第8話(編入試験)
「今から中庭の小スタジアムで、何か行われるらしいぞ」
「先生達も、仕事の手を一旦休めて、スタジアムに向かうって言ってたわよ」
アンフルル学院高等部3年次の魔術課程と騎士課程では、この日の授業を終えたばかりの生徒達が寮に帰る直前で踵を返し、小スタジアムへと向かい始めていた。
一方、エーレベルク学院長から直々にリオーヌの転入試験の試験官を命ぜられた2人の専任教授は、戸惑いを見せていた。
「別に構いませんが、私が試験官で宜しいのですか?」
大学部騎士課程筆頭専任教授のジョージ・セバンは、いくらエーレベルク侯爵の指示とは言え、高等部の編入試験に関わるべきか迷いを生じていたのだ。
それは当然で、彼はアンフルル学院教授職に就く前は、フラー王国の近衛兵師団の副師団長だった人物。
剣技は王国でも五本の指に入ると言われる、国を代表する騎士なのだから。
しかも、現役を退いた訳では無く、フラー王国の王太子エルリック・フラールがアンフルル学院高等部3年次に在学している為、その護衛と剣技の個人指導を兼ねて、大学部の専任教授職に出向しているだけであった。
「え〜〜。 魔術でコテンパンにしちゃっても構わないって、学院長が仰っしゃられるとは、ちょっとビックリ」
この反応は、アンフルル学院大学部魔術課程の専任教授アンジェ・パーシル女史。
彼女はフラー王国ではなく、隣のラキア王国という小国の出身であるが、魔術の大家として西方一帯ではかなり著名。
しかも、元フラー王国軍の魔術部隊指揮官という異色の経歴を持つ実戦派の魔術師(研究系出身者は理論派魔術師)だ。
30歳とまだ若いが、いずれ魔術の本家本元、レルタニア王国にある五大魔塔のうち、どこかの塔主の座に就くだろうとも言われている。
「双方、用意はイイかな?」
学院長臨席のもと、編入試験の実施責任者となったのは、学院高等部3年次主任教師のグッス・ホーウット。
籤引きの結果、最初の実技試験は騎士課程で、種目は『剣術』となった。
「はい」
リオーヌの声が小スタジアムに響く。
「いつでも、どうぞ」
セバン教授も剣闘の準備完了を告げる。
「あら、大男では無いのね。 騎士課程編入希望と聞いたから」
学院高等部3年次の女子生徒では最も有名な、レルタニア王国出身で魔術課程のシェーリー・ブレーメベルン公爵令嬢が周囲に対して呟く。
令嬢は、アンフルル学院全体の在学生の中で、エルリック王太子を除くと、最も高位な貴族の家の者である。
「そのようです」
「騎士課程は、185センチ以上の身長が無いと入れないと言われていますが......」
取り巻きの女子生徒達がお追従。
「それは大半の国々が、自国で採用する騎士の基準に、身長制限を付けているからですよ。 学院の騎士課程に身長制限はありません。 在学中に背が伸びるかもしれないでしょ?」
その説明に、女子生徒達から、
「キャ~」
と悲鳴が上がる。
三大王国の一つ、スルーズ王国出身で一般課程のレン・ルッツェンベルク侯爵がシェーリに声を掛けて来たからだ。
レンは高等部の女子生徒達から最も人気がある超イケメンで、しかもれっきとした侯爵家当主。
12歳の時に実父を、視察先の爆発事故で亡くし、跡を継ぎ侯爵家の当主に。
よって、基本全寮制のアンフルル学院の寮には住んでおらず、近くの邸宅を借り、侯爵家の当主としての業務にも支障がないよう、学業と両立させている。
「別に、貴方の解説は要りませんわ」
ただシェーリーの方は、やや軽薄な感じのレンに嫌悪感を抱いているようだ。
「シェーリ〜。 そうは言わずにさ〜。 この後の魔術対決の解説を頼むよ~」
「じゃあ、大人しく見てなさい」
ややキツいひとことを言われたので、
『口にチャックをするジェスチャー』
をして、周囲を笑わせると、空席だったシェーリーの隣に座るのだった。
そして、アンフルル学院高等部の中心人物は、やはり、
フラー王国の王太子エルリック・フラール
である。
先の2人と比べ、取り巻きの生徒達の数は比較にならないほど。
