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第4話(汽車の中で)


 フェルメ中央駅を定刻通りに出発したフラー王国王都シャンベルタ行きの特別急行列車。

 出発1分前の汽笛が鳴った時に駅のホームに到着出来たので、かなりギリギリだったリオーヌとベール。


 「良かった〜、間に合って」

 ホッと胸を撫で下ろすリオーヌ。

 シャンベルタ行きの列車は1週間に1往復しか運行されていないからだ。

 一方、列車に乗るのは人生初なので、キョロキョロしまくりのベール。

 「これが汽車っていう乗り物なのか〜」

 ごく普通なセリフで、その感動を表現している。



 一等個室A10と掲げられた部屋に入り、持っていた荷物を棚上に置くと、ふかふかの大きな座席に向かい合って座った2人。

 車掌がやって来て、切符の確認や個室内設備の説明が終わり立ち去ると、直ぐにリオーヌは車窓を眺め始める。

 それに対し、何だか落ち着きの無いベール。

 アテンダントが持って来た飲み物を啜っては、見慣れぬ設備を弄くり回したりしていたが、リオーヌは一瞥するだけで何も言わず、ただ流れる景色を見詰め続けるだけ。

 『そう言えば、仮面を着けていない公子を、こんなに間近で見るのは初めてだよな......』

 そんなことを考えるうちに、漸く落ち着きを取り戻したのだった。



 「公子は列車に乗ったことが有るのですか?」

 やがて暇を持て余したベールが、リオの了解を得てから質問を始める。

 「子供の頃にね」

 「ところで、何処に向かうのです?」

 「王都シャンベルタ、知っているかい?」

 逆質問に首を横に振るベール。

 「その、ジャン何とかには、どんな用件で?」

 「学校に入学するんだよ」

 「......学校?」

 「そう、学校」


 珍しく思わず絶句してしまったベール。

 戦乱が収束し新帝都から母国への帰還途中、帰国後の身の振り方についてジーンから誘われた時、詳しいことは何も聞かず、リオーヌと行動を共にすると誓っていたのだ。

 それは早まった決断だったかと、少し後悔していると、

 「僕に協力することを、今、後悔しているね」

と鋭く指摘されてしまう。

 隠し事の出来るような性格では無いので、動揺しながらも、

 「どうして、俺の考えていることが分かるんです?」

と、これまた素直で直球な質問。

 「僕は、剣士である前に魔術師だよ。 みんなが忘れがちなことだけど」

 「あっ、そうだった」

 「それで、やっぱり僕に同行するのは止めて、国に戻るかい? それならそれで、全然構わないし」

 そこまで言われると、逆に反発する気持ちが起きて、激しく首を横に振るベール。

 「じゃあ、諦めて僕の学生生活にベールの残り少ない青春を捧げてくれ」

と笑顔で言われてしまったのだ。


 沈黙の時間が少し続いた後、

 「3年度に編入するから、在学期間はざっと5年位かな」

 今後の予定の説明に、再び固まってしまう。

 「本当にベールの反応は面白いよね」

 クスクス笑いながら、リオーヌは楽しんでいる。

 『もしかして、誂い甲斐があるから、同じ魔術師のアルートでは無く、戦士の俺を同行させたのかも』

 内心そう考えていると、

 「当たり〜」

と言いながら、ニヤニヤ。


 そんなやり取りをベールは少し不思議に思い始めたのか、質問を続けてみることに。

 「魔術師って、人の心を読めるって言われてますが......」

 「ベールはどう思う?」

 「今の公子を見ていると、読めている様に思えます」

 「じゃあ、読めるってことで」

 再び笑いながら答えるリオーヌ。

 その時、ふと気付いてしまう。

 『あれっ。 普段は顔面の大きな傷跡が目立つから、余り言われないけど、傷跡が無ければ公子って実は相当な男前なのでは?』

と。


 「今は、僕がイケメンだって、考えていたね」

 再び考えを読まれたと感じたベール。

 『やっぱり、魔術師って人の心が見えるんだ』

 そう実感し、心の底から驚いていると、

 「実はこの傷跡の見え方って、僕の魔力で、ある程度コントロール出来るんだよ」

と打ち明けたのだ。

 「コントロールって、そんなこと可能なのですか?」

 「う~ん、まあ、どういう説明が良いかな......」

 リオーヌは少し考えを纏めてから、

 「僕に一撃を与えた術師、東方では術師って言うけど、僕達の住む西方では魔術師で、両者は同意義と言う前提で考えるとしっくりくる。 その術師の渾身の怨念を込めた一撃だから、この傷跡は僕の持つ魔力に強く反応するみたいなんだ」


