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第7話(王都シャンベルタ)


 リオーヌとベールを乗せた列車は、いくつかの国の国境を抜けて、アトラ大陸西方における三大王国の一つ『フラー王国』の領域に入っていた。

 ただ、王国の国境の駅に到着した際、リオーヌの魔術でラウンジ車両内に吐瀉物をぶちまけた男2人は入国を拒否され、列車を降ろされた時に一悶着有ったのだ。


 「俺達はレルタニア王国の貴族だぞ?」

 「フラー王国は、我々の入国を拒否するつもりなのか?」

 「条約に基づき、西方一帯の各国は、正規のパスポートを持つ者の入国拒否は出来ない筈だ」

 駅のホームで国境警備兵や入国審査官に楯突き、抵抗する2名。


 しかし、

 「我が王国の王家と懇意な、ジャンベルグ侯爵家の御令嬢とその御友人に汚物を掛けたり、泥酔して絡んで大変な迷惑を掛け、屈辱的な思いをさせた以上、侯爵家からの申し立てが撤回されない限り、入国を許可出来ません」

 冷たく言い放つ入国審査官。

 それでも、

 「俺達は、明後日までにレルタニア王国へ帰国しなければならないのだ」

 「ここで降ろされたら、間に合わないではないか? どうしてくれる」

 「このことを、レルタニア国王に申し付けるぞ。 それでも良いのか?」

 駄々っ子のような態度でバタバタ暴れ、警備兵の手を煩わしている。


 「ここはフラー王国ですぞ。 レルタニア国王の影響力が及ぶはずも無いでしょうに」

 「フラー王国とレルタニア王国は歴史的に仲が良くないですからな。 忖度が利くような間柄では無いのに......」

 乗客達はその騒動を見ながら、口々にそんな話をしている。


 「貴方がたの爵位は?」

 痺れを切らした入国審査官。

 その質問には、

 「......」

 暫く無言となる男2名。

 審査官は畳み掛けるように、

 「爵位は、レルタニア王国の伯爵以上ですか? それ如何によっては、貴方達の異議申し立てを取り上げ、王国政府に伺いを立てて差し上げましょう」

と妥協案を申し出てくれたが、2人は暫し黙ったまま。


 そして、

 「......男爵です」

と小声で答えたのだ。

 駅のホーム上、しかも発車間際の蒸気機関車の汽笛が鳴り響いて、よく聞き取れなかった入国審査官。

 「えっ、もう一度」

 「......男爵」

 「それは貴方がたの爵位ですか?」

 「いえ。 父のです」

 2人のその答えを聞き、呆れた表情に変化する審査官と警備兵達。

 貴族だの国王だのと散々騒いだが、結局、大した身分では無かったからだ。

 「では、先程から申し上げている通り、入国は認められません。 ここからは別のルートで帰国されますように」

 漸く大人しくなり、警備兵に連れられ、国境検問所の外側へと向かうことになるのだった。



 一部始終を興味深く見ていたベール。

 「リオ様」

 「なんだい?」

 「フラー王国には沢山貴族が居るんだろ?」

 「そう聞いているよ」

 「じゃあ、ああいういけ好かない奴が沢山居るってことになりますぜ」

 「そうかもしれないね。 大公国を例に話すと、大公が爵位を持つ貴族で、それ以外の者達はその貴族領に住む領民と言ったところになる。 フラー王国にはそういう貴族が数百家も存在するんだ」


 それを聞き、あんぐりとした表情になるベール。

 「じゃあ、フラー王国は俺達の祖国ディアナ大公国の何百倍って人が住んでいることになりますぜ~」

 その言い方が面白く感じたリオーヌ。

 「我等が祖国はフラー王国と比べれば貧しいとは言え、少し勘違いして欲しくないんだけど、大公は貴族の中でも、最上位の存在なんだよ。 大概は国王の実弟か、王族の中で大きな権力を持つ者が就く地位が『大公』だし」