騎士課程で1年次・2年次と総合成績トップ。
剣技の腕前も相当なものがあり、セバン教授から称賛される程であった。
ただ同時に、自負心が強過ぎ、生まれつき高貴な身分であることからチヤホヤされて育ったので、自身の意が通らないと気が済まない、我が儘な一面を持ち合わせている。
「例の件、もちろん済ませたのだな?」
「滞りなく。 でも、宜しいのですか?」
「私に考えが有ってのことだ。 何の問題も無い」
「......」
学院内に別部屋を充てがわれ、王室が付けた護衛や側近も敷地内に滞在しているという特別扱いである。
次期国王という立場である以上、その身に何か有る様なことは絶対に発生させられないからだ。
リオーヌの編入試験のことも、学院の学生・生徒の中でただ一人事前に聞かされていた。
『父上も学院長も、肝心なことは俺に何も話そうとはしない。 俺は......俺はフラー王国の王太子だぞ』
そんなことを考えながら、中庭に設置されている小さなスタジアムへと向かう。
『転入希望者は、ディアナ大公国の後継者だと聞いたが......あんな北辺の貧乏国に、一体何があると言うのだ?』
アンフルル学院では、三大王国の国王から反対の有った生徒は入学させならない。
三大王国の王権を支える貴族の子弟達が多く入学する学校であるが故の措置だ。
『3年次からの編入学なんて、聞いた事がありません。 そんな怪しい生徒の受け入れを、何故反対されないのでしょうか?』
『レルタニア国王もスルーズ国王も賛成しておるのだぞ。 学院の所在するフラー王国だけが反対する訳にはいかない。 それが政治と言うものだ』
『しかし......』
『それにディアナ大公国は諸国連合構成国の一つで、大きな兵力と剽悍な兵を有す。 現大公は社交界に一切顔を見せない変わり者だが、その息子は西方諸国社交界への復帰を考え、その手始めにアンフルル学院への入学からと言ってきた。 大公は貴族で最高位の地位だし問題はあるまい? 何故エルリックはそこまで反対するのだ』
『編入学は、強大な後ろ盾が無いと認められないと言われております。 誰なのですか? 今回の生徒の後援者は』
『それは、まあ、色々と有るのだよ。 お前にもいつかそういう機微が分かる日が来る......』
このような父子の会話があったので、リオーヌの編入学について、エルリック王太子は余計に気に入らないのだった。
『そうさ。 実技試験で惨めな姿をみんなの前で晒せば、学院長も落第させざるを得ないのだから......』
『あれっ、この模造剣......』
リオーヌはホーウット先生から渡された試験用の剣の違和感に気付いていた。
『なるほど〜。 ただ切れない剣で斬り合ってみせるだけでは、大した試験でないものな。 戦い合う中で偶発的に発生するハプニングをどう乗り越えるかが、この試験の真の目的に違いない』
案外能天気に、そんな判断をしていたのだった。
そして、
「始め」
の合図で、剣を構えて対峙するリオーヌとセバン教授。
『なんだ、この生徒の持つ気配は......』
歴戦の凄腕剣士だけが纏える特別なオーラ。
リオは5年以上、激しい戦いが続く東方一帯の戦場を駆け巡り、強敵を何人もその剣で斃し、大功を立てつつ生き抜いてきた超級の魔剣士。
ただ今回は、あくまで学生の試験であり、魔剣も魔力も使えず、実力の3割も発揮出来ない状態だが、それでも今までの経験が、剣士としての凄味を醸し出していた。
実戦経験は殆ど無いとはいえ、剣技が達人の域に達しているセバン教授には、それが感じ取れた。
睨み合うこと1分超。
『試験である以上、このまま対峙を続けるだけという訳にはいかない』
と考えた教授から仕掛けたのだ。
190センチ超の長身、立派な体格の剛腕で上から振り下ろす、まさに豪剣。
その威力で大半の者達が弾き飛ばされてしまう猛烈な威力だ。
それに対し、授業用の模造剣であえて受け止めるリオーヌ。
剣同士がぶつかり合った瞬間......
