第9話(編入試験パートⅡ)
「魔術課程の実技試験も合格だ」
アンジェ・パーシル専任教授の突然の説明に、
「ブ〜〜」
と、ブーイングが鳴り響く小スタジアム内。
「いや、彼はセバン教授に一撃を浴びせた時、別方向からの魔術攻撃に対応していたではないか?」
余りの批判に、詳細な説明を繰り返すが、ブーイングは止まらない。
「パーシル教授、怖じ気付いたんだろう〜」
「そうだそうだ、早くやれ〜」
等と。
そこに、秘剣『皇』を仕舞ったリオーヌが試験場に戻って来たのだ。
「筆頭専任教授に勝つなんて、やるじゃね〜か転校生」
「3年次からの転入手続きをするぐらいだから、元々他の学校で優秀だったんだな」
そんな声が掛けられる。
「魔術課程の教授。 ここは予定通りの試験を実施されるしかないと思うのですが......あの生徒の魔術攻撃も、僕の反撃も、普通の人々には見えないものですから」
困っている教授に対し、あえて助け舟を出して、今後の学生生活の為、少し恩を売っておこうという皮算用が有るみたいだ。
「君がそう言うのなら構わないけど......私に惨敗して、『やっぱり合格取り消しは無しです』と後で言うなよ」
パーシル教授はそう答えると、開始線に移動する。
それを見て、リオーヌも。
「それでは予定通り、魔術課程編入の実技試験を開始する」
ホーウット主任教師の合図で両者相対し、身構える。
「始め〜」
その合図と共に、スタジアム内は静まり返ったのであった。
『よし、私の勝ちだ』
アンジェは矢継ぎ早に火炎と風渦の複合魔術をリオーヌに向けて放つ。
それに対し、リオの動きは無い。
『自己防護強化魔術でも掛けたのか?』
何の抵抗もせず、アンジェの攻撃に為されるがままのリオーヌ。
直ぐにその身は豪火の渦に巻かれ、焼け焦げていくよう教授には見えたのだった。
『ヤバい......ちょっとやり過ぎたかも』
魔術の試験とは言え、受験生を焼き殺してしまっては、アンジェも罪に問われる。
急いで強力な水魔術を放ち、放った火炎渦を消したのだが......
そこには、焼け焦げた人の遺体が転がっていたのだ。
『嘘でしょ......』
軍の指揮官だった経験を有すると言っても、戦場に出たことは無い。
凄惨な体験が無いのだ。
気付くと、リオーヌの亡霊に取り囲まれているアンジェ。
「よくも、僕を殺したな~」
「お前は先生じゃない......ただの人殺しだ」
「今まで、何人殺したんだ?」
すると、アンジェの魔術師人生で巡り合った人々に迄、いつの間にか取り囲まれていたのだ。
「人殺し......人殺し」
「人殺しのアンジェ」
「人殺し......人殺し.......」
無数の死体が詰り浴びせ掛け続ける、何とも言えない怖ろしさを感じられる不気味な声の五重奏。
耳を塞ぐも、声は大きくなるばかり。
やがて耐えられなくなったアンジェは、
「いや〜〜〜もう止めて〜〜」
と大声を上げ、その場に蹲ってしまう。
それでも鳴り響く不気味な声。
自身の精神が壊れていくような感覚に包まれ......
「キャハハ〜、キャハハハ」
狂った笑い声を自身が発するようになった時。
ふと我に返ったのであった。
「ここは?」
思わず呟くと、
「教授。 ここはアンフルル学院内の小スタジアム試験会場です」
声の主を見上げると......
そこには、魔術で焼き殺した筈のリオーヌが立っていたのだ。
「ゴメンなさい、私、貴方を焼き殺してしまって......」
咄嗟に、謝罪と涙と嗚咽が同時に出てしまう。
「う〜、う〜......わ~ん、え~ん」
全く泣き止む気配が無い。
『ちょっと、やり過ぎちゃったかな?』
リオーヌは少しだけ反省しつつ、精神干渉系の回復魔術をかけ直すことに。
錯乱状態から、正気に戻す為だ。
泣きじゃくる教授の頭に手を添え、何やら詠唱魔術を呟くと......
『なんだ? この温かな場所は? 吹く風も心地良い......』
何も見えない空間全体が光で満ち、ふわっとした優しさに包まれる不思議な体験。
そして、
「アンジェってたら〜、また朝寝坊? そろそろ起きる時間よ」
幼き日の母の声。
姿は見えないが、慈愛に満ちた優しい声。
誰もが懐かしむ、最も純粋で幸せだった時。
それを思い出していると......
