― 君を助けた大きな手 ―
ー 登場人物 ―
【望月 勇真】
勇真は勉学や運動に飛びぬけた長所はないが、愛されるキャラクター。6つ年下の妹さくらと二人兄妹。
【相原 凜】
凜は一人っ子、勇真と同い年、人見知りの幼馴染、勇真を弟のように思った。男性からの人気がすごい、本を読むのが好き。
【桐島 翔太】
勉学スポーツ万能、勇真の親友で同じテニス部員。
【望月 さくら】
勇真の妹さくらは天真爛漫な性格、凜に可愛がられる、凜はさくらの性格に憧れる。
——
あの日、夏の川
川の水は、陽の光を反射してキラキラと輝いていた。
風に揺れる木々の葉の音と、遠くで聞こえる大人たちの笑い声。河原では、バーベキューの煙がのんびりと空へ昇っている。
「りんは野菜がきらいなのか?ピーマンぐらい食えるだろう」と勇真が眉をひそめる。
「いちいちうるさいよ」と凜はそっぽを向いた。
夏休みのある日、望月家と相原家は一緒に家族旅行に出かけた。川辺でのバーベキューは子どもたちにとって最高の遊びだった。
望月勇真は小学四年生で、まだまだ元気いっぱい。同じ四年生の相原凜は、少し大人びて見えた。
大人たちから少し離れた河原の浅瀬で、勇真と凜は水遊びをしている。
勇真がこのように凜と遊ぶのは日常の延長だった。鬼ごっこ、ドッヂボール、携帯ゲーム。お互いの家を行き来し過ごす毎日だった。
そして、何気ない会話。ゲームの新しいステージの話、クラスで起きたちょっとした出来事など。
ふたりはいつものように、笑ったり、ちょっと言い合いになったりしながら遊んでいた。 けれど、結局いつも凜とすぐに仲直りできるのが不思議だった。
——
つい先日もこんな出来事があった。
二人はベンチに並んで座り、おこづかいを出し合って買ったチョコモナカを分け合っていた。
「半分こって言ったのに、りんの方が大きいじゃん!」
「えー、そんなことないよ。気のせい、気のせい!」
「いつもそうやってズルする!」
「ズルじゃないってば!」
「凜のほうがちょっとだけ背が高いと思って、ズルしてるだろ」
声が少しずつ大きくなる。やがて、勇真はぷいっと顔を背け、凜もむっとして黙り込んだ。
でも、帰り道。勇真が小さく「……ごめん」とつぶやくと、凜も「こっちもごめん」と笑った。
その笑顔に、さっきの喧嘩がすっかり溶けていく。二人の距離は、やっぱり変わらない。
——
川遊びをする勇真はこぶし大の石を集めてダムを作り、凜は水の流れを手で遮ったり木の葉を浮かべたりしていた。
「見て、りん。ここで水止まった!」
「すごーい!わっ、つめたっ!」
その時だった。
凜の足元の石がズルッと滑り、次の瞬間、バランスを崩して倒れ込んでしまった。
水しぶきが上がり、凜の体がそのまま浅瀬へ倒れ込む。
「きゃっ!」
流れは想像以上に速く、凜は手足をばたつかせながら沈んでは浮かぶように見え、声にならない助けを求めていた。
凜の姿は一瞬だけ見えたが、すぐに流れの中へ沈んだ。
表面近くで小さな渦がいくつも巻き、凜の体を下流へと引きずっていく。
勇真が反射的に駆け寄り、ためらいもなく川へ飛び込んだ。
大きな水音が響き、しぶきが太陽の光を散らす。
必死に泳いで凜にたどり着いた勇真は、小さな体で凜の手首を握った。
思ったよりも水は冷たかった。
体が引きずられ、勇真は凜の手をきつく握ったまま、下流へと飲まれていった。
もうダメかもしれない。
ゴボゴボゴボ――水中を激しくかき回されて呼吸ができない。やがて勇真の意識が遠のいた。
——
「勇真!!、凜!!」
鋭く響く大人の声。そして、水を切る音。
凜の悲鳴に気づいて駆け寄ったのは、凜の父・透だった。
迷いのない泳ぎで二人のもとへたどり着くと、ふたりの身体を引き寄せた。
川の中で何が起きたのか、凜の意識は曖昧だった。
岸に引き上げられ、咳き込みながら吐き出す水と涙。
透がタオルで凜の震えるからだを抱きかかえながら、静かに言った。
「よく頑張ったな、凜。そして勇真、お前が凜を助けてくれたんだな」
その時、凜は震える唇で呟いた。
「助けてくれたの、大きな手だった……」
凜の言葉に透は微笑み、言った。
「大きな手じゃないさ。あれは、勇真の手だ。
勇真は自分が溺れても最後まで凜の手を離していなかった」
凜は驚いたように勇真を見る。
砂まみれの顔。擦りむいた腕。息を切らして座り込んでいた。
あの時凜の視界は歪み、ぼんやりとした光と、水の音と、そして、大きな手が見えた。
しがみつくように、その手を強く握り返したその瞬間、流れに巻き込まれた。
「勇真だったの?私の手首をぎゅっと掴んでくれたのは、私の腕に跡が残るぐらいにきつく掴んでくれた」
凜は勇真の擦りむいた腕を見て、胸が痛くなるような気がした。
その日から、凜の中で何かが少しずつ変わっていくのを感じた。
学校で勇真の姿を見つけると、ずっとただの幼なじみ、頼りない弟のような存在だったはずが、その後を追うように視線を送っていた。