リオーヌの模造剣が柄だけを残し折れてしまう。
『よし』
内心ガッツポーズしていたエルリック王太子。
しかしリオーヌは、受け止めた際の威力を利用して後方に跳ね跳んで、直撃を避けていた。
「おい、大丈夫か......」
剣が折れたので心配になった教授が声を掛けたが、
「先生。 試験の最中です」
リオーヌはひとことだけ口を開くと、代わりの模造剣を直ぐに受け取って、再び身構える。
そして......
同じ状況が3度続き、流石に
『これは......おかしい』
とスタジアム内の全員が思い始める事態に。
教授の太刀筋を受け止めたリオーヌの模造剣が毎回折れてしまうからだ。
『一旦中断だ。 模造剣が折れる様に細工された可能性が高い』
セバン教授が大声で自身の考えを述べ、試験はやり直しに。
『チッ。 運のイイ奴』
期待していた無様な姿を見られず、悔しさで一杯の王太子は周囲に聞こえてしまう程の舌打ちをし、臍を噛んでいた。
「リオーヌ君、済まない。 大事な編入試験の場で、学校側が準備した模造剣に不備が有って」
「そうなんですか?」
「君は、そのことに気付いていたのだろ? だから私の剣を避けることが出来た」
「僕は、それが実技試験の課題だと思っていたので......」
その答えを聞き、驚く教授。
残っている模造剣を確認したところ、明らかにセバン教授の豪剣の威力を計算した上で付けられた一直線傷を発見したからだ。
「騎士課程の試験はこれで終わりにしよう。 剣の細工に気付いていただけでは無く、そのハンデを抱えて怪我をせず私の剣を捌き切った君の才能。 それだけでも充分感嘆せずにはいられない」
セバン教授は合格を出すと言ったのだが、リオーヌは浮かぬ顔をしていた。
「どうしたのだ?」
「僕は一度も剣を振るっていません。 ただ受け止めただけです。 このことを専門家は評価しても、見ていた一般の人達は納得しないでしょう」
リオは、その理由を説明。
「君はもしかして......あの剣で私を攻撃したら、打ち合った弾みで折れた剣先が何処に飛んでいくかは予測不能。 それを私や観客の生徒達が避け切れない事態が発生する虞まで考えていたのか......」
教授は、リオーヌが攻撃をしなかった、その隠れた意図に気付き、更に驚嘆してしまうのだった。
「そこで僕からの提案なのですが、ちょうど持って来た剣が有るのです」
そう言って荷物の中から、シュン皇帝から預かった名剣『皇』を取り出し、教授の目の前に置く。
ジーッと剣を見詰める教授。
リオーヌが剣を見せたのは、何の細工もないことを確認して貰う為だ。
「この剣の刃を逆にして使います。 駄目でしょうか?」
その申し出に、腕組みをして考え込むセバン教授。
暫くそのままだったが、
「他の模造剣も細工されている可能性が高いしな。 君がその模造剣を振るって、もし折れた剣先が観覧している生徒達に当たりでもしたら合格を出せなくなる。 よし許可しよう」
「近衛師団副団長の侠気に感謝します」
リオーヌは笑顔で答える。
実力不明の生徒が真剣を使うのだ。
相手としたら、怖くないと言えば嘘になるであろう。
「よし、勝負は一回切りだ。 行くぞリオーヌ」
「はい」
教授も、リオーヌの編入学を邪魔しようとする者が学院内に居ることに気付かされた。
そして、リオの3回の剣捌きを見て、その本当の実力を見てみたいと思わせたことで、最後の一勝負の実施に繋がったのだ。
「皆さん、静粛に。 編入学実技試験を再開します」
そのアナウンスで盛り上がる小スタジアム。
「教授〜、負けんなよ~」
「転校生も怪我しないようにな~」
生徒達から、それぞれを励ます声が掛かる。
そして、両者が中央部で相対し、
「始め」
の声が掛かった瞬間であった。
リオーヌ・ディアナが放った電光石火の速剣を、ジョージ・セバンは受け止めたものの......