時間が少し経過し、アンジェは、
「あら、私。 何で泣いているの?」
とキョトンとした表情に。
その様子を固唾を飲んで凝視していた数百の瞳。
静まり返ったままだったスタジアム内に大きなどよめきが鳴り響く。
「スゴいなあ〜転校生」
「魔術対決で、パーシル教授の完敗姿を見れるなんて」
「合格おめでとう。 今から君はアンフルル学院3年次の生徒だ」
称賛の声が次々と掛けられる。
それに対し、ポカ~ンとアホヅラで座り込んでいるパーシル教授。
「ああ、そうだった。 魔術課程の実技編入試験中だわ」
ようやく事態を把握したが、周囲を見渡すと、歓声に包まれたスタジアムの雰囲気に、
「もしかして、私、負けたの?」
と言いながら、振り返る。
それに頷くホーウット主任教師。
「ウソ〜、マジで? 本当に?」
大きなジェスチャーと、驚きの三段活用で叫ぶが......
地べたに座り込んだままの自身の正面には、ニコヤかな表情で立っている無傷のリオーヌが見えたのだった。
「リオーヌ・ディアナ君。 素晴らしい実力を見せて貰ったよ」
学院長が席から立ち上がると、拍手をしながら称賛の言葉を掛ける。
それには、恥ずかしそうなリオ。
珍しく、頭を掻く仕草で、誤魔化している。
すると、事態を完全把握し、ようやく立ち上がったアンジェが、
「君、あれ、なに? 初めて味わった魔術なのだけど......」
激しくリオの体を揺さぶり、説明を求める。
「落ち着いて下さい、先生。 後で説明しますから」
そう言っても、
「待てない。 今直ぐ、ここで」
と、食い付いて離す気は全く無いようだ。
「教授へのあの攻撃は、精神干渉系魔術だよね、リオーヌ君」
声の主は、誰もが一目置く魔術課程3年次のシェーリー・ブレーメベルン公爵令嬢。
シェーリーは、魔術課程の学級委員長の責務として、クラスメイトが実行してしまった
『試験当事者時以外における他者への魔術攻撃』
という学内禁止行為の事実確認をする為、リオーヌの反撃で失禁したまま動かなくなった男子生徒の元に移動してきていた。
「あっ。 アイツをそのままにしてた」
思わず、少し大きな声で呟くリオーヌ。
ベールが直ぐに駆け付け、身柄を確保していたので、そのまま放置。
その後、完全に忘れていたのだ。
「貴方がこのバカに掛けた魔術を解こうと思ったのだけど、私じゃ解けないのよ。 術をかけた当人じゃないと、解除出来ないんでしょ?」
シェーリーの大声での確認に、頷くリオーヌ。
「ウソ〜。 貴方、精神干渉系魔術を使えるの? 本当に? それも無詠唱で? 初めてだわ~、私の人生で実際に精神攻撃する魔術師と出会うのは」
アンジェは大興奮して、大はしゃぎ。
今、ここで起きた全ての出来事に合点がいったからだ。
「さっきの幻は、君が見せたのね~。 精神をえぐられグロい感じがしたけど、何だか心地イイものも有ったわ〜」
と、一方的に話し続ける。
更にトークは止まらなくなって、
「アンフルル学院大学部に進学したら、絶対に私の研究室に来なさい」
「そうだ。 いっそのこと、今から私の助手に」
「悪いことは言わないわ。 野蛮な連中の巣窟、騎士課程だけは絶対に止めなさい」
ウンという返事を貰える迄、両手を掴んで離そうとしない感じで、グイグイ迫る。
「教授、取り敢えず落ち着いて。 先ずはあの生徒の魔術を解除しないと......」
「解除しないと、どうなるの?」
興味津々のパーシル教授。
「精神が死にます」
渋々事実を答えるリオーヌ。
「それ、見てみたいわ。 研究対象として。 だめかな〜」
「駄目ですよ」
年下にピシャリと言われ、
「チェッ、つまんないの〜」
と宣ったところで、歩いて2人に近付いて来た学院長から、
『ポカっと』
アンジェは、杖で叩かれる始末となるのあった。
その後直ぐにリオーヌは、小スタジアムの観客席の上部で、失禁したまま固まって動かない男子生徒のところに駆け上がっていた。
その姿は、観客席に居る生徒の注目を浴びている。
「遠くからはよく見えなかったけど、顔に大きな傷跡が有るのね」
「戦っている姿は鮮やかで、貴公子然として見えたのに......少し残念〜」
特に女子生徒達からは、そんなヒソヒソ話が聞こえてくるが、リオーヌは全く気にしない。
他人を見た目だけで評価する者に、興味が全く無いからだ。
先ずは、魔術を掛けて動きを止めた生徒を確認する。
精神干渉系魔術は、魔術師であっても実力の低い者では全く抵抗出来ず、精神が激しく消耗し、時間が経ち過ぎれば廃人となる恐ろしい代物である。
