表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

短編集

不幸の後には最大の蜜がある

作者:

 この街は治安が悪いってよく言われる。

でも実際は、ただ“この街のルール”を知らないだけなんだと思う。

どんな場所にもその土地の空気があって、知らずに踏み込めば、どこだって危険に見える。


 そう考えると、この街はむしろ平和なんじゃないかって思えてくる。

ヤバい物や怪しい商売は多いけど、本当に怖いのは一見安全そうで、誰も疑わないような場所だ。


今回の件で、そのことをあらためて思い知らされた。

不幸のあとには、それ以上の幸福がちゃんと待ってるんだって。

病室で、今日もお見舞いに来てくれる彼女の顔を見たとき、胸の奥で静かにそう感じた。


 この日は、お店の日だった。

テーブルの上には磨かれたグラスとボトルが整然と並んでいて、照明は少し落としてある。

ジャズが静かに流れ、笑い声と氷の音がその合間を埋める。

煙草と香水、アルコールが混ざった匂いは、いつの間にか慣れっこになっていた。


 お酒を飲む店だと、こういう話を振られるのは珍しくない。

口説き文句も、酔った勢いの武勇伝も、聞き飽きるほど聞いてきた。仕方ないって思ってる。

でもこの日は、その中でも特にタチが悪かった。


「なぁ、今日アフターいいだろ。最近つれないじゃん」


 ソファ席のテーブル越しに、客がぐっと身を乗り出してくる。

シャンパンの匂いが漂い、距離の近さをいやでも意識させられた。

笑っている口元とは裏腹に、目だけが笑っていなくて、逃がす気なんてないって顔をしている。



「ごめんね。家にいるにゃんこちゃんのところに帰らなきゃいけなくてさ」


 私はテーブルの上のグラスを指先で軽く回しながら、作り笑いを浮かべてそう答える。

少しでも空気を柔らかくしようと、声のトーンだけは明るくした。


「なかなかなついてくれなかったんだけど、最近やっと甘えてくれるようになったんだよ」


 にゃんこの話を出せば、だいたいの人は「そっか、残念」って引いてくれる。

本当のことだし、嘘はついてない。

ただ、そのときの私は、いつもの「軽い冗談」で終わらない予感を、ぼんやりと胸の奥で感じていた。


「ねこより、なぁいいだろ、美味しいご飯食べてその後も、以前はよく行ったじゃん」


 別に今でも誰彼構わず抱かれることには抵抗はないんだけど、どうしてもふっと彼女の顔を思い出すと断ってしまう。

一緒に暮らして最初のころだったかな?


 いつもの癖でアフターを通り越して、朝帰りした日、帰ってきたら彼女は起きて待っていた。

何事もなかったかのように顔を見て部屋に戻ったんだっけ。

「どうしたの?」って聞いたら、「今起きた」って返事が来た。

めちゃくちゃな嘘だってすぐ分かったけど、彼女はぶっきらぼうなのにすごく優しい。

それからは、連絡を入れるのが当たり前になったし、それから彼女の家に入ってからは、そういうこともしなくなった。


 まぁ、夜の店だし、ちょっとしたアダルトな駆け引きは当たり前。

あまり押しが強すぎると、逆にお客の方がバカを見る世界。

私もこう言えば身を引くと思ったんだけどね…。


「あぁ、俺が誘ってるんだぞ!?

お前の売り上げにどれだけ貢献してやってるのかわかってるのか?」


 あちゃ、大声出されたら大事になるなぁと予感した。

ホテルは基本NGなのは知ってる。

理由は、面倒になるから。それだけの理由。


「誘ってもらって光栄ですけど、ごめんなさいね」


 私は頭を下げて、その場を収めようとした。

そしたら、頭から冷たいものが流れてきた。

あぁ、お酒だ。

結構高いお酒なのに、もったいないなぁと思ってた瞬間、

お店のママたちもやってきて、カオス状態になった。

ヘルプの子も驚いてるし、よく見たら泣いてる。

あぁ、可愛いけど、あなたがやられてるわけじゃないのにね。

これくらいは私には、全然効かないけど、

一応、客商売だから頭はずっと下げてたんだけど…。


でも、次の一言が私の逆鱗に触れた。


「夜の店なんて高い金払ってるんだ、アフターで食事に足代も払ってやってるのに、ホテルの話でカマトトぶってんじゃねえよ。股開きながら、喜びながらおねだりするくせによ。どうせ夜の店で働く女は、苦労したくなくて給料がいい仕事を選んだだけだろ。風俗が怖いからお酒の店で良いかって感じだろ! 本当は淫乱で股が緩くて、頭も弱い女たちだろうが!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は頭を上げ、氷が入った水ピッチャーを持ちあげた。

椅子の上に乗り、その男の頭から水をぶっかけた。


「なにしやが・・・」


「相当酔っていらっしゃるようでしたので、頭を冷やしてあげようと思ったんですよ」


 私は笑いながら言っていたけど、後で聴いたら「綾さん怒ると怖いんですね」だって。


「夜で働く女は楽をしたいからだって、一部そんな女性もいるけど、そうしないと家族を養うために働いてる女の子もいれば、色々な訳アリの女性も沢山いる。苦しくてもね、お客様が来てくれたら、そんなの関係なく笑ってお客様に接待して、また元気になってもらおうって子が多いの。私が言うのも変だけどね、だれかれ肉体関係してもいいって思ってる子はいないの。クラブは社交界と同じなの。それを忘れたお客様に遊んでほしくないわ・・・それに私はそんな安い女じゃない。」