教授用の特別な模造剣は、真っ二つに折れてしまったのだった。
その時。
「あの野郎〜」
リオーヌの試験の様子を見学していたベールが、すーっと立ち上がると、スタジアムの上方の席へと駆け昇り始める。
そして直ぐに一人の男子生徒を取り押さえようとしたのだが......
生徒は既に身動きが取れなくなっていて、しかも失禁していたのだ。
そこでベールがリオーヌの方を見下ろすと、リオーヌはベールの方を見て、ニヤニヤ笑っている。
「流石だな、仮面の貴公子」
ベールの呟いた声は、周囲に聞こえない程の小声であった。
一方、この生徒は魔術課程で学ぶ者。
だが、その高い能力から、特別に王太子の最側近へと抜擢されていたのだ。
エルリック王太子は側近に命じて、生徒側が使う模造剣の全てに細工を仕掛けたのだが、リオーヌに細工を見抜かれていたことから、結果上手く行かなかった。
そこで、再開された実技試験の最中、剣と剣がぶつかる間際に魔術を放って、リオーヌの妨害をするよう密かにこの生徒に命令を発し、信任に応えたいと生徒の方はそれを実行したのだ。
もちろん、その攻撃に気付いた者はごく僅か。
狙われたリオーヌ自身とベール、それに依頼主のエルリック王太子と攻撃した生徒当人、魔術実技試験実施の為にスタジアムで控えていたパーシル教授ぐらいであった。
「いや〜、負けたよ」
教師用の強化模造剣が衝撃を受けきれず、折れた弾みで数メートル後ろに吹き飛ばされたセバン教授が立ち上がると、リオーヌに握手を求める。
「教授のご厚意で、僕は名剣を使わせて貰いました。 教授が同等の剣を使っていれば、そのまま斬り合いになった筈です」
握手をしながら、そう答えたリオーヌ。
スタジアム内は、思わぬ結果に、拍手喝采で総立ちとなっている。
「まさか教授が受け切れないなんて」
「あの転入生、只者ではないな」
「騎士課程に入ったら、最強の座は彼のものじゃない?」
生徒達は口々に噂をしながら、二百人程度の収容力しかない観客席の上方を見上げる。
そこには、騎士課程トップのエルリック・フラール王太子が座っていたからだ。
「行くぞ」
全てが上手く行かなかった上に、自身が一度も勝ったことが無い、セバン教授が敗れる姿を見て、顔面蒼白となった王太子。
結果が見えたことで、不合格にする策謀は諦めることに。
『魔術で闇討ちをした、あの生徒を残したままは、ちょっと不味いのでは?』
王太子に仕える側近達はそう思ったものの、策謀が失敗したエルリックは明らかに不機嫌で、こういう時に余計な進言をしても、良い事は何も無い。
直ぐ近くで失禁したまま呆然とし、ベールに身柄を押さえられている魔術課程の生徒を見殺しにしたまま、エルリックは側近や取り巻きの生徒達を引き連れ、無言のままスタジアムの出口に向かう。
彼も騎士課程の騎士である。
リオーヌが教授に斬撃を浴びせつつ、自身を狙った魔術を弾き返しただけに留まらず、魔術を放った生徒に反撃迄した事実に気付き、現時点での完敗を認め、立ち去ることにしたのだ。
歓声が上がり続けるスタジアム内。
その声を聞き、軽く手を上げながら、リオーヌはスタジアム控室に戻って行くのだった。