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第10話(疑念)


 「公子、無事に編入学出来て良かったですね~」

 手続きが終わり、ジーンが予め準備したベールの新居に向かう為、学院の敷地外に出る許可を貰って外出したリオーヌ達。


 「あの実技試験、戦場に比べたら......って感じだろ? 剣だけで戦うとか魔術だけとか、制限を付けるところがね」

 「そんなことを言えるのは、仮面の貴公子様だけです。 リオ様は右手で名刀を振るいながら、同時に魔術を放って、左手の魔剣を盾にも矛にも扱える。 普通の人はそれが一つだけなんだから」

 「その表現だと、僕が魔物みたい」

 「敵の評価は、魔物と似た扱いでしたぜ」

 ベールが否定しなかったので、リオーヌは少し不満そう。

 その表情を見て、ベールは大笑い。

 「敵さんの中には、『仮面の魔物が出た〜』って大騒ぎして逃げ出す者も多かった。 覚えてません?」

 「う〜ん」

 「本当に知らない?」

 「......いや、知ってる」

 その不本意そうな顔に、再び大笑いのベール。



 しかし......

 「ここって......嘘だろ?」

 今度は、ベールがショックを受ける番だ。

 「ジーンのよこした書類では、確かにここだね」

 いくらアンフルル学院に近くて安い所とは言っても、表向き大公国の公子の従者である以上、一定レベルの建物であるべきなのだが......

 余りのボロい集合住宅に、今度はリオーヌの笑いが止まらなくなる。


 「マジ?」

 表情が固まっているベール。

 「いや〜、雨風も凌げなさそう」

 凄く嬉しそうなリオの様子を見ていると、だんだん頭に血が昇ってくるベール。

 「あの野郎〜。 直ぐフェルメに戻って、ぶん殴ってやる」

 今にも駆け出して、母国に戻りそうな雰囲気だが、リオーヌはベールの腕を掴んで離さない。

 「公子〜、離してくれ」

 「まあまあ」

 「とにかく、ぶん殴らないと気が済まないんだよ」

 「それはダメだ」

 笑いながら、体格の良いベールの腕を軽々掴んで動けなくしてしまうリオ。

 ベールも暫く抵抗していたが、漸く諦めたようだ。

 「公子って、そんなに腕力有リましたか?」

 「魔力の使い方一つなんだ。 魔術師の膂力って」


 酷いボロ家に、同情したリオーヌ。

 学院内の寮には、王族や大貴族の生徒達の為の従者用住居が併設されており、当面はそこを借り上げるという話で収まりがついた。




 「ところで、あのドルドとかいう生徒。 どうして救ってあげたんです?」

 学院に戻る帰り道。

 ベールは気になっていたことを質問する。

 「まだ10代だし、可哀想になったからかな」

 「公子が最後に使ったあの回復魔術。 東方的な言い方だと『禁忌の術』、ですね?」

 「禁忌って、魔剣ダィン・ティルの力を借りたからかい?」

 「ええ」

 「......」

 「俺の見たところ、あの小僧の、公子の命をも狙った水系魔術の弾丸攻撃に対し、予期していなかったこともあって、本気の精神攻撃魔術で反撃せざるを得なかった」

 「そうだっけ?」

 「公子が手加減をしなかった精神攻撃魔術は、『絶対に解除出来ない代物で、死が有るのみだ』と、戦場に居た頃、言ってましたよね」

 「記憶に無いなあ〜」


 妙な誤魔化しをするリオーヌ。

 しかし、傭兵としての活躍ぶりからベールの高い戦闘能力を見込んで、当時の大将軍シーラー・キョウ率いる軍勢にスカウトしたのは、リオ自身。

 そして3年以上、大将軍率いる一軍の先鋒として、戦場で枕を並べて戦ってきた仲であり、リオの能力や持つ秘密を一定程度知っており、誤魔化し切れないのも事実だ。


 「それを、激戦が続き、明日の命が有るかどうかもわからない時ですら見せたこともない方法で、無理矢理回復させたってことは、公子が命を賭して、魔剣の持つ固有魔力を自身の魔力に重ね合わせ莫大な力を作り出して、三途の川を渡りかけていたあの小僧の魂を強引に現世へと戻したってことでしょ。 違います?」

 「......違わない」

 普段は脳筋のような振る舞いの目立つベールだが、こと戦闘に関わる事象については、深い理解力を持っている。

 今回、廃人になりかけていたドルドを救う為に使った特殊な精神系回復魔術の原理は、概ねベールの推論の通りであった。

 