 「じゃあ、リオーヌ様は大公の公子だから、フラー王国の貴族の中に入っても、尊ばれるってことだよな?」


 ベールは彼なりにフラー王国の有名学校に入学する予定のリオのことが心配になってきたのだ。

 先日のラウンジ車両での出来事や、先程の入国拒否の様子を見たことで。

 「そう単純じゃあないだろうけど......まあ、どうにかするよ。 心配してくれて有り難う」

 リオはそう答えると、ベールの頭をクシャクシャとして、親愛の意思を示したのだった。




 「シャンベルタ中央駅〜、シャンベルタ中央駅〜、終点です。 どなた様もお降り下さい。 ご利用有り難うございました」

 そんなアナウンスを聞き、シャンベルタ中央駅のホーム上に降り立った2人。

 そこには、リオーヌとベールが人生で初めて見る光景が有った。

 右から左まで、多くのホームが並び、そこに到着したばかりの列車から数え切れない程の乗客が降りてゆく。

 駅の天井は遥かに高く、終着駅らしい行き止まり式のホームから、その先の改札にかけて、行き交う人々が忙しなく通り過ぎる。

 大公国で最も大きな駅であるフェルメなど、田舎駅に過ぎないことを2人は初めて知ったのだ。


 「なんちゅう大きさだ。 皇都オウランの新宮殿と同じ様な規模の駅が有るとは......」

 ベールの驚き混じりの感嘆の言葉に、

 『やや大袈裟だな』

と思いつつ、自国の防御要塞である主要な城より広大で、しかも非常に煌びやかなシャンベルタ中央駅は、フラー王国の国力を示すもののようにリオーヌには思えた。



 改札を抜け、その直ぐ先にそびえ立つ大きな建物の中へと、人の流れに乗りながらキョロキョロしつつ入る2人。

 そこではほぼ迷子状態に陥ったが、建物内に沢山有る飲食店の店員達に、人懐っこいベールが外への出方を確認しつつ、ようやくという感じで駅の出口を見つけて外に出ると、そこには大きなロータリーがあって、駅の利用者を送迎する人々が多く居たのだ。

 送り迎えは馬車だけでは無く、新しい乗り物である石炭自動車の姿もちらほら目に付く。


 「何ですか? あれは」

 初めての連続に、ベールは思わず質問してしまう。

 「自動車っていう乗り物らしいよ。 噂には聞いていたけど......」

 子供の頃、帝王教育を受けていたキョウ皇太子と一緒に学んできたことで、かなり博学なリオーヌ。

 そのリオであっても、東方一帯より技術的レベルの高い西方一帯の中心国では、最新技術が使われたモノが溢れており、その際立つ繁栄ぶりに、大きく気後れしてしまう程の世界が広がっているのだ。

 「今のところ、自動車は近距離用で、遠距離移動は馬車のままだけど、いずれは......」

 ベールに説明しつつも、言葉に詰まったその先には、技術の発展による新たな世界が広がって見える気がしたリオーヌであった。



 早速、新たな乗り物『石炭自動車』に乗ってみた2人。

 坂道をスムーズに登って行く様子に、2人は本当に驚いてしまう。

 「馬車だと、この坂道を上がるのは苦しいよな?」

と。

 目的地のアンフルル学院は、シャンベルタの大市街地を見下ろす場所に建立されている王宮に程近く、王都中心部から離れた、シャンベルタの中でも風光明媚と言える緑溢れる丘陵地帯に建っていた。


 「公子、俺はどうすれば......」

 自動車の車窓から眺めてきたシャンベルタの街中は、重厚な建物だらけで、西方世界の外れにある大公国生まれの2人にとっては、異次元の別世界に来たかのような感覚に包まれてしまう。

 戦場を駆け巡って来たことで、東方世界の隅々まで見知っているリオーヌであっても、それはそれは新鮮に見えるものばかりの連続だった。

 「あとで、ベールの宿舎に行こう。 ひとまずはこの学校の編入試験を受ける手続きをしないと、何も始まらないからね」


 校門に立つ王国の近衛兵に事情を説明し、取り次いで貰うリオーヌ。

 目付きが鋭く、しかもキョロキョロと挙動不審な感じで田舎者丸出しの従者ベールを連れての学校訪問なので、適当に扱われるものだと思い込んでいたリオーヌは、対応してくれた若い近衛兵の丁寧な口調や態度に、いたく関心してしまう。

