― 憩いのひととき ―
望月家のリビングには、午後の日差しがぽかぽかと差し込んでいた。
テーブルの上には、沙耶が持ってきた手作りのアップルパイと、陽子が淹れたアールグレイの紅茶。ポットから立ちのぼる湯気が、ほんのりと甘く、秋の空気と溶け合っていた。
「ほんっと、お料理上手よね、沙耶さんは。これ、まるで売り物じゃない」
陽子が目を丸くしながらフォークを口に運ぶ。
「うふふ。たまたま、りんごをもらったから。手を動かしてると気が紛れるのよ、最近は特にね」
「ああ、わかる気がする。受験生って、親のほうが落ち着かないのよね」
「今も時々思い出すんだけど、幼稚園の頃の凜ちゃんと勇真、ほんっと仲良しだったよね」
陽子がふと遠くを見るようにして、懐かしそうに笑った。
「うん。あの二人、いつも手をつないでたでしょう? 先生に『仲良しで微笑ましいですよ』って言われたくらい」
二人はくすりと笑った。
「覚えてる?」
沙耶が少し身を乗り出した。
「毎朝、勇真くんが門のところで凜を待ってたこと」
「あったあった!」
陽子は手を叩いて笑う。
「うち、家が近いからちょっと早く着いちゃうのよね。で、門の前でそわそわしてるの。先生にも『誰待ってるの?』って聞かれて『りんちゃん』って小声で答えるのよ」
「かわいい!」
「でね、凜ちゃんが来た瞬間、ぱーっと顔が明るくなって、二人でそのまま手をつないで教室まで行くのよ」
二人は顔を見合わせて笑う。
陽子はそっと紅茶のカップを置いて、静かに言った。
「あの頃って、ただ仲良しってだけだったんだろうけど、なんだか特別な関係だったよね」
「うん。ふたりとも一緒にいるのが自然だったんだろうね」
「今は大きくなって、それぞれ悩みもあるけど、ああいう時間を一緒に過ごした子たちなら、助け合えるのかなって思えるのよ」
「そうね。あの頃の手をつなぐ距離は、ずっと心のどこかに残っててほしいわ」
午後の日差しの中、二人はゆっくりと微笑みあった。
「ところで凜ちゃん、ほんとにしっかりしてるわよね。優しくて、賢くて、おまけにあの美人顔。私、昔から思ってたの。うちの嫁になってくれないかしらって」
「ふふっ。勇真くんに告白でもさせてみる?」
沙耶がからかうように笑うと、陽子は「あら、それ逆じゃない?」と肩をすくめてみせた。ふたりでくすくすと笑いあう。
長い付き合いの家族同士。陽子は少しだけ真面目な顔になると、そっと言った。
「でもね、沙耶さん。やっぱりちょっと寂しいの。あの子たち、もう子どもじゃなくなってきてるでしょ。私たちの知らない世界で、笑ったり、悩んだりしてる」
陽子はティーカップを見つめる。
「うん、ほんとにね」
沙耶の目も、どこか遠くを見ていた。
「凜も、このごろは何を考えてるのか、ちょっと分かりにくい時があって。ふとした時に悩んでいるような顔をするのよ。あの子は昔から自分の感情を表に出さないから」
「うちの勇真も同じよ。言葉は少なくなったけど、たまに、こっそりさくらの世話をしてあげてたりしてさ。あの子、口はぶっきらぼうだけど、昔から誰かを放っておけないのよね。でも自分の気持ちにスイッチが入った時は、私たちも行動が読めない、少し心配なところは昔から変わってない」
陽子は紅茶を一口飲んで、ほっとしたように目を細めた。沙耶も、ふと小さく笑ってから、言う。
「あの子たち、将来どうなるのかしらね」
「さあ。でもね、沙耶さん。もしあの二人が、本当に困ったとき、手を伸ばし合える関係でいてくれたら、それだけで十分じゃない?」
「そうね。そう思えるって、きっと幸せなことよね」
カップがカチャッとテーブルに戻される音が、静かな琥珀色の光の午後に心地よく響く。




