― 地雷 ―
忙しい教師の一日の終わり。
勇真は胸元に手をやったときに、ペンダントのチェーンが切れてしまった。
「マジか。まあ、古い物だったからな」
チェーンだけでも変えようか。そう思って立ち寄ったアクセサリーショップで、黒い星のペンダントを見つけた。
「これ、色が目立たないし、今と同じような星のデザインだ。お揃いで買っとくか。直すより安いし」
「それよりも、凜が喜ぶ顔が頭に浮かぶよ」
そんな軽い気持ちで、ふたつ購入した。
——
「ちょっと見てほしいものがあるんだ」凜の喜ぶ姿を楽しみに急いで駆けつけたカフェ。
「じゃじゃーん!」勇真は、凜会うとともに、手に持っていた小さな箱をそっと差し出した。箱の中には、黒い星のペンダントがふたつ。新品のチェーンが光を受けて、控えめに輝いていた。
「この前、チェーンが切れちゃってさ。古かったし、学校でもちょっと目立つし。黒いこれならちょうど良いと思ってね」
凜が黙って見つめているのを気にしながら、勇真は少し照れくさそうに笑って続けた。
「だから、同じようなの見つけて、買い替えたんだ。ほら、ペアで。凜も、きっと喜ぶかなって」
そう言いながら、勇真は凜の反応を探るように目を向けた。
けれど、凜の表情は動かなかった。むしろ、目の奥に静かな怒りが宿っているように見えた。
「買い替えるってことなの?」
その一言に、勇真の身体は硬直した。
「うん、同じ形だし、こいつに対する気持ちは変わってないっていうか・・・そのぉ・・・」
凜は、箱の中のペンダントに目を落としたまま、ゆっくりと息を吐いた。
「勇真、それ、意味わかってる?」
その声は、静かだけれど、確かに怒っていた。
「買い替えたって、どういうこと?」
「いや、俺のチェーンが切れちゃってさ。古いし、学校でもちょっと目立つし同じようなの見つけたから、直すより安いし、って思って」
「はぁ?」
凜はペンダントを手に取ることもしなかった。
勇真は凜の怒りも似た視線を感じた。
「意味、わかってる? それ、ただのアクセサリーじゃないんだよ」
「えっでも、形も同じだし」
「違う! 形じゃないの。気持ちなの。これはね、小学生の時に渡した願いが叶うペンダントなの。私の宝物なのにただのアクセサリーじゃない。ずっと、ずっと大事にしてたの」
「それを、古いからとか、目立つからとか、そんな理由で買い替えたって、どういうことなの? そんな軽い気持ちで、あの時の想いを他の物とすり替えないでよ」
凜の目には、涙がにじんでいた。
「ごめん。そんなつもりじゃなかった」
「だったら、なんで勝手にペアで買ってくるの? 私の気持ち、一度でも聞いてくれた?」
勇真は何も言えなかった。凜は勇真に背を向けた。
「私は、変えたくなかった。どんなに古くても、どんなに目立っても、これが私の分身なの」
その言葉は、勇真の胸に深く突き刺さった。
「ほんとに、わかってないんだね」
「もういい。チェーンだけ変えてもらう。星は、絶対に変えたくない」
結局、勇真は凜のペンダントも一緒に持ち込んで、チェーンだけを新しくしてもらうことにした。
——
勇真は再びアクセサリーショップを訪れた。
「おっ、来た来た。お客さん、チェーンは新しい物に取り換えといたよ。それと、この前ペアで買ってくれたからさ、ちょっとサービスしといたよ」
店主はにやりと笑って、ふたつのペンダントを差し出した。
「他のお客さんのメッキ依頼があってね。ついでに、君のもやっといた。明るいシルバーにしてみたよ」
「えっ!」
勇真は目を丸くした。古くてくすんだ星が、今はキラキラと光っている。
(ちょっと、おじさん、どえらいことしてくれたな!どうしよう……)と心の中で絶叫する勇真だった――
店を後にして――
「これ、ピカピカのシルバー。前のよりぜんぜん目立つじゃん」
「あーあ、こんなにキラキラになっちゃってまた凜に叱られる」
——
恐る恐る凜の前で、ピカピカになったペンダントを差し出す勇真――
「わあ!すごい。きれい」
凜はペンダントを手に取ると、嬉しそうに笑った。
「え、喜んでるの?」
勇真は、肩の力が抜けるのを感じた。
「うん。なんか新しくなったのに、ちゃんとあの時の気持ちが残ってる気がする」
勇真は苦笑した。
「最初俺は、とにかく学校で目立たないようにしたかったんだけどな。まるっきり逆の結果になったっていう話だ」
(あんなところに、地雷があったなんて思いもしなかったわ。それで今回は、思いっきり踏み抜いたわ)
「ありがとう。やっぱり、勇真が同じ物を持ってると、安心する」
覚悟を決めて凜に会った勇真――ほっと胸をなでおろす一日だった。
(お店のおじさん、ありがとう!)