「かすみちゃん」


「あ・・・はい」


「ごめんね、そこに置いてある私のバック持ってきてくれる?」


「はい」


 かすみちゃんは今回のヘルプの子。

震えながらも、私のバックを持ってくれた。





「ありがとう」


 そして私は財布を取り出し、その男の目の前に今日銀行から降ろしたお金の束を机の上でたたき置いた。


「今まで通ってくれてお店に出してくれたお金とアフター等の金額これで足りるよね」


 私は100万円の札束をその男の目の前に置いた。


「これでいいでしょ、私の店じゃないけど、もう出てったら見苦しい。ここにいても周囲から白い眼で見られるだけよ」


 クスクス。私は微笑(びしょう)して、その男に向かってつぶやいた。


「くそっ!」彼はそう言って、逃げるように店から出ていった。


「お客様、私の不徳により嫌な思いをさせてしまいました。これは私のお詫びです」


 そう言って、ママに頼んで、この店でトップクラスに高い1本30万円のボトルをお客様にプレゼントした。

人数が10人しかいなくてよかったと、私は心の中で思った。

ママにカードを渡し、その場を乗り切った。


「さすがにこのままでは無理なので、少し席を外しますね」

私はそう言い残し、控室に行った。

当然、少ししたらママもやってきた。


「後始末ありがとうございます」


「負けないわよ」


「えぇ」


「全く、だからホテルはダメだってあれほど言ったでしょ」


「知ってます。以前はそれでお互い癒されるんならいいかなって、所詮私の価値ってそんなものだと思ってましたから」


「もっと自分を大事にしないと」


「だから断ってるんじゃないですか」


「あの街に引っ越して、少し変わったわね」


「そうかもしれないね。もしかして、首ですか?」


「しないわよ。あなたが辞めたいのなら止めないけどね。それにペナルティは、あなたがやったあれでいいわ」


「すみません、今日早く上がりますね」


「わかったわ」

そう、この騒動はここで終わると思っていた。


 私は、今日400万も失ってしまった。

年収の約4割を一日で使ってしまった。

さすがの私も、勢い過ぎたとちょっと反省…それがいけなかった。


 タクシーは、家までは行ってくれない。

それどころか、あの街に入る手前の大通りまでしか行ってくれない。

最近は、お酒に少し酔っていても、街に入ると神経をとがらせるのには慣れた。

気を抜いたら、身ぐるみどころか、何されるかわからない街だから。

この間、美蘭(メイラン)さんに、無防備すぎるって前に言われたっけ。

神経を張って歩こう、酔い覚ましにはちょうどいいでしょ。


 早く店を退いたとはいえ、深夜は1時を回っていた。

あぁ、全く、なんで今日はあそこで待ってるんだろう?

よく見たら、人影がもう一人。

あぁ、美蘭さんもいるから、連れられたのかな?


 本当に美蘭さんには感謝だよな。

この町の顔役っていうのもあるけど、私たちをすごくかわいがってくれてる。

麗花リーファに向かって手を振った瞬間、

後ろから熱い感触が襲ってきた。

その瞬間、強烈な痛みが全身を駆け抜けた。

振り向くと、先ほどの男がナイフを持って私を指しているのがわかった。


「血まみれモ美しいな、その顔で死ぬまで犯してやるヨ」


 いつもなら警戒しているところだけど、スラム街の入り口付近だから気を許しすぎた。

目の前の男の冷たい視線が突き刺さり、私は前かがみに倒れそうになった。

足元がふらつき、冷や汗が背中を伝う。


「血まみれモ美しいな、その顔で死ぬまで犯してやるヨ」

男は狂気に満ちた目をして、笑いながら声をかけてきた。

その目は、何もかも壊してしまいたいというような、底知れぬ闇を宿していた。

その笑い声は耳に響き、身体が震えるほどだった。

近づいてきた男の息が、冷たい汗をかいた私の肌に触れ、吐き気を催させる。

全身が硬直し、息を呑んだまま動けなかった。


 あぁ、むこうから麗花が来ている。

来たら危ないよ。

いつも心配かけてごめんね。そして、ありがとう……あぁ、ここで死ぬのは嫌だけど、あなたに会えて本当に良かった。

もうそんなに泣きそうな顔で来なくてもいいから。

そんなことを思いながら、私は意識を失った。


 私が目を覚ました時、頭がぼんやりしていて、ベッドに横たわっていた。

体が重く、目を開けるのも一苦労だった。

周囲の景色はぼんやりとしか見えず、ようやく現実に戻ったことを感じた。


 その後、美蘭さんが見舞いに来て、事の顛末を静かに聞いた。

あの男のことについては、ごまかされたけれど、まぁそこは触れないでおこう。


なぜこんなことが起きたのかを話すと、美蘭さんにも注意された。

もうやっていないのに。


麗花は看病で疲れているのか、椅子に座ったまま頭をベッドに乗せて寝ていた。

その姿がとても愛しくて、私は静かに麗花の髪をなでながら、心からこう感じた。

だって、この()がいるから。

あぁ、幸せだね。


 あんな不幸なことがあったのに、やっぱり乗り越えたら幸せはやってくる。

幸せを十分感じるためには、不幸や痛みを少しだけ持ってこなければならない。

そう思いながら、幸せの快楽も大きく感じられる。

麗花の頬にキスをしようとした瞬間、目が合って、彼女にめっちゃ怒られた。

美蘭さんの笑い声と、困ったように怒る麗花の声を聴きながら、私は心の中で感じた。

これからも一緒にいようね。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

もし「続きが気になる」「応援したい」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク登録と、ページ下部にある【評価する】ボタンから評価ポイントをいただけると、とても励みになります!


皆さんの応援が、次の話の執筆を進める力になりますので、どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