― けじめ ―
「売ろうと思ってるんだ。このバイク」
春の風が強く吹く夕方、勇真の家へ立ち寄った日のガレージの前。
勇真が、ふいにそう言った。
大切に乗っていたバイクだってことはわかっていた。暇さえあればバイクの洗車をしていた。
理由は言わなかったけど、私はすぐにわかった。
私にとっては麗華さんと勇真の想い出が詰まったモノ……
勇真は一度も私を乗せようとはしなかった。
私……知らず知らずのうちに、態度に出てたかな……
たぶん……
私に思い出させたくないのかもしれない……
彼女の影を感じさせないように。
優しい嘘。
誰のための嘘か、分かってしまうから、そんな彼が愛おしかった。
「そうなんだ」
私はそれだけしか言えなかった。
止める理由も、責める気持ちもなかった。
むしろ、勇真がそこまでして私に向き合おうとしてくれていることが、痛いほど伝わってきた。
私は少しだけ、ずるい女かもしれない。
勇真がまだ、完全には彼女を忘れられていないのだろうということは、薄々感じていた。
バイクを手放したって、記憶まで消えるわけじゃない。
でも、それでもいいと思った。
勇真が、私のために過去と距離を置こうとしてくれている。
そのやり方が、不器用でも、少し無理をしていても――
私はその気持ちだけで、十分だった。
「もし、またバイク乗るなら、次は一緒に選ぼうね」
そう言うと、勇真は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに笑った。
それは、麗華さんの記憶ではなく、私に向けられた笑顔だった。
私は、それをちゃんと覚えておこうと思った。