『あの時は、不意討ちの攻撃だったから、思わず反射的に手加減ゼロの反撃をしちゃったからな~。 戦場での癖は、そう簡単には直らない』
状況を思い返しつつ、その生徒の頭に手を当て、精神状態の診断を続ける。
パーシル教授と実際に戦った時間は5分弱。
リオーヌは、開始と同時に精神攻撃魔術を放ったのだが、教授はそのことに気付かぬまま夢の世界に堕ちてから、リオーヌへの攻撃を開始した(つもりだった)ので、実際には何もしておらず、敗北が決まり正気に戻される迄、それ程時間は経過していなかったのだ。
「貴方の魔術、この生徒のレベルでは、全く対処不能っていったところかな? 自業自得とは言え、今後二度と魔術を使うことが出来なくなるかもね」
シェーリーは自身の判断をリオーヌに問うてみる。
それに答えることなく、やがて何だかブツブツと呟くリオ。
精神干渉系の回復魔術を唱え始めたのだ。
「その文言、いったい何語? 魔術の総本山のレルタニア王国、しかも魔術系貴族出身の私ですら、初めて聞く言語だわ」
シェーリーは、リオの詠唱を聞きながら質問をするも、リオは何も答えない。
精神干渉系回復魔術は相当な難易度で、天賦の才で幼少時代から自在に使いこなしてきたリオーヌであっても、集中力が途切れたら失敗する代物なのだ。
1分以上詠唱を続け、一旦打ち切り、失禁したままの生徒の様子を見る。
だが、意識は戻らず、状態は悪化の一途を辿っているようだ。
「ダィン、ティル、力を貸して」
リオーヌの呟きに、その様子を見詰めていたシェーリーやアンジェ、ベールは、
『誰か援護者を呼んだのだろう』
と考え、周囲を見渡すが、誰も現れない。
しかし、リオーヌが再度精神回復魔術を詠唱し始めると、1回目とは異なり、生徒の頭に翳したリオーヌの両手が強く輝き出したのだ。
先ずは赤く。
そして黒く。
次は青く。
七色に変化しながら、やがて黄色い光が白っぽく変化し、光の輪が大きくなって、周囲が見えなくなる程の光量に包まれる。
「何、これ? 眩しくて何も見えない」
アンジェとシェーリーが同じ言葉を発した時。
光が急速に収縮し、生徒の体内に吸い込まれたのだった。
「有り難う〜」
リオーヌは誰も居ない空間に感謝の言葉を述べたが、これは自身の両腕に向かって発したものだ。
状況を見守る周囲の者達。
暫く経つと、失禁し意識を完全に失っていた男子生徒が咳き込み始めた。
「おお〜」
何とも言い表せない、低いどよめきの様な感嘆が、リオーヌを取り囲んで見守っていた人々から漏れた時、この生徒の両目が開いたのであった。
「俺は......」
ひとこと呟いた男子生徒。
「君の名前は?」
リオーヌが質問したのだ。
「ドレド・シュタイン」
状況がよくわからないまま、素直に答える。
「ドレド、君がしたこと、覚えているかい?」
次の質問を聞いてから答えるまで、少し間が空く。
やがて、自身の行為を思い出し、ブルブルと震え出してしまう。
「何という名前の魔術なのかそれは知らないけど、水を凝縮して弾丸状にしたものを数発同時に、君は僕に向けて放ったよね?」
それを聞き、怒りの声を上げたのはシェーリーであった。
「ドレド、貴方何を考えているの? ウオーターブレッドで人を狙うなんて。 その行為は魔術師による殺人罪に当たるのよ......」
その指摘に項垂れるドレド。
退学が確定的というだけでは無く、今後魔術師協会から監視対象として酷い扱いをされることになるだろう。
ただでさえ魔術師は、時代の変遷と共に数が減り、今では数十万人に一人の割合でしか生まれてこない。
大きな戦いでも続けば優遇され、大活躍して英雄扱いされることも有るのに、概ね平和な時代には、その能力は無用の長物なのだ。
しかも、一定割合で魔術を悪用した犯罪が発生するので、一般の人々から恐れられ、肩身が狭くなっている。
ドレドもそれは分かっているし、シェーリーも自分達魔術師がいつ魔女狩りの対象となって、人々から迫害されるようになるか、危機感を持っているからこそ、大きな声を上げ批判したのだ。
「まあまあ。 西方諸国連合における魔術師の扱いが厳しくなっていることは僕自身も魔術師だから、分かっているつもりです。 そして貴重な存在であることも」
リオーヌがそんなことを急に言い出した時、ベールは違和感を覚えていた。
戦場で恐れられた仮面の貴公子が、敵対した人間に救いの手を差し伸べる姿は見たことが無い。
それを今、行おうとしているってことは......