 『流石、文化の中心と言われる国の、王家に仕える者だな~。 僕みたいな若輩者に対する姿勢まで、キッチリ教育されているとは......』


 やがて、連絡を受けた学院の職員が現れたが、こちらはごく一般的な事務的対応。

 「話は聞いているよ。 先ずは書類の確認だね。 それと身分証も」

 その指示に従うリオとベール。

 職員の中年男は、慣れた手つきで一通り目を通すと、黙ったまま身分証を返す。

 それを受け取り、そのまま待つ2人。


 ただその書類一式の中に、学院長の直筆署名入りの

 『編入試験実施承諾書』

を見つけてからは、

 「遠くからよく来たね。 疲れただろう?」

と急に労う言葉が。

 その態度の一変ぶりに、

 『この人、ようわからん』

と不可解な表情のベール。

 「では、施設を案内を兼ねながら、学院長室に向かいましょう」

と、学院の敷地内へ通されたのだった。



 その後は、妙な丁寧さで、見える範囲の学院内の建物を詳しく説明してくれる。

 それに対しリオは、適当に相槌を打ちながらという感じだ。

 そして、正門からも見えた5階建ての重厚な石造りの建物に到着。

 一階奥へと案内され、

 『学院長室』

と掲出されている部屋の前に。

 リオーヌは少し緊張気味。

 ベールは興味なさそうに、リオの背後で立っている。


 職員の男が、そのドアを三回ノックすると中からドアが開き、室内から若い男が出て来たので、

 「例の、学院3年次への編入希望者を連れて来ました。 身分確認は済んでいます」

と説明する。

 若い男の方は、

 「わかりました。 それではお二方、こちらにお入りください」

とリオーヌの方を見ながら指示。

 その時、この男が一瞬見せた、

 『スゴい顔の傷跡だな......』

という反応をリオーヌは見逃していなかった。

 しかし、表情には出さずに、

 「失礼します」

と大きな声を出して学院長室へ足を踏み入れる。 

 ベールは、軽く頭を下げながら続く。


 ただこの時学院長は不在だった為、先ずは先程の若い男にソファーへと案内され、

 「暫く座って待っていて下さい」

と言われたのであった。



 2人は座ると、ベールがリオーヌに、

 「学院長って偉いのか?」

と早速質問。

 「フラー王国の侯爵家当主だよ」

 「侯爵様なのか〜。 それはそれは」

 質問したわりに、余り興味は無いようだ。

 「この学校には貴族の子弟だけでは無く、各王国の王族が入学している時もあるから、高位の爵位を持つ人物がトップに居ないと、生徒達の統制が取れないってことだろうね」


 その解説を聞き流しつつ、少しニヤつきながら、

 「なるほど〜。 で、公子はその顔で学校生活を送るのかい?」

と次の質問。

 いつの間にか眉間から上唇のところまで、例の斬撃の傷跡がくっきりと見える状態に戻っていたからだ。

 「延々と、魔力で傷跡を薄くしておく訳にはいかないさ。 授業で魔力を使った時に、この傷跡が急に浮かび上がったら、それこそ周囲を驚かせてしまうし」

 「でもイイんすか? 何処ぞ屋の美貌の御令嬢と知り合うチャンスがきっとありますぜ、学校生活っていうのは」

 「この傷跡を見て、嫌悪する様な女性と親しくなる必要って無いだろ? この傷跡も僕自身なのだから」

 「チェッ、つまんね~の」

 ベールは心の底からの残念そうな顔をしている。

 この王都で、リオーヌにロマンスが発生したら、それこそ面白いだろうと思っていたのだ。



 その時。

 「待たせて済まないね〜」

 2人の座るソファーの背後から、老人の声がしたので、反射的に立ち上がる2人。

 「いやいや、楽にしていてくれて構わないよ」

 その言葉に、2人は声の主に向き直って深く頭を下げる。

 そして再び促され、ソファーに座り直すと、笑顔を見せたまま正面の椅子に腰掛けた年老いた男。

 老人は眼鏡を掛け直して、リオーヌの顔をじっくりと見詰めてから、

 「ふむふむ。 君は確かにシュンの書簡通りの容貌だね」

と感想を述べたのであった。

 

 「学院長は、皇帝陛下とお知り合いなのですか?」

 「え~っと自己紹介がまだだったの〜。 儂はヨハン・エーレベルクじゃ。 見た目通りのヨボヨボの爺さんじゃが、アンフルル学院の学院長をしておる」

 「リオーヌ・ディアナです。 そしてこちらは、入学が認められた場合、私の従者を務めてくれるベール・サ・ガンと申す者。 どうか、お見知り置きを」

 「そんなに畏まらんでくれ。 儂はシーラー・シュン陛下と、この学院で同級生だったのじゃ。 もう約50年も昔のことだが」

 学院長は、簡単に状況を説明してくれたのだ。


 そこに、ちょうど淹れたばかりの紅茶を持って、学院長の秘書が現れたので、会話は一旦中断。 

 ひと息入ったところで、

 「ところで編入試験の件ですが......」

 リオーヌが改めて用件を確認しようとすると、

 「学業試験は免除だのう〜。 シュンから推薦状だけではなく、多額の寄付金が納付されてしまったし」

 「それって、いささか不味いのでは?」

 「大貴族の跡継ぎや有力王族が入学する場合には、よく有ることじゃよ。 だから気にすることは無いぞ。 それにリオーヌ君には、事前に素晴らしい内容の論文を提出して貰ったし、東方随一の名門オウラン大学への入学資格を有している者は、アンフルル学院の学業試験も免除となる決まりなんじゃよ」

 「あ~〜、の〜。 オウラン大学入学予定の件ですが、あれは皇太子殿下の差し金によるもので.......」


 「ハハハハ、まあ良いではないか。 確かに入学資格、有るのじゃろ? ただし、実技試験は受けて貰うぞ。 君の希望は騎士課程と魔術課程の2つと聞いておるが、本当に両課程を?」

 「はい」

 「では、この後早速実施しようか。 試験官は両課程共に、我が学院を代表する専任教授で、その道のスペシャリストと言える優れた実績を持った御仁が担当する。 君も東方一帯で名を轟かせているとシュンからは聞いているが、心して掛かるように」

 その時学院長は、口に人差し指を当て、

 『仮面の貴公子の噂は、他言はしないから安心してくれ』

とリオーヌにジェスチャーで示しながら、楽しそうに笑うのであった。

 

 

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