——
窓の外はすっかり暗くなっていた。凜は机に向かいながら、ふと視線を上げる。正面に飾られたペンダントが、スタンドライトの光を受けて静かに輝いていた。
(あの時、怒りすぎたかもしれない)
胸の奥が、じんわりと痛む。
勇真がペンダントを見せてくれた時の、あの期待に満ちた顔。今思えば、あれは喜ばせたかっただけだったのかもしれない。
「私も、きっと喜ぶかなって」
その言葉が、今になって耳の奥で繰り返される。
(あんなふうに怒鳴ることなかったな)
(でも、嫌だったんだ。あの星が、ただの物になってしまうのが)
勇真にとっては、形が同じなら気持ちも同じだと思ったのかもしれない。でも、凜にとっては違った。あの星には、幼い日の勇真の手のぬくもりが、願いの言葉が、全部詰まっていた。
(でも、それを伝える前に、怒ってしまった)
凜は深く息を吐いた。
「ちゃんと話せばよかった」
その夜、凜はスマホを手に取って、勇真の名前をタップしかけて、やめた。
(もう少しだけ、落ち着いてからにしよう)
ペンダントを胸元に当てて、そっと目を閉じる。
(ごめんね、勇真。わたし、ちょっと子どもだった)
——
午後のカフェは、平日のせいか空いていた。窓際の席に座る凜は、手元のカップを両手で包みながら、何度も言葉を探していた。
勇真が席に着くと、凜は少しだけ目を伏せた。
「急に呼び出してごめん。忙しくなかった?」
「うん。大丈夫」
勇真は笑って言ったが、どこか探るような視線を向けていた。
凜は落ち着いた様子で、勇真の目を見て言った。
「この前、ペンダントのことで、怒ってごめん」
勇真は驚いたように目を見開いた。
「え? いや、俺が勝手に買い替えたのが悪かったし」
「違うの。あの時、ちゃんと気持ちを伝えればよかったのに、感情だけぶつけちゃった。ほんとは、嬉しかったんだよ。勇真が、私のこと考えてくれたの」
勇真は、少し照れたように笑った。
「そう言ってもらえると、救われるわ。俺、凜が喜ぶと思ってたのに、あんなに怒られて、ちょっとへこんでたんだ」
「ごめん。あのペンダント、私にとっては過去と願いが詰まってるから、代わってしまうのが、嫌だったの」
「うん。あの後、俺もよく考えたんだ。俺たちのペンダントに代わる物はないって事」
ふたりはしばらく黙っていた。窓の外では、春の風が街路樹を揺らしていた。
「でもね、チェーンが新しくなって、ちょっとだけ思ったの。色や形が変わっても、気持ちがちゃんと残ってるなら、それも悪くないかもって」
勇真は、胸元のペンダントに手をやった。
「ありがとう。勇真が持ってると、やっぱり安心する」
その言葉に、勇真は少しだけ目をそらして、照れくさそうにカップを持ち上げた。
「なんか今日、また怒られるかと思って覚悟してたけど、来てよかった」
「なにその言い方!せっかくお詫びをしにきたのに、また腹が立ってきたわ!」
ふたりのペンダントが、静かに胸元で仲良く揺れていた。