 色々と忙しかった1日の疲れがどーっと出たようで、トボトボと歩いている主従。

 日は沈みかけていて、眩い夕日が2人を照らし、大きな影が2つ、石畳の道路上に映し出されている。

 「縮まった寿命は?」

 「......1年」

 「一回で成功したから結果オーライ。 失敗したら、もっと縮まっていたってことか」

 「そんなところかも」

 「公子。 貴方はもう自分だけのことを考えて行動していれば良かったシーラー王国軍の剣士『仮面の貴公子』ではない。 ディアナ大公国の国民が期待している次期国主の魔剣士リオーヌ・ディアナなのだぞ」

 「ごめん、ベール。 心配をかけてしまって」

 

 「味方の命を護る為、慈悲も容赦も一切無く、無数の敵の命を奪い続けた御仁が、面識も無いクソガキ一人の為に、自身の寿命を縮めてまで救う。 その矛盾した行動が公子らしいってところかな?」

 今回の出来事の感想を纏めたベール。

 その評価に、頷いて肯定するリオーヌであった。




 アンフルル学院に戻り、急遽従者用の宿舎の借り上げを申請したリオーヌ。

 案内された建物は、学院内の敷地の外れにあって、長い間誰も使っていない、古びた住居であった。

 「ここしか無いのですか?」

 幽霊でも出そうな雰囲気に、ベールを不憫に感じたリオーヌが職員に質問すると、

 「生憎、エルリック王太子が在学していることで、フラール王家から派遣されている護衛や付き人が多数にのぼっている影響が大きく、寮に近い従者用の待機宿舎に空きが無いのです」


 申し訳なそうに答える職員であったが、リオーヌが三大王国の王族や高位貴族の子弟であれば、無理矢理にでも、従者用宿舎の空き部屋を斡旋してくれたであろう。

 王太子が居ることで、どこの馬の骨かわからないベールをその近くに住まわせたくないという学院側の警備事情も見て取れた。


 「さっきのところよりは全然マシだ。 俺はここで構わないぜ」

 ベールの、従者らしくないタメ口な言葉遣いに驚く学校職員。

 「ベールがそう言うのならば。 では、ここをお借りします」

 「わかりました。 鍵は従者の方にお渡ししておきましょう。 生徒さんは戻って書類にサインを」

 「じゃあ、ベール。 また後で」

 「おお」

 その場で別れたディアナ大公国の主従。

 友達感覚の関係の貴族の主従など、見たことが無いので、再び驚いてしまう職員であった。




 その日の夜。

 正式に編入学したリオーヌに充てがわれた学生寮の部屋は、平民の生徒達が入居している棟であった。

 『まあ、こんなもんか〜』

 ベッドと机に本棚が有るだけのワンルーム。

 玄関に大きな収納が設置されているのは、騎士課程で使う大きな個人装備を仕舞う為といったところだ。

 共同トイレに共同風呂。

 洗面台や台所も共用部分に設置されていて、個人部屋にはそうした設備は無い。

 学院長は、リオーヌに貴族用の学生寮を斡旋してくれたのだが、広い部屋は掃除が面倒だと考え、専属従者も居ないことから断っていたのだ。


 部屋の片付けをした後、寮の食堂で夕ご飯を食べた時にも、大浴場で汗を流した時も、2〜3名の生徒しか見かけず、一般寮は閑散としていた。


 「何だか、随分少ないね」

 偶然居合わせた生徒に質問してみる。

 「おお、転入生か。 さっきは凄かったよ。 俺は、ジャン・ラーベンだ、よろしく」

 「リオーヌ・ディアナです、こちらこそよろしく」

 先ずは、挨拶代わりに称賛の言葉を掛けられた後、

 「アンフルル学院は学費が高いから、ここに通っている平民は豪商や豪農といった金持ちの家の子供が大半。 でも、そういう恵まれた生徒達は、こっちには住まず、あっちに住むからさ」

