― 優しい医師 ―
" 凜は白衣の袖をまくりながら、ラウンジのソファに腰を下ろした。病棟に出て臨床実習や病棟実習の真っ最中だった。
指導医について回り、担当患者の病気について学ぶ毎日だ。"
実習帰りの疲れがじわじわと足に残っている。そこへ、同じ班の友人・藤井美羽が缶コーヒーを差し出してきた。
「おつかれ、凜。今日の回診、めっちゃ緊張してたでしょ?」
「うん。先生に質問されると、頭真っ白になるの、どうにかしたい」
「でもさ、凜ってさ、患者さんの前だとすごく優しい顔になるよね。あれ、ちょっと感動した」
「そうかな。自分じゃ、全然わかんない」
私はコーヒー缶のプルタブを開けながら、ふと窓の外に視線を向けた。夕焼けが、病院の屋上を橙色に染めている。
「ねえ、凜ってさ、昔から医者になりたかったの?」
「うん。小学生の頃にね、怪我した幼馴染にいつも絆創膏を貼ってあげたことがあって、それがきっかけ」
「へえ、なんか凜らしい。優しいね」
美羽は少し間を置いてから、凜の首元に目を向けた。
「それ、いつもつけてるよね。星のペンダント。彼氏から?」
私は一瞬、言葉に詰まった。
「ううん。幼馴染から。小学生の時に、川で溺れた私を助けてくれたの。その時のお礼に渡したのが、これ」
「えっ、それめっちゃドラマじゃん。ていうか、助けてくれたって命がけじゃん」
「うん。彼も流されて、結局助けてくれたのはお父さんだったんだけど、でも最初に手を伸ばしてくれたのは彼だった。小さな手だったけどね」
私はペンダントに指を添えながら、微笑んだ。
「それからずっと、彼のことが気になってた。でもいろいろあって、何度も近づいては離れて、それでも結局、彼の隣に戻ってきた」
「え、え、え? 今って、付き合ってるの?」
「うん。最近、やっとね、ずっと隣にいたのに、言えなかったことが多すぎて」
美羽は目を丸くして、私の肩を軽く叩いた。
「なにそれ、青春すぎる! ていうか、凜ってそういう話、全然しないからびっくりした!」
「話すの、ちょっと恥ずかしかったんだ。」
「でも、今は違うんでしょ? ちゃんとお付き合いしてるんでしょ?」
私は、ゆっくりと頷いた。
「うん」
美羽は缶コーヒーを掲げて、にっこり笑った。
「じゃあ、凜の恋に乾杯。研修病院は、東京行くんだっけ?」
「うん。彼は地元に残るけど、離れてもきっと大丈夫だと思う」
「そっか。じゃあ、遠距離でも、それがあれば隣にいるってことだね」
「うん。ずっと、隣にいたから。これからも、きっとそう願ってる」