 その説明は何とか理解したベール。

 ウンウンと頷いたのを見て、リオーヌは話を続ける。

 「僕が魔力を全く使っていない時は、傷跡に魔力を集中させると、殆ど消える」

 「逆に、魔力を使って戦う時なんかは、傷跡に魔力を1ミリも集中出来ないから、強く浮き上がってきて、場合によっては酷い状態に見えるってことだね」

 「じゃあ何もしていない今は、公子が絶世の美男子に見えるけど、戦っている時は、顔面に赤黒い大きな傷跡をくっきり浮き上がってきて、鬼神のような形相になるってことですか?」

 「正解......鬼神の形相って、ちょっと酷い表現だけど」

 「何だか、勿体ないなあ〜」

 素直な感想を述べるベール。

 それに対し、

 「一応有り難うって言っておくか。 こんな僕を絶世の美男子って言ってくれたから」

 その時のリオーヌは、わざと魔力を別のことに集中させ、仮面を装着して戦っている時と同様に、般若の如き恐ろしい容貌へと変化した様に見えたので、ベールはまたまた驚いてしまうのだった。

 

 「魔術師の恨みの一撃って恐ろしいですね~。 でも、何で戦っている時の公子の顔が焼け爛れたように見えてしまうのだろう?」

 今見せて貰った、余りにも大きな変貌に、不思議そうな顔をして考えるベール。

 「それが術師の術師たる由縁じゃないかな〜。 実際には傷跡がそこまで大きく変化している訳では無いのだけど、何かしらの強力な魔力が込められているから、他人の精神に干渉してそのように見えてしまうって考えるべきだね」

 「そうか、半ば幻ってことなのか......」

 ベールの感想を聞きながら、再び車窓を眺め始めたリオーヌ。

 『魔力も魔剣も使っていない時の公子の姿は、最高位の貴族である大公の跡継ぎだから、やっぱり貴公子って雰囲気だな〜。 だから『仮面の貴公子』って呼ばれる様になったのか〜』

 改めて、そう実感するベールであった。



 そのまま時間だけが流れ......

 ふと、あることを思い出したリオーヌ。

 「それで、元の質問の答えに戻るけど、魔術師は人の心を覗けないよ」

 ベールが勘違いしたままだと気付き、本当のことを教えておかないと不味いかもと考え直したリオーヌ。

 しかし、ベールは全く耳を貸さなくなっていた。


 「本当ですか〜。 さっきまでズバズバ当ててたじゃないですか〜」

 「あ~、分かった。 俺がギャンブルに勝つ為、魔術を教わろうとするのが怖くなったんでしょ? 魔術師になって、人の心が見えれば、ギャンブルで百戦百勝出来るんで」

 そんなことを言い出し、くだらないことを考えていたことが分かったので、リオーヌは軽く魔力を使って懲らしめることに。

 「いててて、あちちち......」

 急に体じゅうが痛くなったと思ったら、今度は熱湯を浴びせられた様な熱さと痛みの入り混じった感覚が続き......

 少し苦しんだ後、意識を失ってしまう。


 

 『これで暫くは静かになるかな?』

 リオーヌは、夢見の魔術を掛け直すと、

 「ゴ〜〜......ゴ〜〜......」

と、気分良さそうに眠っているベールのイビキが聞こえてきたので、風邪を引かないように薄い毛布を掛けてあげてから列車のアテンダントを呼ぶことに。

 暫くして、運ばれて来たアフタヌーンティーセットの菓子に手を付けつつ、再び景色を眺めながら、高級茶シーラーティーを啜るという優雅な時間を過ごし始めた。


 ゆっくり流れる車窓。

 蒸気機関車が牽引する長編成の夜行長距離列車なので、速度は60キロ程度が限界。

 流れる景色はそれ程の速さでは無い。

 何も考えず、ただぼ~っと眺めているリオーヌ。

 すると、腕の中から声が聞こえて来たのだ。

 「リオ。 少し出てもイイかな〜?」

と。


 「ティル、ダィン出ておいで」

 リオーヌが呼び掛けると、ボックスシートの真ん中に設置されている折り畳み式のテーブル上に、子猫のようなでも子犬にも見える謎の小動物が、いつの間にか現れたのだ。

 「昨晩はゴメン。 少し痛かっただろ?」

 理由はよくわからないが、最初にリオが謝ると、

 「大丈夫だよ。 いつものことだし、僕等は生き物では無く、リオの世界で言うところの魔物に該当する存在だからね」

 ダィンという名の魔物?は、余計な気遣いは要らないと答える。

 「そうよ、リオ。 私達は選ばれし存在の貴い魔剣。 あの程度の弾丸が当たっても、痛くも痒くも無いのよ」

 ティルは自身を、この世界における魔剣の借りの姿だと言っているのだ。

 「逆に僕達の方が御礼を言わないと。 久しぶりに人間の血を味わえたからね~。 もうお腹いっぱいって感じだよ」

 「空腹が続いて我慢出来ない時は、リオの血を少し貰っているけど、ね」

 