 金持ちの平民も貴族用の豪華な学生寮を選ぶのだと説明する。


 「そっか〜」

 「君は、大公国の君主の跡継ぎなのだろ? どうして一般寮に?」

 「僕の国は貧しいから。 貴族制度も無い国だし」

 「へ〜。 西方諸国の中に、貴族が居ない国が有るなんて知らなかったよ」


 そして、本当に尋ねたいことをさり気なく織り交ぜて話しを続ける。

 「現状、学院高等部の中心人物って、エルリック王太子殿下なのかな?」

 「その通りだよ。 学生の三分の二はフラー王国の国民だし、王太子殿下は僕達平民にも同じ学院生だからと、分け隔てなく接してくれて、人気も高いんだ」


 「小スタジアムでの編入実技試験の時、途中で退席したのが見えたのだけど。 何か機嫌でも損ねたのかと、少し心配になってしまって」

 「それは気にしなくても大丈夫だと思うよ。 俺達フラー王国民には親しさを見せるエルリック王太子殿下だけど、他国出身の生徒には結構シビアな態度なんだ」

 「へ〜」

 「特にレルタニア王国出身者とは、口もきかないよ」

 「レルタニア、か〜」

 「長い歴史的な対立関係があるからね。 君も知っているだろ? 僕達ではどうにもならない、フラー王国民大多数の感情的な問題さ」



 フラー王国とレルタニア王国は、犬猿の仲と言っても過言ではない、隣り合う大国だ。

 これを少し説明する。


 アトラ大陸の北西方約50キロ沖合。

 何処までも果てしなく続く、この世界で最も広い海『大海』に浮かび、面積約150万平方キロに及ぶ大きな島、ルタニア島。

 この島全域と周囲の千余りの島々、更にはその先の大海に浮かぶ、遠く離れた幾つかの群島に加え、対岸の大陸沿岸の一部『ノイン地方』全域を支配しているのが、現在、西方諸国連合で最強の海軍を擁し、経済力も頭一歩抜きん出ている、連合最大の国家『レルタニア王国』である。


 今から500年以上前。

 当時のルタニア島を支配していたのは、島名を国名とするルタニア王国であった。

 その頃の王国は、民衆から搾取し、王族を中心とする支配層が贅沢三昧の日々を過ごすという、酷い圧政の時代。

 それに対し、地方の小領主ローベン・ルーテスが、

 『権力者は清貧であること、公平な徴税、分配の平等』

の3つの約束を掲げ、腐り切った王権打倒を訴え立ち上がったのだ。


 これに呼応したのが、魔術体系全般の創始者で、現在も『魔術の神』と崇められている出自も出身も不明な大魔術師『エウレイア・シエラス』。

 更にはその親友で、時と空間を自在に操る謎の魔女『アイルーシア』の協力をも得たことで、土豪の弱兵と農民が混在する烏合の衆だったルーテス率いる軍勢は一気に強大となり、破竹の勢いでルタニア島全域を制圧。

 挙兵から僅か1年半でルタニア王国は崩壊し、新国家レ・ルタニア大帝国(『新しいルタニア』を意味する国名。別名海洋大帝国)が誕生したのだ。


 ここで問題ある行動に出てしまっていたのが、ルタニア島と海峡を挟んで対岸にある大陸国家、フラー王国。

 長年圧政を敷いていた旧ルタニア国王以下の王族の亡命を受け容れただけではなく、弱小地方豪族か国王を倒すという『下剋上革命』が自国に及ぶのを恐れ、旧王国が滅亡するまで軍事援助を続けていたのだ。


 この事実を知り、怒り心頭のローベン・ルーテス新皇帝。

 直ぐに軍勢を再編すると、精鋭部隊を自ら率いて一気に渡海。

 勿論、フラー王国軍はレ・ルタニア帝国軍の大陸上陸を阻止しようと沿岸部にほぼ全軍を展開したのだが、大魔術師エウレイアが魔術で引き起こした大嵐によって、有利な海域で待ち受けていた筈の王国戦闘艦隊は、戦う前に海の藻屑となってしまい、全滅。

 陸上部隊も、エウレイアが魔術で引き起こし続けた激しい風雨の中、風上から押し寄せる帝国軍の寡兵の前に惨敗したのだ。


 その後、レ・ルタニア大帝国軍に国土を蹂躙され、フラー国王は虜囚の身となり、全面降伏。

 フラー王国は一旦滅亡し、レ・ルタニア大帝国を構成する一地方に落ちぶれることに。

 その後も周辺各国に、民衆解放を掲げて進軍を続けた皇帝ローベン・ルーテスは、建国から僅か5年で西方一帯のほぼ全域を征服。

 アトラ大陸西方一帯の覇者となったのであった。


 

