれどそれは最終的には出会いのイベントを求めているからだ!!
トイレの途中とか昼休み中とかにいきなり野郎に襲い掛かられるようなイベントは望んじゃいない!!
つまり、
「完全に厄ネタじゃねぇーーーーか!」
俺が騒いでいると、アホ毛ちゃんは満足そうな表情を浮かべ、用事はすんだとばかりに立ち上がる。
いや、ちょっと待ちなさいな。
「さて、説明は以上じゃな。それでは儂はもう行くでな」
そしてトコトコとドアの方まで歩いていってしまう。
だから俺は、その背に一つ、先ほどの戦いでどうしても気になったことを口にする。
「あの、学園長先生、最後に質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ」
「先生が八艘跳びを使い、俺が閃でカウンターを決めた時、確かな手ごたえがありました。俺はあれで決まると思った。けれど先生は立ち上がった。
あれは何故だったんですか?」
そう、あの時俺は完全に勝利を確信した。
渾身の一閃、それはアホ毛ちゃんの紙装甲では防げないはずなのだ。
俺のその問いにアホ毛ちゃんはニヤリを笑うと、
「ああ、簡単なことじゃ。服の下に特別製の鎖帷子を仕込んでいたのじゃ。
クラス選別の都合上、あえて攻撃を受けてやる場面もあるからの」
ターンして俺に自身の体の横を向け、
「じゃからほら、」
自らの右腕をひょいっと上げ、わきの下をさらけ出した。
「このように赤くもなっておらんのじゃ」
腕を上げた拍子に、狩衣の脇が開く。
思わずその隙間に目線が吸い寄せられる。
その下は素肌。
滑らかな脇と肋骨が見え、その奥、関東平野の端が見えてしまっている。
あれは神奈川あたりだろうか。いや、外側だから茨城や千葉の方か。
すると、アホ毛ちゃんはさらに指で狩衣の隙間を広げ
「ほれ、大丈夫じゃろ?」
その滑らかな素肌をこれでもかと見せつけてくる。
シミ一つない関東平野。
それがかなり奥まで露わになる。
あれは東京、いや、その中心にそびえたつスカイツリーの麓まで!?
このまま、いけばスカイツリーの全貌が!?!?
桃源郷はここにあったのか!?!?
俺が目の焦点を集中させ、充血ガン見していると、
「ううぅぅん」
その集中をぶち壊すような寝言が隣のベッドから響いた。
それを聞いたアホ毛ちゃんは腕を下ろす。
なんてこった、関東平野は再び雲に隠れてしまった。
あれでは飢饉になってしまう。あ、すでに貧ではあったか。
俺が関東平野の不作に涙していると――――
「そうじゃった、忘れておったわ。これも渡しておくのじゃ」
アホ毛ちゃんはもう一枚の紙を取り出し渡して来た。
そこには、
『姫園ノエル:配属クラス Sクラス』
「・・・・・・はぁ?」
ノエルもSクラスになっていた。
いや、ノエルの異常さを考えれば納得だけど、え?
俺は授業中でもノエルから解放されないってことですか?マジで!?!?
「それでは確かに渡したぞ。授業は3日後からじゃ。それまでに準備を整えておくように。
それとな、」
そこでアホ毛ちゃんはドアの方へ振り向くと、
「儂のことは瑚兎でよいぞ」
最後にそんなセリフを残して去っていった。
アホ毛ちゃん、いや瑚兎の表情は俺からは見えなかったが、保健室から出ていくその瞬間、俺はそのアホ毛が嬉しそうにピコピコと跳ねているのを見た。
そして、今度こそ保健室に静寂が訪れる。
数秒
あまりの嬉しさで俺は茫然としていたが、瑚兎の言葉にすぐに意識を切り替える。
瑚兎は言った。3日後と。
そう、3日後には学園が始まる。つまり今日を抜かせば中二日しかない。
「だが逆に言えば2日ある」
俺は自らのこぶしをギュッと握りしめる。
学園でもノエルから解放されないのは仕方ない。辻斬りや闇討ちがあるのも諦めよう。
けれどまずは、この世界を生き抜こう。そのためには、
「ステータス強化から始めますか」
俺は両頬を叩いて気合を入れると、これからのチャートを頭の中に描き始めるのだった。
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