 リオーヌの両腕の中に存在する魔剣。

 それは、ダィン・ティルという双剣の魔剣であり、人の血を好むのだ。

 「なんか、2人の話を聞きながらよく考えると、僕って空想世界の魔物みたいだね」

 リオが苦笑すると、

 「それは言い過ぎよ。 私達はほんの少しの血が有れば、能力を発揮出来るし、血が得られない時は、寝ていればイイだけなんだから。 気に病む必要は無いわ」

 ティルはリオの頭の上に登って、小さな手?で

 『良い子良い子』

と撫でるのだった。


 「そんな2人にお願いが有るのだけど」

 ティルがテーブルの上に戻ったところで、リオは改まった感じで話し出す。

 「僕がアンフルル学院に入学出来たら、交代でベールのことを護ってやって欲しいんだ」

 そのお願いに小さな魔物達は腕組みをする。

 そして、先にティルが、

 「コイツ、バカでしょ? バカは私、きらーい」

と拒否したのだ。


 「リオのどうしてもという頼みなら、僕は構わないよ」

 一方、ダィンは渋々な様子だが、一応承諾してくれたのだ。

 「今まで一緒に戦って来たから見知っているけど、この男、かなり強いでしょ? 一応平和だと聞いている西方諸国に居る限り、僕達が助けるような場面が来るようには思えないけどなあ〜」

 暗に、

 『手助けしても良いけど、リオの真意を話せ』

と促してきたのだ。


 「確かに、アトラ大陸の東半分はシ・タン帝国がほぼ全域を統一した。 でも南方の古い帝国や同格の王国同士が鍔迫り合いを続ける西方は、何も変わっていない。 東方のパワーバランスが一変した以上、その他の地域も、いずれは戦いに巻き込まれてゆくのだと、僕は感じている」

 その真剣な表情を見てダィンは、

 「魔剣の持ち主がそう考えているのであれば、僕は従うだけだ。 所詮、僕等は特別な存在とは言っても、道具に過ぎない。 ティルはどうする?」

 「分かったわよ。 このバカに取り憑いていれば、人の血を味わう機会が沢山有るよ~って、リオは言いたいのでしょ?」

 「多分そうなる。 2人共、承諾してくれて有り難う〜」

 リオは嬉しそうに答えると、2人を優しく撫でる。

 その感触が心地良いのか、大人しく撫でられ続ける2人(2本の剣)。


 暫く、そのまま過ごしていたが、やがてベールが目覚める気配が出て来たので、ダィンとティルという魔剣の化身は、リオの両腕の中に消えたのであった。

 「公子〜、何だか話し声がしていたような気がするのですけど......」

 寝ぼけ眼で、個室内を見渡すベール。

 「さっき、アテンダントを呼んでお願いをしたから、その会話じゃないかな?」

 その説明を聞き、目の前の空になったアフタヌーンティーセットを見て、

 「そうですか〜」

とだけ答えると、大欠伸。

 「良い夢は見れたかい?」

 リオの笑顔の質問には、

 「そうなんです。 俺が大きな街のカジノで、大勝ちした夢。 あゝ、あれが現実だったらな〜」 

 遠い目をして嬉しそうに話すベール。

 すると、リオの脳内に、

 『ほら、やっぱりバカじゃん、コイツ』

というティルの呆れた声が響くのだった。



 「まあ、シャンベルタまで3日かかるから、車内でゆっくり過ごすことだよ。 あまり昼寝し過ぎると、寢れなくなるぞ」

 個室を出て、一等車専用ラウンジにでも行こうかと立ち上がったリオーヌ。

 「え〜、3日も〜」

 初めて知った事実に、呆然とするベール。

 「早馬に乗っても、1週間以上掛かる道程だぞ?」

 ことある毎に大きな反応を示すその姿が余程可笑しく見えるのか、大笑いしつつ、ラウンジに居る他の客を驚かせてはイケナイと、顔面の傷跡が目立たないように魔力を集中させながら、リオは出て行ってしまう。


 「公子〜、置いていかないで下さいよ〜」

 情けない声を出して、慌てて立ち上がり、後を追いかけて個室から出て来たベール。

 すると、リオは戻って来て、

 「付いてくるのなら、列車内で公子と呼んじゃダメだぞ。 リオで良いから」

 それだけキツく言いつけると、一等車の個室の鍵を掛けて、悠然と歩き出すのであった。

 

 

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