 ただ、初代皇帝ローベンの偉大な才能によって作られた国家は、彼の死後、徐々に瓦解への道を歩み始める。

 天下統一の10年後、ローベンが亡くなり、彼を愛した魔女アイルーシアは帝位を継がず、悲しみのあまり何処かに行方を晦ましてしまう。

 その為、ローベンとアイルーシアの間に生まれた一人娘アイシアが第二代皇帝となり、臣下の支えもあって、何とか帝国の統治体制を維持し続けたのだ。

 しかし、もう一人の大黒柱である大魔術師エウレイアが第一線から退くと、国力の衰退が顕著となり、女帝アイシアの死後、統制が弱くなった帝国はバラバラに。

 こうして、レ・ルタニア大帝国は僅か4代42年で崩壊し、皇帝の地位は消滅。

 大半の領域は、大帝国による統一前の国家が復活し、旧に戻ったのであった。


 その間に続いた、帝国内の権力闘争の結果、ルタニア島を中心とする帝国の中核地域はレルタニア王国に再編。

 皇統であるルーテス家の遠縁に当たる、ルーン一族が新王朝を開いて後継者となると、島国で陸続きの敵が居ないという地理的な好条件も有って、新王国レルタニアは国としての勢いをかなり取り戻す。


 大帝国時代に軍事拠点としてフラー王国から割譲させ、帝国直轄地となった大陸沿岸部『ノイン地方』の支配権は、大帝国崩壊という事態であっても喪失することなくレルタニア王国が維持したまま、今日に至っている。

 そのノイン地方の帰属を巡って、レルタニア王国とフラー王国は軍事衝突を何度も繰り返したが、200年程前に西方諸国連合が成立したことで、表面上和睦。

 しかし、元々はフラー王国の領土の一部だったノイン地方を取り戻すことが出来ないまま500年以上も経過していることで、特にフラー王国民はレルタニア王国に対して、一種の劣等感から嫌悪している者が多いという訳だ。

 


 「なるほど。 フラー王国民がレルタニア王国をこれ程にまで毛嫌いしているとは思いも寄らなかったよ。 実際に来てみないとわからないものだな」

 ジャンとの話で、国同士の因縁を改めて理解したリオーヌ。

 『ディアナ大公国もその建国は、レ・ルタニア大帝国の皇族一門の初代大公が、東方諸国からの侵略を防ぐ重責を任じられ、広大な領地に封じられたことが始まり。 言ってみれば、レルタニア王国の親戚、傍流みたいな国だから、フラー王国の王族が僕に嫌悪感を抱いているのも当然か......』


 結局、王太子がドルドを使って自身を狙った理由については、そんな風に考えを纏めたのだが、エルリック王太子は全く違う考えから、リオのことを警戒していたのだ。



 「あの転入生は?」

 側近の者を呼び出し質問。

 「魔術課程の編入実技試験にも合格し、騎士課程共々、編入したとのことです」

 「奴に監視の目を。 絶対に隙を作らず、行動を見張り続けろ」

 「仰せのままに」

 「転校?なのかどうか知らんが、余りにタイミングが良過ぎる。 アイツは本当にディアナ大公の御子息なのか?」

 「申し訳ありません。 そこまでは、まだ調べが......」

 「東方世界が統一され大帝国が誕生して3か月。 このタイミングで西方世界の中心にある、伝説の大魔術師エウレイアが創立し、諸国連合各国から優秀な魔術師候補生が集まる特別な学校アンフルル学院に、しかも3年次への転入生が現れ、合格するなんて滅多にないこと。 これは偶然ではない」

 「と、仰っしゃられますと?」

 「きっとあの転入生はその能力の高さから、新帝国が放った最高級のスパイの一人だろう。 その目的は、将来、西方に侵攻する際の事前調査。 特に魔術師は戦力として極めて貴重で重要だからな......」

 「まさか......」

 「新帝国がレルタニア王国と手を結び仕掛けてくる可能性も十分に有り得る。 レルタニアの連中は、大海じゅうに張り巡らし、その強大な海軍力で他者を排除した、独自の大貿易網を独占所有している。 既に新帝国とも接触している筈だ。 そのあたりも含めて調査を。 急げ」

 「わかりました」



 フラー王国の王太子エルリックは、かなり能力を評価されており、既に国内からは凡庸な現国王に代わって即位すべきだという声が出ているほどであった。

 リオーヌを排除しようとしたのも、このような彼独自の考えがあってのことだったが、利用したドルド・シュタインが小国出身の魔術課程の生徒なので見捨てたように、愛国心が強過ぎるあまり独善的で、他国人を信用しないという悪い面も持ち合わせている。


 今後彼が、リオーヌの学生生活に大きな影響を及ぼすだろうことは、容易に想像出来る状況であった。

 

 

 

ひとまず、書き貯めしていたのは、この話までです。

以後、不定期連載となります。

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