「リオーヌ君。 君の申し出ようとしていることは、非常に危険なことよ」
学院内の魔術課程全体の責任者でもあるパーシル教授が、学校側の処分に任せるべきだと主張する。
シェーリー令嬢も完全同意。
学校だけでなく、魔術師協会がキチンと然るべき処置を下すからと、リオの
『攻撃事象自体を無かったことにする』
という救済の申し出に反対。
しかしリオは自身の意思を曲げない。
それは、被害者が処分を求めない場合、学校も協会も出来ることが限られていることをリオーヌは知っていたからだ。
「お二方の意見は、ごもっともなことです。 でもドレド君は、ただの道具に過ぎません」
「道具?」
「彼が僕を狙ったのは、第三者の指示によるもの。 ドレド君が僕を憎んでとかでは無いのです」
その正鵠を射た指摘に、無言となる教授と令嬢。
事情に詳しい者なら誰がどう見ても、エルリック王太子が背後に居ることが明白だからだ。
「学校側も協会も、ドレド君を厳しい処分にするだけで、主犯は不問にするでしょう。 それでは何の解決にもならないと思いますよ」
「それとも、首謀者も一緒に処分されると? エルリック・フラール王太子を......」
ほくそ笑みながらリオーヌは、
『それは不可能だろ?』
と言っているのだ。
「銃が危ないからと、銃を壊すだけでは意味が無いでしょ? ドレド君はエルリック王太子の銃に過ぎませんよね?」
「......」
これには、流石のシェーリー・ブレーメベルン公爵令嬢も反論出来ない。
それは、アンジェ・パーシル教授も同様であった。
「じゃあ、僕はこれで。 編入手続きを直ぐにしないと、今日の夜は野宿になってしまいますから」
リオーヌは笑顔で階段状の観客席を駆け降りて行く。
「公子〜、待って下さいよ〜」
ベールが慌てて後を追いかけ、2人はあっという間に姿が見えなくなった。
「なるほど〜。 転入生は面白い人ってことだね。 シェーリー、魔術試験の解説、有り難う〜」
レン・ルッツェンベルクがシェーリーの側にずっと付き添っていたのだが、事態の収拾に時間が掛かると判断して、先に小スタジアムを出ることに。
「キャ~、レン様〜。 待って下さい〜」
多くの女子生徒達がレンの後を追って、姿が見えなくなる。
ものの数分後。
スタジアムに残ったのは、今後の行く末に不安を抱えて事態の推移を見守る魔術課程の生徒数人とパーシル教授等魔術課程の教師陣だけであった。
「嵐の去った後みたいね」
静寂に包まれたスタジアムの観客席で、周囲を見渡しながら、シェーリーが感想を呟く。
「彼はただの道具ね〜。 まあ、確かに」
アンジェがドレドの方を見ながら、溜息を吐く。
「教授。 エルリック王太子からの事情聴取をされるのですか?」
「形式上だけじゃない? 実施するとしても、聴取するのは王家の関係者だろうから、否定されて終わりね」
「では......」
「当面、ドレド・シュタインには寮の部屋での禁足を命じるわ。 彼の処分を今後どうするかは、話し合って決めましょう」
スッキリしない結末だが、これ以外指示の出しようが無い。
被害者のリオーヌが協力を拒否し、首謀者のエルリック王太子は逃げ切り勝ち。
そんな結論が見えているからこそ、この場に残った者達は、やるせない気分でいっぱいだった。




